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夢の城がスタート!旅立ちに向けて

江戸時代、日本に来た外国人は驚いたそうだ。
一般庶民であっても、男も女も文字の読み書きができるからだ。
特に女性の識字率の高さは圧倒的だった。
そもそも日本の平仮名は、『女文字』或いは『女手』と呼ばれていたくらいだからね。
日本人の識字率が、世界で一番高かったのも頷ける。
それは統治にもとても重要な事で、だから日本はずっと平和だったのかも知れない。
高札一つで統治者の言葉をみんなに伝える事が出来る訳だからね。
これは凄い事だったのだと、この世界に来て改めて思う。

「もう領主になって何日も経つんだお。なのに町の人には領主が死んだ事すら伝わってないんだお」
この世界の識字率は、どうやらとても低いらしい。
上級国民とギルドを利用する者以外は、ほとんど文字の読み書きが出来なかった。
精々数字と名前くらいなものだろうか。
ギルドを利用する者も、多くが文字を読み書きできる者のサポートを受けている。
なんとも面倒くさい状況だった。
「本も少ないし、読む人もいないのだろうな」
俺たちは猫蓮の愚痴を、リビング会合の時間に聞かされていた。
「こんな状況で統治しろとか、マジウケるんだお。オデのやりたい事が全くできないんだお」
今は天冉が参加していないので、猫蓮は言いたい放題だった。
「そうかそうか。それは大変だな。それで猫蓮は何がしたいんだ?」
文字が読めない民だと、確かに情報を伝えるのは大変だ。
しかしそれはそれで良い事も有ったりする。
情報によって民を混乱させたり、扇動する事も難しくなるからね。
この世界の常識がどんなものかは知らないけれど、日頃の当たり前から外れた事を受け入れる者は少ないだろう。
つまり常識は守られるという事だ。
「目安箱を作ったんだお。オデが前に暮らしていた日本という国では、『|知らす《シラス》国』が良いとされていたんだお。統治者は国や民の事を知り、そして知らせる事が重要と考えていたんだお」
こいつ、割としっかりした奴じゃないか。
統治の基本はやっぱりそこだよな。
「それに『可愛い』メイドを募集したのに、集まってくるのは婆さんとおっさんばかりなんだお!募集条件が読めなかったとかぬかしやがるんだお!」
俺の感動を返せよ!
どうみても後の理由の方に熱量を感じるんだよ。
とはいえ異世界にチート転生したのに、こんな状況じゃ流石にガックリ来るよな。
「だったら学校でも作ったらどうだ?」
俺の提案に猫蓮の目が輝いた。
「グッドアイデアなんだお!やっぱり異世界転生と言えば学園なんだお!」
割合的には割と少ないけどな。
「学校なら‥‥王都に行けば‥‥あるよ‥‥」
あるんかーい!
「そうですね。僕も何故か読み書きが出来るみたいなので、おそらくは学校を卒業していると思われます」
記憶はなくても読み書きはできるって、こういうの多いけど一体どうなっているんだろうな。
「じゃあどうして読み書きできない人が多いんだお?」
だよな。
学校があるのに読み書きできる人が少なすぎる。
「学校は‥‥お金がかかる‥‥だから上級国民と‥‥金持ちしか‥‥行けない‥‥」
なるほどなぁ。
これも確かにありがちな話だ。
貧乏人だけが行けないってのがよくあるパターンだけど、その貧乏人がほとんどを占める世界か。
でもみんながそうだから、民はきっとこれが普通だと考える。
別に生活が貧しい訳じゃないし、ある意味総中流社会なのだろう。
だからこれでもみんなが幸せを感じられる訳だ。
俺は転生前、昭和から令和になるまで生きていた。
世の中は発展し、生活はドンドン便利になっていった。
だからと言って、遅れていた時代である昭和が不幸だったかと言えばそうではない。
むしろ昭和の方が必需品が少なくて、好きな事に使えるお金があった。
携帯電話もパソコンも必要がなかった時代。
大学や高校にすら行かない者もいた。
それはそれで自由を感じられて良かったのだ。
仮にこの世界で学校に行く事を義務化したとして、今の人々はより幸せになれるだろうか。
学校で文字などを習う分、日々の生活で使うお金が減る訳だ。
単純に見れば、今のままの方が人々は幸せなのかもしれない。
ただ、それだとおそらく国に未来はないだろう。
