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此花第二王国

西の大陸に渡って、とりあえず上陸した辺りの魔物を一掃した後、俺たちは西へ向かって進んでいた。
リンの話によれば、この辺りは伊集院の領地となる。
だけど少し西、或いは南にいけば、そこは此花の領地だ。
此花と言っても第二王家であり、多少連絡はしているものの、親戚づきあいはまるでないという事だった。
更にこの辺りの此花領は、純粋な此花の領地ではないらしい。
約三十年ほど前の話になるが、実はこの辺り一帯は『島津家』の領地だったそうだ。
しかしある時、島津家を訪れていた伊集院家の者が、島津の一族の者に誤って殺されてしまうという事件が起こった。
その報復として、伊集院は島津へと進攻を開始した。
国力差は歴然で、島津家がこの地から追い出されるのは時間の問題だった。
幸いというか不幸にもというか、島津家は南の大陸で第二の王家が領地を持っており、伊集院家は完全に西の大陸から島津家を追い出そうとした。
そこで手を貸したのが此花第二王家である。
表向きは伊集院家に味方するとして参戦したが、裏では島津と繋がっていた。
そして表向き此花が占領し、実質統治は島津家に継続させるという手をとった。
伊集院と此花は特に問題がある関係でもなく、表向きは味方をするという事で伊集院はこの作戦に対して対抗する術を持たなかった。
此花はそこそこ力もあるし、此花と事を構えるのもリスクが高い。
此花は多くの国と比較的友好な関係にあり、伊集院がもしも此花と事を構えるとなれば、此花側につく勢力も多いと考えられていた。
そんなわけで結局、島津は領地の半分を伊集院に奪われたが、半分は表向き此花の領地ではあるもののこの地を守ったのである。
つまり次に目指しているイテコマスの町は、表向き此花領の島津領地という訳だ。
俺たちの旅は、一応じっくりと情報収集をしながら進む事になった。
上空を飛んで行くにもハッキリとした目的地は無いし、魔界の扉が何処にあるかもわからない。
大陸の東の端でさえあれだけの魔物がいたのだから、案外この辺りにある可能性もある。
とは言えなるべく早くに勇者の洞窟へも行きたい事から、軽く走りながらの移動という感じで俺たちの旅は進んでいた。
「みゆき、大丈夫か?」
「全然へっちゃらだよ!」
「本当に、六歳の子供とは思えないわよね」
「人の子が六歳でこの魔力とは、本当に恐ろしいわぃ」
本当に俺とは違うからな。
俺は転生者だし、生きた年数も実はそこそこ長い。
それでも俺の持つ魔力はチートだというのに、みゆきは本当に六歳でこの魔力だもんな。
まあそれを言ったら、このパーティーメンバーは割とみんなチートだ。
リンは一応此花家の王女で阿吽の腕輪を使いこなしているし、草子の御伽家は一般人から成りあがった貴族なのに学園では主席。
環奈は魔獣の最高峰黒死鳥の王だし、悟空と風里はオーガの里でトップの実力者。
マスタークラスだけのパーティーでもかなり異常で強いと思われるのに、マスタークラスの草子が最低レベルなんだもんな。
草子は今女の体で、それが理由で弱くなっている所もあるかもしれないけれど。
総司に戻る事ができれば、スーナシリングの効果も格段に上がるだろうな。
とにかく俺のパーティーメンバーとしては十分満足できるメンバーと言えた。
「前方から馬車が来ますえ。魔物に追われてはるみたいや」
上空から陽菜の報告だった。
俺は常時千里眼や邪眼は使用していないし、パーティーメンバーだけの時はアイマスクも外している。
その代わり陽菜には周囲の警戒と情報収集を任せていた。
俺は陽菜の報告を聞いてアイマスクを付けた。
「馬車か。とりあえず魔物に追われているようだし、助けてやるか」
「割とええ馬車やで。馬車を引いているのもただの馬やない。アレは一角獣やよ」
一角獣と言えばユニコーンの事である。
馬に一本のツノが生えたヤツだ。
割と能力の高い魔獣という印象だが、それを人間が使役する事ができるんだと少し関心した。
「一角獣を使役できるんだ」
「一角獣?もしかして追われているのは此花の人間かもしれないわよ」
「どういう事だ?」
「此花の家紋は一角獣なんだけど、それには理由があるのよ。此花の血を受け継ぐ者は、何故か一角獣を使役する事ができるの。現にお父さんは一角獣を三頭も使役しているんだから」
「ほう。そうなのか」
