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第七話 二人の刺客

家に帰ったシャオとアイは、感情的に言葉をぶつけ合っていた。
「あそこでやらなければ、こっちがやられていただろう!」
「でも、みんな殺す事ないじゃない!人を殺すのはダメな事なの!!」
「だったらどうすりゃ良かったんだよ!」
シャオにとっては、歯向かう者はすべて排除するのが当たり前だった。
今まではそうしてきた。
しかしアイは、命は何よりも大切だからと、どんな事があっても殺人を否定していた。
2人の考えに重なる所はなかった。
結局アイの熱意に、最後はシャオが折れる所で話は終わった。
「ああもう、分かったよ!だけどな、自分の命がヤバいのに、そんな約束は守れねぇからな!」
アイの瞳に浮かぶ涙を見ては約束するしかなかった。
(全く。俺はどうしちまったんだ?くっそ!)
王であったシャオは、自分に歯向かう誰か、それも1人の意見に耳を傾ける事は今まで無かった。
おそらく王であった1ヶ月前なら、シャオはアイを殺していただろう。
それは自分でも理解していた。
しかしそれが出来なかった。
いや、既にそういう選択肢は、シャオの心の中には全く存在していなかった。

その頃、大会の向こう東の大陸では、シャナクルの側近でナンバー2だったローランドが、ブリリア国王となっていた。
正確には、シャナクルが攻略したローラシア大国の国王となり、ブリリア国を吸収した形だ。
流石にこの時の戦争は被害も大きく、しばらく近隣国への侵攻は中断される形となっていた。
ローランドは、戦力を整える為のしばしの休憩中、ローラシアの町の|端《ハズレ》、湖の辺りを視察していた。
「この木はかなり大きいですね。神木?ですかな?」
一見女性と思わせる長い髪の男、歳は20代の後半に見えた。
その表情からは優しさを感じさせる。
神木らしき大きな木の前で立ち止まったローランドは、その優しそうな顔に笑みを浮かべて、案内する者に訊ねていた。
木の大きさはトキョウの神木に比べると遥かに小さなモノであったが、それでも周りの木と比べると倍以上の大きさだった。
「はい、この東の大陸に人が渡ってきた際、此処に植えたと言われております。それを知る者は少数の者だけですが‥‥」
案内の者はそう言いながら、木の脇にある石碑を指さした。
石碑には『平和を誓う』とだけ書かれていた。
「平和を誓う、ですか。早く平和な世界にしたいものですね」
そう言ってローランドは、石碑に手を当て目を閉じた。
しばらく、ローランドはそのまま動かなかった。
案内の者は黙ってその場に立っていた。

ローランドは感じていた。
神木から、微量ではあるが魔力があふれ出ている事を。
そしてしばらくその魔力の流れを感じていた。
(これは少し調べてみる必要がありそうですね)
少し太陽の位置が西に傾いた頃、ローランドはようやく目を開け、案内の者を見た。
「そろそろ戻りましょうか」
ローランドはそう言って、案内の者と共にローラシアの宮殿へと歩き出した。

インディアの国の者たちが来た日から、シャオは雄志軍とアイ、それにミサに魔法を教えていた。
そしてその日から間もなく、インディア国がチャイルド国に制圧された話が入ってきていた。
このトキョウが、大きな戦場になるかもしれないという観測は、もう現実問題として深刻な状況となっていた。
インディア国がトキョウを傘下に収めたかったのも、チャイルド国の脅威があったからだ。
チャイルド国は、中央大陸の東では一番の大国で、軍事力はかなりのものだった。
もちろん東の大陸の国々と比べると弱小国となるわけだが、トキョウに比べれば遥かに強大だった。
トキョウと隣接する国は、現在チャイルド国とタイナン国の2つだった。
南西にチャイルド国、南東にタイナン国。
タイナン国はトキョウと同様小さな町で、国というよりは港町といった感じだった。
中央大陸の最も東という事で、東の大陸と海で繋ぐ場所とされている。
時々東の大陸へ向けて船が出る事はあったが、東の大陸からやってくる船は皆無で、概ね中央大陸の別の港との行き来が行われている港となっていた。
そんな港ではあるのだが、ここ数週間は東の大陸からやってくる人々の姿が増えてきているという事だった。
そのせいか東の大陸の情報も、僅かではあるけれど聞こえてきていた。
ブリリア国が無くなった事、シャナクル王が死んだと言われている事も、シャオの耳に入っていた。
(俺様の戻る場所はもう無いって事か‥‥)
そう思ったりもしたシャオだったが、既に戻る気持ちは更々なかった。
何故だか放ってはおけない。
トキョウを放ってはおけない。
アイを放ってはおけない。
シャオは変わってきていた。
(人を殺さないってアイと約束したからな。戻っても何もできない)
とりあえず今は東の大陸も落ち着いているし、それよりも此処、トキョウが心配だ。
だから此処トキョウで出来る事をやろうと思った。

