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リンドヴルムの誕生

何処かで戦争が始まると、資源価格が上昇してゆく。
資源価格が上がれば、あらゆる物の値段があがってゆく。
だから自分たちに関係の無い戦争なんてものは存在しない。
何処かで何かが繋がっているのだ。
それは同じ世界に住んでいる定め。
定めが働くのは戦争だけとは限らない。
あらゆる事象で影響が出てくる。
商人ギルドの覇権争いは色々な所に影響を与え、巡り巡ってまた元へと返ってくるのだった。

この日大帝である俺は、此花策也の姿となって神武国の地下牢へと来ていた。
「梨衣。お前は解放してやるよ。どこでも好きに生きるがいいさ」
「どういう事よ?」
「お前は確かに悪い事をした。でもそれは愛する人の為だったんだろ?俺はそれを否定はできない。次に何かしたら容赦なく殺すが、今回だけは助けてやるよ」
本当は釈放なんてしたくない。
懲役刑どころか死刑にしたい相手だ。
だけどこいつはもう悪い事はしない気がするんだよな。
これは策也の勘だから理由は説明できない。
ただそう思うから釈放を決めた。
「私に戻る場所なんてないし、生きる場所も無いわよ」
「だったらこの神武国でしばらく生活してみたらどうだ。金は持ってるだろ?神武国ならお前の住民カードの使用から情報が洩れる事も無いし、つつましく生きれば死ぬまでだって暮らせるはずだ」
「後悔するかもしれないわよ」
「かもな。だからそうならないようにしてくれると助かる」
俺は牢屋を魔法で消し梨衣を開放した。
そして一緒に瞬間移動で町の端まで移動する。
「じゃあな。豊来にくらいはメールしても大丈夫なんじゃないか?余計なお世話かもしれないが、多分助けてくれるだろ?」
梨衣は何も言わずに俺の前から去って行った。
人はそれぞれの人生を生きている。
だから当然考え方や価値観は違ってくる。
何が正しくて何が間違っているのか、きっとそれは自分にとってどうなのかでしかない。
他人の為であったとしても、そうしたい自分の為なのだ。
そう考えると他人の人生を否定する事なんてできないよな。
そして他人を変える事もできない。
梨衣のこれからを決めるのは梨衣に任せるしかないんだよ。
ただ、アドバイスや助けを求めて来るような事があれば、その時は助けてやってもいいかもな。
ホント、他人の記憶なんて下手に覗くもんじゃない。
気分が沈むよ。
さあ俺は気分を変えていつものガゼボで四阿会議だ。
尤もそちらも深刻な話ばかりだけどな。
俺はみんなが集まる場所へと飛んだ。

「一応できる限り此花商事へ薬は配置しました」
「そっか。九頭竜は動いてくれるかな」
薬程度の運搬なら、蘇生人形の瞬間移動魔法を使えば簡単に行える。
恒久的になり得ない輸送方法を普段採用する事はしないようにしているが、緊急時は使えるものは使うのだ。
「九頭竜領内での被害は更に酷くなっていて、死者も増えています。中でも村は壊滅的で、今年の農作物の収穫は絶望的なものになるかもしれません。早く動いてくれるといいんですがね」
タイミングがいいのか悪いのか。
火山の噴火が無ければ、俺が増産体制をここまで整える事はなかったかもしれない。
今からだともう対応はできなかっただろう。
幸い魔界でも作っていて余るほどに収獲できる予定だから、多少は助けられるかもしれないな。
九頭竜が対応してくれないとどうにもならないけどさ。
「分かった。千えるの方はどんな具合だ?」
「こちらは伊集院で問題が出ています。我々ほど薬の生産が上手く行っていないようですね。他も十分に足りているとは言えませんが、有栖川商人ギルドもありますから、民や農作物への被害は限定的です」
「なるほどな。エル、生産は順調か?」
今日はガゼボにエルも来てもらっていた。
エルフの力が今以上に必要になりそうだからな。
「生産はなんとかって所です。正直今回の薬は高度過ぎると言っていいでしょうね。エルフでも一般レベルでは製造は困難です」
今回世界を騒がせている病原体には、何か簡単に除去できない魔力がこもっている。
だから普通のヒーラーでは治せないし、治す為には高度な魔力操作能力が必要だ。
それを薬でやる訳で、薬の作成は思ったよりも難しいようだった。
「こっちのポーションはできたよー!」
みゆきは薬ではなくポーションを作っていた。
ただこっちの方が更に製造が難しく、みゆきにしか作れなかった。
「助かるよ。みゆきの力でナンデスカの町は完全に復活したな」
とは言っても、みゆきのポーションだけでは一つの領地を救うくらいで精一杯だ。
「それでエル。伊集院領には元々エルフ王国がもう一つ在ったよな。二・三割はまだ町に残っているんだろ?生産を頼めないのか?」
俺がこの世界に転生してきた時、エルフ王国と呼ばれる自治区は世界にいくつか存在していた。
伊集院王国にはスバル以外にもう一つあったのだ。
だけどエルフ王国スバルが独立した後に多くのエルフがスバルへと移住し、今ではその王国は伊集院王国へと吸収され存在しない。
それでもその町にはエルフが残っているわけで、伊集院を助ける事はできないかと考えていた。
「感情的に伊集院に対する恨みみたいなものはまだ残っていますね。日置を助ける為には動きたくないようで、此花で買い入れるならとは言ってきています」
こちらから出向いて薬を取りに行くくらいはできなくもない。
でも流石に日置を無視して買い付ける訳にもいかないよな。
「だったら作り方だけ伝えておいてくれ。後は無料で配るなり自分の町で売るなり好きにすればいい。それでその町くらいは助けられるだろう」
「いいんですか?こっちにメリットはないですよ」
「今は利益よりも民を助ける事を優先しないとな。利益なら新しくできた化粧品が結構評判いいみたいじゃないか?」
ずっと開発を進めていた化粧品が、ようやく流通段階まできていた。
俺、転生前に化粧品なんて使った事なくて想像もできなかったからな。
思ったよりも開発に時間がかかってしまった。
「策也がそれでいいなら伝えておきます。所でその、みゆきが付けている指輪、もしかして召喚の指輪ですか?」
みゆきが付けていたのは『転移の指輪』だった。
これは暗黒界との行き来を可能にする指輪のように思えたが、今の所使っても上手くはいっていない。
「これは策也にもらったんだー!一応オリジナルのコピーらしいけど、使い方はよく分からないみたい」
「そうなのですね。わたくしの祖父の遺品である召喚の指輪に似ていたものですから、そうかと思っただけです」
「へぇ~!この世界にはまだまだ色々なアイテムがありそうですねー!」
召喚の指輪か。
策也が最初この転移の指輪を見た時にもそのような印象を持っていたよな。
実際は少し形が違うのだけれど、エルのはどうなんだろうか。
「エル、その指輪、今度見せてもらってもいいか?」
「いいですよ。次にここに来る時に持ってきます。ただ使ってみましたが何も起こりませんでしたよ」
もしかしたら策也が暗黒界から戻ってくる為の手がかりになるかもしれない。
「構わない。こっちもまだ何も起こっていないからな」
込められた魔法術式を解読できれば‥‥。
「では一度わたくしはスバルに戻ります」
「僕もナンデスカに行きますね」
「じゃあわたしももう一度ポーション作りに|勤《イソ》しむよー!」
「分かった。俺は此処で薬を作っているから、何かあれば此処に来てくれ」
こうして会議は終わり、みんな持ち場へと去って行った。

