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第二話 山下悦子

夢を見ていた。
それは、俺が教育実習で森学にきていた頃の夢。
緊張しながらも、若い女の子に囲まれて楽しかった日々。
その中には山下さんの姿もあった。
思えば山下さんとは、あの時あのクラスでは、かなり仲良くやっていた。
可愛かったし、人なつっこかったし、お気に入りの生徒の1人だったと思う。
もしかしたら、好きだったのかもしれない。
ただあの頃の俺は、先生としても男としても余裕がなかった。
恋愛に関しては、無知すぎるほど無知で意識する事も無かったように思う。
だから最後の日に貰った、住所と電話番号の書かれた手作りの名刺は、簡単に思い出としてしまいこんでいた。
結局1度も電話もせず、手紙も書かないまま・・・

朝早くから、山下さんが俺の部屋を訪れていた。
というか、昨日部屋に運び入れることができなかった洗濯機や冷蔵庫など、一緒に運んでもらっていた。
その後は男子寮の規則なんかの説明をうけた。
事前にある程度は聞いていたが、しらなかった事もいくつかあった。
門限は22時だと聞いていたが、チェックはしないとか、
女子寮へは男子は入れないが、その逆はオッケーだとか、
悪さをしろといわんばかりの事を、山下さんはニコニコしながら教えてくれた。
あの頃から20年近くたってはいたが、山下さんの雰囲気はあの頃のままなような気がした。
シワは少し有るし、肌もピチピチじゃないけどね。
昼飯タイムになる前に、山下さんは他の部屋へと行ってしまった。
今日も3人ほど寮に入ってくるらしい。
それでほぼ全員寮に入る人は終了らしく、全部で180人くらいいるときいた。
ちなみに女子寮は、男子寮と比べ物にならないくらい人が多く、山下さんも
 山下「1000人くらいだったかな?」
と、正確な数字は把握していないようだった。
全校生徒の数が1250人くらいだと聞いたから、まあそのくらいなのだろう。
ほとんどは寮に入っているが、近所に住んでる人や、事情のある人が少し外から通うらしい。
まあそんな事はどうでもいいか。
とにかく昼飯を食堂で食べた後も引っ越しの片付けをした。
太陽が赤くなり始めた頃、ようやく部屋は星崎の実家の、俺様帝国に似た状態になった。
まあ実家より部屋が広いので、真ん中はぽっかりスペースが空いていた。
さて、俺は寮に入ったらやろうと思っていた事がある。
料理だ。
生まれ変わる前は、結婚もしていなかったし結構やっていたのだが、流石に今までは無理だった。
料理が出来ない人が、記憶喪失後いきなり料理ができると、なんだかおかしな事になりそうだったので自重していた。
でも既に半年以上たっているし、特に料理ができないと思っている人も、まあココにはいないだろう。
俺は山下さんから教えてもらった、学園内にあるスーパーコンビニに買い物にでかけた。
学園経営のその店は、価格はリーズナブル、クオリティも最高、てか、こんなんで儲かるのってくらい最高のスーパーコンビニだった。
まあ言ってみれば、スーパースーパーコンビニといったところだろう。
とにかく普通に生活する範囲なら、学園敷地内で全て事足りそうだった。
 達也「うーん。中華鍋もほしいけど・・・」
最低限の調理器具しかもってきていないので、調理器具も買いそろえたいところだが、最初はお金が無さ過ぎるので、徐々に増やしていくしかないだろう。
俺は手にとった中華鍋を諦めて、調味料やら食材、カップ麺と言う名の非常食を買いあさった。
両手いっぱいのジョニーを抱えながら、俺は寮に戻ってきた。
うわぁ~山下さんがマジ子供に見えるな・・・
寮の前では、山下さんがパトラッシュとプロレスをして遊んでいた。
少しほほえましい気持ちでその様子を眺めていると、山下さんは気がついたらしく照れた顔で服装を整えていた。
でも汚れまでは取れないようで、少し可哀相な子みたいだった。
 達也「プッ!」
俺は少し吹き出してしまった。
 山下「あーなに?その大人をバカにしたような目は?大人だってたまには子供みたいに遊びたい事だってあるんだよ~」
山下さんは少し恥ずかしそうに、少しすねたように言った。
 達也「あっ!そうなんですか。たまにね!」
俺は意味ありげに、たまにを強調して口の端を少しつりあげてこたえた。
なんだか懐かしい感覚だった。
あの時も、山下さんとはこんなやりとりをしていたような気がする。
内容は忘れたが、なんとなくだが嬉しくなった。
しかし、年上、しかも昨日会ったばかりの人に嫌みを言ってしまったのだから、何かしら反論があると思っていたのだが、山下さんからは何もかえってこなかった。
少し驚いた表情で、こっちをみていた。
 達也「ん?どうかしたんですか?山下さん?」
俺は、電池の切れた状態の山下さんに近づき、買ってきたジョニーを持ったままの手で、山下さんの顔の前で手を振った。
はっと気がついたように、山下さんはビックリした。
 山下「はっ!ああ、ごめん。ちょっとボーっとしちゃった」
 達也「大丈夫ですか?引っ越し手伝いなんかで、お疲れじゃないんですか?休んだ方がいいですよ」
俺はそう言って今度は普通に笑顔を作った。
 山下「そうだね。疲れちゃった。今日は早く寝よう!」
握り拳を作って山下さんはそう言うと、周りを駆け回っていたパトラッシュに呼びかけた。
 山下「ヨシツネ!帰るよ~!」
 達也「えっ?」
今度は、俺が電池切れになった。
俺は驚いた。
その時どんな顔をしていたのか、最後どうやって山下さんと分かれたのか。
気がついたら、俺は部屋に戻ってきていた。
おそらくは普通におやすみなさいとか、また明日とか、挨拶してわかれたような気がする。
しかし俺の意識は、山下さんが呼んだ、あの犬の名前の事ばかりにいっていた。
ヨシツネ・・・
俺が生まれ変わる前の名前。
神村義経。
それが俺の名前。
犬と名前が同じだったくらいで驚く事はないのだろうが、何故が引っかかった。
とりあえず、今日は料理をする気になれなくて、全てを冷蔵庫にぶち込んで、カップ麺を食べた。
早速、非常食を食べるはめになった、非常事態な夜だった。
って、非常事態とは違うけど・・・
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