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鬱金の魂とみたま

大東亜戦争、太平洋戦争、第二次世界大戦、どう呼ぼうと日本にとっては同じ戦争を指す。
この戦争で日本に罪があるとしたら、それは『負けた』事だ。
日本が負けた事で、世界の秩序は大きく変わってしまった。
『何をしても勝った者が正義』の世界へと変わってしまったのである。
国際法なんてあって無いようなものだ。
上手く利用する為にあるに過ぎない。
最終的にはルールを守る事よりも勝つ事が優先されてしまう。
俺が転生してきたこの世界は、割とルールが守られる世界だ。
この世界の良い所を壊さない為には、俺はルールを守り続けるのと同時に勝ち続ける必要がある。
少しでも理想に近い世界にする為には、俺は負けられないのだと感じていた。

準備をしていても、人の動きは止められない。
村を襲う者、泣きついてくる者、ただ暴れる者、捕まる事を目的にやってくる者までいる有様。
そりゃ牢屋に入れれば食い物を出さない訳にはいかない。
雑草や魔物を食ってでも生き延びようとする者もいるにはいるが、そういう生活ができない者はただ餓死していくのみ。
今朝の四阿会議が終わった後、俺はその場に一人残ってとにかく悩んでいた。
有栖川領内の状況は諜報員から入ってきているが、とにかく町は荒れ始めているとの事。
食料の奪い合いも始まっていて、外に出る者はあまりいないとか。
危険だからね。
外にいるのは冒険者か食料調達が必要な者たちばかり。
そういう者は続々と他国へと希望を求める。
国境封鎖をするべきなのか、それとも受け入れて助けるべきなのか。
受け入れるのなら、雑草食を自国民にも多少強いる事にはなるだろう。
これを一気に解決する方法も無くはない。
妖精大帝の俺が、妖精たちに命令すれば済む事だ。
植物の生育を早める事ができる。
野菜や穀物が可能かどうかは分からないけれど、果物なら大量に作れるはずだ。
ただこれは、以前にもやってはいけない事と判断して止めたもの。
大帝としての命令は、従属者に対するもので絶対に断れないから。
たとえ相手が妖精でも、奴隷のような扱いはしたくない。
とはいえこのまま有栖川の状況を放置したら、妖精王国にさえ矛先が向きかねない。
砂漠の真ん中にある町だから、食べ物を求めてやってくる人は皆無だけどね。
「どうして妖精に命令しないのね?」
「そりゃ妖精は俺の奴隷じゃないからな。友達契約だってしていない」
「でももう助けられるのは妖精さんだけなのです」
「分かっているよ。でも俺が言うと嫌な事でも強制的にやらせてしまうんだよ」
誰かが妖精に相談して取引をするという手はあるんだよな。
でも個々で話し合っていくのも大変だし、協力してくれる妖精が百や二百いた所で有栖川の全員を救う事なんて無理だろう。
妖精のほとんどが協力してくれて初めてまともな対応になるはずだ。
それにそもそも妖精は緑を増やし守る存在だ。
自分たちの食べる分は多少採るけれど、育てた物を大量に刈られるのは良しとしないだろう。
どっちが正しいのだろうな。
人々を救うにはもうこれしかない。
でも妖精にはやりたくない事を強制的にやらせる訳だ。
妖精大帝なんてやるんじゃなかったよな。
これが全くの別人なら、おれは大帝に頼みに行けば良かった。
まあムジナだから別人なんだけどさ、中身はほぼほぼ同じなんだよなぁ。
(ツンツン)
「ん?どうした妖凛?何々?ドリアードの鬱金に頼むのはどうかって?」
なるほどな。
妖精は駄目でも森の精霊か。
どれくらいの能力があるのか、そういえば確認していなかった。
鬱金が直接動かなくても、もしも植物の生育を早める能力があるのなら俺がコピーすればいい。
ならばちょっくら会いに行ってみるか。
俺がそう思って立ち上がろうとした時、いつもの金魚警報がやってきた。
「策也さん!大変な事が起こったんだよ!も、も、も‥‥」
「桃太郎?」
「もうとんでもなく大変な事が起こってしまったんだよ!」
こりゃ冗談が言える状況じゃなさそうだな。
今日の金魚は注意報どころじゃないぞ?
