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2013年11月4日【月】19時44分48秒
【(*´∇`*)】川柳と短歌を始めました。
2013年11月4日【月】19時43分21秒
【(*´ω`*)】現在エッセイ&詩以外の更新は休止しています。
2013年1月7日【月】18時48分51秒
【(*´∇`*)】サイトをリニューアルしました。他も徐々に変更中です‥‥
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変化

2014年3月3日【月】18時33分10秒
世の中、きっといい方向に変化していると思う。
部分的には悪くなっていたり、多少窮屈に感じる部分もあるが、概ね正しい方向へ向かっているはずだ。
そんなことを漠然と考えている私だが、ふと思い出した『とある曲』の歌詞を改めて考えてみると、『そうでもないかもしれない』と、いや私自身は荒んでいるのではないかと少し感じたので此処に書いておく。
思い出した曲は、『カレンダーマーチ』という曲だ。
これは歌詞から察するに、幼稚園の年長時にみんなで歌った曲のようだ。
歌詞も概ね覚えていることから、幼稚園児だった頃の私の記憶力は、人並みにはあったと推測される。
いやはや、どこで私はバカになったのだろうか。
まあその話は此処ではおいておく。
その曲を口ずさんでいると、私はちょっと抵抗を感じた。
何故だと考えると、それはやはり私自身に問題があるように思うのだ。
私の心が、少しひん曲がっているようなのだ。
一応言っておくが、『少しひん曲がる』という言葉の使い方はおかしいかもしれない。
でもそこは、感性で何かを感じとって欲しい。
さて、ではその曲の歌詞に、私は何を感じてしまったのか。
それを、歌詞をおって説明していきたいと思う。
カレンダーマーチという曲は、一月から十二月まで、その季節を歌ったものだ。
一月は、『一月いっぱい雪よ降れ』である。
此処から私は、『この歌、雪の災害に見舞われた地域があるので歌えないのではないか?』と感じてしまった。
なんでもない、ただ子供心を歌っただけの歌詞なのに、何故歌えないと感じてしまうのだろうか。
これは世の中が悪いのか、それとも私の心が腐ってきたのか、どっちなのだろうかと思えてしまった。
『二月は庭には福寿草』だが、これは幼稚園の頃は全く意味が分からなかった。
福がついているから節分と関係のあることを歌っているのだと、漠然と思っていた。
『三月寒さにさようなら』は、私はこの歌詞から『三月からが春である』と今でも認識している。
だから実は、意外とこの曲を思い出すことは多いのだ。
そして『四月は小学一年生』だ。
幼稚園のあの頃が懐かしい。
この曲を歌った記憶は全くないし、覚えていることもそんなにはないのだが、なんとなく景色だけは覚えている。
多少大きくなってから幼稚園に行くことがあったが、その時に感じたことは、なんて狭いんだろうってことだった。
『五月はごらんよこいのぼり』なんて聞くと、普通はみんな何も思わないのだろうか。
確かに五月と言えばこいのぼりのイメージはあるが、六日から三十一日まで五月の多くはこいのぼりなどない。
そんな一瞬の出来事を、三十一日まである五月の歌詞にしていいのだろうか。
むしろ五月といえば『五月病』を思い浮かべる。
なんと言っても、一年でもっとも苦しくて鬱陶しい数カ月が此処から始まるのだ。
ゴールデンウイークを終えれば、次の祝日は七月の後半まで無いのである。
なんてお気楽極楽な歌詞なのだろうか。
続いて『六月廊下にてるてる坊主』だが、これは梅雨の鬱陶しさを上手く表現していて良いと思う。
『七月しようよ水遊び』は、関西弁では『しち』は『ひち』であることからなぜ『し』なのかが分からなかった記憶がある。
バカな幼稚園児である。
『八月はあはあああ暑い』は、『(;´Д`)ハァハァ』こんな感じだろうか。
『ああ暑い』の部分は『はあ暑い』だと歌詞を間違って覚えていたが、大した問題ではないので特にこれ以上は触れない。
『九月は栗の実もう秋だ』だが、私は間違って『九月は栗の実もう飽きた』と覚えていた。
栗をいっぱい食い過ぎて、飽きてしまうのが秋である。
なんとなく幼稚園児だった頃の私を褒めたいと思う。
『十月十五夜お月さま』も、このおかげでお月見は十月だというイメージがこびりついている。
これもこの月の僅か一日のことではあるが、十五日という真ん中の出来事なので、何故か許せる。
『十一月準備だ冬が来る』は、何を言っているのかと思う。
十一月もすっかり寒くなっているではないか。
温暖化と言いながら今年は寒い日が多い。
準備をするなら十月からしておかなければならず、こんな歌を歌っていたら、間違いなく百人は凍死するだろう。
そして最後の十二月だが、『十二月はジングルベルクリスマス』と、やけに余裕で締めている。
十一月に冬は怖いものと印象づけておきながら、これはいったいどういうことだろうか。
流れから言えば冬眠に入るところだろう。
全く、納得いかない曲である。
こんな感じで、概ね理解はできる曲なのだが、実はこの歌詞の一番の問題点は、曲の後半にあった。
『カレン、カレン、カレンダーマーチ♪一年経ったらまたおいでぇ~♪』
‥‥
四月にはまた小学一年生からやり直しですか?
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