此花がそれなりに上位の王族になり得た理由はここにあるのかもしれないな。
何にしても、とりあえず今は急いで助けよう。
俺はペースを上げて救出に向かった。
直ぐに馬車は見つかった。
確かに馬車を引いているのは一角獣だった。
そして馬車も王家が乗るような豪華なものである。
俺は迫ってくる魔物に対してカマイタチを放った。
しかし一撃では魔獣を倒せなかった。
「ほう。熊の魔獣なかなか強いな」
「アレは深炎熊じゃのぅ。ハイフレイムベアーともいうぞぃ」
先行していた俺に環奈が追い付いてきていた。
「確かフレイムベアーの上位種か。こんな人が行き来するような所に出る魔物じゃなかったと思うが」
「なんにしてもとりあえず倒すぜ!強い魔獣は歓迎だ!」
馬車に追いついた深炎熊が馬車を横転させていた。
その深炎熊に向かって悟空が突きを繰り出す。
深炎熊は振り返り槍を薙ぎ払おうとしてきたが、悟空の攻撃の方が早く到達していた。
「いっちょあがり!」
「まあ強い魔獣と言っても、このメンツから見ればまだまだ弱いな」
油断しなければ草子でも勝てるレベルだ。
俺たちは皆で深炎熊を狩っていった。
結構な数の深炎熊がいたが、一分もしない間に全て倒し終えていた。
「どうやらみんな倒せたようね」
「楽勝じゃのぅ」
「わたしもダリアパンチで一匹倒せたよ!」
「凄いなみゆきは。六歳にしてマスタークラスでも手こずる魔獣を倒しちまうんだもんなぁ」
「六歳とは思えないアル」
さて、魔獣は全部倒したけれど、馬車の中の人は無事かね。
俺は霧島で倒れていた馬車を起こすと、扉を開けて中を覗いてみた。
王族のような若い男が一人と、その側近宰相兼護衛役のような男の姿があった。
どうやら意識はあるようで、二人とも無事なようだった。
「大丈夫か?」
俺は霧島で話しかけてみた。
「あ、ああ‥‥」
「全くどうしてこんな所にまでこんな魔獣が‥‥はっ!魔獣?!魔獣はどうなった?」
王子っぽい男は、ようやく現実に意識が戻って来たようだった。
「全部倒したよ」
「何?あの魔獣を全部?お前がか?」
なんか偉そうなヤツだな。
助けたの失敗だったか?
「馬車から降りて見てみろよ。俺の仲間が全部倒したよ」
霧島はそういって二人に馬車を降りるように促した。
すると二人は恐る恐る外へと出た。
馬車の周りには、三十体以上の深炎熊が倒れていた。
当然素材を回収する為、本体の俺は死体を異次元へと収納している途中だったわけで、実際に倒した数はもっと多かった。
「本当にこれをお前たちが‥‥よくやってくれた!僕は此花王国第一王子の|此花貴信《コノハナキシン》だ!助けてくれた事に感謝する!それでついでと言ってはなんだが、貴様らの強さを見込んで、もうひと働きしてはくれぬか?」
ほうほう。
つまりこいつが此花第二王国の次期国王なのか。
しかし手を貸してほしいという割にやっぱり偉そうだな。
「私は此花王国第三王女の麟堂よ!どうやら私たち親戚みたいね。かなり遠い親戚だけど」
「えっ?貴様‥‥じゃないくてあなたが麟堂姫?まさか?」
麟堂はダイヤモンドカードを出して軽く振って見せた。
「本当ですよ。この方は麟堂様です」
「今、此花の姫様が冒険者として活躍してるって話は聞いた事がないのか?」
「知ってるさ。だから助けてもらおうと連絡も入れていたんだ。だけど一向に返事が無くて‥‥麟堂姫なら助けてください。僕の統治するイテコマスの町が魔獣に襲われてもう何日も持ちこたえられない所まで来ているのです!」
「そうなの?西の大陸で魔物が大量発生しているけれど、町はまだ大丈夫だって話、昨日聞いたわよ?」
「他の町は知りませんが、僕の町はもう‥‥二日前に僕が出た時には既に魔獣が町に入ってきていました」
「二日前?それじゃ今頃‥‥」
こりゃゆっくりはしていられそうにないな。
「とりあえず一刻の猶予もなさそうだな。霧島と他、飛んで先行できるヤツは先に行ってくれ。俺とリンはもう少し話をしてから行く」
「了解じゃ。町に行って助けてやればええんじゃの?」
「しゃーねぇな。行くぞ羅夢!」
「うん。邪鬼くん」
「わたしもいくよー!怪我している人を助ける!」
「頼むぞみゆき」
とりあえず霧島と他四人は上空へと舞い上がり、飛行でイテコマスの町へと向かった。
とはいえ、後で俺たちも瞬間移動で追いつくんだけどな。
おそらくここから飛行でも一時間くらいはかかるし、霧島だけ行かせても良かったか?
