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ミッション!貴族のボンボンを連れ帰れ!

この世界の冒険者は、ランクが壱から百まで存在する。
より難しいクエストを達成すればレベルを上げて行ける。
受けられるクエストは、現在の自分のレベルの倍までだ。
そこでこの世界の王族や貴族には、最低ラインというのが設けられていた。
全てのクエストを受ける事ができるレベル五十を、男性は二十五歳になるまでに取得する事。
これを達成できなければ、王族や貴族から除名されるのだ。
故に二十五歳が近い王族や貴族には、死人が多くなる。
無理をしてクエストに挑む事になるからね。
ちなみに女性は除名されたりはしないけれど、王族や貴族の家長になる事はできない。

これから救出に向かう貴族のボンボンは、レベル十八の冒険者だそうだ。
年齢は現在二十三歳で、あと一年そこそこで冒険者レベルを五十まで上げなければならない。
そこで今回レベル三十を目指して、『狼魔獣三体を討伐し毛皮と肉を持ち帰る』というクエストに挑んだのだそうだ。
冒険者の中堅クラスが楽にこなせるものらしい。
「このクエストの‥‥ポイント一‥‥ナマヤツハシ川を渡る‥‥」
ナマヤツハシ川は、町の南を通って海に流れ出ている川だ。
町から出るのは初めてだが、町の周りの情報は少女隊プラスから聞いて多少は理解していた。
しかし渡るって言っても、狛里や他の皆は渡れるのだろうか。
俺は飛ぶ事もできればテレポテーションもあるんだけどさ。
川幅一キロは超えているぞ?
すると狛里は、川へ向かってゆっくりと走りだした。
そして徐々にピッチを上げると最後は猛烈なスピードとなり、次の瞬間空高く舞っていた。
走り幅跳びかよ。
狛里は向こう岸まで余裕で跳んで行った。
着地も綺麗に決まったようだ。
すると振り返って、早く来いと言わんばかりに手を振っているのが見えた。
「どうなったんだお?狛里様がいないんだお!」
「川に飛び込んでいったように見えました。もしかして自殺でしょうか?」
ああなるほど。
この暗さだとこいつらには見えないか。
明かりは俺が灯す小さな火だけだからな。
それは料理スキルで使うもので、辺りを照らす為のものではない。
超簡単なライトの魔法すら使えないとか、この世界の魔法制限辛過ぎるよ。
流石にそんな魔法選ばないよな?
ただ俺や少女隊プラスには問題ないんだけどな。
『五感』って能力を俺たちは持っている。
夜目もしっかり利くのだ。
「狛里は向こう岸までジャンプしたぞ?お前らはどうする?」
「オデに任せるんだお!空を飛ぶ事もできるし、念力でみんなを運ぶ事もできるんだお!」
「そうか。なら大丈夫だな。想香は俺が運んでやるよ」
「助かります。でも変な所は触らないでください」
俺は想香をお姫様抱っこして空へと上がった。
「オデを無視しないでほしいんだお!」
慌てて猫蓮も付いてきた。
流石にチートというだけあって飛行魔法は使えるんだな。
でも想香を任せる訳にもいかない。
想香が震え死ぬ可能性も否定できないし。
そんな感じで間もなく川を渡った。
そこには狛里が待っていた。
「凄い‥‥空も飛べるんだ‥‥」
「狛里様。必要とあればオデが何時でも空の旅を提供するんだお」
