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萬屋狛里対東海林久美

『|九仞《きゅうじん》の功を|一簣《いっき》に|虧《か》く』
山を作ろうと土を積み上げても、最後少し土が足りなかったり失敗をすれば全て台無しって話だ。
勝ちを確信した時、人は一番油断をするもの。
野球は九回ツーアウトから。
なんて話から入ると、今日の戦いで狛里は苦戦するのではないかと思われるかもしれないけれど‥‥。

戦いを前にしても、狛里はいつも通りだった。
相手はかなり力の近い者だと思われる。
尤も魔力は隠しているので、ハッキリとは分からないけれどね。
ただ尾花の話によれば、おそらく狛里とは何倍もの開きがありそうだ。
普通に戦えば楽勝だとは思う。
でも久美からは自信と余裕が感じられた。
一国を一人で支えてきたヤツはやはり違うね。
「ではそろそろ始めましょうか?」
久美の言葉に、戦いを見届ける為に集まった俺たちや久美の側近たちの前に結界が張られた。
なるほど、俺たちに何もさせないよう準備もしていたみたいだな。
でもこれでは久美に助けが必要な場合も手出しができないぞ。
尤も俺はタイムコントロールもできるし、助ける方法はいくらでもある訳だけれどね。
まさか久美がこの世界の神って事はないよな。
こんなチャンスを俺たちに与えたりはしないだろうからあり得ないか。
それに神なら俺には分かるだろうし。
狛里と久美が俺たちから離れた所へと歩いて行く。
三百メートル以上は離れる必要があるだろう。
狛里が本気になれば、それでも一瞬で移動できる距離なんだけれどね。
「何時でも‥‥いいよ‥‥」
「そうですか。では何を合図に始めましょうかねぇ」
俺の地獄耳はそんな会話を捉えていた。
久美が雲に隠れた太陽を指差していた。
どうやら太陽光が出てきたら、それを開始の合図とするらしい。
二人は距離を取って見合っている。
久美はブロードスォードを抜いて構え、狛里は自然体で立っていた。
構えるのも戦いでは大切だけれど、自然体というのもそれはそれで対応力のある構えだ。
柔道には自然本体というのがあって、技の攻防に適した構えとなっている。
もちろん狛里が柔道の事を知っているとは思えないけれど、長年の経験からこれが良いと判断しているのだろう。
間もなく太陽が顔を出す。
皆が唾を呑む音が聞こえてくるようだった。
太陽の光が地上に落ちた。
二人は同時に動き出した。
やはり魔力は狛里の方が上のようだ。
移動速度も速く、俺たちから見て久美がいた所に近い視界の左側で戦闘が始まった。
「凄まじいお。二人とも凄いお」
ゼロ距離の殴り合いだ。
殴り合いと言っても、久美の武器は拳ではなくブロードスォード。
それもエストックの刃を少し幅広にしたような片手剣だ。
一般的に言われる|両手剣《トゥーハンドスォード》ではない。
特徴は普通のスォードよりも長く間合いが広い事。
狛里にスピードで負ける分を完全に補っている。
一方の狛里は、リビングバンテージがロンググローブとなって拳と盾の役割を見せていた。
今日は剣にはしないのか。
「敵はなかなか剣の扱いが上手いみたいですね」
想香の言う通り、どうやらこのブロードスォードを使った剣技レベルが高いみたいだな。
魔力では完全に狛里が圧倒しているのに、殴り合いでは互角に見える。
剣同士じゃ分が悪いと思ったのだろうか。
狛里は特に何かの戦闘方法を身に着けている訳じゃない。
言ってしまえばただ魔力が大きくて喧嘩の強い女の子。
経験値は高いけれど、やはりそれなりの戦闘技術を持っている者には差を埋められる。
とはいえ久美も、ブロードスォードの剣技レベルがメチャメチャ高い訳じゃなさそうだ。
十分なレベルではあるけれど、普段想香といる俺から見ればまだまだに思える。
いや、想香の剣技レベルが高すぎるのだろう。
どうして想香はそこまでの技術を身につけたのかねぇ。
そしてそんな想香を見ている狛里な訳で、対応力は多少あるみたいだった。
しかしこのままだとしばらく決着はつきそうにない。
両者次の手を考える頃か。
狛里が一旦引いた。
それに合わせて久美も狛里から距離を取った。
「手に汗握る戦いだお」
「でもまだまだ狛里ちんは本気じゃないわよぉ~」
確かに天冉の言う通り、狛里はまだまだこれからだろう。
「ねぇ‥‥絶対魔法防御は‥‥使える?‥‥」
「いきなり変な事を聞いて来ますね。でも教えて差し上げますよ。当然使えます。剣士たるもの最強を目指すなら当然ですね」
当然なんだ。
それで想香も使えるのかな。
となるとロイガーツアールは通用しないか。
或いは通用させる為に魔力を練りたい所だろうけれど、この戦闘で使うのは無理かな。
そう思った瞬間、狛里はロイガーツアールを発動した。
咄嗟に久美は絶対魔法防御でガードする。
「言われていなければ間に合わなかったとお思いですか?何も言わずいきなりその魔法を使われていても問題は無かったですよ。僕には自動で危険を回避する能力がありますから」
