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第三十四話 おかえり

此処は、黒海の北にある小さな島が集まる場所。
地球規模で見て南の大陸の真裏にあたるこの場所は、エルフと呼ばれる亜人種が生まれた場所。
全世界がアルマゲドンにより放射能に包まれ、人々が暮らせる場所が地上には存在しなかった頃、神はこの場所だけ人々が暮らせるようにした。
真ん中の島を取り囲むようにある小さな島に、魔界への扉を創り、そこから魔界へ汚染された空気を取り込んだ。
地上の空気は魔界で放射能を除去し、そして南の大陸の門から、魔界の大気と共に戻ってくる。
その大気によって地上も浄化されてゆく。
大気の出入口は小さく、それは時間をかけて行われるものだった。
吐き出された魔界の大気は、黒の霧となって地上を覆った。
黒の霧とは、地上を漂う亡くなった人の魂とも言える魔力を、魔界の大気が可視化させたもの。
それが地上に広がり、島々にある魔界への扉から戻ってゆく。
この頃、黒い霧が存在しないのは、魔界の大気が吸収される島々の内側と、南の大陸にある門の付近だけだった。
その島々の中心にあった島に、神は新しい人であるエルフを創り住まわせた。
それから何百年かの月日が流れた。
地中で生き残っていた人類が地上へ出てくる頃には、黒の霧は一部を除いて赤道付近には存在しなくなっていた。
地中から出て来た者の一人が、魔界の門に気が付くまでにはそれから百年ほどかかった。
何か神聖な感じもするそれが噴き出る場所を、開けてみたくなるのは当然だったかもしれない。
南の大陸の受け継ぐ者は、魔法研究を重ねて開ける事に成功した。
その時閉じる方法も一緒に考えておくのは、毒とセットで解毒薬も用意しておくような思いだった。
当時まだ少し黒の霧が残っていた場所ではあったが、それがきっかけで大気の流れは速くなり、この場所に限って急速に赤道の帯は太くなっていった。
しかし南の大陸の近くは海が荒れ、風も強く、外から人々が入ってこれられない大陸となった。
間もなく魔獣も現れるようになり、南の大陸はアルテミスの者だけが住まう場所となった。
それはナディアが門を閉じるまで続いた。
その時、今度は逆に門を完全に閉めた事で、大気の流れがほぼ完全にストップしてしまった。
魔界の大気が来なくなれば、黒の霧は徐々に減っていく事になる。
エルフたちが住まう島の周りは、黒の霧が濃い場所であったが近年それが晴れてきた。
そうなれば当然、エルフたちは島の外に出始める事になる。
海を渡って一番近い中央大陸に来ることは必然だった。
そこには森を破壊する人間がいた。
それはエルフにとっては敵以外の何ものでもなかった。
次々とエルフたちは海を渡る。
人々の中に、この事を知る者は誰もいなかった。

ムサシからの連絡を受けたヒサヨシは、チューレンとチンロウとサンゲンをカルディナへと送った。
ファインはタァスーシに任せ、ヒサヨシはトキョウへと向かった。
ヒサヨシは今の世界の連絡網を一手に担っている。
だからトキョウにいるのが良いと判断した。
シュウカとアサミとアサリもカルディナへ入った。
後から新撰組も黒海を渡って駆け付ける事となっていた。

その新撰組は今、船で黒海を渡っていた。
遥か遠く視線の先には、中央大陸がわずかに見える。
以前は黒の霧に覆われていた場所だが、今はスッキリと晴れ渡り見通しも良い。
少し前まであった赤道の帯よりも少し北側を航行していた。
「もうすぐだな」
「まさかこんなに早くに中央大陸へ再び来る事になろうとは、思ってなかったな」
「全くシュウカのやろう、人使いが荒いよ」
「いえいえ、今回はムサシ王のお願いですから」
皆なんだかんだと言いながら、顔には笑顔があった。