多分この世界にも戦争はあって、人々が学ばなければ国を守れないと思うから。
「だったら、読み書き計算と生活魔法くらいは覚えてもらうお!義務教育にしてタダで学べるようにするお!」
そうだな。
猫蓮の言う通り、最低限それくらいはあってもいいだろう。
「でも子供は‥‥大切な労働力‥‥困る人も‥‥大勢いると思う‥‥」
この世界か、この町だけの事なのかは分からない。
でもそういう事だったのかな。
この町はとても豊かでいい町だと思った。
でもそれは、子供も働いているから豊かなのかもしれない。
そういえば明治維新後、あらゆるものが変わって行った。
その中で教育の変化は割と大きい。
今までは自由に学べたものが、国によって義務教育となっていった。
それが逆に駄目な教育へと繋がったという人もいる。
明治維新は、全てが評価されている訳ではない。
駄目だから見直すべきだと思われる所も多々あるのだ。
令和になっても、学校の勉強が嫌いだって人は多いだろう。
そんな人が勉強を強要された所で、得るものなんてほとんどないのだ。
自ら学びたいという人が、いつでも年を取ってからでも学べる環境が必要なのかもしれない。
「別に勉強は六歳からって決める必要はないよ。早く成長する子もいれば、成長の遅い子だっている。好き嫌いもある。ならば学びたい人がいつでも学べる環境を作っておけばいいんじゃないかな?」
教育改革は日本でも求められていた事だ。
そしてなんとなく理想に近い教育環境というのは想像できる。
ならば最初からそういう環境を作っておいても良いはずだ。
「でも学校教育は規律を学ぶのに必要だお!集団行動ができないと有事に困るんだお」
やはり猫蓮は分かっているな。
ただ少し偏りがあるのは、やっぱり日本のネット民と言った所か。
「その通りだな。でもリーダーシップを取れる猫蓮のような指導者がいれば、全ての民がそうである必要はないだろ?教え方だって、全てが実践である必要はないんじゃないか?」
規律なんてものは、指導者の言う事が聞ければある程度はなんとでもなる。
道義をわきまえられるよう、道徳倫理の教育ができれば良いだけなんだ。
そしてこの町を見れば、その辺りの教育は親からしっかりと教えられているように思える。
「具体的な方法があるんだお?」
そこが最も難しい所だよな。
そもそも文字を覚えたいって気持ちが、この世界の民には無い。
何故なら覚えてもメリットがないからだ。
書物や巻物が一般的にはほとんど出回っていないからな。
だから自由意思で参加できる場を作っても、おそらく今とあまり変わらないだろう。
しかし魔法はどうだろうか?
少なくともこの町では、魔法を使える人が圧倒的少数だ。
でもきっと、魔法が使えるようになりたいとは思っているだろう。
かといって学園に通うには金もかかるし、時間的余裕もない。
「まだ完全に出来るとは言えないが、アイデアはある。この町の財政ってのはどうなっているんだ?」
金が無きゃ始まらないからな。
「この町にはほとんど何もないんだお。だから割と余ってるんだお」
なるほどねぇ。
町を防衛する騎士隊もなければ、治安部隊や門番ですら数えるほどしかいない。
金を使っているようには見えないよな。
それはもしかしたら狛里がいるからだろうか。
或いは安全な町だから、その必要が無かったのだろう。
確かこの世界の税金は、年末に決められた額を収める事になっていたな。
年齢や性別によってその額が決定されているとか。
でも管理は適当で、収めていない人も多いらしい。
それでも余るとか、どれだけ適当で平和な町なのだろう。
「じゃあとりあえず、読み書き計算だけでも教えられる場所を作ろう。参加は無料で自由だ」
「でもそれだけだと‥‥生徒は‥‥集まらない‥‥」
「そうだな。だから読み書きができれば得をすると思わせる物を作る」
と言ってもまだ構想段階なんだけどさ。
「具体的には何を作るんだお?」
「そうだな。例えばいろはカルタとか作るのはどうだ?遊びに使えるとなれば覚えたくもなるだろ?」
「確かにその通りだお!早速いろはカルタを作るんだお!それにしても策也殿はどうしてカルタを知ってるんだお?」
「あっ!こ、これも遠い世界にはあるんだよ」
全く、そんな所はスルーしとけよ。
「そうなんだお。世界は広いんだお」
