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妖凛死す?暗殺者組織ワクチン統括部長の魔法

危険なものに対しては恐れがある。
でもそれを知らないと恐れる事はない。
毒のある植物も、噛みついてくる動物も、子供は知らないから平気で触れたりする。
しかしいくら恐れはなくても危険な事に変わりはなく、知った時にはもう遅かったり。
ただそれでも大人になると、知らなくても植物や動物を無暗に触ったりはしない。
何故なら、それらに危険なものがある事を知っていて『想像できる』からだ。
もしかしたらこの植物には毒があるかもしれない。
この動物は気性が荒いかもしれない。
知らなくても想像力があれば、危険を回避できるのだ。
俺はまだこの世界の事をほとんど何も知らない。

夜遅くに暗殺者三人と対峙し、次の日は町の状況を確認した。
流石にそのまま旅の続きをするには辛かったので、アワビの町を出るのは一日遅らせた。
そんな訳で時間に余裕ができたので、皆はほとんど睡眠に時間を使っていた。
俺は何もしていないし疲れもないので、深淵の闇の探索や魔法の整理をして過ごした。
そして更に次の日、みんな体調も万全。
アワビの町は午前中に出発した。
「次はとうとう法螺貝王国の王都ホラなんだお」
「ホラの町はアワビの町よりも更に大きいと聞いています。皆さん心の準備をしておいてください」
さっき愛雪に聞いた情報を、さも知っていたかのように話す想香は可愛いな。
子供みたいだ。
みゆきの少し若い頃に似ているし、そう思ってしまうのも仕方がないだろう。
『駄目なのです』
『浮気をするなら妃子たちで我慢するのね』
いや浮気をするつもりもなければ、お前たちで妥協とか百パー無理だ。
『我慢しておくよ』
『全然本気じゃないのです』
『つまんないのね』
しかし此処まで楽勝だよなぁ。
アルカディアよりも全体的に遅れている世界っぽいし、案外苦労なく仕事を終える事ができるかもしれない。
ただ時間だけはかかりそうだけれどね。
百年かぁ。
明治維新から戦後までの時の流れがあるんだ。
そう考えると長いけれど、江戸時代で見れば三分の一程度。
この世界のこれからがどうなるかは分からない。
だけど大きく変わる事があるなら、イスカンデルもアルカディア並に発展するかもしれない。
それにアルカディアも‥‥。
俺が帰った時にはもう死んでいる奴らも多いのだろうな。
そう思ったらすぐに帰りたい気持ちにもなるけれど、この仕事は一度戻ると二度とチャレンジはできない。
理由をよくは知らないんだけどさ。
この世界の神が他の世界に逃げられないようにとか、なんかその辺りが影響しているとか言っていたような。
「旦那様、前方から大量の魔物の魔力を感じるぞ」
「だな。狙いは当然俺たちか」
進む先から、これだけの魔物の魔力がまとまって俺たちに向かってくる。
場所を考えれば魔王って事はないだろう。
あり得るのは暗殺者組織ワクチン関係か。
あいつら魔物コントロールの魔法を、揃って持っているみたいだからな。
こっちも魔物をコントロールできる力を得ているけれど、後から来た刺客の方がレベルが高かったから統制権を奪うのは無理だろう。
本当にしつこい奴らだ。
今や雪月花だけではなく、標的を俺たち全員にしているみたいだし。
「天冉!狛里!前方から魔物の軍勢が近づいている!狙いは俺たちのようだ。数が多いので油断はするなよ」
「そうなのぉ~?魔物はほとんど出ない場所なのにぃ~」
「魔物‥‥コントロール‥‥」
天冉の言う通り、ここは確かに魔物が出ない場所として言われている。
でもなんというか戦場っぽいんだよな。
荒野で最初から戦闘を想定された場所。
人が住まずただの通り道。
地図を見るとアワビの町からホラの王都までは距離が離れている。
これが新巻鮭領なら発展途上で説明が付くけれど、法螺貝王国は発展していて町と町の間隔が狭い。
ワザワザ此処だけ離れているのはそういう事か。
誰かを襲う事を想定している。
普通に考えれば、そこには法螺貝王国王族が関わっている。
としたら暗殺者組織ワクチンとの関係も深いという事。
ホラの町に着いたら王族にもお仕置きが必要かねぇ。
「魔物の軍勢が見えてきたお。ゴブリンキングやゴブリンクイーンの姿もあるお。赤目もいるお」
「かなりレベルの高い魔物がコントロールされているようだな。我も油断したらやられる」
この数だと陽蝕には多少荷が重いか。
そして当然雪月花にも。
「とうとう統括部長が出てきましたね」
「あのエロそうな奴か。でも強さは今までの奴らの比じゃない」
「油断できないであろう。気を付けた方がいいであろう」
統括部長ねぇ。
会社組織みたいだな。
でも俺から見れば今までの奴らと五十歩百歩だ。
みんなの良い特訓の場になるだろう。
統括部長とやらは想香に相手させても面白いかもなぁ。
俺は今回も楽勝だと判断していた。
戦いが始まった。
俺は後方から皆が戦うのを妖糸でサポートする。
それプラス尾花が雪月花の面倒も見ているので、問題は何もないと思っていた。
その時だった。
統括部長が何やら魔法を放った。
ずっと魔力を溜めていたようだけれど、どんな魔法が飛びだしてきても狛里なら蹴散らしてくれるだろう。
「お前らパーティーには異世界人がいるそうだな!今回はそいつがターゲットだ!この魔法からは絶対に逃れられない!元の世界へ帰れ!」
統括部長はそう言うと、猛スピードで戦場を離脱していった。
逃げるのか?