特別警報も通り越して非難指示が出ているレベルだ。
「策也大変なのだ!とうとうやっちまったのだ!酷すぎるのだ!」
少し用事でアルカディアに行っていた七魅も慌てて戻ってきた。
俺はとにかく端末で情報確認をした。
直ぐにニュースタイトルが飛び込んできた。
『愛洲領内の村が襲われた!襲った者は人間か魔物か?!衝撃の人食いシーン!』
「とうとう食べ物がなくなって人まで食べ始めたんだよ!」
「共食いはこの世の摂理ことわりに違反する行為なのだ!このままだと人間は滅亡するのだ!」
まさか本当に義和団みたいな事をする奴が出てくるとはな。
ただあの頃のあの国は滅亡したけれど、人間は生き残っていたので、七魅のいうような事は起こらないだろう。
とは言えこれは酷い事になってしまったな。
雑草よりも人間を食う方がマシなのか、それとももう雑草すら手に入らなくなったのか。
そこまで追い詰められていたとは。
それでもこの世界の人間に『共食い』なんて発想が出てくるとは思わなかったな。
どうも腑に落ちない。
「七魅が戻ってきたって事は、アルカディアでも既にこの情報は共有しているんだな?」
「当然なのだ。アルカディアは防衛の為の下見に行っている最中だったのだ。まさか真昼間から襲ってくるとは思ってもみなかったのだ」
「多分リンにも既に連絡は行っていると思うが、一応こちらからも連絡頼む」
「分かったのだ」
「どうするんだよ?」
「自国と管轄国の対応は予定通り行う。昼間でも襲ってくると分かったからなるべく早急にな。俺は根本原因の解決の為にちょっと出かける」
「分かったんだよ」
しかし火山が噴火したとは言えいきなり過ぎないか?
有栖川はある程度対応できていたんじゃないのか?
ここにきて急に食料が無くなったような感じじゃないか。
何にしても今有栖川には、どういう訳か食料が全く足りていない。
人を食うほどに追い詰められているんだ。
「じゃあいくぞ!」
「分かったのね」
「準備万端なのです」
妃子と菜乃は影へと潜った。
俺はすぐに瞬間移動魔法で鬱金の森の上空まで移動した。
「桜の季節はギリギリ続いているな。今ならまだ森に入っても大丈夫か」
俺は森へと降り立った。
「鬱金!鬱金はいるか?!俺だ!策也だ!」
声を上げてから少し待つと、鬱金が姿を現してくれた。
「慌ててどうかなさったのですか?」
「悪いな鬱金。今日はちょっと急ぎで相談したい事があってな」
「相談ですか。一体どのような話なのでしょう?」
鬱金とじっくり話ができる体制を取ってから、俺は今の世界の状況を話して、能力をコピーさせてもらって使わせてほしい旨伝えた。
「能力のコピーと使用。それが策也さんに可能なのでしたら、私はそれに口出しするつもりはありません。ただ‥‥」
「ただ?」
「この能力にはリスクがあるという事です」
リスクか‥‥
そりゃこれだけ凄い能力に代償がない訳がないか。
「どういったリスクなんだ?」
「これは妖精の森を育てる能力にも言えるのですが、育てた森は体の一部であるという事です」
体の一部?
そう言えば鬱金と名付けた時、この森自体もそれにふさわしいものになった。
その時理解していたよな。
森とドリアードである鬱金は一緒なのだと。
「つまりこの能力を使って俺が作物を育てたならば、その作物の収穫は俺の身を削られるも同じという事か?」
「その通りです」
そうか‥‥。
それは良かったな。
妖精たちに無理やりやらせたりしなくて助かったよ。
「策也さん、なんだか嬉しそうですね」
「まあね。鬱金や妖精たちに頼もうかどうか悩んでいたんだ。頼まなくて良かったなって思ってさ」
「そんな事を‥‥協力して差し上げたいのですが‥‥」
「気にしなくていいぞ。それよりも能力、コピーさせてもらうな」
「えっ?もしかしてそれを知ってもやるつもりなのですか?」
「どういったものか試してもみたいからな。我慢できるものなのか、鬱金や妖精たちの痛みも知る事ができるだろうし」
人の痛みを知るのは、統治者にとっても大切な事だろう。
決してマイナスにはならないはずだ。
「でしたらくれぐれも使い過ぎる事のないようお気を付けください。やり過ぎると命の危険もありますから」
「分かったよ。駄目そうならすぐに止めるから」
俺は邪眼でドリアードを見た。
これは‥‥。
この能力は、魂を分割してゴーレムを作りまくるのに似ているかもしれない。
そしてゴーレムを殺していくんだ。
大変な作業になりそうだな。
「能力を理解されましたか?」
「ああ。こりゃ結構きつい作業になりそうだな」
「それでもやるのですか?」
「やらないと争いは収まらないだろうし、大勢が死ぬ事になりそうだからな」
「それでは、私も半分だけお手伝いします。私の魂の半分を使ってください」