「何?‥‥いろはカルタって‥‥」
「猫蓮が作るって言ってるから、出来てからのお楽しみだよ」
「いろはカルタですね。僕は知ってますよ。でもここで言うとお楽しみが無くなるので言わない事にしてあげます」
「お、おう。想香。ありがとう」
しかしなんかまた面倒な方向に話が進んでしまったな。
こんな事よりも、猫蓮が強くなる事をしなくちゃならないのになぁ。
まあでも異世界生活は始まったばかりだ。
多少は寄り道してもいいよな。
俺は自分で自分に言い聞かせて、自分の構想実現に向けてやる事にした。

俺が考えていたのは、魔法書の改良版作成だ。
今の魔法書は、読めない魔術文字を詠唱するか、文字をなぞって魔法を発動する。
おそらく魔術文字を詠唱できる者は、極限られた数しかいないだろう。
だったら魔術文字にこだわる必要はないと思うのだ。
例えばライトの魔法。
『光れ』と言えば『ライトの魔法術式を詠んだのと同じ』とできればどうだろうか。
もっと簡単に魔法書が使えるはずだ。
俺はその魔法書を、自ら書いた文字によって使えるように出来ればと思っている。
おそらくそれが一番魔法を想像しやすいだろう。
簡単な魔法は『いつどこで誰が何をしたゲーム』に似ている。
具体的に言えば、『火の精霊よ、私に力を与え、火の玉で、敵を、撃て』みたいなのが術式になっている訳だ。
しかしこの言い方はあくまで汎用的な言い回しに過ぎない。
『火の精霊よ、策也に力を与え、火の玉で、狼魔獣を、燃やせ』の方が効果が高まる。
もちろん汎用的に使う魔法書の術式そのものをこのように固定してしまうと、凄く使いにくい物になってしまうだろう。
だから根本は変えず、汎用的な術式はそのままだ。
それでも、発動に必要な言葉がより具体的になれば、おそらくその分威力は増すだろう。
或いはより想像しやすい言葉はそれぞれ違う訳で、それを魔法書に書いて使える物があれば、おそらくその分魔法が発動しやすくなると俺は考えた。
つまり、『想像して発動する為の呪文』と『実際に必要な術式』を分けたら良いのではないかという事だ。
そもそも自分の魔法は、想像だけで『勝手に術式が組まれる』事になる。
厳密な言葉なんて不要で、あくまで想像を助けるものに過ぎない。
ならば俺が想像する魔法書も作れるはずなのだ。
鍛冶魔法は、俺の知識不足も補ってくれるはず。
料理魔法は、そこそこの料理知識でできる訳だしね。
魔法書の基本的な所は理解できているし、問題はないだろう。
俺はできると信じて、山の中で新しい魔法書の制作に取り掛かった。

思ったよりもそれは簡単にできた。
しかし効果は上がらず逆に下がってしまった。
とは言え使えるのだから問題はない。
いやむしろ、魔法を覚えるのには最適かもしれない。
何故なら、覚えた後はもう想像だけで魔法を発動するのだし、訓練用としては安全だからね。
実践で使う魔法書ではないのだ。
火炎放射器の魔法ではなく、ライターをつけるくらいで丁度いい。
魔法書に記す魔法も限定しておこう。
生活に必要な『火の魔法』『水の魔法』『光りの魔法』それと『風の魔法』くらいで十分か。
そしてそれぞれのページを十ページくらい用意しておけば、間違えて書いたりしても大丈夫だし、呪文を変えたりして使う事もできるだろう。
後のページに初心者魔法入門を書いておけば、読みたい人も大勢いるに違いない。
『魔法を自分で使えるようになりたい人は、言葉の読み書きを覚えればいい』
それが定着すれば、識字率も大きく跳ね上がるはずだ。
俺は一番安い数ある宝石を使って、ドンドン入門用魔法書を作成していった。
「作ってから改めて思うのだが、俺がこの世界でこんなものをこんなにも作って大丈夫だろうか?」
「大丈夫なのね。策也タマよりもいい魔法書を作れる人は他にいるのね」
「この程度の魔法書なら全く問題無いのです」
そうだよな。
この程度の魔法書なら、まだ見ぬ世界のどこかにきっと沢山あるはずなのだ。
俺はそう決めつけ、作った魔法書を一般庶民でも十分に買える価格で売り出す提案を狛里にしてみた。
「という訳だ狛里。この魔法書を萬屋で販売しないか?」
俺はすぐに帰って、リビングで話をしていた。
「凄い‥‥そんな凄い魔法書‥‥本当なら‥‥一冊五千万円くらい‥‥するかも‥‥」
魔法書の相場よりも価値が上がってるやんけー!
