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人間のルールと戦争

自分が当たり前だと思っている事でも、他人にとっては当たり前ではなかったりする。
例えば『歩きスマホは危ないからやってはいけない』と考える人もいれば『歩きスマホに危険はないしやってもいい』と考えてやる人もいる。
俺はどちらかというと後者の考えだ。
歩く速度でスマホを見ていた所で、何かあればすぐに立ち止まる事は可能だし、今までそれで何かにぶつかった事もない。
しかし前者の考えの人は、『自転車で走っていると歩きスマホの人にぶつけそうで怖い』という。
そこで俺は言う。
『自転車で歩道を走るのは交通ルール違反』だと。
でも『自転車で走ってもよい歩道もある』と反論される。
そこで俺は、『歩道を走る時は徐行がルールであるからぶつける事はないだろう』と反論する。
結局自転車と歩行者だと歩道では歩行者が優先だから、この論争では俺の考えの方が正しい事になるわけだ。
でも歩行者同士だと変わってくる。
正面から人が歩いてきた時は、『お互い半歩ずつ避け合うのがマナーだ』と言われれば、それは確かにそうかもしれないと思う。
俺は苦し紛れの反論として『地図を見て歩く事もできないのか?』と言うと、これも割と反論されにくい。
最終的には『気遣い程度の問題』と俺は結論付けるわけだが、これは議論した上での結論であり、なかなか此処まで考える人はいない。
よって当然テレビで歩きスマホが問題視されるような報道があると、『歩きスマホとか馬鹿のやる事だ!』なんて断言するヤツもいたりするわけで。
そうすると、その場にいる歩きスマホをしている者たちはどう思うだろうか。
心の中では『こいつの方が馬鹿だ』とか『こいつとは価値観が合わないから関わらずにいよう』なんて思われる事も有ったりする。
この世の中には正否で簡単に判断できない事が多いのだから、何事も決めつけて言うのはリスクが大きいのだ。
特に否定的な意見を言う時は、強く断言せずに言い方を考えた方がいいと思うよ。

俺たちは兎獣人の里の外に移動用の家を置き、その中で里長の娘であるバニーと話をしていた。
「この里は元々人間の町だったように見えるが?」
「はい。私たちの能力で人間を魅了して、皆さんには出て行っていただきました」
「それはまたとんでもなく酷い事をするもんじゃの」
「酷くないにゃ。兎獣人は住居を作る力がないのにゃ。だからこうやって手に入れる本能を持った種族なのにゃ」
「でも町を盗むのは良くないんだよ」
「だったら私たちはどうやって住まいを確保すればいいのでしょうか?私たちにはその方法しかないのです」
「そんはずはなかろう!お金を稼げばいいのではないか!」
「お金も住まいも手に入れる方法は同じにゃ!」
「それは間違っておる!」
「間違ってないにゃ!」
お互いの価値観だけで話していたら、こういう事にもなりますわな。
俺は手を叩いて話を止めた。
「はいはい。まずは落ち着こうなぁ。お互い相手の話はちゃんと聞かないと駄目だぞぉ」
「わらわはちゃんと聞いておるぞ。その上で間違いじゃと言っておる」
「私も当たり前の事しか言ってないにゃ」
こりゃ駄目だな。
最初に佐天が兎獣人のやり方に対して『とんでもなく酷い』と断言してしまった事で、話が正否でしか判断できなくなってしまっている。
こうなると当然相手の話を聞けなくなってしまうのだ。
「話を聞くってのは、まずは自分の考えが絶対ではないとして話を聞く事だ。そして相手の意見を聞いて理解するだけじゃなく、できる限り尊重する気持ちを持つ事なんだよ。今のお前たちにその気持ちはあったか?」
「人のモノを奪うのはいけない事ではないのか?それは決まっておる事ではないのか?」
「そうだな。少なくとも人間社会のルールとしてはそう決められている。でもそうではない世界もあるって事だ」
「そうではない世界?」
「例えばカッコウという鳥は、自分で卵を温めて子育てする事ができない鳥なんだ。じゃあどうやって子供を育てると思う?」
「そうじゃの。誰かに代わりに育ててもらうのじゃ」
「その通りだ。でも鳥は言葉を喋れないし、人間社会のようにお金で誰かにやってもらう事もできない。だったら無理やり誰かにやらせるしかないわけだ。他の鳥の巣に卵を産み、そして育ててもらう。その際カッコウのヒナは大きいから他のヒナよりも沢山の餌が必要になる。だから他のヒナを巣から落として自分だけ餌を貰えるようにするんだ」
