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勝利の鍵はみたまの寝言

逃げる|安倍貞任《アベノサダトウ》に、追っていた|源義家《ミナモトノヨシイエ》は叫んだ!
『衣のたてはほころびにけり!』
これは歌の下の句であった。
それを聞いた安倍貞任は、逃げる馬を止めて振り返り答えた。
『年を経し糸の乱れの苦しさに』
それを聞いた源義家は感心した。
|当意即妙《トウイソクミョウ》な安倍貞任の上の句返しは、なんと優雅な事であろうか。
源義家はこの時追うのを止め、安倍貞任を逃がしたのだった。

俺は悪い神である守死に追われていた。
ハッキリいってこのままだと、俺は死ぬ事になるだろう。
なんとか逃げる手を考えなければならない。
|藁々《ワラワラ》である少女隊には期待できない。
妖凛も今は沈黙を保っている。
とりあえず環奈は逃げられたようだな。
正直今の環奈じゃ足手まといにもなる。
さてこんな時、誰にアドバイスを求めるのがいいだろうか。
思考の一つで考えてみた。
本命、千える。
対抗、みゆき。
穴、リン。
紐、総司。
注目、洋裁。
無印、七魅
超絶大穴、金魚。
この中でテレパシー通信ができない者を除き、最も頼りになりそうなのは‥‥。
やっぱみゆきだよな。
俺はみゆきにテレパシー通信で助言を求める事にした。
『よう!みゆきか?』
『策也、どうしたの?』
『いや今さ、悪い神に出会っちまってさ。逃げたいんだけど逃げられない状況なんだわ。それで何かいいアイデアはないかと思ってさ』
『それは困ったねぇ~‥‥』
困ってばかりもいられないんだけどさ。
みゆきは一応危機回避能力も持っているはずなんだ。
何か、何か思いついてくれ!
『ちょっと待って。昼寝中のみたまちゃんが何か突然喋り出したんだよー!』
みたまが?って、それどころじゃないだろ?!
なんて一瞬思ったが、みたまって前にも寝言を言ってたよな。
その時の寝言は、割とその後役に立ったって言うか、予言にも似た何かを感じた。
みたまのおかげでエスケープ爆弾ができた訳だし。
これはちょっと発言が気になるぞ。
『ん?何々?お父さん‥‥合体だよ?永久機関だよ?』
『それは前にも聞いたな』
『そうなんだ。ん?逃げる事は恥ずかしい事じゃない?|古今著聞集《ココンチョモンジュウ》だよ?』
だからみたま、お前はなんでそんな事を知ってるんだよ。
でも古今著聞集か。
確か有名なエピソードが記されていたよなぁ。
逃げる安倍貞任に、源義家が下の句を叫んだんだ。
それに対して安倍貞任がナイスな上の句を返し、感動した源義家が安倍貞任を逃がしたという話だ。
『ありがとうみゆき、みたま。ちょっと試してみるよ』
『えっ?何を試すの?』
『逆古今著聞集だよ』
『ほへぇ?』
そりゃ意味が分からないよな。
みゆきの反応も頷ける。
でもさ、この世界はなんとなくそれで上手くいくんだよ。
「守死!行くぞ!」
「なんだよいきなり。もう君の動きはだいたい分かってきたよ。そろそろおしまいだね!」
さて、これが駄目なら俺は死ぬかも知れない訳だが、果たして‥‥。
「年を経し糸の乱れの苦しさに!」
「何をいきなり言い出すかと思えば。一応答えてやるか。『衣のたてはほころびにけり!』でどうだ!?」
「それじゃ駄目だな!完全なまるパクリじゃねぇか!この賭けはお前の負けだよ」
「‥‥」
さあこれで俺は逃がしてもらえるだろうか。
「じゃあな。そういう訳で俺は立ち去らせてもらう!」
俺は瞬間移動魔法を発動した。
魔法を邪魔される可能性もあったが、何事もなく俺はガゼボのある庭へと戻ってこられた。
