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薩摩王国の伊集院王子

『一体誰がこんな事を‥‥』
『父さん。僕が馬鹿を始末しておきました』
『お前まさか!?なんて事を‥‥』
『問題ありましたか?どうせ殺すつもりだったんでしょ?あんな馬鹿を生かしておく意味はありませんよね?』
『だからお前は駄目なんだ。私の教育が間違っていたか‥‥お前は王の名において勘当する。どこにでも行って好きに生きるがいい』
『どうしてそうなるんですか?僕は正しい事をやったはずだ!』
『それが分からないから勘当するんだよ』

六華の誕生日の朝、いきなり嫌なニュースが飛び込んできた。
「おいおい、いきなり殺るかねぇ‥‥」
速水諸道元国王とその一族が全て暗殺されたのである。
昨日速水王国は伊集院王国に吸収された。
速水家を迎えるパーティーがささやかに行われた後の出来事だったそうだ。
やったのはおそらく伊集院か有栖川のどちらかだろう。
『我々は同士速水一族を殺した奴らを許さない!』
伊集院がこんな発表をしている所を見れば、やったのは伊集院か。
それ以外なら有栖川しか考えられないわけで、事実上これは有栖川への宣戦布告となる。
だから伊集院がやったと見ているのだが、一緒に大仏の娘も殺害されているんだよな。
六華の誕生日パーティーが終わった後、俺たちはいつものように庭のガゼボで話をしていた。
「このニュース、どう思う?誰が速水を殺ったんだろうなぁ」
「こんな事するのは有栖川しか考えられないんだよ」
「私もそう思うわ。伊集院はなんだかんだギリギリまではこういう手は使わない印象よね」
金魚もリンも犯人は有栖川と見ているのか。
確かに伊集院がこの程度の事で暗殺なんて手を使ったりはしなさそうだ。
それに大仏の娘が一緒に殺されているのだからそう見るのが正しいのだろう。
でも伊集院の発表はどうも引っかかる。
あれほど熱く犯人に対して敵意を向けた後、有栖川が『自分たちがやった』とか言い出したらどうするつもりだろうか。
世界の覇権国家同士の戦争が始まって、大量破壊魔法の撃ち合いにでもなったら洒落にならない。
とりあえず禰子には状況を確認するよう指令は出してあるが、もしも有栖川が犯人だったら俺はどうしたらいいんだろうか。
「わたしはなんとなく犯人はどちらでもない気がするなぁ~。不自然だよ。どちらの利益にもならないよね?」
「確かにみゆきの言う通りだな‥‥」
こういう時犯人を捜すなら、まずはそれによってメリットを得られる者を探す訳だが、どちらにもメリットがない。
伊集院が大仏の娘を殺したら大切な幹部を失いかねないし、有栖川がただの憂さ晴らしで伊集院を敵にするとも思えない。
この両者を争わせたい者と考えると九頭竜かもしれないが、この両者を争わせるリスクを考えればできないよな。
『お兄ちゃん、犯人が分かったよ』
禰子から突然テレパシー通信が入った。
これっていつも突然だから少しビックリするんだよね。
電話の着信音的なのを先に鳴らせるようにした方がいいのだろうか。
それはそれで驚きそうだけどな。
『おっ!マジか。やっぱり有栖川なのか?』
『うううん、違うよ。どうやら内部の裏切り者だったみたい』
内部の裏切り者だと?
