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第二十八話 トキョウ陥落

戦いの後、治癒魔法が使える者たちは皆の治療に終始し、アイやシュータは魔力が尽きるまで続けた。
「シャナクルよ、ワシハオヌシタチニマカイノモンヲトジラレカエレナクナッタ」
「ああ、そうだったな」
「デダ。ワシガマカイニカエルホウホウハ、オソラクコチラノマホウニヨリショウカンジュウニナルコトダケダトカンガエル。ダカラワシガマケタオヌシノショウカンジュウニナルタメニココマデキタ。ワシヲカエスタメニショウカンジュウニシテハクレナイカ?」
ブルードラゴンはそもそもこの世界の住人ではない。
だからこちら側で生きていけないわけでもないが、何かしら問題が起こる可能性がある。
妖精も時々戻らなければならないように、違う世界のモノが別の所で居続けるのは『普通ではない』のだ。
最悪死んでしまう可能性もある。
ブルードラゴンはそれを理解しており、シャオの召喚獣となる事で魔界に帰らせて欲しいと、そういう話だ。
ちなみに召喚獣とは、ヒサヨシの妖精のように術者の召喚によって人間界に実体化する存在で、魔界とを行き来できる魔獣の事である。
これ以外に帰る方法は、再び魔界の門を開く事であるが、現在それができる者はおそらくいないと考えていた。
「ああ、分かった。だが、今はちょっと、無理、かも‥‥」
シャオはそう言うとその場に倒れた。

次の日シャオが目覚めたのは、カンチュウにある屋敷の自室だった。
シャオは昨日の出来事を夢のように感じていた。
戦いの後の記憶も断片的には残っていたが、全て曖昧なものだった。
シャオが体を起こすと、ドアをノックする音が聞こえた。
「シャオ!起きてる?」
「ああ、アイか。今起きた」
シャオはアイの声を聞いて、心が安心感に包まれた。
「食事用意出来てるから、準備できたら来てね」
「分かった」
ドアの向こうを歩くアイの足音が遠ざかっていった。
シャオは起き上がり適当に仕度をすると、食堂へと向かった。
食堂には既に皆が集まり食事をとっていた。
その中の1人、トムキャットが立ち上がりシャオに挨拶をした。
「シャナクル様、おはようございます」
その姿を見て、皆少し苦笑いした。
「トムキャット、そんなかしこまるのは止めてくれ。俺は別に上官でもないし、もう王でもない。普通にシャオって呼んでくれ」
「いやしかし‥‥」
「頼むからさ」
「わかりました、シャナクル様。あっ‥‥」
トムキャットのボケに、皆笑っていた。
「それにしてもどうしたんだ?裏切ったとかなんとか聞こえたが」
シャオはトムキャットがここに居る疑問をぶつけた。
「はい、トキョウの神木が倒された事はご存じかと思います。あれは私の特殊部隊によるものです」
一同同様し少しざわついたが、そのままトムキャットの話を聞いた。
「しかしあの任務は、最初から私たちを捨て駒として与えられたものでした。ローランド様、いやローランドのやり方に私は納得できませんでした。それ以前から私は、ローランドのやり方には疑問を抱いておりました。そもそも私はシャナクル様、いえ、シャオ殿についていきたいと考えてブリリアの特殊部隊に入ったのです。だからこれは良い機会でした。これからはどうか私をお使いください」
トムキャットは改めてシャオに頭を下げた。
「あー‥‥使うとかそんな大層な考えじゃなくて、皆仲間という形で‥‥」
シャオは照れて歯切れが悪かった。
以前のシャナクルを知っている人間に、変わった自分を見られる恥ずかしさ。
シャオは自分が大きく変わったと自覚していた。
「シャオ殿。以前と比べて私はますます好きになりました。何か変わられましたね。というか大きくなられたと申しましょうか」
トムキャットは満面の笑みでシャオを見つめた。
「ああ‥‥照れるから止めてくれ」
みんなそんなシャオを見て笑っていた。
「ところでさ、あのドラゴン、北のルートの入り口に放置してきているんだけど、なんとかしないといけないんじゃない?」
アサミの言葉に、皆ドラゴンの事を思い出した。
「そうそう、流石に町には入れられないから隠れてもらっているんだけど、早くなんとかした方がいいよね」
皆がシャオを見た。
「ああ、やっぱ夢じゃなかったんだ。食事が終わったら出かけよう」
こうして食事をとった後、シャオたちはブルードラゴンの元へと向かった。