「ふぅ~‥‥。なんとか命拾いしたな」
菜乃と妃子が影から飛び出してきた。
「あの人アホなのです」
「そうなのね。ちゃんとやっていれば策也タマは殺られていたのね」
(コクコク)
いや違うんだよ。
奴はアホなんかじゃない。
誇りある武士だったんだ。
自分の愚かさに気が付いて、今回だけは見逃してくれた。
尤も、仮に違う事を言えば『ハズレ!お前の負けだ!』って言ってたんだけどね。
奴は俺の和歌に乗ってきた時点で負けていたんだよ。
でもなかなかいい奴じゃないか。
自分の世界で悪さをしている訳じゃないし、辺り一帯を吹き飛ばすような魔法を使えば俺も危なかった。
一応この世界の神ではあるって事だ。
ちょっといい所が見えてくると、倒すのも悪いような気がするなぁ。
でも、俺は奴を倒す。
俺は早速準備を始めるのだった。

あの神である守死を倒すには、俺だけでは不可能なんだよな。
おそらく全ての仲間の力が必要となるだろう。
それでも勝てる可能性はほとんど無いと言える状況だ。
幸い敵のテリトリーは把握できたし、向こうから全力でこちらに攻撃してくる事はできない。
もしもこちらから行かなければ、ネチネチとした嫌がらせのような事はされるだろうけどね。
まあでも俺としてはそういうのももうさせるつもりはない。
近い内にこちらから乗り込む予定だ。
勝算をハッキリと伝える事はできないが、うっすらと俺には見えていた。
とにかく俺は、俺にパワーを与える指輪を作りまくった。
応援してくれる全ての人から力を貰えるように。
これじゃ本当にあの有名漫画『龍の玉』になっちゃうよ。
でも俺が持っている切り札はそれじゃない。
多分この方法で守死を倒す事ができるはずなんだ。
俺は霧深い森の中に一輪の花が咲いている事を期待して、一歩ずつ手探りで前へと進んでいった。

何事もなく三日が過ぎた。
既に準備は整っていた。
しかしまだ、必要なピースは足りない。
いや、全ては揃っているのだけれど、安心ができないといった感じだった。
それでも俺はこの日、皆に明日の決戦を告げた。
俺と仲間全てで、この世界の神を倒す。
南たちも付いてきてくれる。
いざとなったら皆を逃がしてくれるとは言っていた。
そんな事が可能かどうかは分からないけれど、なんとなく安心はできたし、出陣を決断するには必要な言葉だった。
だって勝てる見込みが少なくて、しかも負けたら全員死亡じゃ連れていけないよ。
一応奴のテリトリー内にみんなを入れるつもりはないけどさ。
テリトリーの外でも神はきっとそれなりには強いだろうし。
それでは最後の準備と行くか。
その日の夜も、俺は家族みんなで一緒に寝た。
家族の力が一つになった時、力が発揮される事を俺は知っているのだ。
国を統治する時、国家となる事が大切である。
国家は皆が家族になるという事。
国と国家の意味を調べたら、国はその場所の事であり、国家は政府組織を言うらしい。
違うのだ。
それではきっといずれ国は亡ぶ。
何度も言うが、国家はみんなが家族になると言う事。
国家となれば千代に八千代に繁栄し続けるだろう。
子供たちはすぐに眠りについたが、俺はなかなか寝付けなかった。
ぶっちゃけこのまま明日の戦いに行っても問題はない。
だから眠らなければならないというプレッシャーなんてあるはずもない。
対決が怖い訳でもない。
駄目な時は南たちが助けてくれると言っているのだ。
それを俺は信じられた。
それでも眠れなかったのは、待っていたのだ。
神のお告げというべき言葉を。
「お父さん‥‥お母さん‥‥合体だよ‥‥」
来た!みたまの寝言だ。
これを待っていたんだよ。
今日までに俺は何度か助けられた。
二度ある事は三度あり、三度ある事は四度もあるだろう。