「どう考えても、普通の魔法書の方が使いやすいだろ?」
「そんな事‥‥ない‥‥文字をなぞるの‥‥面倒‥‥言葉で出来るなら‥‥その方が楽‥‥」
言われてみれば確かにそうだ。
今までの魔法書だと、魔法術式を読める人じゃないと、詠唱では使えなかった訳だしな。
「それでも威力は落ちるんだぞ?」
「あくまで入門書‥‥これくらいの魔法は‥‥覚えられる‥‥」
確かに、簡単な魔法なんてすぐに覚えられるのだ。
だから魔法書の価値ってのは、覚えるまでがほとんどと言えばそうなんだよな。
「これを策也ちゃんの‥‥言う通り‥‥一万円で売ったら‥‥別の町で‥‥転売されるだけ‥‥」
そういう事もあり得るんだなぁ。
数が出回れば価値も下がるはずだけど、それでも転売すれば大儲け間違いなしか。
「だったらこの町に売って、魔法を覚えたい人の訓練用として城に置いてもらうか」
「城に?‥‥」
「そうだ。実は城なんてもう不要だと思っていた所だ。天冉が狙われた時、たった十九人相手に殺られる所だっただろ?よっぽど此処の方が守りやすい。だからもう城なんて解放して、無料の学習施設にした方がいいかなって思ってさ」
アルカディアでも城なんて無意味だったもんな。
空を飛べれば侵入は楽だし、結界で守るにしても無駄に大きい。
狛里邸の方が守りやすいのは明らかだ。
なんで権力者は無駄に大きな城に住みたがるのだろうか。
不便極まりないと思うんだけどさ。
「そうです。だいたい猫蓮さんとメイド婆ちゃんが住んでるだけですよね。あんな大きな城は必要ないのです」
部屋に入ってきた想香が話に入ってきた。
「確かに‥‥そう‥‥じゃあそうする‥‥」
こうしてこの町では、識字率を高める為の政策が実行される事となった。
領主である猫蓮の意見は一切聞く事はなかった。
だって猫蓮は狛里の下僕だからさ。
狛里が決めたらそれは決定事項となる訳でさ。

そんな訳で、ナマヤツハシの町は大きく変わって行く事になった。
城で雇うはずだったメイドや護衛の為の騎士隊員の募集は取りやめ、読み書き計算を教えられる先生と施設管理者を雇った。
猫蓮はかなり拗ねていたが、世話係なんて婆さん一人で十分だよな。
後は騎士の生き残りも一人いるし、猫蓮なら十分やって行けるだろう。
それに信頼できる人材なんてものは、これから自然に集まっていくものだよ。
それまでポジションは空けておくに限るよね。
準備は三日で完了し、いよいよ新領主の無料学校が始まる。
場所は元領主宅の城のほとんどで、一部は領主室や従業員用の住居となっている。
俺たちは宣伝の為に町を回った。
「今日から城は出入り自由になったよー!」
「文字の読み書きと計算がタダで教えてもらえるのです!それができるようになったら魔法書を借りて魔法の訓練もできるのです!」
「更に文字を使ったゲーム、『カルタ』遊びもできるよー!」
カルタは猫蓮がしっかりと作っていた。
でも内容がヤバかったよ。
昨日試しに俺たちで遊んだんだけど、狛里も想香も途中でダウンしたんだよな。
気持ち悪くなったとか。
凄いぜ猫蓮、この二人を倒せるなんて。
一部紹介すると、まずはいろはの『い』だと、『妹と、萌える恋愛、してみたい』とか。
『ろ』だと、『ロマンとは、異世界ハーレム、異論なし』とか。
『は』だと、『裸より、見えないくらいが、丁度いい』とか。
気持ちは分からなくはないけれど、『それ、あなたの感想ですよね?』と言ってやりたかったよ。
しかもご丁寧に署名まで入れてあるしさ。
ここまでやられちゃ逆にスッキリだよね。
裏表が無いって事で、微レ存猫蓮を好きになってくれる人も現れるかもしれない。
俺はそれに期待する事にするかな。

こうして『ナマヤツハシ塾』はスタートした訳だが、初日から思った以上に人が集まった。
