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剣客か巫女か?兎束想香

この日から、萬屋の店番は猫蓮の担当となった。
これで俺は、晴れておおよそ自由の身だ。
と言っても何もせずにいられる俺ではない。
俺は少女隊プラスが集めてくれる材料を使って、店で売れそうな物を作り続けていた。
ただそれでも時々、猫蓮にも休憩を与えなければならない。
不老不死だから開店から閉店まで働かせてもいいのだけれど、やはりブラック企業経営は駄目だよな。
でも俺は何もしない店番なんて我慢できない。
そこで意見の合った猫蓮と共に、俺たちは狛里に要望する事にした。
「どうだろうか?もう一人可愛い女の子の従業員が必要だと思うのだが?」
「そうなんだお!オデも同年代の女友達が欲しいんだお!」
「じゃあ‥‥あと一人だけ‥‥召喚してみる‥‥」
猫蓮の時も思ったんだけどさ、必要な人材を召喚にこだわるのはなぜだろうか。
やはり自分の思い通りに動く駒じゃないと駄目なのかね。
狛里だけに、困ったものだ。
「それじゃ裏庭に行くか」
店の方は早々に閉店にして、みんなで裏庭へと移動した。
「ワクワクするんだお!異世界転生したら女の子との出会いは定番なんだお!」
いや別にどの世界でも女の子との出会いはあるよ。
男にとってはそれが人生最大のイベントでもある訳だし。
しかしこいつ、自分が転生者である事を全く隠さないな。
俺なんてしばらく誰にも話せなかったんだぞ?
こういう何も考えていない奴は、その辺りうらやましいとも思えるよ。
まあ召喚された場所が良かったのだろう。
狛里は気にしない感じだし、俺も実はそうだからさ。
「じゃあ‥‥強くて‥‥可愛い‥‥」
「萌えキャラでお願いするんだお!」
「萌えキャラ?‥‥召喚されろー‥‥」
またその踊りを踊るのかよ。
両手を頭の上で合わせてニョッキニョキだ。
「策也ちゃんも猫蓮ちゃんも‥‥一緒にやると‥‥希望が叶う‥‥」
「えっ?そうなの?」
「おお!それは素晴らしいんだお!好みの可愛い子出て来るんだお!黒髪の巫女服とかいいんだお!」
こら猫蓮それは待て!
巫女服とか言ったら俺は嫁のみゆきしかイメージできないだろうが!
違う、違うぞ。
萌えキャラなら金魚みたいなのがいいはずだ。
金魚はアルカディアで生活していた時にお隣さんだった子だ。
本名は|兎束小麟《とつかしゃおりん》だったな。
いやそのイメージもマズいだろ?
可愛い子可愛い子。
可愛いと言えば兎。
兎と言えば|兎白《とはく》を思い出すな。
とにかくマウントを取りたがる子供みたいで可愛かったよ‥‥。
「出でよ‥‥そんな感じで‥‥」
魔法陣からまず頭が出て来た。
黒髪の綺麗な女の子の予感がする。
顔は‥‥ヤバい!
みゆきにちょっと似てるじゃねぇか!
うっかり想像してしまったのは失敗だったか。
更に巫女服だよ!
此処まで希望通りの召喚ができてしまうとか、狛里は一体何者なんだ?!
召喚が終わった。
マジでみゆきにそっくりだけど、雰囲気はちょっと違うな。
髪は黒髪だし兎白にも似ているかもしれない。
しかし俺の想像がかなり影響している気がする。
この召喚はかなり危険な香りがしてきたぞ。
召喚された女の子は目を開けた。
「僕は‥‥。どうなっているのでしょうか?気が付いたらいきなり知らない所にいるのですー!」
ああ‥‥なるほどね。
兎白とソックリの喋り方をするな。
僕っ子なのはおそらく猫蓮の希望なんじゃないだろうか。
「僕っ子最高なんだお!流石狛里様なんだお!ありがとうなんだお!」
そう言って猫蓮は手を合わせて拝み始めた。
よっぽど好み通りの子だったんだろうな。
となると後は‥‥。
「私が‥‥召喚した‥‥君‥‥名前は?」
「僕?人に名前を尋ねる時は、まずは自分から名乗るものです。そんな事もできないようでは大人になれませんよ」
ふむふむ、やはり兎白系な所がありそうだな。
「私は‥‥君のご主人様‥‥萬屋狛里だよ‥‥」
狛里はそう言いながら女の子をチョップした。
「痛っ!何するんですか?!暴力は反対です!でも名乗ったので名前を教えない訳にはいかないですね。僕の名前は『|兎束想香《うつかそうか》』っていいます」