そこに明日の決戦で勝つヒントが隠されているはずだ。
まずはいつもの寝言か。
お母さんとの合体は今まで十分やってきたよ。
それに少女隊プラスとの八身合体も実行済みだ。
「オラに‥‥オラに力を‥‥」
今日はやけに攻めるな。
これは多分パワーを与える力でみんなからパワーを貰えって事だよな。
「|八百万合体《ヤオヨロズガッタイ》ゴッド策也!」
これは‥‥つまりそういう事だよな。
八身合体じゃ足りないという事だろう。
大丈夫、バッチリ準備は整っている。
「コオロギは食べたくないよ‥‥」
これは‥‥多分意味の無い寝言だよな。
時々関係のないのも交じってくるから、その見極めが大切だ。
「ダンプカーには気を付けてね‥‥」
これも意味はなさそうだが、凄く気になる言葉だな。
みたまを見ると、目から涙が零れ落ちた。
なんの事かは分からないけれど、心に留めておくよ。
「永久機関だよ‥‥絶妙な調整が求められるんだよ‥‥」
おっ!今回初めての言葉いただきました。
なるほどなるほど。
確かにそれは使えるかもしれない。
「一心同体‥‥グー‥‥ピー‥‥グー‥‥ピー‥‥」
最後は一心同体で終わったか。
だいたい勝利の方程式は組み上がった。
ありがとうみたま。
お前はきっと勝利の女神だよ。
そしてみゆき、お前との愛が明日の勝利の鍵となる。
うわぁ‥‥、マジでベタベタな最終回になりそうだな。
愛は世界を救うって、どこかのテレビ局が放送していた記憶がある。
それを俺は明日現実とするんだ。
そんな事を思いながら、決戦前夜は更けていった。
いつの間にか俺も眠りについていた。

朝になった。
仲間たちが続々と空中都市へと集まってくる。
今日はバルスごと神のテリトリー近くまで行く予定なのだ。
妖精も、魔人も、オーガも、獣人も、ドワーフも、エルフも一堂に会する。
悪魔だって、ドラゴンだって、黒死鳥だって集まってきた。
共生はまだまだ無理かもしれない。
ただ今日だけは、俺の為にみんなが集まって来てくれた。
「凄いんだよ!みんなが集まってるんだよ!」
「まさかこんなに集まるとはな。俺が会った事もない奴まで集まっているんじゃないか?」
「別に今の神様に恨みはないんだけどね。でも此処まで来たらやるしかないんじゃない?」
「リンの言う通りだな。それよりもパワーを与える指輪が足りるのかどうかが心配だよ」
俺が此処に集めた者に関しては、前に使用した物でオッケーだ。
しかし今回集まってくる者たちへは、新しいのを渡して行かなければならない。
一応指輪は沢山作ってはおいたが足りるだろうか。
その術式をそれぞれの者に合うように書き換えて汽車たちが配ってゆく。
足りなければ、汽車や音羽に作りながら対応してもらうしかないな。
「一応予定していた人は全てバルスに乗ったのだ!発進するのだ!」
七魅が神功や皆に声をかけると、空中都市バルスがゆっくりと移動を開始する。
最初は少し揺れも感じるが、動き出したら地上にいるのと変わらなかった。
「バルスの旅は十時間を予定しているのだ。現地時間で朝の七時が決戦の予定時刻なのだ」
まるで戦闘観戦の旅行に行くみたいだな。
バルスには小さな町もあれば妖精の森もある。
到着するまでは観光気分を楽しんでもらえればいいかな。
そして主要メンバーはいつも通り四阿会議を開いて、その後はマッタリと庭で過ごしていた。
「お父タマ!これ食べられる?」
六華が持ってきたのはコオロギだった。
「それは食べちゃダメだぞ。ゴキブリの仲間だからな。でも綺麗な声で鳴くから殺さないで可愛がってあげてくれ」
「分かったー!」
「六華ちゃんはまた虫を捕まえているの?」