「いらない‥‥」
猫蓮は泣いていた。
お前イケメンなんだから、まずはその喋り方だけでも直したらどうだろうか。
醸し出してしまう雰囲気はどうにもならないけれど、寝ていたら或いは受け入れられるかもしれないぞ。
「それより先を急ぐのです!貴族のボンボンを助けて五百万円ゲットしましょう!」
「そうだね‥‥」
猫蓮もなんとか気持ちを切り替えて、走り出す狛里の後についていった。
頑張れ猫蓮。
不老不死なんだから時間は無限にあるんだ。
もしかしたら一万年後にはモテモテ人生が待っているかもしれないぞ。
俺は心の中で励ましてやった。
『心の中だと意味ないのね』
『でも励まさなくていいのです。菜乃はこの人とあまり関わりたくないのです』
『コクコク』
そうだな。
俺もお前たちにこいつを近づけるのはちょっと嫌だ。
その辺りは注意する事にしよう。
走って走って間もなく森へとやってきた。
流石に此処までくると魔獣の気配が感じられた。
千里眼も邪眼もないけれど、五感の能力は割と使える。
匂い、音、皮膚感覚、あらゆる感覚が状況を教えてくれる。
さて貴族のボンボンは何処にいるのやら。
そのボンボンの匂いとか分かればなぁ。
探す事も可能なのだが。
「みんな‥‥狼魔獣がいっぱいいる‥‥気を付けて‥‥」
「そろそろオデが活躍するターンだお」
「狼魔獣ですか。僕の敵ではないのです」
みんなのお手並み拝見と行きますか。
狼魔獣が四方から襲ってきた。
大して強い魔獣には見えない。
アルカディアの魔物レベルで言えば三十くらいのものだ。
中堅クラスの冒険者でも楽に倒せるだろう。
狛里は流石で、普通に問題なく殴り殺していた。
想香も刀でアッサリと屠っている。
そして猫蓮は‥‥噛みつかれて血まみれになっていた。
「オデは魔法使いなんだお!誰か壁になって守ってほしいんだお!」
期待通りだな。
でもこいつ不老不死だし、この状態からでも魔法は放てるだろう。
「怒ったんだお!|爆炎地獄《ヨメへのアイ》なんだお!」
こりゃまたイタイ名前の魔法だな。
しかし効果は抜群だ。
威力もすさまじく森も一緒に辺り一帯火の海だよ。
「やりすぎ‥‥」
猫蓮は狛里にチョップの罰を貰っていた。
「狛里様!ご褒美ありがとうなんだお!」
やっぱりご褒美なんだね。
だと思ったよ。
狛里が少し困った顔をしていた。
おっとそれよりも火を消した方が良くないか?
神通力で酸素を遮断するか。
「後始末もオデがちゃんとするんだお!|水龍破《スベテワスレテ》!」
なんだか悲しくなってくる魔法だな。
黒歴史を忘れてほしい、そんな思いが伝わってくる。
でもさ、その黒歴史は現在進行形なんだよな。
大量の水が燃える森を一気に流れた。
そして全てを洗い流すように去って行った。
森の中に荒れ地の道ができてしまったな。
「やりすぎ‥‥」
猫蓮は狛里にローキックの罰を貰っていた。
「狛里様!ご褒美ありがとうなんだお!」
かなり痛そうだけど、これもご褒美なんだな。
割とMって幸せなのかもしれない。
「とりあえず狼魔獣は片付いたけど、貴族のボンボンは見当たらないな」
「これは僕の勘ですが、きっと森の奥に逃げたのです。間違いないでしょう」
想香じゃなくてもそう思うよな。
ここに来るまでにはいなかった訳だし。