国なんてなかなか一枚岩とはいかないモノだが、これだけデカい王国でもそんな奴がいるんだ。
いや大きな国だからこそか。
『裏切り者っていうか、指示を出したのは第一王子だってさ。でも勘当される事になったみたいで、もう王子じゃなくなるみたいだけど』
『王子の暴走か‥‥』
ありがちな話だよな。
無能な王子が勝手な忖度をして手柄を得られると考えるパターン。
『分かったありがとう禰子』
『いえいえ。じゃあまたねお兄ちゃん』
『おう!』
そんなわけで一応犯人は分かった。
「今禰子からテレパシー通信が入った。犯人が分かったぞ」
「誰だったの?」
「絶対有栖川なんだよ」
「正解は、伊集院の第一王子の勝手な暴走だとさ。みゆきが正解だな」
やっぱりみゆきの勘は鋭いね。
「やっぱそうかぁー。変だったもんね」
「でもそうするとあの伊集院の声明。息子でも許さないぞって事?」
「どうやら勘当されたみたいだな。まあでもこれで有栖川の気も晴れるだろうし、大きな争いにならないみたいで良かったじゃないか」
伊集院は領土を得たが王子と大仏の娘を失った。
有栖川は利益を得られなかったが、伊集院のその事態は内心喜んでいるだろう。
この両者、表向きは結構連携していたりするけれど、裏では仲悪いんだよ。
その両者の戦争になる可能性があったけれど、これで回避されるような気がする。
結果的には最高の結果かもしれない。
なんて思っていたんだけれど、この後とんでもないニュースが速報された。
なんと伊集院の王子が家を離れるにあたり、一部領土を奪って独立を宣言したのだ。
『これからは伊集院を離れ「薩摩」を名乗り独立する!薩摩王国の誕生だ!』
「王子がまさか領土を奪って独立するとはな」
「奪った島は大陸と言ってもいいくらいの大きな島よ。それに海上輸送の要所だし、この王子がそこの王様だなんて荒れるかもしれないわね」
薩摩王国が建国されたのは、西の大陸の北と南の間にある大きな島だ。
この島の北側も南側も重要な航路となっており、此処を封鎖されるような事になれば大陸間の海上輸送がほとんどストップするだろう。
もちろんそんな事はしないだろうが、バカっぽそうな王子だし何か荒れそうな予感はあった。
その懸念は直ぐに現実のものとなる。
薩摩王国国王は、間もなく有栖川へと戦線布告したのだ。
『力があるのにどうして父さんは何もしないんだ。こんな世界、力で言う事聞かせればいいだけじゃねぇか!』
この世界には、なんとか皆で相談し同意しながら作り上げて来たルールがある。
悪い所もあるけれど、長年の試行錯誤は評価できるものだ。
でも当然そんな世界が合わない人もいれば、力による分かりやすい世界を望む人もいるもので。
こういう革命家を許せば今まで積み上げてきたものが全て水泡に帰する。
それでしか解決できない事もあるだろうけれど、この世界はそこまで落ちてはいないと思うぞ。
まあでも大量破壊魔法なんてものは使われないだろう。
こういう奴は民を犠牲に戦いそうだから、その部分に関しては心配だけれど、有栖川相手なら痛い目みるのだろうな。
とりあえずしばらくは様子を見るしかないか。
なんて思っていたのだけれど、数時間後にミケコからテレパシー通信が入った。
『兄上様!謎乃王国に有栖川から助太刀要請が入りました。気に食わない奴らですが、助けを求める者を見捨ててはおけません。そんなわけで助太刀してまいります。それでは急ぎます故』
「・‥‥・‥‥・‥‥」
ミケコは関わらないでいい所に関わっていくのだな。
有栖川と言えばお前をずっと言いなりにして使ってきた奴らだぞ?
そんな奴らに助けを求められて助けるのか?
それに有栖川はきっと戦力を持っている。
完全に良いように使われているだけだぞ。
そう思いながら、どうしてか俺はそれを言えなかった。
なんだろうなぁ。
細かい事は関係なく、助けを求められたら助けるか。
眩しすぎるぜミケコ。
「大変なんだよー!ニュースを見るんだよ!ミケコちゃんが有栖川なんかに味方するって言ってるんだよー!」
「そうみたいだな。仕方ないから俺も手伝ってやるか」
「えっ?策也さんも行くんですか?有栖川なんだよ?」
「ミケコが助けるって言うからな。それに相手は伊集院の元王子だ。おそらく伊集院の主力に近い力を持った者が出てくるだろ?確認の為にも見ておかないとな」
有栖川の為に戦いに行くんじゃない。
ミケコが行くから行くんだ。
そう思うとなんとなく悪い気分ではなかった。
「一人で大丈夫?」
「そうだな。金魚を連れて行くのは今回は危険そうだし、アルカディアから太妖と日凛を連れて行くよ」
「無事を祈ってるんだよ」
「大丈夫だよ。俺はみゆきの次に最強だからな」
「策也ー!あんたミケコちゃんを放置しすぎじゃないー?」
