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個性のある子供を望まない町

幕末の頃、橋本佐内は天満橋の下で乞食たちに無料で診察を行っていた。
それだけじゃなく御産なんかも手伝ったらしい。
他人よりも優れた自分の能力を、世の中の為に惜しみなく使った偉人は沢山いて。
だからこそ今も尊敬され語り継がれている。
ノブレス・オブリージュではなくて、ただ思いのみで行動する人のなんと格好いい事か。
一方それとは真逆の人もいたりする訳で‥‥。
まあ生きる為には否定もできないんだけどさ。

俺たちはナマコの町へと到着した。
この町は割と平和で普通の港町との話だ。
しかし町に入ってみると、何処か違和感を覚える。
どういう事だろうか。
此処まで見て来た町と何かが違うような気がするんだよな。
でもその理由は分からない。
俺が町を見回していると、その答えに繋がり得る出来事が目に飛び込んで来た。
「コラー!クソ坊主!店のリンゴを盗むんじゃない!」
「ヘッヘーン!俺は『|無望《むぼう》の子』なんだよ!諦めるんだな!」
「クッソ。また無望無罪かよ!」
活発で元気そうな七・八歳の男の子が、八百屋からリンゴを一つ取ってかぶりついていた。
まあ堂々と盗んだ訳だ。
それを店の店主が怒って捕まえようとしていた訳だけれど、『無望の子』とかいう言葉を聞いた瞬間捕まえるのを諦めていた。
なんだコレ?
とは言えそんな状況を黙って見過ごせる萬屋連中じゃない。
狛里はリンゴを盗んだ男の子の前に出ると、頭にチョップをして説教していた。
「こらっ‥‥盗みは駄目‥‥ちゃんとお金を‥‥払いなさい‥‥」
「なんだよいきなり。俺は『無望の子』だぞ?だから盗んでも罪にはならないんだぞ?!」
無望の子だと盗みが罪にならない?
どういう事なんだ?
「人の物を盗んで罪にならない訳がないんだお」
「そうですね。そんな世界があるなら見てみたいものです」
まったくだ。
盗んでも罪にならない特権っていったいなんだよ。
すると陽蝕が一歩前に出ていって子供をかばい始めた。
「ちょっと待ってくれ。これには訳があるんだ。説明するからとりあえずこの子供は解放してやってほしい」
そりゃ訳があるのは分かるけれど、一体どんな理由があるというのだろうか。
悪い事をして罪に問えないって、もしかして王族か貴族って事なのか。
或いはどこかの権力者か。
「とりあえず君は行っていいよ。後は我が説明しておくから」
「ちゃんと言っておいてよね。チョップされ損だよ」
子供はブツブツと言いながらその場から去って行った。
どう見ても裕福な権力者の子供には見えない。
むしろ貧乏な家庭の子供に感じる。
まったく何がどうなっているのやら。
みんなは陽蝕の説明を聞く為に周りに集まっていた。
「えっと、この町では『望まれない子供』、『無望の子』という病気を持った子供が生まれてくるんだよ。普通の子供とは違って、言う事が聞けなかったり、落ち着きがなかったり、ちょっと物覚えが悪かったり‥‥」
それ、子供なら普通にある事じゃね?
「医者でそう診断された子供は『無望の子』と言われる事になる訳だが、その子供が悪さをするのはあくまで病気のせいとされているんだ。だから多少の犯罪行為には目をつぶるというのがこの町のルールになっていてね‥‥」
はいはいなるほどなぁ。
こりゃ、俺が転生する前の世界でもあった問題の合わせ技みたいな事か。
転生前の世界では、そういった普通とは少し違った子供を『発達障害』として扱う傾向にあった。
もちろん本当に障害を持っている者もいたけれど、結構な数『ただの個性』を発達障害として扱っていたって話もある。
おそらくそれがこの町では酷いのだろう。
そして転生前の世界でもあったのだけれど、『障碍者は無罪』みたいな事にもなっているようだ。
転生前の世界では、『個人の責任能力』という風に言われていたけれどさ。
分かりやすく言うと、『頭がおかしい人は頭がおかしかったから犯罪を犯したので無罪』って話だ。
でもそれってメチャメチャおかしな話なんだよね。
特に凶悪犯罪なんて、頭がおかしくないと出来るものではなかったんだよ。
少なくとも日本じゃね。
なのにそれを理由に無罪にするとか、それこそ頭がおかしいと俺は思っていたんだよな。
俺たちの話を聞いていた八百屋の店主が話しかけてきた。
「それっておかしいよな。それに注意してゲンコツ一つも禁止されている。あれだけしっかりしたガキなら、それだけでちゃんと駄目だって分かるはずなのによぉ」
罪には罰ってのは俺は当たり前だと思っている。
だから相応の暴力ってのは許されても良いものだ。
だけど愛情のある教育なのかただの暴力なのかの見分けも難しく、転生前の世界では一律駄目だと決められていた。
何処の世界も同じような問題があるものだよ。
「私‥‥チョップした‥‥」
「そんなに強くはなかったし、町の部外者である冒険者だから問題はないと思うが、この町だと子供の虐待として訴えれらる可能性もあるから気を付けてな」
なんて町だ。
「全く酷い町なんだお」
「それにしてもぉ~、なんで医者は無望の子って決めつけているのかしらぁ~?さっきの子はどう見ても普通の子よねぇ~」
確かに天冉の言う通り、どういう基準でそんな事を決めているのだろうか。
だいたいそんなレッテルは必要無いように思える。
転生前の世界じゃ、医者が儲ける為だとか子供を差別する為だとか言われていたけれど‥‥。
「でも他の子供と比べると、さっきの子は確かにおかしいのです」
想香の言葉に、皆は町の子供たちを確認した。
どの子もおとなしく、確かにこの中に入るとさっきの子は特別に思える。
いやでもこれは逆じゃないか?
