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2013年11月4日【月】19時44分48秒
【(*´∇`*)】川柳と短歌を始めました。
2013年11月4日【月】19時43分21秒
【(*´ω`*)】現在エッセイ&詩以外の更新は休止しています。
2013年1月7日【月】18時48分51秒
【(*´∇`*)】サイトをリニューアルしました。他も徐々に変更中です‥‥
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感動

2014年12月6日【土】09時38分39秒
また夢の話から始まる。
先日私は夢の中でこんなことを言っていた。
『結果に感動するのではない。状況に感動するのだ!』と‥‥
何処かでこんな台詞を聞いたわけでもないのに、凄く的を射ていると思った。
私はこの台詞を夢の中で吐いた後すぐに目覚めたわけだが、しばらく布団の中でこの言葉の意味を考えた。
たとえば『好きな女の子をデートに誘ったらオッケーが貰えて感動した』と言った人がいたとしよう。
うんうん、確かに感動だ。
しかしこれが当たり前の状況だったらどうだろうか。
おそらく感動はしなかったはずだ。
断られる可能性のある状況、或いはもっと、断られることが当然だと思っていたからこその感動だったに違いない。
つまり、感動したのは『オッケーが貰えた』からではなく、『断られる状況』だったからなのだ。
だから本来正確に言うなら、『断られる状況だったから感動した!』と言うべきであり、実はそう言っているのと同じことなのである。
そういえば、子供は何事にも感動する。
それは色々なことを知らなくて、全てが新鮮な状況だからだ。
感動とは、無知でダメな奴ほど得ることができるのである。
そうすると、『感動した!』なんて言うのは、大人としては恥ずかしいのではないだろうか。
自分が無知でダメな奴だと宣言しているようなものだ。
『俺は生きていて感動などしない!』と言うのが、パーフェクトなできる男である。
なるほど、目から鱗だ。
感動した私は、どうやらまだまだできない男のようだ。
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