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バクゥの魂と何かがおかしい町

「三枚の住民カードを調べた結果、死んだ木花咲耶と元々の此花策也、そして最近四十八願領内で確認されている浦野策也のものと分かった」
「木花咲耶と浦野策也という人物は同一人物だったんですね」
「そのようだな。そして此花家に入ったのは、あの噂通りで間違いなさそうだな」
「此花麟堂が魔王を倒す為にこの闇の冒険者を雇ったって話か」
「その際木花咲耶は王族の地位を要求したそうだ」
「気になるのは三枚のカードが全て誰か別の者のカードだった事だ」
「それも分かっている。此花策也のカードは元々御伽総司、つまり此花麟堂の婿のものだ。最初は貴族のものをそのまま渡したようだな。しかしそれに納得できず書き換えたという話だ」
「他の二枚は?どうなのです?」
「どちらも魔王に壊滅させられたイヌの町で死んだ者のカードのようだな」
「死者のカードが使えたのは何故だ?」
「皇に確認したが、カードが使えるようにした事はないとハッキリ言っていた。おそらく最近よく聞く秘密組織が関係していると思われる」
「秘密組織か。浦野策也はウニ十字結社に所属してたという話があるが?」
「代表に確認した所によると、席だけ置かせてくれと頼まれたので所属はしていたが、色々援助してもらっただけで一度も一緒に行動した事がなかったそうだ。ニュースで死亡を知ってショックを受けていると言っていた。嘘を言っているようには感じなかったな」
「秘密組織との関係はないでしょう。ウニ十字結社のリーダーは慈善活動をするために貴族を捨てた男です。あのヘタレが秘密組織と関係があるとは思えません」
「同感だな。それに少なくともウニ十字結社に脅威は全く感じなかった。秘密組織もあの程度なら問題がないという事だ」
「それにしても木花咲耶か。今更だが少し印象が違うな。魔物の味方をするくせに慈善活動に援助をしていたとは」
「とりあえずこの件はもう解決でいいだろう。しかし我々も貴重な駒を多く失ってしまったな」
「思った以上に殺られた。想定以上に木花咲耶が強かったのか、それとも事前に襲撃が知られていたか」
「計画が洩れていたとは思えないな。だったらもっとしっかりとした防衛体制を敷いていただろう」
「その通りだな。とにかくしばらくは平穏を期待するしかあるまい。皆の者心されたし」

俺たちは今、九頭竜領内を東へと向かっていた。
目的は東の端にある『オモヤミ』の港町へ行き、そこからザラタンの大和に乗って南の大陸へと渡る為だ。
その途中、明日にはオモヤミへ到着かといったあたりで、俺は命がけのチャレンジをしようとしていた。
黒死鳥王国で海神が殺された時、俺は二十七人の刺客の魂を手に入れた。
当然強い魂は兵隊として使いたいわけだが、スマホに憑依させて調べた所、どいつもこいつも俺に協力しようとするものはいなかった。
しかしそれで諦める俺ではない。
元黒死鳥の飛島を蘇生した際、俺が最も愛着を持って使用していた霧島ゴーレムを使ったら、多少の意識共有ができてしまった。
これはおそらく、俺の魂がこの体に何かしら影響を与えているせいだろう。
だったら、そういうゴーレムを沢山作れば、どんな魂でも俺の意思によってコントロールできるようになるのではないかと考えた。
もしそれが可能なら、バクゥの魂だって蘇生させる事ができるかもしれない。
しかしバクゥの魂は、人間のような心を持った存在ではなかった。
何もない何も考えない空っぽの存在。
夢魔、或いは無魔とも呼ばれる所以はそこにあるのかもしれない。
でもそれならそれで、自分の意思を植え付けられれば、人間のようなゴーレムとして蘇生できるのではないかと考えた。
ただ完全に俺の意思で埋め尽くすとなると、ゴーレムでは途方もない年月が必要かもしれない。
そこで思いついてしまったのが、俺の体に魂を入れる事だ。
大魔王が俺の体を乗っ取ったように。
バクゥには意思がないわけで、おそらく入ってきても何も影響はないだろうし、力だけが取り込める可能性が高いと思えた。
ならば実際にやって確かめようと、俺はみゆきをこの場所へと呼んでいた。
「よし試すぞ。まず魂一つ分の空きを体に作る。そこにバクゥの魂を取り込む。上手く行けば俺は倍強くなれるはずだ。だが失敗する可能性もあるからみゆきに来てもらった。何かあったら俺を蘇生解除で殺してくれ。そして大魔王を相手にした時のように蘇生してくれればいい」
「わ、分かったよ。わたし頑張る!」
