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第四十二話 ダークエルフと魔界

サザンに乗って向かう先は、しばらくしてすぐに終着点を迎えた。
地下世界は思っていた以上に広かったが、それでもドラゴンの羽だと小さく感じた。
「この世界の終着点がそろそろだな」
「あれ見て!あの辺り、少し黒い霧がかかっているように見えない?」
地下世界の奥にある岩壁と思える場所のすぐ近く、建物に隠れていて見えにくいが、その向こうが少し暗くなっているように見えた。
それは確かに黒い霧がかかっているようにも感じる。
「アレは何かあるな。とにかく行ってみよう!」
シャオたちはサザンに乗ったまま、その暗くなっている場所へと進んだ。
近くまでくると、ダークエルフの姿が何人も確認できた。
黒い霧がかかった場所とダークエルフには、何か関係があるようにシャオには思えた。
「アイ、とにかく全員捕らえるぞ!」
「了解!」
シャオとアイはいつもの呪縛と束縛による捕獲を試みた。
しかしここにいるダークエルフはそれに対応してきた。
「魔法防御を最初から展開していますね」
「完全に物理戦闘のみか」
前回の戦闘で、何人かのダークエルフは逃げてきていた。
直ぐに学習し対応してくる辺り、流石に賢い種族だった。
「だったら仕方がない。お前らならぶん殴っても大丈夫だよな?」
シャオは握りこぶしを作り、敵を睨みつけた。
その目には炎が燃えているようで、口元は少し笑顔だった。
「シャオ、なんか楽しそうね」
アイは少し苦笑いした。
シャオはサザンから離れて飛翔すると、ダークエルフを次々とぶん殴って行った。
「ただの魔法使いじゃこういう時困るからさ、俺も身体強化魔法をレベルアップしておいたんだよ!」
シャオは出鱈目な強さになっていた。
ダークエルフも、まさか魔法使いが素手で殴ってくるとは思わなかったようで、次々と殴り飛ばされ地面へと叩き付けられた。
「死んでないよなぁ?」
「う、うん‥‥」
アイは額に汗しながら返事をするしかなかった。
襲い掛かってきたダークエルフは、気が付けば皆気絶して倒れていた。
「ふう。ちょっと俺らしくない戦いだったな」
「そうね、エレガントさに欠けるわよ」
「これからは気を付けるよ」
普通なら誰もが命の危険を感じずにはいられない戦いのはずが、この二人にとっては遊びの域にも見える戦いだった。
エルファンは苦笑いするしかなかった。
シャオたちはサザンから降りて、そこからは歩いて暗くなっている所へと向かった。
「やはり黒の霧だな」
「うん。何度も感じてきた嫌な臭いがする」
アイは、神木に祈っていた頃の事を思い出していた。
沢山の人が亡くなった時に出ると言われる黒い霧には、受け入れがたい感情しかなかった。
近づけば更に黒の霧は濃くなり、最も暗くなっている道の奥には、大きなブラックホールのような穴が開いていた。
「これは‥‥」
「魔界への入り口かな」
「特に魔界から何かが噴き出してきている様子はないが‥‥こりゃ完全に魔界と繋がっているな」
魔界とは、別に地中に存在する世界ではない。
だが概念として『下』に存在するとされている。
それは別に、何の根拠もなくそうなっているわけではない。
常に魔界は下にあり、より下でつながりやすくなる。
南の大陸では魔界への門は山の上にあったが、山の噴火口は下へと繋がり、地中奥深くまで続いている。
そして門も扉も必ず下向きにあった。
雷が必ず高い所に落ちるのと同じで、魔界と人間界が自然に繋がる事があるとしたら、より低い所と繋がるのは当たり前だった。
「ダークエルフは魔界から来たというのか」
エルファンがそうつぶやいた時、背後に人の気配が動いた。
シャオとアイは咄嗟に魔法を発動した。
「マジックシールド!」
「絶対魔法防御!」
飛んできた魔法は、二人の防御魔法によって完全に止められた。
「今のを止めるとは凄いな」
そこには、どこかで見た事のあるようなダークエルフが立っていた。
それはシャオだけがそう思ったのではなかった。
アイももちろんだが、エルファンも知る人物だったのだ。
「シャナクル?なのか?」
「えっ?」
「何それ?」
「お前は?‥‥」
そこに立つダークエルフも含めて、皆が一斉に驚いた。
そのダークエルフの顔は、シャオのご先祖の日記に書かれた人物と肌の色以外全てが一致していた。
アイもそれに気が付いた。
そしてその人物は、100年以上前に魔界へ行った、エルファンの友人でもある『シャナクル』でもあった。
つまり100年以上前に、エルフシャナクルは魔界へと行った。
そこでシャオのご先祖と出会い恋に落ちた。