「そう‥‥だったら‥‥遠慮なく‥‥戦える‥‥」
狛里の動きが久美の動きを上回った。
やはりここまでかなり手を抜いていたみたいだな。
しかしそれは久美も同じか。
「ロイガーツアール‥‥」
「無駄ですよ。間に合いません」
それでも狛里はロイガーツアールを連続して使った。
「オデなら既に何度も死んでるお」
今まで本当に何度も死んでいるからな。
「くっ‥‥」
おっ?久美が防戦一方になった。
どうやら絶対魔法防御が自動で発動するにしても、その分動きが止められるみたいだ。
やはり狛里の方が一枚上手だな。
「仕方がないですね。では完全な殴り合い勝負にしますか」
ロイガーツアールの連続攻撃に苦しめられるくらいなら、絶対魔法防御を発動し続ければいい。
でもその分魔力消費が大きくなるぞ。
戦闘可能時間を削って物理戦闘対決に持ち込んだ形だ。
狛里は長期戦に持ち込めば勝ちで、久美は早く勝負を決めなければならない。
どっちにしても狛里の優位は動かない。
ただここから久美は全力で向かってくるぞ。
思った通り久美の魔力が跳ね上がり、動きも速くなった。
「久美さんの動きが凄い事になっているのです!」
これが久美の全力か。
予想よりも少し魔力は少ないか。
でも物理対戦に持ち込まれた今、若干久美が優位に見える。
これは全く気が抜けない戦いだ。
なんて思っていたら、狛里は少しがっかりしたような表情をした。
「これが‥‥全力?‥‥余裕で‥‥受け流せる‥‥」
狛里の動きが止まった。
何をする気だ?
動きを止めたら流石にやられるぞ?
そう思ったのだけれど、狛里のセーラー服を|形取《かたちど》るリビングバンテージが、自らの意思で動いているかの如く、久美の攻撃を受け流していた。
というかまんまリビングバンテージがパリィスキルを使っている?
「セーラー服は‥‥友達‥‥」
えっ?そんなんで助けてくれているの?
なんとなく狛里って誰とでも仲良くなりそうな雰囲気はあるけれど、まさかインテリジェンス魔道具をここまで従順にして掌握してしまうとは。
「ただの可愛い服では無かったのですね」
「可愛い‥‥」
狛里が少し照れているように見えた。
可愛いって部分にだけ反応するなよ。
戦闘中だぞ。
「‥‥しかし、僕の『逆算思考』の前ではその程度のパリィディフェンスは打ち崩せます!」
「逆算思考とな。面白そうな能力だな」
神眼でちゃんと解析しておかないと。
「逆算思考は、勝利から逆算して道筋をハッキリさせる能力よぉ~」
「えっ?そんな便利な能力もあるんだ?」
「なんとかできるくらいの強さは必要だけれどねぇ~」
なるほど、それは美味しい能力だし俺も使えるようにしておくか。
既に神眼による解析は終わっていた。
狛里はただ立っているだけで、それに対して久美が攻撃を続ける。
その中で少しずつ狛里というかリビングバンテージが押され始めた。
勝利の|頂《いただき》まで山を築くように、久美の攻撃が有効性を増していった。
「勝利が見えました!これでっ!終わりです!」
三回の攻撃が連続で狛里を襲った。
二回はギリギリ受け流したけれど、最後の一回が気がつけば狛里の眼の前まで来ていた。
久美の表情から、どうやら勝利を確信しているようだ。
でも久美は大切な事を忘れている。
お前が今戦っているのは狛里であって、リビングバンテージじゃないんだよ。
「九仞の功を一簣に虧く、か‥‥」
いや、最初から頂に必要な一簣の土は用意されていなかった。
「えいっ‥‥(萬屋奥義絶縁体斬り!(略))」
最初から久美に勝ち目なんて無かった。
剣で挑んで狛里に勝てる訳がないんだ。
何故なら、狛里はほぼ何でも斬る事ができるんだから。
長いブロードスォードが真っ二つに分かれていた。
「流石狛里様なんだお!」
「狛里店長流石ですね。僕でもこの相手だとちょっと苦戦します」
「いや狛里ちゃん以外には勝てない相手だろ」
陽蝕が想香にツッコミを入れている。
流石にソロソロ言わずにはいられなくなったか。
俺も兎白には心の中で何度もツッコミを入れていたし気持ちは分かるよ。
だから今ではもう慣れて‥‥想香にも心の中ではツッコミを入れているけれどね。
何にしても勝負は終わったようだ。
「負けましたよ。流石は最強の萬屋です。まさかミスリルブロードスォードが折られるとは思ってもいませんでした」
「うん‥‥ゴメンね‥‥久美ちゃんも‥‥結構強かった‥‥よ‥‥」
「そうですか‥‥『結構』ですか」
ああ十分に強かった。
流石は東海林王国を一人で支える男だよ。
そしてもしかしたら次期神候補かもしれない。
他に強い男と言えば乱角もいるけれど、彼は今以上に強くなる可能性が低いんだよな。
それを考えれば久美の方が可能性は大きい。
二人は歩いてこちらに向かってきた。
結界は既に解かれていた。
「負けてしまいました。流石は萬屋狛里です。よって約束通りルールは変更し昨日の事で罪には問いません」
そういう久美はにこやかな笑顔だった。
もしかしてこいつ、狛里をルール変更の出しに使ったのか?