その頃本体である策也の俺は、まだ温泉に浸かっていた。
どうやらこの温泉には魔力を高める効果があるようで、ならばできる限り上げて行こうと判断した為だ。
やっぱりラスボス前のセーブポイントみたいだよ。
しかも戦いに必要な能力までプレゼントしてくれる親切設定だ。
「策也、あたしなんか変なのだ。体がぽわ~ってして強くなってる気がするのだ」
「七魅お主もか。わらわもなんだか強くなっておるんじゃ」
「どれどれ、ちょっと邪眼で調べてみるぞ‥‥」
ふむ、確かに強くなっているな。
七魅の方が圧倒的にレベルアップはしているが、魔力的には同程度の上昇が見られる。
一応他も確認すると、妖凛は全く変わらず。
賢神は微妙に上昇、少女隊は七魅たちほどではないけれど結構な上昇を見せている。
そして俺自身も微妙に上昇しているような。
これらの結果をふまえると、おそらくは‥‥。
「多分ここの温泉は、魔物の魔力を上昇させる効果があるようだな」
七魅と佐天は魔物そのものだし、少女隊は魔物の魂を持っている。
賢神はアスモデウスの魂を食っているし、俺はバクゥの魂を吸収していた。
妖凛だけは唯一純粋な邪神の魂を持つ者。
「なるほどそうなのか。だったらここで魔力を上げられるだけ上げて行くのはどうだろうか?」
ゲームだったらここでしっかり上げておかないと後で死ぬパターンだよな。
「賢神の言う通り、俺も此処で魔力を上げていった方が良いと思う」
「そうじゃの。わらわもそうしておきたいのじゃ」
「分かったのだ。あまり戦うのは得意ではないけど、魔力があればいい事もあるかもしれないのだ」
そんな訳で俺たちは昨日からずっと、時間があれば風呂に入っていたのだ。
「どうだみんな?のぼせてないか?」
「もうそろそろ限界なのだ。体もふやけてるのだ」
「わらわもしばらく風呂に入りたくないのじゃ」
「私は全然平気だぞ!鍛え方が違うでな」
そろそろ魔力アップも限界のようだし、この辺りで終わりにするか。
みんなもソロソロカンストのようだしな。
少女隊の二人は既にカンストしてグッタリと寝ている。
あいつら先にずっと入り続けていたからな。
しかし服くらい着てグッタリしてろよ。
なんかエロい物語でありがちな、温泉で襲われた後のシーンみたいになってるぞ。
俺は魔力がこれ以上は上がりそうにないのを確認して、先に温泉から出た。
「私ももう入っていても魔力が上がっている気配がない。これくらいでいいだろう」
残るは七魅と佐天か。
「もう七魅も佐天もいいんじゃないのか?」
「わらわは後一分でカンストしそうじゃから、そこまでは入っておくのじゃ」
「七魅はどうだ?」
「ん~?策也‥‥なんだか凄く気分が‥‥」
ヤバいんじゃね?
のぼせて意識が飛びそうなんじゃないのか。
俺は七魅を助ける為に風呂に入ろうとした。
その時だった。
七魅の体が輝いた。
「なんだ?何が起こった?」
「魔力がアップしておるようじゃの」
「進化‥‥」
「うおっ!」
妖凛が喋った!
それで今進化と言ったな。
もしかしてあのポケゲームのように進化したりするのか?
だとしたら確実に強くなるって事だよね。
七魅は変化が解け、ドラゴンの姿に戻った。
温泉の水があふれ出て、脇でグッタリと倒れていた少女隊を流してゆく。
二人は慌てて跳び起きた。
「何事なのです!?」
「敵襲なのね?」
「いや、七魅がどうやら進化しているようなんだ」
俺たちは裸のまま並んで立ち、ただボーっと七魅の進化を眺めていた。
|傍《ハタ》から見ると間抜けだったかもしれないが、今はただ進化を見届けたかった。
「よし、わらわもどうやらカンストしたようじゃぞ」
佐天はこんな中でも冷静だった。
もしかしたらドラゴンが進化する事を知っていたのかもしれない。
光は収まってゆく。
徐々にハッキリと七魅の姿が目の前に現れる。
「ちょっとでかすぎやしないか?」
「ははははは。こりゃすごいぞ!元のサイズの五倍はありそうだの」
「かっちょいいのです」
「強そうなのね」
(コクコク)
七魅は百メートル近い大きさになっていた。
邪眼で確認すると、フレイムドラゴンではなくなっている。
『リンドヴルム』という唯一の名前が付いたドラゴンに進化していた。
「リンドヴルム。ヴリトラと並ぶドラゴンの王じゃないか。やっぱり七魅は王にふさわしいドラゴンだったんだな」
ついこの前七魅を王から引退させた訳だけど、ちょっと早まったか?
いや、引退したからここに来られたわけだし、これで良かったのだろう。
「あれ?策也が小さくなってるのだ?」
「お前がでかくなりすぎてるんだよ。さっさと人間の姿に戻ったらどうだ?」
「おお!あたしが大きくなってるのだ!戻るのだ」
七魅はすぐに人間の姿へと変化した。
するとなんという事だろう。
見た目年齢十二歳くらい(俺の感覚で)だった七魅が、すっかり成長した見た目年齢十七歳くらい(俺の感覚で)のいい女になっていた。
ツルペタに近かった胸も、ちゃんとふくらみが確認できる程度に大きくなっていた。
どうするよ。
なんか見ない方が良い気がするんだけどさ。
でもここ風呂だし、見てもいいんだよな?
「うわっ!あたしどうなってるのだ?胸が大きくなってるのだ!」
七魅は少し恥ずかしそうに胸を隠した。
こうやって恥ずかしがって隠したりする方が、なんとなく見ている方も興奮するよな。
「策也、見ちゃダメなのだ!」
「あ、お、おう!そうだな」
俺は後ろを向いた。
ヤバいヤバい、七魅ごときに欲情してしまう所だったぜ。
いや今のは嘘!
俺にはみゆきしかいないのだよ。
七魅なんてどうって事ないのだ。
「所で策也、お主もそろそろ服を着る事をお勧めするぞ」
「あ、そうだったな。なんか急にいろんな事が起こって色々と忘れてたわ」
こうしてなんだかんだ俺たちは目一杯まで強くなった。
これで次に出会うであろうラスボスともなんとかやれるだろう。
いやしかし、七魅もいい女になったものよ。
良きかな良きかな。