「で、状況はどうなってるんだ?助けを求めるって事は、それなりに防衛できるだけの力はまだ残っているって事なんだろ?」
「ん?なんだ子供?王子に向かっていきなり偉そうな喋りだな」
俺を子ども扱いするヤツは、大抵大した事ないヤツなんだよなぁ。
やっぱり助けない方が良かったか。
「貴信王子。この子はあなたの従弟に当たる策也よ。そして私たちのパーティーのリーダー」
「いや。おじさんが亡くなったのは十年以上も前だったはずだ。こんな子供がいるわけないじゃないか」
「策也は不老の呪いによって見た目成長していないだけよ。実際の年齢は十八歳なんだから」
本当はリンが適当に設定した血縁関係なんだけどな。
でも一応こいつが俺の従兄になるのか。
ろくなヤツじゃなさそうだけど、身内と思うとなんとなく助けてやりたくもなるから不思議だ。
「話はいいか?で、状況はどうなんだ?」
納得はいっていないようだが、貴信はとりあえず話し始めた。
「イテコマスの町は、多くの魔獣に取り囲まれている状態だ。なんとか侵入は防いできたんだが、飛行できる魔獣が現れて上空からの侵入を許してしまった」
「上空に結界は張ってなかったのか?」
「うちにそこまでできるヤツなんていないよ。なんとか入ってくる魔獣は犠牲を出しながらも殲滅していたんだが、戦える者がドンドン減っていく状態だった。だから僕が魔獣の包囲を突破して助けを求める為に出てきたんだ」
ユニコーンの足なら、魔獣の包囲網を突破する事も可能だったのだろう。
でも馬車じゃこの辺りまでが限界だったといった所か。
「そういや助けを求める連絡を入れていたって言ってたよな」
「あ、それ。私お父さんからの連絡全部着信拒否していたわ。今メール読んでるんだけど、確かにそんな事が書いてあるわね」
尤も、連絡を見ていたとしても結果はそんなに変わっていなかっただろう。
せいぜい数時間の差だ。
「話を戻すけど、現在町は実質領主の|島津洋裁《シマヅヨウサイ》が守っている。彼は強いから大丈夫だとは思うけど、流石に一人になったら守り切れないかもしれない。だから早く戻って助けてあげたいんだ」
「島津洋裁と言えば、島津王国第二王子よね。そんな人がイテコマスにいるのね」
「そりゃそうさ。イテコマスの町は元々島津の王都だった場所だからね。いずれ返す約束だったし、伊集院との関係も今は悪くないから、そろそろ返す準備をしていたんだよ」
そんな時に魔物の群れが襲ってきたわけか。
もう返す予定の町なのに、こいつは一応守る為に必死になっているわけで、悪いヤツではないという事か。
「じゃあとりあえず町とその島津なんちゃらを助けてやればいいわけだな。まだ生きてるならなんとかなるだろう。最悪蘇生魔法もあるからな」
「本当か?!我が弟よ!」
「弟じゃねぇよ。従弟だよ」
「いいじゃないか!ユニコーンの使役能力は男系血筋だけにしか受け継がれないから、此花の継承権は男子に限るわけだし、それを考えれば君は此花第二王国継承権第二位なんだよ。共に王国を盛り上げる為に頑張ろうではないか!」
「いやちょっと待て!リン!知ってたのか?知ってて俺を‥‥」
リンは不敵な笑みを浮かべた。
知ってたのかこいつ。
「知らなかったわよ。うちと第二じゃほとんど連絡がないし、内情もお互い知らない所が多いのよ。私の事だって、冒険者やってなければ多分知らなかったでしょうし」
「そうだ。麟堂姫ってのが黒死鳥を退けたとかオーガとの問題を解決したとか、そういう話は魔法通信のニュースで知って。此花にそんな姫様がいるって分かったんだよ」