つかなんて言っていた?
異世界人を元の世界に戻す魔法?
猫蓮を日本に?
そんな事を思った瞬間、先ほど統括部長がいた辺りに向けて俺の体は飛ばされた。
「引っ張られている?」
少女隊が俺の影から顔を出した。
「菜乃も引かれるのです!」
「どうなっているのね?抗えない力なのね!」
まさか俺たちをアルカディアに戻そうってのか?
「どうしたんだお?」
「策也ちゃんたちが‥‥」
「逃げた統括部長を追いかけている感じじゃないみたいですね」
猫蓮や想香は引っ張られていない?
異世界から来たものではなく、異世界人?
イスカンデル人じゃないのは俺たちだけって事か!
魔法や|能力《スキル》も全て効果が限定されたり使用不可能になっていた。
テレポテーションはできないし、タイムコントロールも効かない。
深淵の闇もカウンターマジックも駄目か。
神眼で解析はできるけれど、止める術はない。
まさかこんな魔法があるなんて、油断した。
いや、誰かを異世界に飛ばす魔法ってのは色々存在するじゃないか。
召喚魔法もそうだし、北都尚成がこの世界から忽然と姿を消したのだって、そういう魔法によるものかもしれない。
深淵の闇に飛ばす魔法だって似たようなもんだ。
俺は想像力が足りなかった。
こんなにアッサリと俺はアルカディアに戻され、ミッションをコンプリートできないまま終わるのか?
一度アルカディアに戻ったら、しばらくはイスカンデルには戻ってこられない。
そのしばらくってのは約百年だったはず。
こんな最終回嫌だ!
『わたしは引っ張られていない』
突然妖凛がそう伝えてきた。
『そうなのか?』
何が?何が妖凛だけを除外する要因になっているんだ?
『わたしと合体する』
こんな時に何を‥‥。
ああ、合体ね。
四神合体ゴッド策也になるって事か。
そしたら戻されない可能性はありそうだ。
「菜乃!妃子!妖凛と合体するぞ!」
「合体とかエロい策也タマなのです」
「仕方がないのね。やさしくしてほしいのね」
「だから四神合体ゴッド策也だ!」
「分かっているのです」
「策也タマ、今は余裕がなさそうなのね」
分かっているならさっさとしてくれ。
俺は少女隊プラスと合体した。
引っ張られる力は徐々に弱まって行く。
しかし俺たちは既にアルカディアに向かうゲートの中にまできていた。
「くっそ!まだ引っ張られている感じで戻れない」
『駄目なのね』
『もうアルカディアに帰るしかないのです?』
本当にここまでなのか?
次回からは猫蓮目線の萬屋狛里物語になってしまうのか?
そして神を倒す前に狛里が死ぬ‥‥。
俺は体が震えた。
『タマー!まだ諦めないで!多分わたしだけがひっぱられなかったのは、イスカンデルの人を食べたからだよ。でもまだ四人しか食べていない。一人足りなかったんだよー!』
『一人足りなかった?俺たちは四人‥‥!!!』
そうか。
妖精霧島がいたから五身合体ゴッド策也になっていたんだ!
では妖精霧島だけ捨てるか?
いや、半身を捨てて仕事を全うできるとは思えない。
でも戻るよりはマシか?
『タマー!わたしを食べて!』
『えっ?食べる?それって‥‥』
流石に少女隊も妖凛も冗談を言える状況ではなくなっている。
『早く食べて!』
『でもそんな事をしたら妖凛が‥‥』
死ぬ?
いやしかし妖凛は不老不死だぞ。
この世界なら死なないはずだ。
だからと言って食ったらどうなるんだ?
『何グダグダ言ってる!据え膳食わぬは男の恥だろ!女に恥をかかせるな!』
『食うの意味が違うだろ!』
どうなるんだ?