シャオが魔法を教え始めてから1週間、雄志軍はある程度の形にはなってきていた。
今まで間違った知識でやっていた事を、ただ方向修正するだけだったが、効果は覿面だった。
そこでシャオは一つ驚く事があった。
東の大陸では白魔法を得意とする者は圧倒的に少数だったのだが、この地の者はほぼすべてが白魔法を得意とした事だった。
白の魔力は元々自分の中にあるものなので、扱いやすい事もみんなの成長の早さに繋がっていた。
雄志軍が形になって来たという事で、リーダーが必要という事になった。
そこで軍のリーダーにシュータが選ばれた。
この地では唯一黒を得意とする人間だった。
雄志軍は総勢30人程度で、リーダーとしてシュータが、そしてその上に国王であるアキラがいるという形だ。
一応形にはなったとはいえ、その規模はチャイルド国の軍と比べてもかなり小さい。
アキラは抑止力として期待していたが、その思いには到底足りないものだった。
更に1週間が過ぎた。
連日各国の情報が入ってくる中には、タイナン国も既にチャイルド国傘下に入ったというものもあった。
その際、タイナン国はわずか2人の使い手によって攻略されたという話だ。
その数にも驚いたが、その2人が子供だったというから、更に驚きは大きかった。

今日もアイは神木に祈りを捧げていた。
チャイルド国から遣いが来たのは昨日で、内容は傘下に入れとの要請だった。
アキラがそれを断った事で、対決は避けられない状況となっていた。
そんな中でも、いやそんな中だからこそ、アイは何時にも増して祈りを捧げていた。
太陽が森の方から頭を出す頃、アイはようやく目を開けた。
立ち上がり神木に手を触れる。
なんとなく手から力が入り込んでくる感じがして心地よい。
シャオがこの地に来てから1ヶ月、1年で最も寒い時期は過ぎていた。
と言っても、四季の変化はほとんどない地。
最高に寒い日々が、普通に寒い日々に変わる程度の事だ。
そんな空気を感じながら、アイは神木から手を離した。
その時だった。
後から人の気配がして、アイは振り返った。
「これが神木ね。あっ、私はアサミっての。よろしく!」
振り返ったそこには、アサミと名乗る短髪で元気そうな少女と、そっくりで、でもおとなしそうな長髪の少女が立っていた。
「わたくしはアサリと申します。よろしくお願いします」
アサミとは対照的な物言いで、アサリはニッコリとほほ笑んだ。
「えっと、私はアイ。よ、よろしく」
突然の挨拶に驚いたアイは、少し驚きつつもとりあえず挨拶を返した。
2人の少女は、このトキョウでは見ない顔だった。
背丈はアイよりも小さく、少し年下に感じる2人だった。
「これが神木なんでしょ?おっきいねぇ。遠くから見えた事もあったけど、すっごーい!超感動!」
アサミは胸の前で手のひらを組んで、目を輝かせた。
「うん、最初の人たちが植えたんだって。2006年っていうのも、この木が植えられた時から数えられているって話だよ」
アイは特に聞かれてもいない事まで自慢げに話した。
なんとなく自分よりも年下に感じる少女たちに、自然と言葉は柔らかくなる。
それでも普段見かけない2人に疑問もあって、アイは少女たちに訊ねた。
「あなたたち、この辺りでは見かけない子だけど、何処から来たの?」
アイはトキョウの人間の顔は全て知っていた。
だから2人が別の国から来たというのは分かっていた。
「あ、私たち?ちょっとチャイルドから偵察にね」
そこまで話したアサミの言葉を遮るようにアサリが口を出す。
「えっとわたくしたち、インディアの町に住んでいたんです。でもチャイルド国に侵攻されて、それで此処まで逃げてきたんです」
「そうそう、そんな感じ?それで今この町を偵察していたんだよ」
2人の言葉は、何処か不自然に感じられた。
でもアイは信じる事にした。
「そうなんだ‥‥辛かったよね‥‥」
アイは2人に行く場所が無いと判断して、家に連れ帰る事にした。
少女たちも特に断らず、アイについて行った。
家に着くと、少女たちは少し驚いているようだった。
玄関より少し離れた門の所で立ち尽くしていた。
それはそうだ。
ついた先は王の屋敷だったのだから。
「私のお父さん、一応この国の王って事になってるんだ。でも気にしないで上がってね。そんな偉そうな感じじゃないから」
アイはそう言って少女たちを中へと促した。
その時丁度出かける所だったのか、アキラが玄関から出てきた。
「おう、アイ。今日は遅かったな。わしは今から出かけるが‥‥」
そこまで話したアキラは、アイの後ろ、門の前に立つ2人の少女に気が付いた。
2人の少女は笑顔でアキラを見つめた。
しかし次の瞬間、辺りの空気が張り詰めた。
少女の一人アサミが、持っていた荷物から短剣を取り出し構えた。
そしてそこには黒の魔力が集まっていた。
アイの振り返る先にいる少女たちは、先ほどとは全く違った雰囲気だった。
アサリの体にも白のオーラが見える。
明らかに自分たちに向けられる殺意。
アイはとっさに魔法障壁を試みた。
しかしそれよりも早く、アサミはアイを通り過ぎ、一気にアキラに斬りかかった。
アキラは帯刀している剣を抜き防戦する。
アキラとアサミの剣がぶつかった。
魔力のぶつかりによって大きな光が辺りを照らした。
その光を目指して、今度はアサリの方から白い魔力の塊が放たれる。
その魔力の大きさはアイをも巻き込むもので、2人を飲み込まんとした。
アサミは既にその場から離れていた。
日頃から2人で戦い慣れているのか、そのコンビネーションは見事だった。
「終わりですね」
「はい、今回も楽勝ー!」
