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第四話 石碑

シャオがトキョウに来てから1週間が経っていた。
1週間とは7日の事で、1週間を13回合わせて1月と数える。
そして4ヶ月プラス元旦と呼ばれる1日を合わせて1年としていた。
4年に一度元旦が2日に増える事もあったりするが、その辺り厳密ではなく、なんとなくどこかで上手く調整が行われているようだった。
今日は新暦2006年1月2週の1日目、2006年1月8日とされる日。
アイとシャオは年が同じ12歳であった事もあり、少し仲良くなっているように見えた。
今日もアイとシャオは、アイの親友ミサをつれて町へ出ていた。
「アイー!そろそろ魔法学校に顔出しなよー!格好いい彼氏をみつけてデートしていたい気持ちもわかるけどさー!」
「あっ!バカ!何言ってるのよ!お父さんからシャオの事頼まれてるだけだよー!」
ミサは仲が良さそうに見えるアイをからかっていた。
アイは顔を赤くしながら、ミサを軽く叩いた。
「でも、学校もそろそろ出ないとまずいよねぇ。よし!これから行こうかな」
そこでアイは、シャオもつれて学校に行く事を思いついた。
アイはシャオの方に体を向けて言った。
「これから魔法学校を案内してあげる!一緒に行こう!」
アイはシャオの手をとると、少し無理やりな感じでシャオを引っ張った。
「分かったから。引っ張らないでよ」
シャオは少し照れながら、しかしそれが嫌だと言うでもなくアイに従った。
こうして3人は魔法学校へ向かって歩き出した。

しばらく歩くと、小さい子供から結構年配者と思われる人までが集まる広場に到着した。
魔法学校は行くも行かないも、誰が行くのも自由。
ただ学校という名の広場で、魔法上級者がボランティアで人々に魔法を教えるだけの場所だった。
学校に到着したアイは、顔見知りの仲間たちに挨拶をする。
「シュータ先生こんにちは!」
アイがシュータ先生と言った男性は、この集まりの中で一際大きな魔力を操る剣士であった。
「アイ殿、お久しぶりでございます」
端正な顔立ちの男は剣を振るうのを止め、少し堅苦しい言葉でアイに挨拶を返した。
「先生ー!つれてきたよー!もうアイったら彼氏にぞっこんでさー!」
ミサは少し嫌味な笑顔を浮かべ2人を見た。
アイは顔を少し赤くしながら、上目遣いでミサを睨んだ。
「君は確か、森で倒れていた少年だね」
シュータはそう話しながら、ゆっくりとシャオの方へと近づいていった。
「えっ?ああ、まあそうみたいだけど」
シャオはあまり話したくないのか、それとも興味がないのか、何処を見るともなく明後日の方向を見ながら答えた。
シュータはそんなシャオの対応を気にも留めず続けた。
「そっか。じゃあ君も魔法を勉強していくかね?」
「いやいい」
シャオの返事はそっけなく、一言返すとアイの方へと歩き出した。
「アイ!」
アイはミサとじゃれ合っていたが、呼ばれてシャオの方へと駆け寄った。
「どうしたの?一緒に勉強していく?」
そういうアイに、シャオは『耳を貸せ』というように人差し指をクイクイとした。
耳を近づけてきたアイに、シャオは小さな声で訊ねた。
「あのおっさんが先生か?って事はこの国では上位の魔法使いって事だよな?」
「そうだよ。たぶんお父さんの次くらいに凄い人だよ」
訊ねられたアイは小さな声で答えた。
それを聞いたシャオは少し鼻で笑った。
(西の大陸は魔法後進国が多いと聞いていたけど、これは思っていた以上だな)
「どうしたのシャオ?この町はあの人のおかげで守られているって言っても過言じゃないくらいだよ」
「ふーん‥‥」
(こりゃ、もう少し魔力が回復すれば、此処は簡単に俺様のものにできるな)
そんなことを思いながらこたえるシャオに、アイは話を続けた。
「それにシャオの怪我を治してくれたのもシュータ先生だよ」
「ゲッ!マジ?」
驚くシャオは何処か嫌そうな表情をしていた。
「お前だけじゃなかったのかよ。俺様てっきり‥‥」
「私だけじゃ無理だった。それでその後シュータ先生が治してくれたんだよ」
「‥‥」
シャオは、シャナクルという名を名乗っていた頃、数多くの人を殺してきた。
それが今のシャオには、なんだか間違いだったような、漠然とそんな気持ちになっていた。
正確には、助けられたことで今までと違う感情が心の中に生まれていた。
シャオにはそれが何かは分からなかった。
スッキリとはしないが、決して嫌ではない何かだった。
「どうしたんだ俺は‥‥なんだか俺様らしくねぇな‥‥」
「どうしたの?俺様らしくないって、以前の事何か思い出したの?」
期待半分不安半分といった感じで、アイはシャオの顔を覗き込んだ。
「いや、なんだか疲れちまった。今日は帰るわ」
「あ、うん。じゃあ私も帰るよ」
アイはシュータに声をかけてシャオと共に家に帰った。