その理由は、どうやら『城に入れる事』だった。
今まで入れなかった城に入れるって、やっぱり行ってみたくなるよね。
だったらもっと城を人が集まる場所にしてもいいかもな。
孤児院とか保育園のようなものも作っていいだろう。
教会のような宗教施設としても面白い。
寄付を集められれば、孤児を英才教育して将来国家を背負う人にできるんじゃないだろうか。
騎士は一人になってしまったが、此処で子供たちを育てるんだ。
『読み書き計算』『道徳倫理』『魔法』『剣技戦闘スキル』これらを習得する場所。
そして『孤児院』『保育園』と、それらを運営する為のお金を集める『宗教施設』。
これを全てこの城でやれば、十年後この町はどうなっているだろうな。
おっとついうっかり自分が指導者の立場で考えてしまったよ。
この世界じゃ俺はそんな事を考える立場ではないんだけどさ。
「という訳なんだけど、やってみないか?」
結局俺は、リビング会合の時間に思った事を提案してしまった。
「いいんじゃないのぉ~!是非やりましょう~すぐやりましょう~」
「オデが領主なんだお!決めるのはオデなんだお!」
「違う‥‥決めるのは私‥‥城はもうこの建物と‥‥繋がっている‥‥つまり私のもの‥‥」
「みなさん落ち着くのです。全く仕方がないですね。大人の僕が決めてあげるのです。はい、やる事に決定します!」
なんだこれ?
全員がマウントを取りたがる奴らとか、これに少女隊も加わったらカオスだな。
俺の心の癒しは妖凛だけかよ。
何にしても、俺の提案はアッサリと採用される事となったのだった。

ナマヤツハシ塾がスタートしてから三日後、此処は『夢の城』として新たなスタートをきる事となった。
宗教施設は癖の無い神道風で行く。
猫蓮はもちろん、俺も馴染みがあるからね。
変に経典とか聖書とか無い方が融通も利くしさ。
道徳倫理はそこで教える事となった。
カルタ遊びも此処でできるよう整えた。
ただし、カルタの内容はみんなで全面的に見直した。
流石にあのまま使ったら、猫蓮の領主としての立場が一瞬で壊れる事になるだろう。
なんとか猫蓮に続けさせたいからな。
いや面倒ごとを押し付けたい訳じゃないよ。
本当だからね!
孤児院は、町の孤児院をそのまま引っ越しさせた。
住み慣れた場所を離れるのはどうかと思っていたけれど、子供たちはみんな大喜びだったので良かった。
「それでなんでオデが宮司なんだお?」
「そりゃ一番知ってるからじゃないか?領主で宮司で狛里の下僕で。三刀流とかマジ恰好いいぜ!」
「でも体が持たないお‥‥」
ちょっとやらせ過ぎか。
でもさ、他はできる奴を雇う事ができたんだけど、宮司だけは無理だったんだよ。
この世界の宗教は治癒系魔法に偏ったものばかりで、普通に感謝の心を育むには向かないんだよね。
「仕方ないな。じゃあ俺の分身にやらせるよ」
とっとと新たな宮司を育てて引き継がせないとな。
「助かるお。流石にブラック企業を三つ掛け持ちは無理だったんだお」
つまり領主の仕事も、狛里の下僕も、どちらもブラックって訳か。
領主の仕事ではあの婆さんにこき使われ、萬屋では狛里にこき使われているからな。
そんな訳で仕方なく、宮司は俺の分身がやる事にした。
「ところで策也殿は神道に詳しいんだお?どうしてなんだお?」
「遠い世界には神社があったんだよ」
「そうなんだお?その遠い世界は、オデが前に暮らしていた日本に似ているんだお」
「そうか」
そりゃそうだよ。
『遠い世界|=《イコール》日本』だからな。
こうしてとりあえずは順調に『夢の城』は民に受け入れらて行く事となった。

しばらくは夢の城の運営で手いっぱいだった。
狛里も何処からか仕事の依頼を受けていたようだが、俺たちの手が離せない事もあって一人でこなしていたらしい。