どういう経緯か分からないが、そのご先祖は身ごもったまま、或いは子供を連れて地上へと戻ってきたが、エルフのシャナクルは魔界に残った。
時が流れ、今シャオは自分のご先祖であるシャナクルに出会ったというわけだ。
「エルフは長生きというからな。まさかご先祖様に出会えるとは思わなかったよ。流石の俺も驚きだね」
シャオは軽口を叩いてはいたが、その心境は複雑そうに見えた。
「名前が同じなのも、やっぱり意味があるんだよね」
シャオの本名はシャナクルである。
どうしてそう名付けたのか。
生まれた時から魔力が強かった子供に、特別なご先祖の名前を付ける事は、何の不思議もない事だったのではないかとアイは考えていた。
「シャナクル、生きていたんだな。良かった‥‥」
エルフィンがそう言うと、シャナクルは少し嫌そうなそぶりをした。
だけどどこか照れ臭そうにも見えた。
「まあな。しかしそっちのはどういう事だ?俺の事を知っているみたいだが?ご先祖だとかなんとか」
シャナクルはシャオに目線を移した。
「ああ。俺の何代か前のばあちゃんがさ、あんたの顔が描かれた日記を残していったんだ。そこには『私の夫』って書かれていたんだよ。つまり俺はあんたの何代も後の子孫ってわけさ」
「ほう。そういう事か‥‥」
シャナクルは何かを思い出したように、少し上を見上げた。
そしてしばらく何かに思いをはせているようだった。
「当然、もう死んだんだよな」
「ああ。人間はエルフと違ってそんなに長生きじゃないからね」
「だから人間は‥‥まあいい。で、俺の子孫が何しにここに来た?どういう了見で俺の子供たちをこんなにしちまったんだ?」
シャナクルはそう言いながら顔を下ろしてシャオに向け、強烈な殺気と魔力を放ってきた。
「倒れているダークエルフの事かな?いきなり襲ってくるから眠ってもらっているだけだ。殺しちゃいない」
「殺しちゃいないか‥‥だがな、俺たち、お前らの呼び方でダークエルフとしてはだな、人間に恨みが募ってるんだよ。その辺り分かってんのか?」
シャオには分からなかった。
ダークエルフが人間を恨む理由なんて、今まで会った事もないのだから心当たりがあるわけがなかった。
「シャナクル!どんな恨みがあるんだ?話してみてはくれないか。俺たちエルフも、過去人間と敵対していたが、話し合って今は一応和解している。話せば解決できるかもしれない」
「話し合いで解決だと?まあいいだろう。話した所で無駄だとは思うがな」
シャナクルは、ダークエルフが何故人間への恨みが募っているのかを話した。
何年か前に、魔界の門が閉じられた事をきっかけに、魔界に黒の霧が留まるようになった。
黒の霧というのは、人間の穢れた魂なのだそうだ。
大きな戦争で多くの人が死んだ事も当然影響している。
その穢れた魂が魔界に留まる事で、魔界に住む者の魂も穢れ始めた。
尤もそれ以前から、既に穢れた魂は多く魔界に入ってきてはいたので、知能の低い魔物は魂を穢され凶暴化していた。
その中でエルフは、元々持っている高い知能と澄んだ魂によって、魂が穢れるのを防いできたのだ。
しかしその許容できる範囲を超えた事で、魔界に住んでいたエルフたちの魂は穢され始め、ダークエルフとなり人間への敵意を無理やり植え付けられていった。
つまり魔界の門を閉じだ事でシャナクルと仲間たちは闇堕ちし、人間を襲いたくなくても襲わざるを得ない魔の物になってしまったのだ。
「これが真実だ。俺は別に人間を嫌っちゃいなかった。むしろ愛した者もいた。だがな、その思い出さえも今では薄汚れたものになってるんだよ!思い出すと気持ち悪くなってくるんだよ!」
「それは、気持ちが足りなかった、思いが足りなかったからじゃないのか?」
シャオには分かっていた。
そうではないという事が。
でも罪を認められず言わずにはいられなかった。
「お前も今の魔界で1年くらい生きてみろ。人間の憎悪に魂が穢され狂って行く自分を味わう事ができるぞ」
「そんな‥‥」
自分が世界の平和の為に起こした戦争。
そしてその責任を取る為に戦った戦争。
更には魔界から出てくる魔物を防ぐ為に閉じた門。
人間の為にやった行い全てが、魔界を闇へと誘っていた事に、ショックを隠せなかった。
誰かに否定してもらいたかった。
これは仕方がない事だったと言って欲しかった。
シャオは振り返った。
そこにはサザンがいた。
「ドラゴンを使役しているのか。だったらそいつに聞いたらいい。俺の言っている事が本当かどうか分かるぜ」
「サザン!本当なのか?お前はずっと何も変わっていない。闇に落ちていないだろ?」
するとサザンは少し考えてからシャナクルの話を肯定した。