さて大帝の俺が薬作りに励んでいると、総司が慌てて戻ってきた。
「どうした総司?」
「九頭竜が、とうとう折れてきました」
「マジか!?」
「少しだけですけどね。この疫病が治まるまでの間、此花商事から薬を買いたいと言ってきました。従業員の病が薬で治ったって噂が広まっているようです」
そうなのだ。
此花商事の従業員も、当然九頭竜領内に住んでいる訳で病気になっていた。
九頭竜は商売用の輸出入を禁止はしていたが、そうでないなら別である。
薬を従業員に使用する事は禁止されていない。
そして病人が沢山いる中で、一部だけが助かるような事があれば当然民は騒ぎだす。
騒ぎだしたら九頭竜も動かざるを得ないだろうと考えていた。
「よし!一応後で難癖付けられないように契約内容の確認はしっかりな」
「もちろんです。これで中央大陸の人々も助けられそうですね」
「ああ」
一番の懸念が払拭できたな。
伊集院の方もエルフたちがきっとなんとかしてくれるだろう。
後はとにかく薬を作りまくって届けていけば、この疫病騒ぎは収まるはずだ。
なんて俺は甘く考えていた。
新たな有栖川の王はそんなに甘くはないようだ。
俺の期待は数日中には打ち砕かれるのだった。
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