2人の少女たちは勝ちを確信していた。
その時だった。
アサリから放たれた白の魔力は、アイとアキラを飲み込む前に消失していた。
何事もなかったような静寂が辺りを包む。
「何をやっているかと思えば‥‥」
頭をかきながら、『今起きました』と言わんばかりの眠そうな顔で、シャオが玄関から出てきた。
「何?どうしたの?」
「驚きですね。わたくしの魔法を無効化するなんて、凄いです」
アサミは驚いた表情で、アサリは笑顔を崩す事なく、驚きの言葉を述べた。
「アサリぃ~!今何が起きたのか説明してくれる?」
「どうやらあちらの方が、わたくしの魔法に対して無効化魔法をぶつけたと考えられますが‥‥いかがですか?」
アサリは、途中まではアサミに説明し、最後はシャオを見て訊ねた。
シャオは否定も肯定もせず、そのまま歩いてアイの前まで行くと2人の少女を見た。
「この子たち、今朝神木の所で会って、行く所がないみたいだからつれてきたんだけど‥‥」
アイはまだ今の状況が受け入れられなかったが、とりあえずそれだけ説明した。
「君たちは何者だね?それだけの魔力、ただの子供ではないようだ。私の命を奪おうとしていたようだが‥‥」
アキラは冷静に、そしてやや強い口調で2人に訊ねた。
それを聞いた少女たちは、同じような顔に同じような笑みを浮かべてこたえた。
「私たち、チャイルドの暗殺者なんだー」
「それでですね。この国の王の命を頂戴してくるよう命じられたわけです。それで今日、お伺いいたしました」
2人の少女の言葉は、子供にあるまじき言葉であったが、普通に軽い会話をしているようだった。
「こんな子供が‥‥」
アイはショックだった。
自分よりも小さな子供に殺人なんて。
戦争の道具として使われているなんて。
それだけではない。
それが当たり前と言わんばかりの2人の言葉に、アイはどうしようもない憤りを感じていた。
「そりゃ私たちまだ10歳だけど、ほとんど生まれた時から鍛えられているからね!」
「そうですわね。大人でもわたくしたち以上の使い手なんて、さほどおられなかったように思いますよ」
そう言いながら、そろそろ話は終わりと言わんばかりに、少女たちは再び戦闘態勢へと体を構えていった。
アサリはアサミの後ろに立ち、再び白のオーラを纏う。
「アイ!お前はアキラと一緒に下がってな。魔法障壁を展開して、とりあえず守りに集中!オッケー?」
アイはシャオの言葉に頷くと、アキラと共に少し下がった。
「とりあえず、あんたを殺らないといけないみたいね」
アサミは短剣を正面に構える。
それでもシャオはただ少女たちを見つめ、そのまま動かない。
少女たちの魔力は更に高まる。
アサミの体を黒のオーラが包む。
アサリは更に大きな白のオーラを纏った。
(黒の剣士と白の魔術師か‥‥それにしても魔力の流れに無駄が多いな)
シャオは『フッ』と笑みを漏らした。
それを合図に、アサミがシャオに斬りかかった。
「何余裕みせてんのよー!」
シャオはチラッとアサミを見ると、そちらに手をかざす。
まだシャオからは魔力を感じられない。
アサミの剣がシャオに近づく。
誰の目にももう回避は不可能に見える位置だ。
アサミも勝ちを確信した。
しかし次の瞬間、シャオとアサミの間で爆発が起こる。
剣がシャオに触れるか触れないかの所で、アサミは吹き飛ばされていた。
その先にいたアサリは巻き添えになり、2人は絡み合って倒れた。
「遅い。でもおっかしいなぁ。もっと手加減したつもりだったのに、死んでないよね?‥‥」
シャオの魔力は既に回復していた。
それだけではない。
理由は分からなかったが、その魔力は以前よりも大きくなっているようだった。
(死線からの帰還で、魔力がアップしてんのかな)
倒れたアサミは、爆発によりかなりのダメージを受け気を失っていた。
体中にできた傷から血が流れだす。
なんとか起き上がったアサリは、アサミの傷に青ざめた。
「アサミ!大丈夫ですか?しっかりしてください!」
声をかけても反応しないアサミを見て、アサリの顔には此処までの笑顔は無かった。
振り返りシャオを睨みつける。
その瞳には少し光ものがあった。
「許しません!」
そういうとアサリは、白の魔力を手のひらに集中させる。
しかしその光はすぐに消えてゆく。
いつの間にかシャオに後ろをとられ、魔力のコントロールを押さえつけられていた。
魔術発動前の無効化といった感じだった。
小さなナイフを首元に突きつけ、シャオは言った。
「あんたらに勝ち目はないよ。さっさと降参しな」
鋭い目でアサリを見た。
アサリもシャオを睨み返した。
「おいアイ!ちょっとそっちのがヤバそうだ。このままだと俺、そいつ殺しちまった事になるんじゃね?少し回復魔法かけてやってくれ!」
シャオの言葉に、アイは『うん!』と元気よく言って、アサミに駆け寄った。
その行動に、アサリは自分たちの負けを認めたのか、体の力が抜けその場に膝をついた。
「どうして?‥‥」
もうアサリからは殺気が感じられなかった。
「どうして殺さないのですか?あなた方を殺そうとしたのに、何故妹を助けようとしているのですか?‥‥」
「そんなの知らねぇよ。あいつに聞いてくれ」
シャオはそうこたえると、ナイフを収めながらアイの方を見た。
しばらくすると、アイの魔法によって回復したアサミが意識を取り戻した。
直ぐにシャオに襲い掛かろうとしたが、それをアサリが止めた。
「アサミ!もう終わりました。わたくしたちの負けです」
「どういう事?」
アサミは動きを止めた。
何が何だか分からないといった感じだったが、素直にそれに従った。