こりゃまた微妙そうなのが出てきちまったな。
名前もちょっとキテる気がする。
苗字の漢字が金魚の本名と同じなのは、俺が金魚を想像してしまったせいか。
性格はきっとガキだ。
猫蓮はそれでも拝み続けているから、性格はどうでもいいのかも知れない。
「そう‥‥今日から想香ちゃんは‥‥三人目の従業員だから‥‥」
「勝手に決めないでほしいです!いきなりどこだか分からない所に飛ばされて、こっちは‥‥」
いきなり想香が喋れなくなったな。
狛里が従属させているのだろう。
「今日から‥‥よろしくね‥‥」
どうやら想香は状況が呑み込めていない。
突然拉致られて奴隷にされるようなもんだからな。
完全に狛里の召喚は成功している。
逆らう事はできないんだよ。
「体が‥‥動かないのです‥‥は、はい。全ては仰せのままに‥‥」
狛里の力‥‥ちょっと怖い。
俺、神様で助かったって感じか。
完全に逆らう事ができなくなるなんて‥‥。
安易に従業員を増やしてほしいとか、言っちゃってゴメンね。
想香には悪い事しちゃったんだろうな。
「俺は此花策也。で、そっちで拝んでるのが御宅猫蓮だ。みんなこの狛里店長に召喚された従業員だ。仲良くやって行こう」
「みんな召喚されたんですか?それで従業員ですか。あなた方はそれでいいのですか?」
猫蓮は今最高に嬉しそうだ。
俺も別にどうって事はない。
俺は従属もさせられていないしな。
「想香は何か召喚されて問題あったか?家族や友人と引き離されたとか、他にやりたい事があったとか。もしそうなら狛里にちょっと話してみるけど?」
「そりゃ‥‥あれれ?僕は記憶喪失だっのです!忘れてました!」
記憶喪失だったらそりゃ忘れるよな。
「問題‥‥ない‥‥ちゃんと人を選んで‥‥召喚してる‥‥」
「そうなんだ」
俺はこの世界に来る必要があった神で、猫蓮はおそらくこの世界の神になる男。
だから俺の近くに来たのは、猫蓮にとってもむしろ好都合。
そして想香は記憶喪失でおそらく行くあても無かった女の子。
ある意味助けてあげたと言えるのかもしれない。
「想香。だったら記憶が戻るまでは、とりあえずここにいるって事でどうだ?猫蓮はまだ喜んでいるし、俺も想香がいてくれると助かるんだよ」
「助かるのですか?」
「そそ。俺は萬屋で売り物を準備する係なんだけどさ、人手が足りなくて店の方もやってる訳。想香みたいな可愛い子が店員をやってくれれば、俺も本来の仕事に集中できるんだよ」
俺も適当な事を言ってるな。
別にそんな係とかないんだけどさ。
ただ店にいるのは面倒なんだよ。
『策也タマ、スケコマシなのね』
『そうなのです。女の子を褒める時は受け入れる覚悟が必要なのです』
(コクコク)
こいつら帰ってきていたのか。
少女隊プラスは、時々こうやってテレパシー通信で話をしてくる。
声に出して喋る訳じゃないので、他人に聞かれる事はない。
『いやそれはないだろ?普通に可愛ければ可愛いって言うよな?』
『‥‥』
いや、男ならきっと言うはずだ。
だって可愛いんだよ?
それに想香はどことなくみゆきに似ている訳だし、それ即ち最上級に近い可愛さって事じゃん!
「『人手』が足りないのですね?分かりました。あなたがそこまで言うなら仕方ないですね。これも可愛いく生まれてしまった宿命と諦める事にします」
何故『人手』を強調した?
そう言えば『ヒトデ』が大好きなアニメキャラに、少し似ている所もありそうだ。
「そうか。良かった。猫蓮!そろそろ拝んでないで、こっちに来て挨拶したらどうだ?」
俺が声をかけると、猫蓮は少しだけ目を開けこちらを見た。
しかしすぐに目を閉じ、ただ拝み続けていた。
そうだな。
喋ったら気持ち悪がられて終わりだもんな。
何も喋らなければ超絶イケメンだし、喋らない方が良いかもしれない。
「僕、あの人に悪い事でもしたのでしょうか?」
「いや逆だよ。あいつは想香に一目ぼれしてしまったんだ。しかし残念な事にあいつコミュ障だからさ。喋ると嫌われそうで怖いんだよ」
「そうだったのですね。でもそんな事で僕は嫌いになったりはしませんよ」
こいつが話すの、さっき少しだけ聞いていたよな?