「そんなの酷いんだよ」
「でもカッコウにとってそれは当たり前だし、それをしないと絶滅してしまうのだから仕方がない」
「確かに仕方がないかもしれんの」
「仕方がないんだ。でもカッコウの子供を育てさせられる鳥にとって迷惑なのも本当だ」
お互いが相手の立場に立って考えられるようになれば、議論はそこから動き出す。
「俺たち人間の常識と、兎獣人の常識は違うんだよ。でもヒューマンは言葉が話せて知能も高いからそれを理解できるし、その差を埋める方法を考える事もできる」
『常識』とか『当たり前』とか『決まっている』とか、そういう言葉で断定してかかれば、それはもう話を聞く気がないのと一緒だ。
逆に言えばそれだけを訴える人の意見ってのは聞く価値もないんだよね。
「さて、両者の言い分はどちらも分かる。だからと言って兎獣人のやり方は見逃せない」
「どうしてでしょうか。私たち兎獣人は、家で暮らす事を望んではいけないのでしょうか」
「そうじゃない。でも逆に他人から奪う事を良しとすれば、人間が兎獣人を皆殺しにして奪う事だって良しとなるけど、それはいいのか?」
「それは困ります」
「だよね。そこで人間は考えたんだ。人間の中にも色々な人がいるから、お互いの得意な所で助け合えばどうかってね」
人間はなんだかんだこの世界でも最大の種族なんだ。
そうなるには当然理由がある。
この助け合いこそが経済活動であり、それを可能としているのがお金なんだ。
お金って素晴らしいよね。
「私たちはどうすればいいのですか?」
「力のあるものが町や家を作るなら、そういう人たちにお返しできる事を考えよう。それも自分たちの得意な所でね。それでお金を稼いで、お金を使って家を建ててもらえばいいんだよ」
「お金を稼ぐ為に何ができるというのでしょうか」
「そうだな。例えば魅了の能力は、案外魅了されている方も気分がいいんだ」
なんというか、ある種の麻薬のようなものか。
甘い物を食べて満足したり、ギャンブルで射幸心を煽られたり、エロビデオで性的欲求を満たしたりするのと変わらない。
「それだと今までと同じではないのか?」
「いや、今までは騙して言いなりにして相手が望まない事をやらせているだろ?そうではなくて、魅了されたい人に対して同意の上で魅了を提供するんだ」
自分の能力を使って自分の利益を図ること自体は悪ではない。
アイドルなんて仕事も実は魅了サービスだからな。
可愛いや格好いいを感じたい人に感じさせてお金を貰う。
「どうせこのままだといずれ獣人の多くは人間に殺されてしまいかねないぞ。人間社会のルールで対等にやっていくつもりはないか?」
「人間のルールですか」
「俺もまだ今のルールに納得できていない所もあるし、変えられる所は変えていこうと思っている。でも基本的には獣人にとってもそんなに悪いルールではないと思うぞ」
「具体的に何ができるのでしょうか?」
「人間界には誰にでもできるような仕事もあるし、その魅了の能力を活かせばかなりお金を儲けられる仕事もできる。スケベオヤジと話をするのに抵抗が無ければ、バーの経営なんかもいいかもな。エロオヤジをみんな気分よくさせてがっぽり稼げるぞ!」
「そうくるのじゃな」
「兎獣人にとっては天職な気もするっすね‥‥」
「客が殺到しそうなんだよ」
黒死鳥王国ならきっと儲けまくれるぞ。
『あなたを魅了するバニーBAR』
魅了されたらきっと中毒になると思うんだよな。
下心あるエロオヤジに対しては魅了で撃退だってできるだろうし、ピッタリの仕事だよね。
「どうせこの先人間とは、なんらかの形でかかわって一緒に生きていく事になるんだ。もしも人間のルールで金を稼いで生きて行けるようになりたいなら協力する。仕事や住む町も紹介するから、やってみたいヤツがいるなら言ってくれ」
「本当ですか。実は私前々から興味はあったんです。でもどうすればいいのか分からなくて。人間の話もよく分かりませんし」
「だったら人間社会を勉強する所も作ってみるか。そこで一定期間勉強してから人間社会に進出するのもいいだろう」
なんとなく話して分かったよ。
人間と一緒に生きる社会教育ができていないだけなんだ。
言わば獣人は人間として子供。
だったら教育さえすればきっと上手くやって行ける。
転生前の世界でも移民問題って結構あったけど、教育さえしっかりできていれば問題なんてほとんど起こらないんだよな。