ブルードラゴンに会ったシャオは、どのような召喚獣にするかで話し合っていた。
召喚獣には2種類の方法がある。
1つは、普通に魔界から召喚する方法で、人間界と魔界、どちらにいる魔獣でも召喚獣にする事が可能である。
そしてもう1つは、アイテム、主に武器など装備の守護者にする方法で、これだと魔獣の意思で両世界を行き来する事も可能になる。
ただしこの方法は、目の前にいる魔獣しか召喚獣にはできない。
「あんたも自分の意思で動ける方がいいだろ?」
シャオは2つ目の方法、守護者にする事を提案していた。
「ソレダトワシハカッテニウゴクコトモカノウデ、オマエノメイレイモキカズ、ヒトビトヲオソウカモシレナイゾ」
「その時は俺様がなんとかすりゃいいだろ?」
「ワシニイチドカッタカラオオキイクチヲタタキヨル。デモマアソウシテクレルナラタスカル」
「ああ。じゃあ媒体はこのナイフでいいな」
シャオは愛用のナイフを取り出した。
「ナンダト?ソンナナイフノシュゴシャニナレトモウスノカ?モットキョウリョクナブキガホカニアロウニ」
魔獣を守護者にすると、そのアイテムに守護者の魔力が宿る。
一般的には剣の能力を高めたりする事が可能で、ブルードラゴンはナイフにその力を持たせるのはもったいないと言いたかった。
それに魔獣の中では最上位に位置するドラゴン、プライドもあったのかもしれない。
「あー‥‥でもなー‥‥他に良い物が無いし、俺、このナイフが一番しっくりくるんだよね」
シャオは笑顔でブルードラゴンを見た。
「フハハハ!オヌシガソレデイイナラワシハハンタイセン。ソレニオマエサンハケンシデハナイミタイダカラナ」
ブルードラゴンも了解した所で、シャオはゆっくりと魔力を高めていった。
ナイフについている1つの宝石。
そこに向かって魔力が集まった。
魔界への小さな門がそこにあるような雰囲気が漂う。
その魔力が集まる場所へ向けて、ブルードラゴンの魔力が流れた。
武器の守護者にする為には、その守護者自身の意思も必要だ。
術者と魔獣、2つの魔力がナイフの形状を変えてゆく。
そして次の瞬間ナイフは光に包まれ、そしてすぐに光は消えた。
ブルードラゴンの姿も、既にその場にはなかった。
「ふー‥‥ドラゴンナイフの完成だ」
そのナイフからは冷気が漂っていた。

それから数日後、ローランドの元へカンチュウでの敗戦が伝えられていた。
ローランドは普段の笑顔を崩し、少し感情的になっていた。
「シャナクルを殺れなかった?ドラゴンが加担しただと?いったいどうなっているんだ?」
「分かりません。それで聖騎士団は壊滅。エリート部隊隊長のファルコンも戦死。更にはトムキャットが裏切って向こうについたとも‥‥」
「戦力は圧倒的にこちらが上だったはずなのに、ドラゴンとは‥‥シャナクルめ、私の予想を超える」
「いかが致しましょうか」
「ふうー‥‥」
ローランドは息を吐き、平静を取り戻して笑顔でゲパルトを見た。
「まあいいでしょう。それでも戦力はまだこちらが上です。ただ‥‥もうこれ以上の失敗は許されません」
「左様で」
「まず、エリート部隊2000人はイーグルに任せる事にしましょう。そして第二第六部隊は合わせて第六部隊としラビットに。その戦力を持ってイーグルにはエベレストの防衛を命じておいてください」
「御意」
「そしてこの所の相手の動きから、こちらへ侵攻してくる様子はなさそうです。守る必要はないでしょう。シャナクルを殺るのは最後にします。まずは外堀から‥‥私自ら全戦力をあげて」
ゲパルトはローランドの言葉に驚いた。
「ローランド様自らですか?海上での戦闘になればもしもの事が起こりうるやもしれません。それにそうなった場合、こちらもかなりの被害が出るでしょう」
「大丈夫です。タイナンから入るつもりはありませんから」
東の大陸から中央大陸の東に船で向かう場合、全てはタイナンの港へ入る事になる。
何故なら、他に大きな船が入れる港が存在しないからだ。
大きな港が存在しないのは、それに適した場所が無いからでもある。
つまり多くの船が着けられる場所自体が存在しないのだ。
しかしそれは赤道の帯の中での話。
黒の霧がかかる人が住まない地なら、船が着けられる場所もあった。
「敵もまさか黒の霧の中をやってくる事は思うまい。こちらも過酷な侵攻になるでしょうが、私と精鋭部隊なら可能でしょう」
「分かりました。それなら確かにトキョウも軽く落ちる事でしょう」
「ゲパルト、お前はこの地に5部隊と共に待機。タイナンを攻略した後に中央大陸へ来ていただきます」
「御意」
こうしてローランドは自らの出陣を決めた。