集まっていた久美の側近たちも、皆晴れやかな笑顔をしてホッとした様子だった。
まあいいか。
狛里の本気は見られなかったけれど、久美の強さは確認できた。
能力も解析して得られたしな。
ちゃんと妖凛|補助記憶装置《ストレージ》に保存しておいた。
「それでは僕たちは先に失敬しますね。できるだけ早くルール変更しておきたいので」
「はいはいお疲れ様ぁ~」
「いい戦いだったお」
久美は側近の者たちを連れて、空へと上がった。
こいつら飛べたのか。
空中で戦っていたらもう少しいい勝負ができたかもな。
リビングバンテージのリソースが翼に取られるし。
それでも狛里の勝利は揺るがなかったと思うけれど。
いや、肌の露出が少し多くなるだけかな。
一部のマニアにとっては見たい戦いだったかもね。

狛里と久美の戦いの後、俺たちはタマムシの町へと戻った。
流石にこのまま冒険の旅とはいかず、もう一日町に滞在する事にした。
そこで俺は狛里からの注文を受けた。
「木彫りの熊‥‥三つ‥‥あるよね‥‥。みんなにも‥‥リビングバンテージ‥‥作ってあげて‥‥」
そうなのだ。
ルペン騒動の中で俺は、木彫りの熊を三つ手に入れていた。
忘れていた訳ではないけれど、どう使おうかじっくり考えている所だった。
でも狛里の言う通り、今日の戦いを見ればリビングバンテージにするのは良いかもしれない。
防具が自らの意思で装備者を守ればかなり強くなる。
みゆきが使っていたクラーケンの腕輪に近いマジックアイテムとして優秀だ。
そんな訳で俺は、一人闇の魔法実験場に移動して作ろうと思ったのだけれど‥‥。
「赤い宝石なのです」
「こっちは青いのね」
「そして三つ目は緑色か‥‥」
木彫りの熊は、壊さなくても上手くやれば開けられる事が分かった。
それで全て開けてみたのだけれど、出てきたのはあの時のようなダイヤモンドではなかった。
赤はルビー、青はサファイア、緑はエメラルドのようだった。
こうなってくるとあの雀の涙の中身が気になる。
おそらくダイヤモンドだったよなぁ。
絶対ダイヤモンドの方が良いよなぁ。
見れば分かる。
これらの生きた宝石は、種類によってその特性も変わってくる。
リビングバンテージにすればきっと似たように防具として使えるとは思うけれど、きっとダイヤモンドのような効果は期待できない。
「お前らはどう思う?」
「赤いのはきっと炎なのです」
「だったら青いのは水なのね」
「そう来ると緑は風か」
いや、そんな単純に判断していいものでもないはずだ。
結局やってみなくちゃ分からない、か‥‥。
この生きた宝石の作り方も解析して考えてはみたけれど、どうしても分からない所があった。
「えーい!悩んでいても仕方がない。狛里がリビングバンテージを作れと言ったのだから作ればいいじゃないか!」
「でもそれぞれに合ったもっと良い物が作れるかもしれないのです」
「そうなのね。ハッキリと武器や防具にした方がいいのね」
そう言われるとまた悩むじゃないかー!