「もしもお願いできるのでしたら、お願いします。人間と一緒に普通に暮らしてみたいと思っている人は結構いるんです」
「分かった。それは約束しよう。ただちょっと話がそれてしまったが、話がしたかったのは小鳥遊で起こっている現状なんだよね。まあだいたい想像はできるけどさ」
おそらく熊獣人も犬獣人も能力の高すぎる子供なんだ。
小鳥遊をコントロールして世界の征服ごっこを楽しんでいるのだろう。
「多分ですけど、熊獣人の方は想像通りかもしれません。力を持った者が支配するという単純な考えで動いています。でもおそらく犬獣人は違うと思います。頭が良いので人間のルールにも詳しいはずですから」
そうか。
やっかいなのは犬獣人という事か。
そういえば猫獣人を排除しようと企んでいたのは犬獣人だったな。
とりあえずその作戦は失敗したけど、次はどんな手でくるのか。
俺たちの驚く行動をしてきそうで怖いな。
この後も俺はバニーから熊獣人と犬獣人の事を聞いた。
熊獣人の能力は、圧倒的パワーと強靭な肉体。
猫獣人よりも戦闘力は上だそうだ。
犬獣人の能力は、高い知能と広範囲に及ぶ察知能力。
俺の千里眼と邪眼を合わせたような索敵能力を持っていると考えられる。
ちなみに猫獣人の能力は、驚異的な反射神経とスピードだ。
尤もこの話はバニーの知る範囲なので、他に能力を隠し持っている可能性もあるとの事。
油断は禁物だね。

俺たちはしばらく兎獣人の里近くに移動用の家を置いて、此処で小鳥遊の様子を窺う事にした。
兎獣人のバニーとの約束もあるからね。
まずは神武国のオトロシイに、人間社会の最低限のルールを教える学校を作った。
オーガ王国では風里が教育しているのだが、オーガも大概人間社会のルールを理解していないので、同時に受け入れるようにした。
早乙女にも乱馬経由で声をかけ、魔人たちも必要なら受け入れる用意がある事を伝えておいた。
仕事をしてお金を稼ぎ、人間と同じ生活をしたい者は随時町や仕事を紹介していった。
町は当然、神武国のオトロシイ、妖精王国ジャミル、黒死鳥王国ミヨケルだ。
元々オーガに近い生活をしていた猫獣人は、期間限定でオーガ王国にも住んでもらう。
上手く行けばそのまま住んでもらっても構わないし、駄目なら改めて別の町を紹介する事になる。
そんな対応が三日ほど続いた。
「だいたい落ち着いてきたな」
「バニーは本当にバニーBARをやるつもりじゃぞ?」
「とっても楽しそうにゃ」
「大丈夫かな‥‥金魚は心配なんだよ」
「本人がやりたいって言ってるんだから大丈夫だろ。駄目ならすぐに帰ってくればいいだけだ」
でもなんとなく上手くいきそうなんだよな。
環奈も結構喜んでいたし。
兎獣人の魅了は、本当にストレス解消にも良さそうなんだよね。
各国のお偉いさんがバニーBARに通う姿が目に浮かぶよ。
実際に各国のお偉いさんを見た事がないけどな。
「それじゃ‥‥謎の記者ニュース‥‥アップするよ」
そうそう、今日から秘密組織が作った報道ニュース何でもありのサイトが始動するんだ。
言論の自由は百パーセント守ります。
サイト名は『マイチューブ』に決めた。
分かりやすいよね?
『ニコニコ映像』でも良かったんだけどね。
「金魚もアップするんだよ。可愛い兎獣人たちなんだよ」
アップするのはこの数日に撮った、兎獣人との交流映像などだ。
自分たちが映っていない交流映像だけど。
神武国の社会学習学校やバニーBARの宣伝、種族による常識の違いへの理解を求めるメッセージもある。
マイチューブにアップできるのは、今の所は俺たち謎の記者と、ダイヤモンドカードからのみになっている。
回線が持つかどうか様子を見ながら少しずつ増やしていく予定だ。
しかしこの数日記者活動もあって、価値観というか考えも結構変わったかもしれない。
獣人も人間と大して違わないと思っていた。
でも実際に会って話すと、色々なものが大きく違っていた。
町ですぐに一緒に暮らすなんて不可能だと思うよ。
ある意味小鳥遊を支配している獣人たちは、人間社会を分かっている方なんだよな。
おっとセバスチャンからの報告か‥‥。
『策也様。伊集院統治の町ヒヤッコイが、現在小鳥遊と獣人に侵攻されているようです』
まさか伊集院に喧嘩を売ったのか?
その前に、既に小鳥遊は完全に獣人たちに制圧されていたというのか。
『分かった。ありがとう』
『では失礼します』
これはえらい事になるんじゃないだろうか。
相手は伊集院だぞ?