その頃トキョウでは、ローラシアからの侵攻を考える事もなく、ただ平和な日常が流れていた。
そんな中ヒサヨシだけは、1人部屋に籠り現状の分析をしていた。
(シャオはなんとか生き残ったか。ここで死なれたらちょっと辛かったし、とりあえずは助かったかな。そやけどこれ以上勝たれると力のバランスが崩れるな。この辺でローランドにも頑張ってもらわな。お互い潰し合う。それがわしらイニシエにとっては一番や。そして‥‥)
「ヒサヨシ様、何を考えていらっしゃるのですか?」
いつの間にか部屋に入ってきていたチューレンに声をかけられ、ヒサヨシは少し驚いた。
「入ってくるんやったらノックしてくれや」
「ちゃんとノックしましたよ。ヒサヨシ様が真剣に何かを考えておられましたから、気が付かなかったみたいですね」
「そうか‥‥気が付かんかったか」
「どうしましょうか。アイ様、シャオ様、アサリ様、アサミ様、皆良い人ですからね」
チューレンはヒサヨシの心を見透かしているようだった。
「そやな‥‥」
ヒサヨシは素直に認めた。
受け継ぐ者の使命を、少し重く感じていた。

数日後、ヒサヨシの妖精リュウイーは、ローラシアからの船が出た事を察知していた。
ヒサヨシにもすぐにそれは伝わった。
しかしそれから何日経っても、南の大陸の北、大海の中間で見張りをしている妖精には、その姿をとらえる事ができなかった。
(どうゆうこっちゃ?まさか黒の霧の中を?まさかな。そやけどもしそやったら‥‥)
ヒサヨシはこの考えを誰にも話さなかった。
そしてそのままこの地を離れる事にした。
「わし、ちょっとタイナンに行って来るわ。もしかしたら海から侵攻してくる可能性もあるからな。準備や」
ヒサヨシの言葉を誰も疑う事はなかった。
ヒサヨシはトキョウを発つ時、コンドーに耳打ちした。
「何かあったらイニシエに戻れ」
「‥‥」
コンドーはヒサヨシを無言で見送った。