次の日、シャオはアイに引っ張り出されて、朝早くから神木の前に来ていた。
朝と言ってもまだ薄暗く太陽も出ていない時間だ。
「すげえな‥‥これが神木か‥‥」
シャオは、幼き頃より勉強は人一倍してきた。
自分の魔力の大きさを考えれば、将来世界を統べる者になると自他共に認めていたし、ならば世界は知っておかなければならないと考えていたからだ。
その中で神木についての知識も持っていた。
しかし実際に見ると、それは常識をはるかに超えた予想外の大きで、シャオは驚きを隠せなかった。
神木からは僅かではあるものの、魔力の存在も感じられた。
「そりゃ神様の木だからね。この木がある限り、世界は必ず平和に向かうんだって」
アイは自分の事を自慢するように、嬉しそうに神木の事を話した。
だけど次の瞬間、アイの顔が急に曇った。
「でも‥‥今は駄目だね。平和なのはトキョウの周りだけ‥‥」
アイは今にも泣き出しそうだった。
「今、世界は戦いの絶えない世界だ。でも、この戦いは無駄にはならないよ。きっと立派な指導者が世界をまとめて、平和で住み良く変えてくれるはずだ」
そう、それをシャオ自身がやろうとしていたわけだし、その思いは今もシャオの中にはあった。
だからシャオの言葉はとても確信に満ちた力強い言葉だった。
そんな言葉をアイは否定した。
「でも、たくさんの人々が死んで、死んで、死んで、その後に平和なんてあるのかな?大切な人々がいなくなって、憎しみだけが残って、それで平和と言えるのかな?‥‥」
少し感情的になりかけたアイだったが、そこまで話すと口を噤んだ。
「人間はバカな奴ばかりじゃない。バカな奴がいなくなれば、きっと平和な世界は実現できる」
シャオの呟きにアイは顔を上げ、抑えていた感情があふれるように言った。
「でも!私のお母さんはバカじゃなかったのに死んだよ!とっても賢い人だったんだよ!この戦争のせいで!それに、たとえバカだったとしても、死ななければならないなんて‥‥」

アイの母は、トキョウの人間ではなかった。
名を『マリア』という。
トキョウは地球上で一番大きな大陸である『中央大陸』の東の端にある。
その先『大海』の向こう側には『東の大陸』が存在する。
マリアは東の大陸の生まれだった。
トキョウは、人口は少ないものの、人類発祥の地という事で色々な所から移り住む人がいる。
人口約3000人の内、1000人程度が移住者だ。
マリアもその内の1人である。
この地を好みやって来たマリアは、当時トキョウの王でもなんでもなかったアキラと恋に落ち、結婚した。
その後アイが生まれる頃、トキョウの人たちの要望でアキラは王になった。
王と言ってもトキョウは小さな町であり、町の長と言った感じである。
アキラとマリアは、それはもう町の為に頑張った。
今もこのトキョウが平和なのは、2人の頑張りがあったからこそである。
その基礎を築く為に大きかったのが、マリアの魔法能力だ。
東の大陸は中央大陸よりも魔法が進んでおり、マリアはアキラ以上の魔法使いであった。
マリアは此処に住む人々に、より優れた魔法を伝えた。
中でも大きかったのは、この寒いトキョウで生きていく為に役立つ魔法を伝えた事だ。
マリアはこのトキョウで、人々の信頼を集めていった。
そんな毎日をおくる中、世界の戦争は次第に大きく広がり始めた。
そう、それはシャナクルがブリリア国王になった頃。
当然マリアの母国である『マジョルカ国』も、戦火に巻き込まれていった。
マジョルカ国は東の大陸の中心からやや西にあり、戦いを避けられる位置にはなかったのだ。
それを知ったマリアは、母国の親戚や友人の為にマジョルカへと赴いた。
大切な人々の力となる為に。
大切な人々を守る為に。
しかし小国だったマジョルカは、マリアが到着して間もなく、全てを失った。
マリアの付き人だけがこの地に戻ってきたのは、半年前の事だった。
付き人からマリアの死を聞かされたアイは、その日一日泣いた。
泣く事以外には何もできなかったのだ。
それからのアイは、毎日神木にお祈りするようになった。
アイは何よりも平和を望み、それを願わずにはいられなかったのだ。

アイの目は潤んでいた。
目からは次第に涙が溢れた。
シャオはただ黙っていた。
「東の‥‥あの戦争が無ければ‥‥」
アイの言葉に、シャオの心と体が少し跳ねた。
それは当然、シャオの起こした戦争と無関係ではなかっただろうから。
その後2人は黙ったまま、ただ神木に祈りを捧げた。
その時間は、アイがいつも祈りを捧げているよりも遥かに長かった。
2人が目を開け祈りを終えたのは、既に太陽が眩しく感じる時間だった。
アイの顔には既に涙はなかった。
「じゃあ帰ろう!」
笑顔でそう言うアイに促され、シャオは無言のまま立ち上がった。
その笑顔に、シャオは少し救われた気分になった。
そのまま神木から離れようとしたシャオだったが、その目にあるモノが映った。
「あれ、何?」
シャオが見つめるその先には、大きな石というか岩があった。
アイはその目線に気が付きこたえた。
「ああそれ。最初の人たちが作った石碑だよ。何が書いてあるのか私には読めないけどね」
アイの言う通り、石碑には文字が刻まれていた。
それは今の言葉ではない文字で、このトキョウで読める者はいなかった。
「なんでも平和の誓いが書かれているって話だけど」
そのアイの言葉を受けて、シャオは独り言のように語り出した。
「神の子らへ。平和の誓い。我々は戦争の愚かさを知っている。命の大切さを知っている。だから二度と戦争はしない。戦争はバカで愚かな行為だ‥‥」
シャオがそこまで言った所で、アイは声をあげた。
「シャオ、読めるの?!」
アイの言葉に少し振り返り頷いたシャオは、更に続きを読み始めた。
「人を殺してはいけない。町を破壊してもいけない。森を焼いてもいけない。すべては我々人類の為。その想いを忘れない為に、此処にこの木が存在する。天照らす我が子らよ、この木を見て思い出したほしい。戦争の愚かさを。そして約束してほしい。人と人とが争わない事を。なぜなら君たちは皆、神武の息子であり娘であるのだから」
シャオが全てを読み終えると、アイは又俯いて泣き出した。
シャオはただ、それを見ていた。
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