しかし森の奥と言っても、山の方と西の方とどちらへ行ったかだ。
未来予知魔法を使ってみるか。
むむむ‥‥山の方へ行った方が早く帰れそうだ。
つまり山の方に貴族のボンボンがいるに違いない。
「俺の勘なんだけど、山の方に行った方が良い気がするぞ?」
「私の勘だと‥‥西の気がする‥‥」
「僕も西に貴族のボンボンがいると思うのです。間違いありません!」
「だったらオデも当然西なんだお」
一対三か。
「だったら西に‥‥」
「よし!ならば二手に分かれよう。俺は山の方に行く。お前たち三人は西に行ってくれ。俺には少女隊もいるから問題ないよ」
皆で西とか、完全に帰るのが遅くなるパターンだ。
それはつまり見つからないという事。
「策也ちゃんなら‥‥大丈夫‥‥」
「分かりました。どちらが先に見つけるか競争ですね」
「とうとうオデの時代がきたんだお!策也殿、ありがとうなんだお!」
まあ頑張れよ猫蓮。
両手に花だけど、多分いい事は起こらないから期待はするな。
俺たちは二手に分かれて森の中を探す事にした。
皆と別れると、少女隊が影から出て来た。
「策也タマ、貴族のボンボンはこっちにいるのね?」
「そうだな。そのはずだと思ったんだけど、こっちはあくまで早く帰れるって未来があるだけなんだよな」
「早く帰れるならきっとこっち側にいるのです」
「だといいんだけど‥‥」
俺たちは真っ暗な森の中を、適当にお喋りしながら歩いていった。
すると再び魔獣の気配を感じた。
それも先ほどの狼魔獣の比ではないくらい、魔力が大きく数も多そうだった。
「どうやら山の方は更に強い魔獣が出るみたいだな」
「そんな所に弱い貴族のボンボンは逃げないのね」
「こっちに逃げたら既に死んでるのです」
言われてみればその通りだ。
もしかして未来予知魔法は失敗したのだろうか。
そうならちょっとイラチくるな。
イラっとするって意味ね。
アルカディアだとしっかり機能していた魔法も、イスカンデルじゃ駄目なのだろうか。
それだとこの先ちょっと思いやられるぞ。
こうなったら憂さ晴らしだ。
「この辺りでアルカディア仕込みの魔法を色々試して行こうぜ。どうせ魔獣しかいない場所だ。多少破壊しても問題ないだろう」
「それは楽しそうなのです!」
「欲求不満を解消するのね!」
(コクコク)
少女隊プラスも、転生してからの慣れない環境にストレスが溜まっていたのかもしれない。
やはりストレス発散は大切だよな。
俺たちは使える魔法の試し打ちを始めた。
「適当ロイガーツアール!」
「|霧咲《きりさき》!なのね!」
「だったら私はバクゥビーム!なのです!」
「フルバーストメテオ!だー!」
あっ、妖凛が喋った。
魔法名だけは割と言ったりするんだよな。
つかこの場所でフルバーストメテオはヤバいだろ。
残念ながらこの辺りの森は終わったな。
当然少し強くなっていると思われた魔獣たちも、一瞬のうちに逃げていった。
どんな魔獣でも、流石にこれは逃げの一択か。
此処までやったなら、後は何をやってももう変わらない。
「ドンドン魔法を試すぞ!ダリアぱーんち!」
「ダイヤモンドソード!なのね!」
「ルビーファンネル!なのです!」
「設置型爆破魔法だぞぉー!」
あっ、また妖凛が喋った。
でも今なんて言った?
その魔法はちょっとさっきよりもヤバくねぇか?