小鳥遊の連中は言いなりだったとしても、これは普通止めるだろ?
戦争なんて、起こる時は普通じゃないんだよな。
そんな事分かっていたさ。
でもやっぱりこれほどの暴挙に出るなんて流石に考えてもみなかった。
いや、バニーの話では獣人のリーダー的存在は熊獣人で、犬獣人は参謀的な立ち位置にあるようだ。
島津の件で猫獣人を排除できなかった事で、犬獣人の発言力は落ちている。
熊獣人が単独で行動を決定するなら、こういう選択も想像できたのではないか?
そんな事、今考えていても意味がない。
「伊集院統治の町ヒヤッコイが、小鳥遊と獣人たちによって攻撃されているようだ」
「伊集院に喧嘩を売るなんて信じられないんだよ」
「勝てる自信があるのかの」
「とりあえずこの町では小鳥遊が勝利‥‥かな‥‥でも‥‥」
「戦争かにゃ?見に行くにゃ」
茜娘軽いぞ。
でもそれしかないよな。
今やってる戦いなら、到着が二時間後でも助けられる民はいるだろう。
「俺は今からヒヤッコイまで飛ぶ。二時間もあれば到着するだろう。霧島を置いて行くから何かあれば」
俺は霧島を召喚してそれだけ言うと、一気に空へと上がった。
「霧島?妖精さんだにゃ?」
「中身は策也と同じだ。俺の分身の妖精で霧島って言うんだ。よろしくな」
「策也なのにゃ?でも霧島なのにゃ?よく分からないのにゃ!」
説明も面倒だから霧島って事で覚えておいてもらおう。
俺はヒヤッコイへと全速力で向かうのだった。

丁度二時間が過ぎた頃、俺はヒヤッコイの上空へと到着していた。
少し前から雨のエリアに入っており、幾分暗くて見えづらい状況。
千里眼と邪眼で確認すると、戦いは既に終わっているようだった。
「セバスチャンの報告通りか。とにかく怪我人の回復と死者の魂の捜索だな。他の連中は町に降りてからこちらへ召喚だ」
霧島はその準備を始めた。
町に降りると、市井の民が何人か倒れていた。
しかしセバスチャンからの報告通り、道で倒れている民は少なく、概ね建物内に避難していて難を逃れていた。
「魂は無しか‥‥」
俺はとにかく町中を探して回った。
その間にパーティーメンバーは、霧島によって町へと瞬間移動で連れて来た。
「策也が蘇生や回復できそうな人を探して回っている。敵は領主の屋敷で勝利の宴でも開いているようだ」
「来てみたけどどうするんだよ?」
「その宴とやらに乗り込んで行って、全員にお仕置きでもするかの」
「怪我人の回復が先かな‥‥」
「とりあえず雨が嫌にゃ。建物に入りたいにゃ」
茜娘は猫だし水が嫌いなのかもしれない。
とは言ってもな。
「とりあえず冒険者ギルドに行ってみるか。町の入り口で死んでるのは冒険者たちだから、ギルドには誰もいないかもしれないが」
「いくにゃ!」
「仕方ないの」
「分かったんだよ」
妖精霧島とみんなは冒険者ギルドへ向かった。
ん?町の中を走り回っている奴がいるな。
こっちに来るか。
俺は瞬時に影へと潜った。
「おっかしいな。誰かがいると思ったんだけどなぁ~」
あれは‥‥伊集院の記者か。
透明化しているがスカウターのようなビデオカメラを付けているのが分かる。
邪眼があるのですよ。
流石に記者だけあって割と高めの魔力を持っているな。
この世界の記者はみんな戦場カメラマンのようなものだ。
でも俺から見れば雑魚なのですよ。
俺は記者の後ろに瞬間移動して、手刀一発で気絶させた。
そして自分が映らないように壁側を向けて座らせておいた。
報道されると面倒なんだ。
代わりに俺たちが情報をアップしてやるから、しばらく眠っていてくれ。
さて、みんなは冒険者ギルドか。
流石にギルドは完璧にやられているようだな。
「今俺の影にいるのはどっちだ?」
「菜乃なのです」
「よし菜乃に任務だ。領主の屋敷に潜入して様子を見てきてくれ」
「面倒なのです!」
「‥‥いい子だから頼むよ。今度何か欲しい物やるから」
「仕方がないのです。行くのです」
「じゃあ頼む」
「それ、何処なのです?」
俺は丁寧に説明した。
全く、これじゃ自分で行った方が良かったんじゃないか。
とりあえず皆と合流するか。
俺は冒険者ギルドへと向かった。
直ぐにギルドへは到着した。
兎獣人からコピーした瞬間移動の能力は便利だな。