ヒサヨシがトキョウを発ってから数日後の朝、陽がまだ顔を出していない時間から、町のあちこちで炎が上がっていた。
「まさか北側から敵襲とは!考えられない!」
ローランド率いる精鋭部隊が既にトキョウの町に展開し、そして屋敷を取り囲んでいた。
「くっそう!むざむざやられてたまるか!」
リュウは魔力を高める。
しかし次の瞬間には、精鋭部隊の1人に斬られていた。
「無念だ‥‥」
リュウは倒れた。
雄志軍の面々も例外なく斬られていった。
そこでようやくローランドの前に現れたのは新撰組だった。
「ヒサヨシ殿の言っていた事は、この事だったか‥‥」
「なんだ?あいつ知ってたのか?」
「あの人腹黒いから。って、僕たちヤバい?」
「やるだけやるしかなさそうですね」
ピンチな状況ではあるけれど、4人の会話はいつも通り緊張感がなかった。
その会話を屋敷の陰で、ミサは震えながら聞いていた。
(ヒサヨシさんが知っていた?どういう事だろう?)
ミサはローランドを見て、自分は戦力にならない事を悟り、震える体でその場から離れた。
「みんな。史上最大の強敵だ。心してかかれよ」
「面白い。新撰組の力を見せてやろうぜ」
「力は見せないから逃がしてくれないかなぁ~」
「自力でなんとかするしかないでしょうね」
そんな4人に精鋭部隊は襲い掛かった。
「早い!なんじゃこいつら。こんな使い手がこの人数。無理無理!」
「確かにな。でも無理でもなんとかしないと!っと。やべ!」
「トシさん、死んでも助けませんよ」
「死んだら助けようがないでしょ!」
軽口を叩いてはいたが、4人に余裕はなかった。
そこにローランド自らのテラメテオが襲い掛かった。
「おいおい手加減しようよ」
コンドーはなんとかそれをかわした。
「日頃シュウカの野郎にいじめられている成果ですね」
「ボサッとしないで!」
テラメテオの火球がコントロールされているらしく、再び4人の方へ飛んできた。
「俺に任せろ!」
トシゾーは火球の前に出て、炎の刀でそれを防いだ。
「流石炎の刀!」
「炎には炎ですね」
「刀のおかげです」
「誰も俺を褒めねぇのかい!」
そんな事を言いながらも、4人は逃げる為に南へ南へと場所を移動していた。
「あの4人はなかなかやりますね。それにあの刀はマジックアイテムですか。イージス!あとは頼みますよ。私は王に会ってきます」
「オッケー!」
ローランドは勝利を確信し、後は精鋭部隊隊長のイージスに任せて屋敷へと入っていった。
イージスはローランドの側近であり友人で、その力はローランドと並ぶと言われていた。
ただ、魔法よりも剣を好んで使う所が違った。
「俺が相手をする!」
イージスが目をつけたのはソーシだった。
「ふーん‥‥僕の相手をすると‥‥皆さん、手出し無用です」
ソーシから殺気が漂っていた。
「ソーシが本気になった。あの相手、かなりの使い手だ」
「そんな事はどうでもいい。早く退路をー!」
「ソーシさんの戦い。ゆっくり見たいですが‥‥そんな場合じゃないですね」
各々自分の事で手いっぱいだった。
「俺の名前はイージス。おまえさんは?」
イージスは友達に話すように軽い口調で訊ねた。
「貴様に名乗る名前はなーい!誰が『ソーシ』だなんていうか!」
「へー‥‥ソーシって名前ね」
「何故知っている!?」
ソーシは本気でビックリしていた。
「アホだ‥‥」
トシゾーはあきれていた。
「超能力者が相手か‥‥面白い。本気で行くよ!」
「ああ、本気でこい!」
ソーシは再び殺気を放った。
イージスも真剣に剣を構えた。
周りの人間が手を出す雰囲気ではなかった。
手を出したら、たとえ味方でも殺られる、そんな雰囲気が漂っていた。
2人は向かい合ったまま動かなかった。
気が付くと周りの者たちも動きを止めていた。
「逃げるチャンスじゃね?」
コンドーは小声でトシゾーとサイトーに言った。
「おっさん黙ってな」
「ここで逃げるなら死んだ方がマシです」
「はい、すみません」
2人の言葉に、コンドーは小さくなった。
ソーシとイージス、2人は動かない。
お互い隙が見つけられない。
達人域の剣士が戦う時、このような事が時々ある。
動かない、そして動けない。
魔法剣士であるイージスなら、もしかしたらこの状況でも何か魔法で対応ができたかもしれない。
しかしこれだけの剣士と戦える嬉しさからか、魔法抜きで戦いを楽しみたいと思っていた。
(長くなりそうだな。とりあえず新撰組の他のメンバーには、この期にコッソリ逃げてもらおう)
トシゾーは逃げるよう指示を出した。
それを受けて、4人以外はこの場を去った。
「そろそろですね。我々も逃げる準備をしておきましょう」
サイトーはコンドーとトシゾーに声をかけた。
「そうだな。ほらよっと!」
トシゾーはそう言うと、ソーシとイージスの間に石を投げ入れた。
石が地面に落ちる。
その瞬間、ソーシとイージスの距離が一気に詰まった。
お互い剣で斬りつける。
トシゾーは一瞬時が止まったかのような錯覚をした。
刀と剣がぶつかり合った。
力は五分だった。
その間に大きな魔力の塊が出来た。
「いくぞ!」
コンドーの言葉と同時に大爆発が起こった。
爆発はその辺りの町の建物を飲み込んだ。
「互角か‥‥俺と互角の剣士がいるとは、テンション上がるね!」
イージスはもう目の前に姿の無いソーシを、嬉しそうに見送った。
「くっそう!なんで逃げるんだよ」
トシゾーとサイトーが、ソーシの腕を掴んで逃げていた。
「馬鹿か?せっかくの逃げるチャンスじゃねぇか。あのままやって、たとえあいつに勝ったとしても、その後別の奴にやられる事になっただろ」
「そうそう。再戦のチャンスはまたありますよ」
「とにかく俺達は、このまま一気にイニシエに戻るぞ」
こうして新撰組の面々は、イニシエに戻る事になった。

トキョウのアキラは、当然のようにローランドに殺されていた。
トキョウは落ちた。
それを聞いたヒサヨシは、直ぐにシャオたちの元へと向かった。
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