「町の子供‥‥なんかみんな‥‥おとなしい‥‥」
「おとなしいと言うよりは、みんな鬱状態なんだお」
鬱状態に見える子はそんなに多くはないけれど、確かにみんなおとなしい。
そして鬱状態に見える子供も何人かいる。
なんとなく、アヘンのような麻薬を軽くキメているようだ。
そう考えるとこれは由々しき事態なのではないだろうか。
逆にまともな子供がほとんどいない町。
「やっぱりそう見えるのか。おそらく鬱状態に見える子供は、治療中で薬を飲んでいる無望の子だと思う。その薬を飲むとおとなしく言う事を聞くようになるんだ」
薬のせいとか、冗談で麻薬とか思ったけどさ。
そうなると、麻薬を売って儲けるのが目的みたいな事もあるのかもしれない。
或いは麻薬による愚民化の陰謀まで考えてしまうぞ。
転生前の世界でもあった色々な問題行動が、まとめてこの町で行われているような状態じゃないか。
しかし本当に金儲けの為に医者がそうしているのなら、マジで橋本佐内の爪の垢でも煎じて飲みやがれって感じだよ。
「それってなんだかヤバい薬に感じるお」
「子供に言う事を聞かせるなんて、洗脳ですか」
「すぐに‥‥やめさせる‥‥べき‥‥。子供は‥‥ちゃんと教育すれば‥‥みんないい子になる‥‥」
みんなの言う通り、これは薬による手抜き教育であり洗脳だ。
こんな町が普通にあるなんてヤバすぎるだろ。
でも遅れた世界だとそんなもんか。
神だとか幽霊だとか超常的なものは、科学が進歩するまでガチで信じられてきた訳だし。
つか全部この世界にはいるんだけどさ。
よく分からないものを信じるって意味で、そういうのは遅れた世界では当たり前にあるんだよな。
ただ騙しているとするならば、騙している側はそれを知っているはずだ。
あまり関わりたくないよ。
なんて思いつつも、なんとかしたいと思ってしまう自分もいて。
こら猫蓮、異世界人ならここは何かしろよ。
そんな事を思って猫蓮を見ている時だった。
遠くで女性の悲鳴が聞こえた。
「キャー!」
「何があったんだお?!」
「女の人の悲鳴でした。僕はちょっと見てきます!」
「私も‥‥行く‥‥」
ぶっ飛ぶように駆けだす想香と狛里に付いて、猫蓮も後へと続いた。
おいおい、そんなにぶっ飛ばしたら、町の人がビビるだろうがw
それにぶつかったら町の人は即死だぞ。
ヤレヤレ。
「私たちも行きましょう~」
「そうだな」
走り出す天冉に、俺と陽蝕も付いて行った。
その場所へはすぐに到着した。
そこは町の中心部で、少し広場となっている所だった。
見ると子供の手に握られたナイフには血が付いている。
さっきリンゴを盗んで食べていた子供か。
そして少し離れた所に倒れた子供は血を流し、それを母親らしき人が抱きかかえているようだった。
「猫蓮ちゃん‥‥回復お願い‥‥」
狛里はそう言って、子供の手から素早くナイフを奪った。
「承知したんだお!」
猫蓮はすぐに、切られたであろう子供に回復魔法を施していた。
命には別状なさそうだな。
「この役割分担だと、僕が怒る係ですね。全く‥‥」
想香は子供の前まで行くと、ビンタ一発をぶちかました。
ビンタの音が辺りに響いた。
「なにするんだよぉー!」
子供はそう言った後、声を抑えるように泣き出した。
暴力はヤバいんだよな。
でも、人の痛みを知る事は必要だという考えもあるし、想香のビンタは必要だったと思う。
何と言っても殺人になりかねない事をしたんだ。
もしも回復魔法をかけられる者がいなかったら、死んでいた可能性だってある訳だしさ。
町の警備兵らしき者たちが向こうからやってくるのが見えた。
「さてどうしたものか。我も仲間だからな。ここは王子としての権力を使うか」
陽蝕はそう言ってやってきた警備兵の前へと歩み出た。
「我は鬼海星王家第三王子の陽蝕だ!この町の問題を確認する為にやってきた。この件は我に任せてもらおう!」
被っていたフードを脱いで、顔がしっかりと見えるようにして言った。
「第三王子?」
「お前知ってるか?」
「いや、俺も顔を見た事がない」
おいおい、第三王子大丈夫か?