普通は連続してこれだけ使えないだろうが、俺はチートだし使えちゃうんだよなぁ。
「外には生存者無しだな」
俺はそう言いながら霧島を回収した。
「霧島が消えたにゃ!」
面倒だから適当に説明しておくか。
「霧島は妖精界に帰ったんだよ。またその内出てくるからその時はよろしくってさ」
「分かったにゃ!よろしくするのにゃ」
「で、今菜乃に屋敷の様子を偵察に行かせている。視覚と聴覚をリンクさせているんだが、どうやら領主はご臨終だな」
「先ほど町中を誰かが走っている気配を感じたのじゃが」
「ああ、アレは伊集院の記者だった。少し眠っておいてもらった。おっ‥‥小鳥遊側は熊獣人らしき者が結構いるな。犬と兎は一人ずつ、人間の騎士隊もいるようだ。ただ話を聞くに単なる戦闘部隊か。そしてこのままこの連中がこの地を治めるようだな」
「とりあえず戦いは小鳥遊と獣人側の勝利で、町の占領に成功したというわけじゃな」
この世界の戦争ってどういう風なのが普通なのかは分からないけれど、下手な争いよりも戦争の方が一般人の死者は少なくて済むのかもな。
それでもやはり一般人にも被害は出るし、冒険者や騎士隊は死ぬことになるし、領主関係者もただでは済まないわけで、決して戦争が良いとは思わないけどね。
「とりあえず十八時をもって戦いは終わり、民の自由行動が許されるようだ。それで領主の入れ替わりが終わるのか」
「ルールに乗っ取った戦争ならそれで終わりなんだよ。民も自由に行動していいんだよ」
つまり小鳥遊と獣人は人間のルール上で戦争をしているという事だ。
転生前の世界を知っている俺の感覚だと、戦争のルールなんてあってないようなもんだって認識なんだけどな。
それに民の帰属意識も強かったから、正直これで戦争が終わるとか信じられないね。
まああくまで今回限り、ヒヤッコイの戦争ってだけで、これから伊集院との泥沼の戦いが始まるのはほぼ確定だとは思うが。
「それでどうするのじゃ?取り返して伊集院に返してやるのかの」
「元々此処は小鳥遊領内だし‥‥それもなんか変だよね‥‥」
「金魚はどう思う?」
「どうして金魚の意見を聞くんですか?どうしていいのか分からないんだよ‥‥」
「いや元有栖川の人間だから、この後の事が一番想像できるんじゃないかと思ったんだが」
「ん~‥‥よく分かんないんだよ。でも、金魚が有栖川にいた頃なら、有栖川は間違いなく先手を打って近い内に小鳥遊領内へ攻め込むんだよ」
南の大陸には、小鳥遊の領地以外に有栖川の領地もある。
今の流れだと当然そこも小鳥遊のターゲットだろう。
でもまた何かが引っかかるんだよなぁ。
なんとなく有栖川は動けない気がするっていうか。
俺はどうしたらいいんだろう。
そもそも今回の一件は、島津第二王国ノーナルの町が壊滅させられた所から始まった。
それを仕組んだのは現状熊獣人たちだという認識だが、もしかしたら裏で伊集院が絡んでいるかもしれない。
だから現状俺はどちらにも味方をしたくないし、特に伊集院に味方をするのはゴメンだ。
今までの事があるからね。
「この町の事はともかく、俺たちはこれからどうするべきなんだろうな?」
分からない時は相談だ。
「他人の争いにはかかわらないのが一番じゃ」
「自分もそう思うかな‥‥ただ、民だけは死んでほしくない」
「そうなんだよ。戦争は嫌なんだよ。でも民は助けたいんだよ」
「私はほっといたらいいと思うにゃ」
関わらないが二人、民だけは助けるが二人か。
だとするなら‥‥。
「今回のこの町での出来事は全て報道しよう。正直どうするのが正解なのか今の俺には判断が難しい。だったら本当の事を今はみんなに知ってもらうのがいいだろう。みんなの意見を聞けばどう行動するのが正解か見えてくるかもしれないからな」
「本当の事を伝えるのはいい事だと思うにゃ」
「そして今後は、とりあえず事実を記録しつつ、民だけは蘇生なり回復なりで助けていく」
「うむ」
「民を助ける謎の記者なんだよ」
そんなわけで俺たちは、菜乃が戻ってくるのを待ってから、一旦兎獣人の里の外にある滞在場所まで引き上げた。
今後どんな展開が待っているのか、今の俺には想像ができなかった。
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