「うおー!」
「策也タマはからかうと面白いのです」
「正直妃子たちは適当な事を言っているだけなのね」
「お前らー!」
俺たちはしばらくの間、久しぶりにプロレスを楽しむのだった。
って、疲れたわ!
「もうさっさと作ってしまうぞ!」
俺は猛烈な勢いで妖糸を紡ぎまくった。
そして宝石もアッサリと砕いて、妖糸と一緒に編み込んでいく。
「ぬおー!」
「策也タマが壊れたのです」
「でも楽しそうなのね」
ああ楽しいよ。
一心不乱に未知のアイテムを作っているんだからな。
そんな訳ですぐに三つのリビングバンテージが出来上がった。
それぞれルビーバンテージ、サファイアバンテージ、エメラルドバンテージとしておこう。
狛里のリビングバンテージほどの魔力は感じないけれど、それぞれに何かしら強力な能力があるように感じる。
「とりあえずコレをどうするか。みんなの所に戻って相談だな」
そんな訳でみんなが休む宿屋へと俺は戻るのだった。

皆が集まる部屋。
俺はみんなの前に出て、出来上がったばかりのバンテージを手に持って見せた。
「三つ出来上がった。それぞれルビーバンテージ、サファイアバンテージ、エメラルドバンテージだ。狛里のリビングバンテージとはおそらく効果が変わってくる。それに偶々狛里は上手く行ったけれど、インテリジェンス魔道具には相性もあるだろう。誰がどれを使うかはその辺りも考慮して決めた方がいい」
「そう‥‥なんだ‥‥」
「おそらくな。相性は多分直感的なもので分かるはずだ。なんとなく感じる所があれば言ってほしい。ただし猫蓮は除外な。ミンチになったら意味が無いだろうし」
「残念なんだお。でもオデはチートだから不要なんだお」
猫蓮ならこんなものに頼らなくてもきっと強くなれるさ。
今はまだまだだけどね。
「ん~私わぁ~、どれも遠慮しておくわぁ~。きっと不要だものぉ~」
天冉は一霊四魂という能力がある。
少しだけ能力の一旦を話してもらったけれど、まだまだ奥がありそうだった。
天冉が不要というのなら不要なのだろう。
「僕もなんとなくですが不要な気がします。最強の剣客ですからね」
「いや想香はどれか付けた方が良くないか?」
「遠慮しておくのです!そんな布切れだけなんて、ちょっと恥ずかしいのです!」
そういう理由か。
しかし嫌がっているものを付けても効果は薄いだろう。
それに想香が殺られる敵なんてそうそういないよな。
「我は‥‥どれも無理そうだ。全てに嫌な感じを覚える。駄目だ!使えない‥‥」
よく分からないけれど、陽蝕とは相性が悪すぎるようだ。
「私も遠慮しておくぞ。魔物形態に変化もするし装備は邪魔だ」
「そっか。尾花も不要か。すると雪月花の三人に一つずつだな」
なんとなくこうなる気がしたよ。
似たようなアイテムが三つだからな。
「そんな貴重なアイテムを貰ってもよろしのでしょうか?」
雪月花は仲間になったとはいえ、未だに遠慮する所が大いにあった。
これを貰う事で、より近い仲間意識が生まれてくれればいいだろう。
「問題ないお!オデが付けられない分、みんなが使ってほしいお」
「猫蓮にそう言われちゃしゃーねぇなぁー!貰ってやるか」
「猫っち、ありがたく貰うであろう」
「それじゃあどれが良いか直感で言ってみてくれ!」
俺は三つのバンテージをテーブルに並べた。
そこに雪月花の三人が寄ってきてそれらを眺めた。
「そうですねぇ‥‥」
「マイはなんとなく‥‥」
「気になるのは‥‥」
三人は同時にバンテージを指差した。
「これです!」
「これかな?!」
「これであろう」
見事に三人が指し示す先は分かれていた。
これは天の|配剤《はいざい》かな。
愛雪はサファイアバンテージを選んだ。
どんな事ができるようになるかは分からないけれど、なんとなく水属性な気はしている。
舞月はエメラルドバンテージか。
これはやはり風属性かな。
知らんけど。
そして美花は予想通りルビーバンテージ。
炎属性っぽいからね。
こうして俺たちパーティーは、新たなアイテムによって少し強化された。
いや、雪月花だけ見ればかなり強化されただろう。
おそらく単純に戦闘能力だけを見れば、猫蓮や陽蝕よりも強くなったはずだ。
想香だって負ける可能性があるかもしれない。
それにしても‥‥この世界においてチートすぎるパーティーになっちまったなぁ。
俺はなんとなくこの先がヌルゲーになるのではないかと、少し心配になるのだった。
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