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第九話 大戦の初動

アサリとアサミがすっかりトキョウに馴染んで来た頃、チャイルド国の動きが慌ただしくなってきていた。
チャイルド国の西に位置するホンコール国が、その南に在る大国、カンセイ帝国との争いによりその名を消していたからだ。
カンセイ帝国とチャイルド国が隣接する事になり、両者の争いが近い未来に起こる事は避けられそうにないと見られていた。
一刻も早くチャイルド国はトキョウを傘下に収めたいと考えていた。
更には東の大陸からの移民が、チャイルド国の軍事力をアップさせていた事で、チャイルド国は好戦的になっていた。
そしてこの日、トキョウ領土の最も南にある国境近辺に、数十人の使い手が集まっていた。
その中には、東の大陸より渡ってきた『自称大魔法使い』の3人、『グーズリー』『バレッド』『ブルータス』も含まれていた。
「俺たちはあのブリリア国で無敵トリオと言われ、ブリリア国をリードしてきたんだぜ」
「そうだな。俺たちにかかればこんな国、1週間と必要ない」
「ブリリア国も我々がいなくなって、直ぐに滅亡した。そこから我々の力が分かるというもの‥‥」
3人がそれぞれ自分たちの凄さを主張すると、チャイルド国の使い手たちは頼もしい3人に頷いた。
一方トキョウの国境警備をしていた雄志軍の面々は、既にその動きをとらえており、一報はアキラに届いていた。
早速アキラ、シュータと共に、シャオ、アイ、アサリ、アサミはそちらへと向かっていた。
トキョウ国の町は国境に近く、さほど時間のかかる距離ではない。
ほどなくして6人は雄志軍と合流した。
チャイルドの者たちは、まだその場を動く気配はなかった。
あちらはまだシャオたちには気がついてはいないようだ。
「どうするんだアキラ?」
シャオは軽くピクニックにでも来ているような感じでアキラに訊ねた。
「うむ。無駄だとは思うが、とりあえず話をしてみるか‥‥」
アキラはそうこたえると、シャオたち一同を見回した。
「アイと雄志軍の方々はここで待機をお願いします」
アイは少し不満だったが、素直にアキラに従った。
他の面々はゆっくりとチャイルド国の者たちに近づいた。
普通に顔が目視できる所まで近づいて、ようやく相手はシャオたちに気が付いた。
するとチャイルド国の面々もシャオたちに近づいていった。
「私はトキョウの長アキラだ。いったいどういう理由でこの国境へと来ているのかな?」
既にその理由は分かってはいたが、アキラはあえて訊ねた。
「我々はチャイルド国の精鋭部隊で、私が部隊長のバレッドだ」
バレッドはとにかく偉そうだった。
「ブルータスだ。トキョウのアキラ殿。チャイルドの傘下に入るつもりはないかとお訊ねしたい」
ブルータスは少しすかした感じだ。
「ああ?俺はグーズリー。力ずくでも構わんぜ。貴様らはもう言う通りにするしか選択肢はないんだよ!」
グーズリーは威圧的だった。
こんな3人に対して、アキラは冷静にこたえた。
「我々はそちらの軍門に降るつもりはない。ただ戦いもできれば回避したい」
「戦いたくないだぁ?そりゃ我ら3人は東の大陸にあるブリリア国の精鋭として名を馳せた者たちだからな。やって勝てる訳もないもんなぁ。がははは」
東の大陸は、中央大陸よりも強力な魔力の使い手が多い。
グーズリーの言葉が本当なら、シャオはともかく他の面子では勝負にならないだろう。
アサリやアサミならそれなりにはやれるだろうが、それでも普通に考えれば勝てない。
皆が少し気持ちで押される中、シャオは笑いをこらえていた。
「くっ!」
(俺様、こんな奴ら知らねぇし。多分こっちに来て調子に乗ってるタダのバカだな、ありゃ)
それにシャオなら相手の力量がある程度は分かる。
(それでもまっ、アキラやシュータレベルはあるだろうな。それもこっちじゃ貴重な戦力か‥‥)
シャオはチャイルド国の面々に背を向け歩き出した。
「どうしたのシャオ?」
帰る方向に歩き出すシャオにアサミは声をかけた。
それでもシャオは歩みを止めず、後ろ手に手を振ってから適当な木を背もたれにして座った。
「アサリとアサミに任せる!お前らだけで充分だ。ああ、一応言っておくが、殺すなよ」
「なんだと貴様ぁ!!」
シャオの言葉に腹を立てたグーズリーが吠えた。
同時にグーズリーの手に黒の魔力が集まる。
合わせてバレッドとブルータスも続いた。
その後ろのチャイルドの面々は、とりあえず静観の構えだった。
その中の一人は、アサリとアサミを知っていた。
名を『リュウ』という。
リュウはこの部隊の本当の隊長であり、黒魔術のレベルもそこそこ高い。
(あいつら裏切っていたのか。しかしまあここで死ぬ運命だ。でも‥‥)
リュウは少し後ろを振り返り、仲間の一人に声をかけた。
それを聞いたその者はゆっくりと下がり、そして素早く死角からこの場を去った。
シャオだけはその行動に気がついてはいたが、別に止めようとはしなかった。
「死にさらせぇー!」
グーズリーの魔力が強力な電気を起こしアキラたちの方へと向かってきた。
(おっ!ライトニングか)