しかし一週間が過ぎて、とうとうそうも言っていられない事態が起こったようだった。
ナマヤツハシの町が所属する新巻鮭王国の王都『イワオコシ』が、鬼海星王国の侵攻を受けているというのである。
侵攻と言っても武力侵攻ではない。
外交的に追い詰められているというのだ。
どうやら新巻鮭王国は小さな国で、他国の脅威となるほどではない。
それでも鬼海星王国からすれば背後の敵となり得る国で、前々から傘下に入るよう圧力があった。
天冉が命を狙われたのもその流れだね。
そしてこの所、鬼海星王国の前面の敵である『|法螺貝《ほらがい》王国』が、かなり活発に行動しているらしい。
つまり鬼海星王国としては、早急に背後の憂いを絶って法螺貝対応に集中したいと言った所だろう。
「だからと言って傘下に入れってのは横暴だよな」
「そうなのよぉ~。だから皆さん、なんとかしてください」
何とかしてくれって、王族がこれでいいのか?
まだ王都であるイワオコシには行った事がないから何とも言えないけどさ、この国にまともな防衛能力があるようには思えない。
なんせこんな王女様が育つ国だからな。
そして王都よりも狛里のいるこの町の方が安全だと言って此処に来た。
どう考えても防衛能力はないだろ。
或いは狛里だけがこの国の防衛戦力と考えても良いかもしれない。
ぶっちゃけ狛里だけでも、真っ向勝負なら問題はないのだろうな。
でも戦争となれば、一人じゃどうにもならない。
攻撃側ならともかく、守るのは大変なのだ。
アルカディアでも専守防衛の難しさは嫌というほど味わったんだよ。
それにこの世界じゃ瞬間移動魔法も使えないし、転移ゲートも存在しない。
深淵の闇を利用すれば近い事はできるけれど、何処でも好きな所にって訳にはいかないんだよな。
分身なり少女隊プラスなりを置いておく必要がある。
分身を何人まで作れるかは試した事はないけれど、正直あまり増やすと頭が痛くなるし増やせない。
「とにかく‥‥イワオコシに行って‥‥状況確認‥‥」
「そうですね。僕たちの力を見せれば、鬼海星の皆さんも考え直すでしょう」
「それはない‥‥鬼海星は‥‥民を人質に取る‥‥悪い奴‥‥」
民を人質か‥‥。
何処の世界にも悪い奴はいるものだ。
でも今の俺たちじゃ、全てを守るなんて不可能。
なんとか交渉で中立条約なんかを結ぶ必要があるか。
「それじゃみんな行くか!」
「うん‥‥今日のお店は‥‥臨時休業‥‥」
「また今日もハードな一日になりそうだお」
「それで天冉さんはどうするんですか?護衛が必要なら僕が残るのです」
確かに言われてみればその問題もあったな。
「私も当然行きますよぉ~」
えっ?来るの?
どう見ても一般人並みの能力しかなさそうに見えるんだけどさ。
ぶっちゃけ足手まといだよね。
この町までどうやって来たのか知らないけれど、歩いて向かったら到着は明日になるぞ?
仕方ないから影にでも入れて連れて行くか。
或いは深淵の闇にあるマイホームにいてもらうか。
「じゃあ‥‥策也ちゃん‥‥護衛よろしく‥‥」
「お、おう。それは良いけど、もしかして歩いて行くのか?」
「大丈夫よぉ~。ちゃんと走ってついて行くからぁ~」
「えっ?」
マジか?
天冉からはどう考えても一般庶民並みの魔力しか感じないんだよな。
たとえ走るのが得意だとしてもマラソンランナー程度が精々だろう。
普通に考えればもっと遅いだろうし、到着まで四時間以上は考えておかないと駄目だろうな。
何にしても俺たちは、新巻鮭王国を救う為に、王都イワオコシへと向かうのだった。
【<┃】 【┃┃】 【┃>】
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