警備兵の方々は知らないみたいだぞ?
何か王子である証のような物を出さないと信じてもらえないんじゃないか?
「ちょっと待て!アレは萬屋狛里じゃねぇか?」
「ああ間違いない」
「あの少女からは強大は魔力を感じるぞ」
狛里の方が有名なようだ。
つか狛里ってマジで何者なんだよ。
新巻鮭領から出た事もないのに、何故に有名なんだか。
警備兵の話声に反応して、狛里がそちらを向いた。
すると警備兵たちは一歩後ろへと下がった。
「萬屋狛里は、今我と共に行動してもらっている。これで我が第三王子である事が理解できただろう!」
いやどうやったら理解できるんだ?
有名人と一緒にいたら王族なのか?
「ははっ!」
「失礼いたしました!」
「全てお任せいたします!」
理解するんかーい!
狛里って一体どんな認識をされているのか。
色々な意味でチートだな。
その狛里が、加害者の子供に歩み寄った。
「君‥‥別に病気じゃない‥‥」
「萬屋狛里‥‥。俺は無望の子って言われているんだぞ!」
「そんな病気は‥‥ない‥‥」
「でも医者が!」
「そんな医者‥‥私が‥‥ぶっ飛ばす‥‥」
ぶっ飛ばしてどうにかなる問題か?
「確かにこの町がおかしい事は分かった。無望の子と言われる子供が、そんな大そうな病気ではない事も理解した。領主と医者、そちらへのアプローチは我に任せてくれ」
陽蝕がそう言うと狛里は頷いた。
「分かった‥‥」
狛里の返事を受けて、陽蝕は色々と警備兵に指示を出した後、一人で城の方へと歩き出した。
陽蝕が王子だって事は、流石に領主なら知っているだろう。
おそらく何も問題はないだろうが‥‥。
「猫蓮、ついて行ってやったらどうだ?何かあった時、お前の能力なら助けてやれるだろ?」
「オデの力が必要だお?全く仕方がないお。助けてやるお」
猫蓮はイケメンに似合わないデレデレとした態度で、陽蝕の後を追いかけていった。
猫蓮には色々とこの世界で経験を積んでもらいたいからな。
逆に陽蝕が神候補の可能性もあるし、ならば猫蓮から何か学べる事があるかもしれない。
あの二人には出来るだけ色々と経験してもらわなくては。
「僕たちはこの子を親の所に届けるのです」
「そうねぇ~。僕ちんのお家は何処かしらぁ~」
「僕ちんってなんだよ?!と言うか、俺に家なんてねぇよ‥‥」
ふむ、無望の子故に迫害されているのか、或いは親がいなかったりするから無望の子になったのか。
何にしても、本当に普通の子供なんだよな。
「家‥‥無いの?‥‥どこで‥‥寝てるの?‥‥」
「寝るのと飯だけは、孤児院があるからな」
「そう‥‥じゃあ‥‥そこに案内‥‥して‥‥」
「なんでだよ!?」
「孤児院の院長に‥‥もう‥‥無望の子の病気が‥‥なくなる事を‥‥伝えておく‥‥」
狛里はそう言ってサムズアップしていた。
子供はあまり嬉しそうではなかった。
今まで病気を盾に悪い事をしてきたんだろうからな。
ある意味特権が失われるようなものだ。
転生前の世界でも、差別をネタに色々な特権が与えられていたよなぁ。
それで金儲けしている奴らは、『差別の当たり屋』なんて呼ばれたりもしていた。
でも実際差別なんてほとんどなくて、だからその特権を失くそうという声は結構あった。
しかし特権を持ってしまった者は、失いたくないあまりに逆に差別させる為の行動をしたり。
この子がそうならない事を祈るよ。

俺たちは子供を孤児院に届け、今日の出来事を伝えておいた。
そして今後、おそらく『無望の子』という病気は無くなるだろうと伝えておいた。
夜には陽蝕たちと合流し説明を聞いた。
どうやら領主もグルになっていて、薬を売るのが目的だったらしい。
薬はアヘンのような麻薬で、効果の薄いものだと分かった。
アヘンと言えば想像できるだろうが、あの清国を駄目にしたアヘンだよ。
アヘン戦争のアヘンだね。
この麻薬は人を無気力にし、脱力させ倦怠感を与える。
それで子供の活発さを抑えていた訳だ。
全く酷い事をする。
これがこのまま続いていたら、この町は駄目になっていただろうな。
子供はさ、『ワンパクでも良いからたくましく育ってほしい』ものなのだ。
そして少し人とは違っていても、それは個性でありきっとそれを必要とされる人間になる。
何故なら世界には色々な仕事があって、色々な役割を担える人が必要だからさ。
こうしてナマコの町から、薬を売る為に作られたおかしな病気は姿を消した。
でもしばらくは、薬の後遺症が残るんだろうなぁ。
弱い効果とは言え中毒性のある麻薬だったのだから。
子供に麻薬とか、いやはや異世界は恐ろしいよ。
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