ライトニングとは、魔力によって大気に潜む風の因子に働きかけ雷を作り出す魔法だ。
風の因子が電子に刺激を与え電気を生み出す。
その威力は状況に影響を受けるが、普通はエネルギーブラストよりも強力である。

アサミは素早くマジックシールドを発動する。
それは簡単にライトニングを退けた。
「なんだとぉ!!」
驚くグーズリーの横から、バレッドがファイヤーボールを、ブルータスがアイスストームをそれぞれ放った。
(バラエティに富んでるね。ファイヤにコールドか)

ファイヤーボール、略して『ファイヤ』は、魔力により大気に潜む火の因子に働きかけて火の玉を作り出す魔法だ。
火の因子が電子運動を活性化し温度を上げ炎を生み出す。
こちらも状況に影響を受ける魔法であるが、エネルギーブラストよりも高度な魔法である。
アイスストームは『コールド』と呼ばれる魔法の一種で、魔力により水の因子に働きかけ氷の刃を作りだす魔法。
水の因子が水蒸気の電子運動を鈍化させて氷を生み出す。
こちらも同様に状況に影響を受ける魔法ではあるが、威力も難易度もエネルギーブラストよりも上である。
ちなみにこれらの魔法の中で最も難しいのがコールド系魔法と言われているが、単純に得意な人が少ないだけとも言われている。

今度はアサミも攻撃魔法を発動していた。
エネルギーブラストだ。
単純で簡単な魔法なので、アサミならほぼノータイムで発動できた。
スピードは圧倒していた。
ファイヤーボールとアイスストームは、エネルギーブラストとぶつかった。
一瞬全ての魔法が一つになったかのように見えたが、それはすぐに爆発した。
この時、少しでも力の無い方へ爆風が向かう。
爆風は全てチャイルド国の面々がいる方向へと向かった。
「うわー!」
爆風は木々を揺らし葉を飛ばした。
「あっ!殺っちゃったかも?」
アサミの不安は当然で、その爆風をくらえば普通の人なら死んでもおかしくない。
アサミは口に手を当てたまま状況を見守った。
爆発による砂煙が徐々に晴れてゆく。
するとそこには、沢山の人が倒れているのが見て取れた。
「大丈夫だろう。レベルは低いが魔法防御を展開していた」
シャオの言う通り、後ろに待機していたチャイルドの一部の者が、咄嗟に魔法防御を展開していた。
ただ魔法防御とはそもそも魔法を防ぐ為のものであり、爆発による爆風はほとんど防げなかった。
だからやはりかなりのダメージは受けていた。
砂埃も晴れ、ようやく全てが見えた。
チャイルドの全ての者が倒れていた。
動く者も何人かはいたが、大半がかなりの重傷で、身動き一つできない状況だった。
「ちょっとヤバいのもいるな。アキラとシュータは回復魔法使えたよな。死にそうな人の治癒を頼む。俺様はアイを呼んでくる」
シャオは立ち上がりながらそう言うと、背を向けアイのいる所へと歩き出した。
そのタイミングで、倒れて身動き一つしていなかったリュウが、起き上がってチャイルド国の方向へと駆け出した。
(なんだよあいつら。弱いじゃねぇか!)
強いと言っていた3人がアッサリやられた不満を口にしながら、リュウは逃げた。
しかしすぐに足を止めざるを得なかった。
「ごめんなさい。わたくしたちの事を報告されると困るもので」
アサリが振りかざした剣は鞘に収まったままであったが、その一撃をくらったリュウは、地面に叩き付けられるようにその場に倒れ伏すしかなかった。
それでもリュウはなんとか意識を保っていた。
顔を上げアサリを睨む。
「お前たちが裏切った事は既に報告済だ‥‥」
そこまで言ってリュウは意識を失った。
「どうしましょうか‥‥」
アサリが呟いた時には、シャオが既に横にいた。
「さっき1人逃げて行ったのが見えたぞ。お前たち何か知られるとまずい事でもあるのか?」
シャオは全く分からないといった感じで聞いた。
「ええ。わたくしたちが裏切った事がバレると、両親がもしかすると‥‥」
そこまで聞いてシャオは理解した。
今までのシャオならたとえ肉親であっても、大義を成す為なら簡単に犠牲にして生きてきた。
しかしトキョウに来て、アサリの不安の意味が理解できるようになっていた。
「それはマズイな。俺が王なら‥‥いや普通に考えて両親は拷問か、死刑か‥‥」
シャオの言葉を聞いたアサリ、そしてアサミはチャイルド国の方へと走りだした。
「ちょっと待て!俺も行く!」
シャオはそういうと、集まって来たアイやミサ、そして雄志軍の面々に手短に指示を出して、アサリとアサミの後を追うのだった。
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