「大丈夫だ。俺の体がたとえ乗っ取られてもすぐには動けないよう強力なオリハルコンロープで固定している」
「それ自分の事っすか。頼むから上手くいってよね‥‥」
なんとなく俺は成功する気がしているし、ここまでする必要はないと思うが、一応念の為ね。
「大丈夫な間は俺の指先に青い炎を灯らせておく。これが消えたり他の色になったら駄目だという合図だ。それじゃいくぞ」
俺はまず妖精霧島を体の外へと出した。
取り込みが成功すれば別の魂を切り分ける予定だが、とりあえず一部屋空けるだけだからこれでもいい。
そこにバクゥの魂を取り込んだ。
なるほど、これが無か。
本当に何もない魂だ。
魔力以外はな。
でも自分より大きな魂を取り込むとなると、意識よりも体の維持の方が難しいと感じた。
これは‥‥。
意識共有ができるようになるまで、体の爆発を抑える事が必要というわけか。
でもこういう時に役立つ能力が俺には既にあった。
魔力を外へ垂れ流し、体を収縮させる能力。
みゆきの能力だが、俺はこの力を既に得ていた。
みゆきの事は何度も触っているからね。
「大丈夫だ。しばらくこのままを維持する」
俺の言葉に、みゆきはほっと一息吐いたが集中は切らさなかった。
皆がとりあえず安心して食事をする中でも、みゆきは俺の傍で状況を見守ってくれていた。
「ありがとうなみゆき。大丈夫だけどどこで何があるかもしれないもんな」
「そうだよ。もう大切な人は死なせないよ」
最近大切な父親を亡くしたばかりだもんな。
俺までいなくなるわけにはいかない。
油断せず最後までバクゥの魂を取り込むぞ。
そんなこんなで瞑想するようなまるっきり逆のような状態を三十分続け、俺はとうとうバクゥの魂の取り込みに成功した。
「よし!もう大丈夫だ。バクゥの真っ白な心に俺の意思を上書きできたぞ!」
俺がそう言った瞬間、俺の額が横に少し割れた。
そしてそこに第三の目が現れた。
「えっ?」
「策也!」
「大丈夫なの?それ?」
「みなさん、一旦距離を取りましょう!」
エルの言葉に、全員が俺から離れ距離をとった。
洋裁もロープからオリハルコン洋裁へと変わって後ろへ跳んだ。
「お、おう!大丈夫なようだ。これはバクゥの目のようだな。そしてバクゥの能力が三つほど使えるようになったらしい」
「そうなんですか?」
「策也?うん。大丈夫みたい」
みゆきがそう言うと、皆はホッと肩を下した。
俺の言う事よりもみゆきの言う事の方が信頼できるのね。
まあこの状況じゃそうなるか。
「なかなか面白い能力を得たぞ。まずはバクゥビームだ!」
「額の魔石がビーって出していたヤツだね」
「そうそうそれそれ。オウムビームに似ているが、こちらは発射タイミングが瞬時なのでいいかもな。ただバクゥの目を開ける必要があるから似たようなものか」
目からビームって、ヴァンパイアの能力にも少し似ているな。
「次に深淵の闇を作る能力。ただしすぐに閉じる事もできそうだな」
使い方によってはブラックホールに敵を落とすような使い方ができるかもしれない。
「それはもしかしたら恐ろしい能力かもしれませんね」
「まあ色々と深淵の闇の事が分かるまでは使わないよ。向こうがどうなっているのかも分からないんじゃ軽はずみな事はできないしな」
なんてな。
人間界にある深淵の闇は十中八九精霊界に繋がっているはずだ。
機会があれば使ってやろう。
「その方がいいと思うのじゃ。またデイダラボッチとかやってきても困るしの」
「そうだな。そして三つ目の能力これが一番ヤバいかもしれない‥‥」
俺は試しに使ってみた。
魔力の消費が半端ねぇ。
こりゃ三十秒も続けられないぞ。
バクゥの魂を取り込んでなければ十秒続けたら俺が死んでた可能性がある。
魂は死なないけどな。
俺はバクゥの目を閉じてそれを止めた。
「どうヤバいんですか?」
エルが十秒経ってから俺に聞いてきた。
確かに止まっていたと確認できた。
「時を止める力だな。今使ってみたが魔力消費が半端なくて限界は三十秒って所だろう。十秒でもかなり魔力の消費がヤバいぞ」
「それはまた本当にヤバい能力ですね」
「夢魔。或いは無魔と呼ばれる存在のバクゥじゃ。時の流れの始点と終点の間を限りなくゼロにしてしまう。有っておかしくない能力じゃの」
「そんな能力を使われていたら、俺たちは勝てなかったな」
いや、今だから分かるけれど、無にする能力という意味で深淵の闇を作る能力とこれは同じなんだ。
そしてバクゥは常に深淵の闇を広げる魔獣。
決して時を止める力を無暗には使わない。