天気も良いし、気持ちの良い風が吹く船上。
船旅を楽しんでいるといった感じだった。
そんな時、ゆったりと寝転がるサイトーの目に、何やら空飛ぶ人の姿が映った。
「あれ、なんでしょうね。人が飛んでいるように見えるんですが‥‥」
サイトーの指さす方向を一同は見た。
「ああ、人だな」
「飛翔の魔法で飛んでるんだろ」
「大陸に向かっているようですね」
皆、見たままを口にした。
「いえそうではなくて、大陸に向かっているって事は、何処から飛んできたんでしょうね」
「海に釣りにでも行った帰りじゃね?」
「飛翔魔法の練習だろ」
「練習とかそんなレベルじゃないくらい速いですね」
4人は色々と想像しながら、しばらくその空飛ぶ人々を見ていた。
するとなんだか今度は、その空飛ぶ人々が、新選組の乗る船の方へと向かってきているようだった。
「ん?こっちに向かってきている?」
「明らかに向かって来てるだろ」
「なんだか火球も飛んできているように見えるんですが‥‥」
「みなさん!攻撃してきています!守りを!」
サイトーが言い終わると同時に、火球は船に当たった。
船は大破し沈み始める。
「なんじゃこりゃー!」
「俺達に喧嘩売るとは上等!相手してやんぜ!」
「殺す!絶対殺す!」
「ああ、陸が見える辺りで良かった」
新撰組の面々は船を捨て、飛翔で空へと上がった。
それを見た敵らしき者たちは、今度は個々に攻撃をしてきた。
「赤い目?」
「こいつらがエルフとかいう奴か」
「はははー!こいつらの為に僕たちわざわざ呼ばれたんですよね。ますます殺す!」
「とりあえず陸地まで行きましょう。空では戦い辛いです」
サイトーの言葉に、皆は渋々陸地へと向かった。
「逃げてるみたいでいやだな」
「いや、前からも敵が来てるから、むしろ向かって行っているだろ」
「いいねいいね!」
「ちっとも良くないですよ。囲まれてます」
新撰組は既にエルフに囲まれていた。
四方八方から攻撃魔法が飛んでくる。
「うぎゃ!陸地で勝負しろ!」
「条件は相手も同じだ。なんとかしろバカ局長!」
「自分の足じゃなきゃ思うように動けません」
「諦めないでなんとか‥‥うぎゃ!」
新撰組の面々に魔法が直撃した。
飛翔のコントロールを失い、皆海へと落ちて行った。
「くっそ!こうなったらみんな死んだフリだ」
コンドーが小声で指示を出す。
皆は黙って海に浮かび続けた。
「行ったか?」
「いえ、まだです」
エルフたちは上空から新撰組たちを見下ろしていた。
「まだか?」
「しつこい奴らだ」
「死んだフリ死んだフリ」
すると1人、また1人とエルフは大陸の方へと向かって飛び始める。
「あと少し‥‥」
最後の1人が大陸の方を向いた時、1人海に顔をつけて浮かんでいたソーシが、我慢できずに顔を上げた。
「ぐはぁー!苦しい!ああ‥‥空気が美味しいですよ」
満面の笑みで空気を吸うソーシに、エルフたちは気が付いた。
エルフたちは次々に戻って来た。
「何やってんだよぉ」
「最初から上手く行くとは思ってなかったけどな」
「で、どうするんですか?!」
エルフたちは魔力を高めていた。
今度はかなり強力な魔法が予想された。
「海の中でライトニング系なんかくらったら‥‥」
「なんだかそんな感じだぞ。ほら空が‥‥」
「無駄だと思いますが、僕の風の刀でなんとか頑張ってみます!」
強力な雷が落ちて来る。
サイトーは死を覚悟してそれを受け止めようとした。
「さよならみなさん」
サイトーがそう言った時、強力な魔法防御が雷を遮った。
空にはドラゴンが飛んでいた。
「シャオ!」
新撰組の者たちは、ドラゴンの上にいる者の名前を呼んだ。
「お前ら何やってるんだ?泳ぎの練習か?」
「大丈夫ですか?皆さんはとりあえず陸地まで。ここは私たちに任せてください」