「みんな撤退するぞ!」
俺の声に少女隊は影の中へ、妖凛はミンクのマフラーに変わって俺の首に巻き付いた。
その後すぐに俺は北へと全速で後退した。
しばらくして大きな爆発が起こった。
大地が少し揺れていた。
「設置型爆破魔法も結構威力あるな。おおよそどの魔法もアルカディアと同じように使えそうだ」
(コクコク)
しかしおかしいな。
こっちに来ると早く帰れるはずだったのに、このままじゃ西に行った連中を追いかけなくちゃならないじゃないか。
このままバックレるって手もあるけれど、それじゃ流石に信頼を失くしそうだよな。
そもそもまだ信頼されるほどの付き合いはないのだが。
俺が後を追うかどうか悩んでいると、頭の中でベルが鳴り響いた。
『これはリビングに集合の合図なのね!』
『そうなのです。だから帰っていいって事なのです』
『そういう事か。向こうで貴族のボンボンを確保したんだな。そして俺は一足先に帰れると』
『コクコク』
未来予知もちゃんと仕事してるじゃないか。
ならば全ての魔法と能力は、期待通り働くと考えて良さそうだな。
不老不死も猫蓮で確認済みだし。
こうして俺の初仕事、そして初めての外出は終わった。

一足先に帰ってリビングで待っていると、沈んだ顔の三人が帰ってきた。
「お帰り!どうやらクエストは達成できたみたいだな」
極力明るく話しかけたが、三人は何故かやはり沈んだ雰囲気だった。
「どうしたんだ?貴族のボンボンは見つかったんだろ?」
「見つかった‥‥でも夢のような出来事が‥‥」
「アレは突然の出来事でした。岩陰に隠れている貴族のボンボンを見つけ声をかけると、奴は我々の方に走ってきました。『助かった!僕は此処だよ』って」
「そしたら突然東の方から、魔獣の群れがやって来たんだお。貴族のボンボンは|撥《は》ねられて即死だったんだお」
それって、俺たちが魔法で追いやった魔獣か?
いやまさかそんなんで死ぬか?
俺はまだ自称チートの猫蓮よりも弱い人間を見た事がない。
普通の人間は、もしかしたらメチャメチャ弱いのかもしれない。
つか俺は忘れていただけじゃないか。
日本で暮らしていた頃の人々はみんな弱かったんだよ。
「とりあえずギルドに‥‥死体だけ届けてきた‥‥」
「二百万円は貰えましたが、すぐそこに五百万円があったのでショックです」
「オデの取り分を考えると悲しいんだお」
ショックなのはそっちかーい!
「猫蓮ちゃんの取り分は‥‥一パーセント‥‥」
猫蓮の取り分は二万円か‥‥。
普通のバイトよりも若干マシってくらいだな。
仕事の辛さを考えると少し可哀想になってくる。
「想香ちゃんの取り分は‥‥十パーセント‥‥」
「そんなに貰ってもいいのですか?まあ僕の能力を考えれば当然ですが」
おいおい、どういう基準でギャラの取り分が決まってるんだ?
ちょっと猫蓮が可哀想に感じるよ。
「策也ちゃんは‥‥」
当然ゼロパーだろうな。
「策也ちゃんは‥‥三十九パーセント‥‥」
「えっ?俺今回活躍してないぞ?」
「今まで沢山‥‥アイテム作ってる‥‥」
なるほどね。
日頃の仕事の分も全て本業での収入から払われるのか。
でもそれだと想香が猫蓮の十倍あるのはおかしい気もするが。
いや、店番は可愛い女の子の方が良いだろう。
転生前の世界では、可愛い女の子のレジに並ぶオッサンを嫌というほど見てきたじゃないか。
俺は猫蓮が可哀想になって、どんな表情をしているのか確認してみた。
メチャメチャ嬉しそうだった。
こいつドエムかーい!
なんにしても俺の手取りは七十八万円か。
三日のギャラにしては結構な額だな。
でも妖精の糸で編んだリビングバンテージの作成を考えると安いし、これを俺は四人で分けるんだよな。
そう考えるとちょっと少ないかもしれない。
クッソ、あそこで魔獣を確実に仕留めていたら‥‥。
気が付いたら俺も気分が沈んでいた。
貰えたはずの金が貰えなくなると、やっぱりちょっとショックなんだな。
でも明日からは俺ももう少し自由に動けるだろう。
ならば自らお宝を探しに行ってみるか。
とにかく俺たちの初仕事は、ややスッキリしない形で終わるのだった。
ちなみに俺、この結果は多少予感があったんだよね。
ほら、貴族の名前が出てこなかったでしょ?
つまりモブキャラなんだよ。
貴族の癖にモブなんて、直ぐに死ぬに決まってるじゃん?
名前が出てこない奴はモブ。
これ、よく覚えておいてねw
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