それでもこう言えるって事は、もしかしたらマジかもしれない。
想香の言葉を聞いて安心したのか、猫蓮は目を開けて立ち上がった。
そしてゆっくりと揺れるように想香の前へと歩いてきた。
これはアレだな。
自分で自分を格好いいと勘違いしている男がよくやる仕草だ。
この後髪をかき上げながら『よろしく』とか言う流れが想像できるな。
「スミマセン!嘘です!何かとてつもなく寒い感じがしてきたので無理です!」
告白どころか話をする前から既に断られてしまったな。
猫蓮はショックで膝を落として両手を地面についていた。
猫蓮よ、お前はまず自分を作らない所から始めた方がいいぞ。
作られたキャラはどうしても気持ちが悪くなるからな。
いやむしろ気持ち悪いキャラをあえて演じている。
こいつ、本当に神候補なんだろうか。
何にしてもとりあえず想香が仲間に加わった。
どうやらこれで、俺のこの世界での最初の仲間は確定かな。
萬屋狛里は現在十六歳。
萬屋ぼったくりの店長で召喚士。
見た目は小さ目の女の子で、長い薄紫の髪が特徴だ。
服装は夏セーラー服だが、寒い時期は冬セーラー服になるものと思われる。
戦闘力は高く基本は力押しスタイル。
リビングバンテージを得た事で、斬ったりする事もできるようになった。
この世界ではおそらくトップクラスに強いと思われる。
御宅猫蓮は現在十五歳。
萬屋ぼったくりの従業員で魔法使い。
鑑定眼や邪眼が使えるし、能力はチートと自称している。
服装は詰襟学生服っぽいのを着ていたが、明日からは和服を着ると言っていた。
想香とお揃いにしたいらしい。
魔法使いだから別にいいけどさ、戦いやすい恰好の方が良いと思うぞ。
全属性の魔法が使える不老不死で、転生者らしいスキル取得をしているようだ。
どんな魔法や能力が使えるのかはこれからのお楽しみ。
兎束想香は現在十五歳。
萬屋ぼったくりの従業員で、本人が言うには剣客。
長い黒髪が綺麗な可愛い女の子で、巫女服のようなのを着ている。
この子も異次元収納能力を持っていなかったので、狛里と同じベルトをプレゼントした。
それと武器は刀を使うとの事で、超音波振動刀を作ってあげた。
振動する魔法は、萬屋のガラクタオモチャから転用した。
この世界で今集められる材料と魔法だと、アルカディアで作っていたようなのはできないけどさ。
普通の刀よりはよく斬れるもの程度に考えてもらえればいいだろう。
俺の感覚にはなるけれど、おそらく想香は猫蓮よりも強いと思われる。
異世界に来て、こんな三人と共に暮らす日々が始まった。

その日の夜、眠っていた俺たち三人は、突然の大きな音に起こされた。
それは火災の時に鳴る非常ベルのような音だった。
「これは確か狛里がなんか言ってたな」
「人にテレパシーでベルの音を聞かせる魔法なのです。リビングに集合の合図なのです」
「そうなのね。悪夢を見ていたから丁度良かったのね」
しかしこいつら、相変わらずきわどい所から顔を出してくるな。
「だから股間から頭を出すなよ」
「そんな事を言ってる場合じゃないのね」
「これはきっと初仕事の予感なのです」
そう、これはこの萬屋の仕事の合図だ。
この音が鳴ると、店番をしている者以外はリビングに集合しなければならない。
それ以外にも毎日開店前と閉店後には集合する事になっている。
そこで仕事の話をする訳だ。
今日は急ぎの仕事の為、このように呼び出される事になったのだろう。
俺は少女隊を影に押し込み、妖凛を首に巻いてリビングへと向かった。
ちなみに妖凛は、ミンクのマフラーなどに変化が可能で、いつもは俺の首に巻き付いている。
イスカンデルに来てからは、素材集めなどで別行動ばかりだったけれどね。
リビングに到着すると、そこには狛里がソファーに座って待っていた。
部屋の奥に一人掛けのソファーが置いてあり、そこは狛里専用だ。
そして両脇には三人掛けのソファーがそれぞれ置かれていた。
俺は左側の一番奥へと座った。
狛里が議長席なら、俺は上座って事だな。
間もなく想香が部屋へとやってきた。
「眠いのです。安眠妨害はナマヤツハシ十個分ですよ」
寝ぼけているのか、意味不明な事を言っていた。
ちなみにナマヤツハシってのは、生八ツ橋の事ではない。
今俺がいる町の名前である。
この世界の事はまだ全然分かってはいないけれど、おそらくここはそういう世界なのだろう。
想香は俺の隣に座った。
続いて猫蓮も部屋へと入ってきた。
「もうみんな来てるんだお!オデは全速力で来たのにみんなおかしいんだお」
猫蓮の言う事が正しいとするなら、此処にはチートが集まっているんだよな。
俺はまだこの世界に来てから、この建物の敷地外には出ていない。
早く色々と見て回りたいぜ。
猫蓮は俺の向かいの席へと座った。
「やっと‥‥揃ったね‥‥」
「狛里様、申し訳ないんだお。明日は一番に駆け付けるんだお」
こいつ完全に狛里のシモベとなっちまったな。
これで神になるとか言われたらマジで驚くぞ。
「とりあえず‥‥仕事だよ‥‥今から川向うの森に行く‥‥そこで貴族のボンボンが‥‥クエスト中に‥‥行方不明になったらしい‥‥助けたら報酬五百万円‥‥状況確認だけでも‥‥二百万円貰える‥‥行くよ‥‥」
なるほど、割といい仕事かもしれない。
狛里の強さなら多分魔物が出ても楽勝だしな。
この時間だと助けに行く人員を集められないのだろう。
だから萬屋が無茶に対応すると。
「何か質問は?‥‥」
「ないんだお!」
「僕も問題ありません」
「同じく!」
「では‥‥萬屋ぼったくり‥‥出撃するよ‥‥」
こうして俺たちは、真夜中に魔物が出る川向うの森へと行く事になったのだった。
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