「それ半分嘘だからね。全部やったのはこいつ。策也だから」
「そうなのか!凄いじゃないか我が弟よ!」
「だから従弟だってぇの!」
ウザいヤツ。
でもなんか憎めないヤツだよな。
そんなに強そうじゃないのに一応軽戦士系の装備付けてたり、顔は割と可愛い系だったり。
王族になんて産まれなければ、こんな偉そうにはならなかっただろうしな。
「じゃあ霧島がイテコマスの町に到着したら、俺たちも行くか。貴信、あんたも町に戻るんだろ?」
「ああ。戻りたいけど、此処からだとユニコーンの足でも二日はかかるよ」
「大丈夫よ。さっき飛んで行った仲間は多分もう少しで到着するわ。そしたら転移魔法でみんな一瞬で到着よ」
「だから僕は行かずに残ってたんですけどね」
草子!
そういえばこいつだけは行かなかったんだよな。
陽菜はまあ俺の第二の目として俺の所にいるのは分かるけど。
空を走っていくにもスピードに限界はあるし、あのメンバーだけで正解だろう。
「とりあえずまだもうしばらくはかかりそうだ。その間俺たちは食事でもしながらゆっくり休んでおくぞ」
俺はそう言いながら移動用の家を異次元収納から取り出した。
「なんだなんだ?!」
「驚くだろうけど、策也のやる事に一々驚いてたら切りがないわよ。常識外れのヤツだから、そう理解しておいてね」
「ユニコーンって何食べるんだ?こいつもちゃんと休ませてやればそこそこ戦えるんだろ?」
「ああ。ユニコーンは強いぞ!流石にあの数の深炎熊相手は無理だけど、一対一なら深炎熊なんぞに遅れはとらない」
「ユニコーンは花や木の実など、馬に近い食べ物を食します」
いきなり側近宰相っぽい男が話しかけてきた。
「おっと申し遅れました。私は此花第二王国に仕える|難波津冬籠《ナニワズトウロウ》と申します」
「えっ?難波津さん?うちに仕えているのも難波津よね」
「左様にございます。難波津家は代々此花家に仕える家の者。本家の方と別れてかなり経ちますし連絡もほとんどしておりませんが、同じ一族にございます」
なんかこういうのは面白いな。
王家が別れた時に仕える家の者も別れ、それでもずっとそのままの形が残ってゆく。
この冬籠って人も、いかにも仕えている者って感じだし、血統って結構重要に思うね。
それにしてもこの人、一体何歳だろう。
歳を重ねた貫禄はあるんだけど、見た目は結構若い。
白髪があるので四十歳は過ぎてそうかな。
「ユニコーンはその辺で休ませておくよ。じゃあ策也お邪魔させてもらうよ」
「ああ。とは言っても軽く休むくらいの時間しかないけどな」
こうしてとりあえず俺たちはしばらく休憩するのだった。

霧島の目にイテコマスの町が見えてきた。
俺たちもそろそろ準備が必要だ。
「そろそろ到着する。みんな外へ出て転移の準備をするぞ」
「うむ」
答えた貴信だが、表情には緊張の色が見えた。
倒した深炎熊を見たからといって、俺たちの強さの本当の所は知らない。
俺が見た所、この貴信は中級から上級者レベルだ。
素のリンよりもレベルが低いだろう。
冬籠や一角獣という仲間がマスタークラスの強さを持っていても、本人の実力がやはり自信と直結する。
緊張も仕方がない所なのだろうな。
ところで今更だけれど、冬籠はどうして馬車が倒される前に出て戦わなかったのだろうな。
まあ出た所であの数の深炎熊相手では全く勝ち目はないか。
「霧島で見た所、既に町には大量の魔物が入ってきている。上空から霧島とその他で別々の所へ降りて、二手に分かれて魔物を殲滅する」
「オッケー!魔物の強さはどれくらい?」