鬱金はそう言うと、体の中から光る魂を取り出した。
「お、おい!大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。半分だけですし、今後この魂は策也さんと一緒になるだけですから」
「えっ?どういう事?」
「策也さんは魂を取り込む事ができますよね?」
そういえば此処に森を作る時、俺の中の妖精に作業をさせてたんだよな。
そして鬱金と話したのもその妖精だ。
先日久しぶりに会った時も、俺を妖精大王と呼んだくらいだ。
当然分かっているよな。
「まあな」
「同じようにこの魂も取り込んでください」
「しかし魂を取り込むスペースが‥‥」
「策也さんならそれくらいできると思いますけれど?」
やった事はなかったけれど、多分もう魂を百分割以上にする事もできるようになっているし、スペースを作る事もおそらくできるんだよな。
それに鬱金の魂の半分だから、きっと楽勝だろう。
でも‥‥。
「意識の違う魂を吸収して問題が起こったりはしないだろうか」
「心配には及びませんよ。この魂に私の意思は全く、とは言いませんがほぼありませんから」
「そうか‥‥ならはありがたく預からせてもらうよ」
流石に断るのもどうかと思うよな。
此処までしてくれるのには大きな覚悟が必要だろうから。
俺は魂を受け取ると、体内へと吸収した。
少し体が熱くなったような気がする。
これが精霊と呼ばれるドリアードの魂か。
なるほど、精霊と呼ばれる意味が理解できたぞ。
これ自体に精霊としての能力が備わっている。
つまり、妖精王国でも精霊魔法が使えるって事だ。
「これはありがたい。この恩はいつか何らかの形で返すよ」
「そんな事は‥‥でしたら今、妖精大王にもう一度会わせていただけませんか?」
妖精大王は現在の大聖であり、昔は妖精霧島だった者。
俺は体の中から妖精霧島を召喚した。
「お久しぶりです。私に名前を付けてくださった方」
「こいつは霧島だ」
なんだろう。
鬱金が少し色っぽくなったような。
なんか悔しい気持ちになる。
妖精霧島は俺なんだけど、やはり容姿か?
容姿の差なのか?
霧島はモテモテだな。
まああっちもほぼほぼ俺で、全ての意識は共有されているんだけどね。
そんな訳でしばらく複雑な気持ちで待つ事となった。
「これで私と霧島様は、策也さんの中で一つになるのですね」
「そういう事だな」
うおー!なんか猛烈に微妙な気持ちだぞ!
カップルが俺の家に勝手に上がり込んできてイチャイチャしているような気持ちだ。
もうこれ以上は此処にはいられない。
「それじゃ、又な!」
「はい。桜の季節でなくても、いつでも来てくださいね。策也さん、霧島様」
「ああ‥‥」
名残惜しそうな鬱金を残し、俺は霧島を体に戻して上空へと上がった。
SAN値がピンチでヤバかったぜ。
なんとか正気を保てたわ。
さて、じゃあ早速能力を試してみるかな。
何処で試そうか。
そんな事を考えていると、いつもの突然がやってきた。
『お兄ちゃん!とうとう町を襲う人たちまで出てきちゃったよ!攻撃されているのは東雲領王都バッテンダガヤだって!』
いつも通り突然だからビックリする訳だが、内容もビックリで二倍だな。
『東雲の王都が襲われた?そいつらはかなり武装しているのか?』
『諜報員の話だからまだ詳しくは分かってないんだけど、普通の一般人っぽいよ?』
どういう事だ?
流石にそんな一般人に国家の王都が攻められる訳が‥‥。
あれ?東雲ってどれだけの兵力がある?
王都でどれだけ見かけた?
少なくとも俺のメモリには記録されていない。
ドサの町の方には騎士隊もいたが、何故か王都では見かけなかった。
『分かった。禰子ありがとう。俺は行ってみるから、何か分かれば又連絡をくれ』
『分かったよー!じゃあね!』
俺はすぐにバッテンダガヤに飛んだ。
想像していたよりも酷い有様だった。
どうして東雲は抵抗しないんだ?
国家ランキングでもそんなに低くはないだろう。
いや分かっていたはずだ。
国力の中心は元第二領にある。
それでもなんでノーガード戦法なんだよ。
これじゃ完全に燃え尽きてしまうぞ。
などどボクシングアニメネタを言っている場合じゃない。
王の屋敷はまだ無事のようだな。
だが孤児院の敷地内には、既に盗賊紛いの奴らが入ってきている。
まずはそちらから助けるか。
俺はテレポテーションですぐに孤児院へと移動した。
「なんだお前!どっから現れやがった?」
「ちょっと待て!こいつ此花策也だ!俺たちが勝てる相手じゃねぇ!ずらかるぞ!」
盗賊紛いの奴らは、俺が此花策也だと分かるとすぐに逃げて行った。
知られているのもいい事はあるな。
それよりも院長や子供たちは無事か?