この能力を手にした別の誰かの方がヤバいと言える。
「無敵の策也がまた無敵になっちゃったね!」
「みゆき‥‥いや、俺はみゆきには勝てないから無敵じゃないよ」
蘇生解除もあるけれど、本当に俺はみゆきには勝てないのだ。
だってこんなに可愛いんだから。
「さてこの目は閉じてれば‥‥全く見えないし問題はなさそうだな」
なんとなく気持ち悪い感じがするけど、その内慣れるだろう。
そんな感じでとりあえずバクゥの魂取り込みには成功した。
俺はみゆきをホームまで送った後、微量な魔力を持った一つの魂を切り離し、妖精界で蘇生して俺の妖精を作った。
これを資幣の魂の隙間を埋めるのに使う。
今まで妖精資幣として力を貸してくれていた妖精には感謝だな。
ようやく自由にしてやれたよ。

さて次の日、俺たちはようやく西の大陸の東の端にあるオモヤミの町までたどり着いていた。
「この町、どうなってるんだ?何かおかしくないか?」
「綺麗な町に見えるんだけど、人の気配が少ないんだよ」
「一応商人も町には入ってきていますし、一見普通には見えるんですけれどね」
何がどうおかしいのか表現しづらいが、とにかく町の規模に比べて人がいないという印象だった。
港町という事で町は栄えているようなのだが、雰囲気は日曜日のビジネス街といった感じか。
「とりあえず冒険者ギルドに行ってみるのじゃ。そこで何かが分かろう」
「それしかないな」
俺たちは何時もの通り、町に入ればまず冒険者ギルドに向かうのだった。
ギルドの建物はなかなか規模も大きくて良かった。
しかし中に入ると、冒険者は一人もおらず暗い感じがした。
「どうなってるんだ?この町なら仕事も沢山あるだろう?」
「そうですね。掲示板には山のように依頼が貼ってあります」
「無料の情報端末が使用中止になってるんだよ」
どういう事だ?停電でもしているような対応だな。
停電?そうだ、魔力が不足しているようなんだ。
「魔力が足りないのか?魔力が足りないってのは、魔力を補充する人員が足りないという事」
「結局の所、人が少ないって事でしょうね」
エルの目線の先を見ると、ギルドの受付には人が誰も座っていなかった。
そして受付には『御用の方はお呼びください』と書かれてあった。
併設された飲み屋も閑古鳥が鳴いている。
ギルドに仕事はあるけれど冒険者はおらず、だからギルド職員も減って飲み屋も倒産寸前って感じだった。
みんなはギルド内を歩き回って、何が原因なのかを探していた。
何か問題がないとこんな事にはならないはずなのだ。
いや、ギルドだけの話じゃない。
町全体がおかしいのではないか。
俺はもう一度外を確認に行こうと思った。
「みんな!これが原因ではないかの?」
その時佐天の声が聞こえて俺は振り返った。
見ると佐天が飲み屋のテーブルに置かれたメニューを持ってそれを振っていた。
「飲み屋のメニューは各町で特徴はあるが、何処も同じ物を扱っていたりするじゃろ?」
俺は佐天の方へと歩きながら答えた。
「そりゃな。ギルドはチェーン店みたいなもんだから、飲み屋もそれに合わせている節がある」
「ミノ丼が二千円もするのはおかしいじゃろ?」
佐天の言うミノ丼とは牛丼の事ね。
転生前の牛丼とは少し違うが、値段はだいたい五百円前後だった気がする。
「それは高いですね。物が入ってきていないようには見えなかったのですが」
俺はメニューを手に取って確認した。
魔法記憶と照合し、どのメニューも三倍以上の価格になっているのが分かった。
「とにかく物価が高いな」
「物価が高くなる理由は物が足りない事が原因なんだよ」
金魚が上から目線でそう言うが、どうも普通の物価高とは違う気がする。
何にしてもこの町の状況、物価の高い事が何か関係ありそうだ。
そして物が高い原因こそが、この町のおかしさの原因かもしれない。
俺は飲み屋のおやっさんに聞いてみることにした。
「ちょっと話、聞かせてもらってもいいか?」
「ん?冒険者か。何が聞きたいんだ?」
「料理の値段が他の町と比べて倍以上するみたいなんだが、どうしてなんだ?」
俺が尋ねると、おやっさんは頭をかきながら答えてくれた。
「物自体が上がってる訳じゃねぇよ。単純にこの町は税金が高すぎるだけさ」
「えっ?税金?」
この世界の税金は、だいたい一律になっている。
でも決して変えられないわけではない。
「そうだよ。この町はだいたい普通の六十四倍の税金が取られる事になってるんだ」
「ろ、ろ、ろ、ろしあん‥‥じゃなくて六十四倍だとぉ?!」
頭おかしいだろここの領主。
なんでそんなに税金上げてるんだ?