「リンか。あいつ虫が大好きだからな。将来は虫使いになりそうな気がするよ」
虫を強化して蘇生するとか、普通は思いつかないよね。
それを四歳の子供がやるんだからな。
そう言えばもうすぐ六華の誕生日か。
五歳のプレゼントはやっぱり虫なのかねぇ。
珍しい虫を探してこないと。
おっとこういうのを口に出して言うと死亡フラグになるからな。
黙っておかないとな。
俺がそんな事を考えていると、影から少女隊が出て来た。
「もうすぐ六華ちゃんの誕生日なのです」
「戦いで勝利したら虫を捕まえに行くのね」
こいつら‥‥。
「死亡フラグは、言った奴が死ぬんだぞ?」
「嘘!嘘なのです!六華ちゃんの誕生日は今日なのです!」
「そうなのね。沢山コオロギを捕まえてくるのね!」
いやそれもどうかと思うぞ。
人の娘の誕生日を勝手に変更しないでくれるかな。
それにしても平和だ。
これから殺し合いに行くとは思えないくらいに心穏やかな自分がいる。
相手はこの世界最強の神なんだけどな。
自分のテリトリー内とは言え、あの魔力量は反則だろう。
テリトリーの外に出て来てくれれば、そんなに強いとは思えないんだけどさ。
でも八十六年は出てくる気ないだろうなぁ。
あの三国会談の時が唯一のチャンスだったのかもしれない。
いや、多分それじゃダメなんだろう。
神になるには、テリトリー内の神を倒す必要がある気がする。
これで良かったんだ。
それに今日、俺は勝つつもりだからな。
負ける気が全くしない。
俺はマッタリとした時間の中で、みゆきや子供たちと過ごして決戦の時を待った。

気が付けば、十時間はあっという間に過ぎた。
一度来てテリトリーの範囲は把握している。
俺はその傍でバルスを止めた。
「神功、此処までだ」
「イエッサー!」
バルスがゆっくりと動きを止めた。
止めた時少しだけ体が揺れた。
既に仲間たちはガゼボの周りに集まっていた。
「いよいよだ!これから俺とこの世界の神との戦いが始まる。そして俺は必ず勝つ!」
俺はそう言って指を鳴らした。
するとあの『愛が勝つ歌』が流れ始めた。
これは、俺が魔法で作った音楽に、適当な男性陣を集めてレコーディングさせて作ったものだ。
なんとなく最後の戦いって、歌で盛り上げるものでしょ?
転生前に聞いていた曲だから、歌詞は一部覚えていなかったりする。
そこはみんな知らない訳で、適当な歌詞で埋めておいた。
『最後に愛は勝つ!』
そこまで曲が流れた所で、俺はみんなに言った。
「みんな、手を貸してくれ。力を貸してくれ。じゃあ行ってくる!」
皆はそれぞれ応援の言葉を声に出してくれていた。
それを受け止めた俺は、瞬間移動魔法でバルスから出た。
そして神のテリトリーへと入ってゆく。
心地よい緊張感が伝わってきた。
前に『応援なんて自己満足だ』って言った事もあったかもしれない。
でも今日は、本当に応援が力になっている気がした。
間もなく奴の姿が見えて来た。
くる事が分かっていたかのように待ち構えていた。
「来たね。でも、前回と全然変わっていないように見えるんだけど」
「そうだな。俺自身は全く強くなったりはしていないさ。でも近くまで仲間が来てくれている。前回の俺とは全く違うぞ?」
「強くはなっていないけれど全く違うか‥‥。それで僕に勝つつもりなら、ヘソで茶が沸かせちゃうよ」
そうだろうな。
このままじゃやっぱり俺は確実に負けるだろう。
でもちゃんと勝算はある。
それが効果のあるものかどうかはぶっつけ本番だけどさ。
とにかく神との戦いが始まる。
始まりのゴングはもう間もなくだった。
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