ドラゴンの上にはシャオとアイの笑顔があった。
「助かる!」
「誰が泳ぎの練習なんかするかよ!」
「シュウカ殺す!絶対死なす!」
「何故シュウカさんが?とにかく助かりました。後はよろしくお願いしまーっす!」
新撰組の面々は再び飛翔すると、陸地へ向かって飛び去った。
「やはりこの辺りみたいだな」
「そうだね。でも今はエルフたちをなんとかしないと」
こちらに向かって魔法を放つエルフたちに対抗して、シャオは魔法を発動した。
「プリズム!」
それはコールド系魔法で、魔力を持った鋭角な氷の塊を作る。
それは敵の魔力軌道を変える効果を持つ。
シャオはいくつか展開したプリズムで、エルフの放った魔法を術者に返した。
意表を突かれたエルフの何人かは、それをまともにくらっていた。
しかしさほどダメージはなさそうだった。
「なかなか。魔法にかなりの耐性がありそうだな。んじゃまアレを試してみるか」
シャオがそう言うと、ドラゴンはエルフたちの周りを旋回する。
その間もエルフは攻撃を続けていたが、それはシャオのプリズムによって受け流されていた。
「聖なる結界」
ドラゴンが周りを旋回している間に、アイはエルフを結界で包んでいた。
聖なる結界は、滅びの結界ほどの威力は無いが、結界強度は魔の結界に並びドレイン効果があった。
「シャオ!捕らえたよ!」
アイの言葉を受け、シャオは魔法を放った。
「呪縛!そして束縛!!」
呪縛とは相手の魔力を拘束する魔法であり、束縛は相手の体を拘束する魔法である。
大きな魔力を持つものなら容易くレジストできる魔法ではあるが、アイの聖なる結界の中では、それは不可能だった。
全てのエルフの体に、黒い魔力によるロープのようなものが巻き付き自由を奪った。
「アイ!結界を維持しながら陸地まで引っ張っていくぞ!」
「オッケー!」
アイは上手く結界をコントロールし、エルフたちを陸地まで移動させた。
陸地では新撰組がシャオたちを迎えた。
「シャオ殿!久しぶりだの!背も伸びましたな」
「いや流石だな」
「シャオめ!よくも美味しい所を持っていったな!」
「いやいや助かりましたよ。アイさんもお久しぶりです。綺麗になられましたね」
シャオたちを迎える新撰組の面々は、皆笑顔だった。
ドラゴンは地上へ降りるとナイフへと姿を変え、シャオの懐にある小さな鞘へと収まった。
結界に包まれていたエルフたちも、地上へと降ろされた。
シャオの魔法によって縛り付けられているエルフたちは、自由の利かない体を地上に転がした。
「なんだ?こいつら殺らなかったのか?」
「まあね。むやみな殺生はしたくないからね」
シャオはアイを見た。
「この人たちも、人間じゃないかもしれないけれど、人間だからね」
アイはシャオに笑顔を返した。
「だがこいつら俺たち人間を、『駆除する』とかいって殺して回ってるんだぜ?」
「ああ、だから此処に来たんだ。ちゃんと対処できるだけの力をつけてね」
「まあシャオさんがそう言ってるんだから、良いんじゃないでしょうか」
サイトーの言葉に、シャオに意見するものはいなくなった。
「で、こいつらどうすんの?連れて行くにも魔法維持が大変じゃない?」
ソーシのいう事も尤もだった。
魔法は永続魔法でない限り、その効果を持続させるには常に魔力が必要となる。
普通の術者なら、1人の拘束も1日が限界だろう。
しかしシャオは笑ってこたえた。
「だから鍛えたって。俺ならこれくらい1ヶ月でも拘束し続けられるよ。まあそれまでに別の方法に切り替えるけどね」
もう誰も何も懸念するべき事はなかった。
エルフたちは、新選組の者たちが連れて歩き、一同カルディナへと向かった。
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