太陽がかなり高くまで昇った頃、全てを理解したアサミと共に、アサリは屋敷から出て行こうと歩き出していた。
アサリの話によれば、任務に失敗した自分たちは、もうチャイルド国には戻れないという事だった。
行くあてなく出て行こうとする2人。
そんな少女たちにアイは声をかけた。
「行くあてがないんだったら、家にいたら?」
アイの口から、そこにいる全てが信じられないと感じるセリフが発せられた。
「おいアイ!」
「えっ?‥‥」
アサミもアサリも茫然とした。
「わたくしたちは、あなた方を先ほどまで殺そうとしていたのですよ。それにこれからだって‥‥」
アサリのいう事はもっともだ。
家においていたら、いつ寝首をかかれても不思議ではない。
「でも、もう殺すつもりは無いんだよね?だったら良いじゃない」
アイは満面の笑顔で少女たちを見つめた。
「おま、わかってんのか?ええ?」
シャオの常識では全く考えられない事だった。
「私は娘を信じている。アイがそういうのなら、わしはかまわんが」
アキラはやれやれといった表情の後、少し笑顔を浮かべた。
少女たちは顔を見合わせた後、ゆっくりとアイの方へと歩いて行き、そして抱き着いた。
その表情は、歳相応の無邪気な顔だった。
目には少し涙が浮かんでいた。
(やれやれ。とりあえず2人の部屋は俺のとなりにするよう言っておくか。それと国境警備も強化しないとな)
シャオは苦笑いを浮かべて、ただアイの顔を見ていた。
その表情はとても嬉しそうだった。
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