「倍々に増やしていってとうとうここまで増えたんだ」
「どうしてそんな事を?」
「知らねぇけどな。噂じゃ税収を増やして領主が贅沢したかったみたいだぞ。でも増税するたびに逆に減ったらしくてな。ここまで増えたって訳だ」
アホだな。
税率を増やせば税収が減るなんて当たり前の事じゃないか。
経済活動が何も変わらなければ増えるが、経済活動はそんなに単純じゃない。
特にこの世界の住人は国家や町への帰属意識が低いから、税金が高くなれば簡単に町を出て他へと行ってしまう。
だからある程度統一されているんだ。
そんな世界で理由なく増税すれば、こうなるのは分かり切っている事じゃないか。
転生前の世界でも五公五民まで増えれば農民一揆が起こるレベルだ。
この世界はカードの使用税と消費税、後は既得権での収入を税としているが、今この町は使用税が六十四倍、消費税が転生前の世界の計算方法だと実質百八十パーセントになっているようなもの。
隣の町に行けば消費税が一パーセントになるんだったらみんな引っ越すのは当たり前だ。
しかもその税を贅沢する為に使うだと?
政府の役割は国家国民の生命財産を守る事だ。
そして領主はそれプラス町の安心と安全を守る事。
領主の役割なんて最低限考えるだけならほとんどお金なんて使わない。
魔物が町に入らないように防壁で町を守り、インフラは下水と道の整備、そして魔法通信ネットワークの構築運営くらいか。
魔物退治の為に騎士隊を結成し、町には警備隊を置く。
これだけでも十分なのだ。
税が余る町なら、学園を運営したり病院を作るのもアリだけど、なんだよ贅沢したいから増税って。
「そっか‥‥おやっさんありがとう。みんな、この町はもう出よう。この町に俺たちが望むものなんて何もないよ‥‥」
「今回は助けないんじゃな?」
「頑張ってる人を見れば助けたくもなるけど、そうじゃなさそうだからな」
それにここは九頭竜の町だ。
言わば完全な敵の町。
目の前の人を助けるのはいい事だけれど、それが敵国を利する行為だとしたら、いずれ自国民を苦しめるものとなってくる。
それにこの町にはもう普通の人は残っていないだろう。
潰れてくれた方が良いかもしれない。
「金魚、領主に言ってくるんだよ!」
「じゃあ自分も付いていくよ‥‥」
金魚は優しいな。
でもきっと、それをしたら逆上されて憎まれるんだよ。
「町の南の海岸にいる。終わったらそこで合流な」
「分かったんだよ」
金魚と洋裁はギルドを出て行った。
「行かせて良かったんですか?」
「今千里眼と邪眼で町を確認した。あいつらに敵う者はいないから大丈夫だろう。話を聞くかは相手にもよるけど、素直に人の話を聞く領主が此処まで税率を上げる事はないさ」
「つまり金魚たちは無駄な事をしに行ったのじゃな」
「何事も経験だ。それに百パーセント駄目とは言い切れないからな。僅かな可能性に期待するよ」
しかし予想通り、領主は聞く耳を持たなかったようだ。
「全く、金魚はこれでも元領主なんだよ。あの人頭おかしいんだよ」
「まさかちょっと言っただけなのに騎士隊に追われる羽目になるなんて‥‥」
いやいや予想通り過ぎる展開じゃないか。
九頭竜領の領地でこれだけ勝手な事ができる領主なのだから、自尊心の塊のような奴しか想像できない。
「でも一応言ったんだろ?だったら後は領主次第だな」
「それに会ってくれただけマジじゃの」
「そうですね。おそらく領主も何か助けを求めていたのだと思います」
そういえばそうだな。
一応元島津の人間もいるし、相手が貴族相当として扱われる身分だったとしても、会うとは思わなかった。
これはもしかしたらがあるかもな。
「今晩この海の沖に大和が迎えに来てくれる。そして明日か明後日には南の大陸の島津領だ!」
「それまでどうすんの?なんかまだ騎士たちが追いかけてくるんだけど‥‥」
「本当ですね。こんな所まで」
「しつこいんだよ。とりあえず逃げるんだよ」
「やれやれじゃの」
こうして俺たちの旅は、いよいよ南の大陸へと移るのだった。
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