五月蠅いのが来たな。
「じゃあリンが来る前に行ってくるわ」
俺は金魚にそう言うと、瞬間移動魔法で秘密基地へと移動した。
そこで太妖と日凛を拾って攻撃対象にされている有栖川領へと飛んだ。
さて何処にいるかな。
テレパシー通信で聞いて戦闘中だと足を引っ張る可能性がある。
俺みたいにいくつも思考がある訳じゃないからな。
町の方は気配を感じないし、来るなら海側からだろう。
「太妖は西側、日凛は東側の海沿いを探してくれ。俺はこのまま北に向かって探してみる」
「分かりました‥‥」
「オッケー!見つけたら連絡しますね!」
二人は左右に分かれて飛んで行った。
俺はそのまま北上しミケコたちを探す。
でも敵の気配も何もなかった。
十分ほどで海まで出た。
どうやら俺の探していた場所にはいなかったか。
するとすぐに日凛からテレパシー通信が入った。
『いましたよ。戦闘中です。結構押されてますね』
『分かった今行く。太妖も東に来てくれ』
『了解です』
俺はすぐに日凛と視覚を共有し瞬間移動した。
眼下ではミケコたちが必死に戦っていた。
うららがいても手こずっているか。
敵はかなり強い。
見た所ただのヤローなんだけどな。
「日凛、いくぞ!」
「アイアイサー!」
遠くからコッソリサポートとか言っていられる相手でない事はすぐに分かる。
アレはおそらく闇の神クラスだ。
うららはその中でも最下級。
タイマンだと間違いなく相手の方が強い。
それでもミケコが場をひっかきまわしながら上手く戦っていた。
雲長と髑髏はいないのか。
本国の守りにおいてきたのだろうが、これは正解だろう。
いてもあの相手では戦力にならない。
「僕にやらせてー!」
日凛が飛んで行った。
日凛はここ十年で更に強くなっている。
といってもやはり今回の敵に勝てるほどではない。
しかもミケコたちと連携が取れる奴じゃないから、この参戦はマイナスだった。
「そこで攻撃は駄目なのですよ!」
「えっ?うわっ!」
日凛は敵の裏拳をモロに食らってフッ飛ばされていた。
体が少し魔砂に戻っている。
今の一撃で体の維持が難しいくらいにダメージを負ったのか。
とはいえ死ぬ事はないだろうから今は放置だ。
俺はミケコの横へと降り立った。
「なかなか強い敵だな」
「兄上様!面目ありません。ミケコたちでは突破口が見つけられないのです。お力をお貸しください」
うんうん素直でいい子だ。
勝てないのに無理をする奴もいるけれど、ミケコにはこうやって素直に助けを求めてもらえて嬉しいよ。
「お兄ちゃんにまっかせなさーい!」
俺は一歩前に出た。
なんとか敵を押さえていたうららと明星も下がってきた。
「策也さん。あの人かなり強いです」
「あれ、人間の力の域を‥‥超えています‥‥」
「あれは多分闇の神を人間として蘇生したものだ。一応うららと似たようなもんだけど、あっちの方が上のクラスの奴っぽいな」
「うららじゃ勝てそうにありません」
まあでもうららが負ける事もないだろうけれどな。
無敵のオリハルコン製だから。
とはいえ勝てなければ止められないわけで。
でもこの相手なら、俺じゃなくても参星や王仁で勝てたかな。
魔力的には東江夫妻でも勝てない相手じゃない。
問題はどんな能力を使ってくるのか。
「みんなは雑魚狩りしておいで。こいつは俺が倒す」
「分かりました兄上様!うらら、明星、行くぞ!」
「はあい!」
「承り‥‥」
さて、どんな能力を使ってくるか。
まずは軽く触れたい所だな。
俺は一瞬のうちに後ろへと回って肩をポンと叩いた。
ウェンディゴの高速移動には闇の神でもついてはこれない。
攻撃はできないけどね。
でも移動して一旦止まればなんでもできるわけで、つまり移動の力を攻撃に活かせないだけで使い道は十分にあるのだ。
ほうほう、能力は主に『炎を操る』事か。
後は『炎の吸血鬼を召喚』ね。
その吸血鬼が魔力や記憶を奪ったり、赤と青の稲妻で攻撃してくると。
つまりこいつはクトゥグァか。
この程度の奴なら普通に叩けば勝てるんだけど、きっとどこかで撮影している奴がいるんだろうなぁ。
なるだけ映らないように勝つには、マンティコアの透明化を使ってウェンディゴの高速移動、からの精神攻撃だ!
俺は山女のようにじっくり精神を壊す事にした。
戦わない戦いの時間が流れていく。
徐々に敵の精神が壊れて行くのが目に見えて分かった。
マズイと判断したのだろう。
敵は逃げようとした。
俺はそれを先回りして止める。
姿は見えなくても敵には俺が分かるはずだ。
敵は炎の吸血鬼を召喚してきた。
この辺りの雑魚なら普通に倒しても強いようには見えないだろう。
赤と青の稲妻が俺に落ちて来た。
雷に対して百パーセント耐性のある俺でも、これは割と効くぞ?