「霧島の目で見た感じだと環奈の話だからハッキリとは言えないが、強いヤツでもさっきの深炎熊レベルだな。とにかくそれくらいまでのがゴロゴロ大量にいる」
「じゃあなんとか僕でも戦えそうですね」
「ただ無理はするなよ。俺も回復や蘇生はできるが、見た事もない魔物も結構いる。慎重にいってくれ」
「了解しました」
大丈夫だとは思うが、おそらくは魔界の扉からこちらへ来たばかりの魔物たちだ。
俺たちの知らない能力を持っているかもしれない。
「一応私が回復魔法と防御結界魔法が使えます。貴信様だけはしっかりと守ります故、存分にやっていただけれたらと思います」
「分かった」
なるほど。
冬籠はクレリック系魔法使いだったのか。
戦闘力はあてにしないでおこう。
「じゃあいくぞ!」
みんなが頷くのと同時に、俺は瞬間移動魔法を発動した。
次の瞬間俺たちはイテコマスの町中に立っていた。
町には沢山の魔獣が|闊歩《カッポ》している。
「霧島と陽菜は魔物を倒しながら町を見て回ってくれ。陽菜は無理しなくていいぞ。島津洋裁を最優先に探してみてくれ」
「了解ですぅ。でもできるだけ魔物を倒せるように頑張ってみますわぁ」
「ああ。最悪ヤバい時は全力防御で体を固めれば、死ぬことはないよ」
「ほな」
陽菜は飛び立った。
霧島は既に魔物を倒しつつ俺たちの視界から消える所まで移動していた。
「それにしても数が多いですね」
「これ、油断するとヤバいわよ」
リンの言う通り、ちょっと油断したら草子辺りはヤバい。
リンは吽龍の鎧で守られているから、そう滅多な事で致命傷を負う事はないだろうが、草子はやられる可能性がある。
これは仕方ないな。
俺は現在使っていないゴーレムを全て召喚する事にした。
まだエアゴーレムだけどこの相手なら十分やれる。
「不動はみゆきの所へ。仙人は草子を守る。|依瑠《ヨル》と|津希《ツキ》はとにかく魔物を倒せ」
とかなんとか言わなくても全部自分だから良いんだけどね。
知らない貴信とかもいるし、一応ね。
ちなみに依瑠はアサシンメイド型の、津希はある意味怖いメイド型のエアゴーレムだ。
セバスチャンと合わせて将来我が家の世話係にしようと思っている。
良い魂が手に入ったらの話だけどね。
しかしこれは酷い状況だ。
千里眼と邪眼を使って町を調べた所、おおよそ七割くらいの人間が既に死んでいる。
そして残りの半分以上は怪我をしているようで、概ね生き残っている住人は避難所に隠れていた。
肝心の島津洋裁だが、マスタークラスの使い手は何処にも見当たらなかった。
かなり弱っているのか、それとも死んでいるか。
不動がみゆきに接触できたら、住民の蘇生を優先してもらおう。
魂があるかどうかわからないので非効率だが、魔力が底なしの今のみゆきなら大丈夫だろう。
そして俺も、蘇生と治療を優先する事にした。
魔物退治は俺とみゆき以外で行ける。
ゴーレムもいるしな。
そんなわけで、俺はただひたすら蘇生を繰り返していった。

町中の魔物を全て討伐するのに一時間を要した。
更にそこから、環奈・悟空・風里・ゴーレムたちには町の外へも行ってもらった。
そんな頃、町の片隅で陽菜が一つの死体を発見していた。
貴信に確認してもらった所、洋裁だった。
陽菜に呼ばれ急いで駆け付けたが、もうそこに洋裁の魂はなかった。
洋裁の亡骸は、母親と子供をかばうように倒れていた。
身を投げ出して助けようとしていた事がハッキリと分かるものだった。
「うおぉー!洋裁!まさかお前が死ぬなんて!うわぁー!」
貴信は洋裁の亡骸を前に泣き崩れた。
リンも目に涙を浮かべていた。