「ワタシハスベテシッテイタ。カワリユクマカイモミテキタ。ソノモノノイウコトハスベテホントウダ。ワタシハタダ、シャオガスキデ、スデニショウカンジュウトナッテイルカラ、ヤミオチセズニスンデイルニスギナイ」
「だったら、やはり俺のせいで魔界が腐敗したというのか‥‥」
「イチガイニソウトモイエナイ。ドラゴンゾクニツタワルマカイノハナシヲシテヤロウ」
サザンは、この魔界がまだ神界であった頃から今に伝わる話を始めた。
二千年以上前、この世界には神界が存在した。
神々の住む世界だ。
ある時人間界で大きな戦争が起こった。
アルマゲドンと呼ばれるその戦争で、人間界は壊滅的被害を出し、人間は死に絶えたと思われた。
そこで神々はその人間世界を救うべく、神界と人間界を繋げ、ゆっくりと空気が循環するようにし、人間界の放射能を消失さることにした。
それは上手く行っていた。
しかし同時に副作用もあった。
人間界に漂う穢れた魂が神界の空気に触れると、浄化されるまでの間『黒い霧』となってそこに生きるモノたちの魂をも穢していた。
それでもまだ闇に落ちる生物は少なくて、神界はかろうじてその存在を保てていた。
ある時ある人間が魔界の門を開けるまでは。
門を完全に開けた事で、空気の循環は早まり、黒の霧が多く神界に流れ込み、神界は魔界へと変わって行った。
更に今度は完全に魔界の門が閉じられた事で、黒の霧が魔界にたまるようになった。
大きな戦争で沢山の人が一度に死んでしまった事もあり、魔界の状況は酷くなり、ほぼすべてのモノが闇に堕ちるしかなくなった。
闇に堕ちたモノは闇を求めるようになる。
その後ようやく人間界から流入口が閉ざされた事で、これ以上の悪化は防がれた。
それでも今残る穢れた魂『黒の霧』は、長い年月魔界に残るだろう。
これから先、何百年か何千年かは分からないが、魔界は魔界としてしばらく続くという事になる。
「コレガマカイノ、イヤ、シンカイノニセンネンノハナシダ」
「俺達は人間だ‥‥だから人間の世界の事だけ考え、人間さえ平和に暮らせる世の中になれば良いと思って頑張ってきた。しかし多くの過ちを繰り返し、神界をそんな事にしていたなんて‥‥もしも俺が戦争なんて馬鹿な事をしていなければ、神界は神界のままだったんだろうか?」
「ソウダナ。マチガイナクダイジョウブダッタハズダ」
「俺のせいだな‥‥」
門の開け閉めに関しては仕方がなかったとシャオも考えていた。
でも戦争は止められたはずだとシャオは自分を責めた。
「でも、シャオはみんなの為に頑張ってくれたよ!シャオは悪くないよ!もしもそれで悪い方に進んでしまったのなら、今からでも変えて行こうよ!」
大きな声で落ち込むシャオを励ましたのはアイだった。
少し目に涙の浮かぶ顔で、アイは微笑んでいた。
「今から何ができるんだ?もう魔界はどうにもならない所まできている。その憎悪は魔界だけでなく、これからは確実に人間界にも向かうぞ!ははは!どうにもならん!諦めろ!」
シャナクルが今の状況を一番理解していた。
これはもう魔界の問題だけではない。
必ず魔界から人間界へ向けて人間たちを殺しに向かうモノが大勢現れる。
そしてそれは両世界の大戦争へつながり、その先には何も残らないと想像できた。
「それでも、きっと何か方法はあるはずだよ!みんなで考えようよ!」
励ますアイも、徐々に自信を失いつつあるのが分かった。
皆それを見て『もうあきらめるしかない』と思った。
「ホウホウハナイワケデハナイ。シンカイモニンゲンカイモスクウホウホウガヒトツダケアル」
サザンの言葉に、皆がすがる思いで視線を上げた。
「どんな方法だ?俺にできるなら何でもする!世界が救えるのなら命だって惜しくない!」
「シャオ。オマエダケデハダメダ。オマエトアイ、フタリナラセカイヲスクエル」
「私も何でもするよ!どうすればいいの?」
アイの目には決意が現れていた。
「アイ。オマエハマヲハラウ、クロノキリヲジョウカスルマホウガツカエルハズダ。タダ、ヒトリデコノシンカイスベテノマヲハラウコトハデキナイ。ダガ、シャオノマリョクトアワサレバカノウダロウ。タダシタカイカクリツデシヌコトニナルダロウガナ」
サザンのいう事を一言でいえば、『シャオとアイの命で世界が救える』というものだった。
皆、そんな事ができるわけがないと思った。
しかしシャオとアイだけは違っていた。
「なんだ。そんな方法で助けられるんだ?だったらやってやるよ!」
「そうね。そんなに簡単に世界が救えるなんてありがたいわね」
シャオもアイも強くなっていた。
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