別の属性が混じってるんだろうな。
俺は一気に殴り倒した。
魔力と記憶は噛みついて奪うのか。
コピーした所であまり使えそうにないけれど、尋問する時に記憶を奪えば殺さなくても済むのはいい。
ではそろそろとどめと行くか。
強そうに見せずに勝つなら、やはり誰かに倒してもらうのがいいか。
敵は既に精神異常で動きが鈍い。
これなら結界にも閉じ込められるだろう。
「魔力ドレインの結界、エーンド魔力ドレインの拘束!」
俺は魔力ドレインの拘束で完全に魔力を封じた。
「ミケコ!とどめを頼む!」
「分かりました兄上様!」
空中に上がって戦っていた俺たちの所に一気に上がってきたミケコは、自然落下に入った敵を一撃で仕留めた。
「ナイス一撃だ!」
「恐縮です!」
俺は忘れず魂を回収しておいた。
さて敵の雑魚たちだが、大将が殺られたからか撤退を開始し始めた。
それを有栖川の騎士団が追いかけていた。
その頃ようやく太妖がやってきた。
「あれれ?もう終わりですか‥‥」
日凛も近くにやってきた。
「いやぁ、僕に勝てる相手じゃなかったですね」
「今回のは強すぎたよ」
「でも兄上様にかかれば余裕なのです!」
まあそうなんだけどさ、おっとヤバい。
何処かできっと撮られているだろうし、俺はさっさと退散しよう。
「じゃあミケコ、後は任せた。まだ敵が来るようなら呼んでくれ」
「了解です兄上様」
俺は太妖と日凛を秘密基地へと送ってからマイホームへと戻った。
戻ってから気が付いたんだけど、よく考えたらうららもミケコも視覚共有できたからすぐに駆け付ける事ができたんだよな。
いくら魔法記憶で全て覚えていても、処理できるメモリが少ないから頭が回らないよ。

結局俺が参戦した戦いの後、薩摩王国が有栖川領へ進攻する事はなかった。
『有栖川への進攻は取りやめる。父から止められたのでな』
そんなんで許されるのか?
有栖川がそれでどう対応するかはともかく、とりあえずこの王子の無謀な挑戦は一瞬にして終わった。
きっとあのクトゥグァの戦士がいたら余裕で戦争に勝てると思っていたんだろうが、当てが外れたな。
普通に見ればあんなのがこの世界にいるだけでおかしいわけで、そう思ってしまうのも無理はない。
でも一人いるなら他にもいると考えられないかなぁ。
俺もこの世界に来た時は最強と思っていたよ。
みゆきに会って、色々な人に会って、初めて世界を知ったのだ。
他人をバカにはできないか。
さて俺は早速クトゥグァの魂を蘇生する事にした。
今回も魔砂ゴーレムだ。
半分は俺の意思で洗脳しないと、味方にならないだろうからな。
はい蘇生完了っと。
「ん?僕‥‥どうしてたんだ?」
「俺たちに殺されたんだよ。それで俺の仲間として蘇生させた」
「ああ、僕負けちゃったんだ?」
「そういう事だな。だからおとなしく言う事を聞いてくれよ」
「仕方ないね。僕が最強になるまでは従う事にするよ」
なんか結構洗脳しているはずなのに、割と不安な事を言いよるな。
こういう奴はあまり傍に起きたくないんだよなぁ。
なるべくどうでもいい所で仕事をさせよう。
「苗字は付けられるのを適当に付けるとして、名前はそうだなぁ~‥‥『|炎魔《エンマ》』にしよう」
「炎魔ね‥‥まあ悪くないんじゃないかな。僕には合ってる」
本人も納得してくれて良かったよ。
こうして俺は新たに強力な戦士を手に入れた訳だが、とうとう俺の強さがバレてしまったかもしれない。
今回の戦いの一部始終はネットにアップされていた。
『やってきたのは此花策也だよな?』
『その後姿が見えなかったけど、どうやら薩摩側の戦士と戦っていた感じがする』
『姿が見えないレベルってヤバくね?』
『でも実は逃げてただけかもしれない』
『とどめを刺したのはミケコだし、強いのはミケコじゃね?』
『ミケコが強いのは間違いないと思う』
『此花策也は分からないな。ただ言えるのは、こいつが来てから一気に形勢が逆転したって事だ』
『ミケコと何か話しているみたいだけど、何話してるんだろうな』
『映像の距離が遠いから分かんねえよ』
『ミケコの兄上様ってもしかして此花策也だったりして』
『そういえば昔いた英雄パーティーの策也が謎乃汽車じゃないかって言われていた事あったよな』
『関係がありそうな気もするな』
『何にしても今回の戦いで此花策也が謎乃王国となんらかの関係がある事が分かった』
『面白い展開を期待しているぜ』
とりあえずこんなコメントが映像に付けられていた。
何時の時代もただの傍観者ってのは楽しそうだ。
当事者は大変よね。
何にしても薩摩王国誕生からの大荒れ展開は一旦回避されて良かったよ。
最後に‥‥。
記憶を奪う能力で尋問せずに済みそうだと思ったけれど、動物で試したところ記憶を奪ったら自分が死なないと記憶を返せないようだった。
『尋問の代わりには使えなくね?』なんて思ったけれど、ゴーレムでやって解除すれば記憶は戻ったようだった。
つまりゴーレム解除って死ぬのと同じなのね‥‥。
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