「蘇生、できないんだよね‥‥」
「ああ。死んでから一日以上経っている。もう魂が何処にも見当たらない。おそらく成仏しちまっているな」
みゆきは黙って手を合わせていた。
せめて安らかな眠りを。
そんな優しい魔力が辺りを包んでいた。
結局、蘇生して回ったが助けられた民は四割にも満たなかった。
この魔獣の襲撃によって、イテコマスの町の住民の半分以上が死んだ。
日が暮れるまでにはなんとか辺り一帯全ての魔物を討伐し、俺たちは領主の屋敷に集まっていた。
「どうしよう。まさか洋裁が死んでしまうなんて。洋裁じゃなきゃこの町は統治できないよ。それに僕が任されていた町でこんな事になったと知れたら、此花と島津の関係もどうなるか分からない!」
「いや流石に今回のは仕方ないだろ?」
「そうとも言えませんよ。仕方ないで済まないのが王族同士の関係です。死んだ時に貴信さんはこの町にいなかったわけですし」
「総司の言う通りね」
全く面倒な事だな。
そんなんじゃ何時まで経っても平和な世界なんて来やしないだろう。
「だったらまだ生きてるって事にしたらどうだ?とりあえず俺のエアゴーレムで生きているようにふるまって、落ち着いてから不慮の事故で死んだ事にすればいい」
「そんな事できるのか?!」
「策也ならできるでしょうね」
「多少心は痛むがな」
「でもそれが一番平和な解決かもしれません」
洋裁はなかなかいい王子だった気がする。
この町の住人も洋裁の安否を気にする者が多かった。
本当の事は言えず『捜索中』という風に答えておいたのは幸いだったかもしれない。
「とりあえずそれで行きましょう。島津は領地こそ失っているけれど戦闘力は侮れない王族だし、此花第二王国は領地こそあるけれど力はあまりなさそうですしね」
「確かに‥‥麟堂姫たちの強さを見て、僕たち第二王国の弱さを痛感したよ」
このパーティーを見て判断はしない方が良いと思ったが、でもこの第二王国が弱いのは間違いないだろう。
冬籠は側近のようだけど、それでもギリギリマスタークラスだ。
しかも戦闘に向かないクレリック系魔法使い。
もしも此処にドラゴンクラスの騎士が五人、いや二人でもいい。
いたら結果は大きく違っていただろう。
こうして洋裁が死んだ件はしばらく隠す事となった。
次の日、洋裁のエアゴーレムを作った俺は、民衆の前で演説を行った。
貴信にみっちりと洋裁のキャラを教わって挑んだので、おそらく偽物だと気づいた者はいなかっただろう。
「自分は、みんなを守れなかった。ゴメン。だから、このまま魔物を放置はできない。この町を救ってくれた冒険者と共に、魔界の扉を探しに旅に出ようと思う。扉を閉じたら、きっと戻ってくるから」
こうして偽物の洋裁は俺たちと共に旅に出て、その途中で死ぬという筋書きだ。
これなら誰が悪いという事にもならないだろう。
これは自らの意思で行う事。
島津の王様には洋裁のダイヤモンドカードからメールをしておいた。
しばらく領地を貴信に任せて旅に出ると。
少なくともこれで、今現在まだ洋裁は生きていると認識されるのだ。
「とりあえずこの町の守りにゴーレムの一体、霧島を置いていくよ。それなら万一の時は俺たちやセバスチャンなんかも助けに来られるしな」
「ありがとう弟よ!」
「だから従弟だって」
ちょっとアレな王子だけど、なんとなく悪い気はしなくなっていた。
「よし!じゃあ出発だ!」
俺は洋裁を召喚したまま、イテコマスの町を出て行くのだった。
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