建物に入ると、そこは既に地獄だった。
盗賊紛いの奴らは中にもいて、殺した子供たちを抱えて持ち去ろうとしていた。
こいつら、子供を殺して持ち帰り食うつもりだったんじゃないだろうな。
俺は堪忍袋の緒が切れる寸前だった。
「策也タマ冷静になるのね!」
「キレちゃ町が吹っ飛ぶのです!」
妃子と菜乃が盗賊紛いの奴らを代わりにぶち殺してくれていた。
こいつらがタダの一般人だろうと、子供まで殺して食おうというのなら容赦はできない。
それは人道をあまりに外しすぎている。
なんとか殺さずに済めばと思っていたけれど、此処までくると許せる気持ちにはなれなかった。
建物の地下へと向かった。
すると大きな魔力がこちらに広がってきた。
「これは‥‥」
みゆきと初めて会った時と同じような感覚だ。
つまり扉が開けられたのは今か。
部屋に入ると、院長を右手に持って引きずった男が、テーブルの上にいる小さな女の子を見つめていた。
その小さな女の子は、みゆきと同じように巫女のような恰好をしていた。
「なんだよこの小さな女の子は?こりゃ高く売れるんじゃねぇか?」
売るだと?
みゆきに似たあの子を?
「駄目なのです!」
「策也タマ!」
菜乃と妃子が俺に抱きついてきた。
俺を止めてくれたのか。
「大丈夫。俺は冷静だよ」
そう言って妖糸で男を切り刻んだ。
あっ‥‥この子にこんなシーンは見せちゃダメだったな。
俺は荒ぶる心を落ち着かせる為に深呼吸をした。
「ひーひーふー!ひーひーふー!」
「こら妃子、そんな風に言われたら普通に深呼吸しづらいじゃないか」
「でも落ち着く事はできたのです」
「‥‥確かに」
もう大丈夫そうだ。
俺たちのやり取りを見て、小さな女の子も安心してくれたようだし良かったな。
「大丈夫かい?小さな女の子?」
この子は出会った頃のみゆきよりも物理的には大きかったが、年齢的には小さく見えた。
「院長せんせーは?」
そうだ、院長を蘇生してやらないと‥‥
あれ?魂が無い?
殺されてそんなに時間が経っているのか?
俺は千里眼と邪眼で辺りを探った。
全く魂は見つからず、代わりにいてほしくないモノを見つけてしまった。
この町にいるのかよタナトス!
どういう事だ?
やはりこの一般人は有栖川に扇動されていたみたいだな。
有栖川許せん!
俺がそう思った時、タナトスの気配は一気に遠ざかって行った。
殺気が出てしまったか?
アガレスからコピーした能力で引き戻そうかとも思ったが、条件を満たしていないようで無理だった。
「院長先生はちょっと天国に遊びに行っちゃったのです」
「そうなのね。でも寂しがる事はないのね。今日からこっちの策也タマがあなたのお父タマになるのね」
「えっ?」
「そうなの?お父タマ?」
うおー!
みゆきとは別の意味で可愛いぞ!
「おお!我が子よ!」
ってなんだよこの展開!
とは言えここで否定はできない。
菜乃と妃子が上手く話してくれたのだ。
話を合わせて元気づけてあげないと。
院長先生やその他の死体は即行異次元収納へとしまった。
この辺りで生きているのはこの子だけか。
そしてこの子は間違いなく、今の皇の女児で神になる子だ。
「名前はなんていうのね?」
「わたし?みたま!三さい」
おそらくここへ預けられて間もないんじゃないだろうか。
桐也と同じ年か、或いは一つ上辺りかな。
あの頃のみゆきの魔力よりもかなり小さい分、まだそんなに体が小さくなっている様子はなかった。
でも今後ドンドン小さくなるのだろう。
ならば俺が預かるしかあるまい。
また助けて大丈夫なのかね。
皇の部外者なら助けて良いとは言っていたし、ここの孤児院に預ける辺り助けてくれと言ってるようなものなんだけどさ。
「みたま!じゃあお父さんと一緒に家に帰るぞ!新しいお母さんもいるからな」
「新しいお母さん?‥‥グスン」
ヤバい!
お母さんはNGワードだったか?
「いや、お父タマとお母タマだぞ!」
「お母タマ?」
「そうそう!」
俺たちはみたまに納得してもらう為に苦慮した。
そしてなんとか俺たちがこれからの家族である事に納得してもらえたようだった。
最後に妖凛が出て来たのが決め手だったな。
やはり年の近そうな女の子って仲良くなれるんだね。
そんな訳で俺以外はみんな俺の影へと入ってもらった。
さて、後は東雲の王様とみそぎを確認しにいかないとな。
おそらく生きてはいるようだが‥‥。
俺は王様の屋敷へと向かうのだった。
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