知らない。
分からない事がとてつもない恐怖だった。
『わたしが良いって言ってるだろうが!さっさとしろ!ヘタレ男が!』
「くっそぉー!」
俺は震える体に鞭打って、妖凛だけ分離させアメーバ状となって妖凛を包んだ。
そして何も考えずただ食った。
妖‥‥凛‥‥。
俺が妖凛を食い終わると、引っ張られる力が収まった。
異世界へ向かうトンネルの中を、俺の体はゆっくりとイスカンデルに向けて戻り始める。
それは即ち、俺たちが四人になってしまった事を表す。
『妖凛は‥‥どうなったのです?』
『おそらく‥‥死んだのね‥‥』
『くっ‥‥』
まさかこんなにアッサリと‥‥。
こういう魔法があり得るとどうして考えられなかった?
妖凛はもしかしたらこうなる可能性に気が付いていたのだろうか。
だから人を食っていたのだろうか。
正確にははぐれデーモンだけどさ。
『タマー!』
突然妖凛の声が頭の中に響いた。
『えっ?妖凛無事なのか?何々?完全な一心同体になっただけ?記憶も何もかもを共有する同一人物‥‥。俺の思考に妖凛が加わった状態?』
「ははっ‥‥」
ホッとしたら一気に気が抜けてきた。
俺の中に思考として残っているのなら、妖精霧島同様に実体化も可能だろう。
お互いプライバシーが完全に無くなるけれど、今までもプライバシーなんてほぼなかったしな。
『妖凛だけ羨ましいのです』
『妃子たちも食べるのね!』
『いや流石に駄目だろ。おそらく同じオリハルコンアメーバだからそうなっただけでさ』
『残念なのです。嫉妬するのです』
『でも妖凛だから許すのね』
それにしても、今までと声の伝わり方というか、喋る感覚が違うな。
なんというか、妖凛とは全てが瞬時に伝わるというか。
自分の思考の一つとなった訳だから、情報伝達がべらぼうに早い。
今までは少女隊の声のように、頭の中で喋るRPGのナビゲーター的な感じで聞こえてきていたんだけどさ。
でもこうなると、これから思考の干渉が始まって妖凛を消してしまう可能性もある。
そうならないように、妖凛の思考だけは完全に別にしておかないとな。
『でもどうして菜乃たちだけなのです?』
『猫蓮や想香も召喚されているのね』
『だな』
猫蓮は日本で死んで、イスカンデル人に転生した。
想香ももしかしたらそんな感じなのか?
或いはそもそもこの世界の人間で、本当に記憶喪失になっていただけの女の子?
ん?なんだろうこの異世界に向かうゲート。
以前にもどこかで通った事があるような‥‥。
『ん?妖凛?多分北都尚成だった頃に経験している?』
そうか。
妖凛は俺の記憶も全て共有する事になった。
その妖凛には何かが見えたのかもしれない。
ただ俺が思い出せない以上、妖凛にもハッキリとは分からない。
俺たちはようやくゲートから出た。
「しかしこのゲート、いつまでここに開いている?ずっと残るなら今後合体したままになるのか?」
見た目は今までの策也と変わらないけれど、魔力が駄々洩れで抑えられない。
「策也ちゃん!‥‥」
「旦那様、御無事か?!」
「戻ってきたんだお!大丈夫かお?」
「というか凄い魔力ですね。一体どうなっているのですか?」
みんながゲートの出口に集まって来ていた。
心配させてしまったようだな。
つか魔物は全部倒したのか。
狛里が本気になったらこんなもんか。
「この魔法は、異世界人を異世界に戻す為のゲートを発生させるものみたいだな。今はもう大丈夫だが、少女隊と合体して強くなっているから魔力が上がっている」
「策也ちゃんも‥‥合体できるんだ‥‥」
「なんだか羨ましいお」
「その合体は想香もできたりしないのでしょうか?」
「それは無理だな‥‥」
それにしても辛うじて狛里より魔力は抑えられている。
つか頑張って抑えておかないと、この世界の神に気づかれたら仕事がやりにくくなるからな。
「おそらくこのゲートは一日このままだぜ」
「聞いた事があります。徐々に威力が強まり、異世界人を必ず元の世界に戻す魔法」
「一キロ以内にいたらそうなるであろう。その外なら問題ないであろう」
そんな魔法がねぇ。
妖凛の命賭けが無ければ、俺たちはアルカディアに戻されていたのか。
結果効果の低い魔法は効き目が恐ろしく高いからなぁ。
殺す魔法ってのはそう簡単に成功しないけれど、少しダメージを与えるだけの魔法なら成功は容易い。
トレーディングカードゲームで言えば、場のカードを手札に戻すのは成功しやすいけれど、カード破壊は難しいみたいな感じか。
結局俺たちは一日、この場所を監視する事にした。
異世界人なんてそうそういるもんじゃないけれど、誰かが吸い込まれる可能性もあるからね。
だけどこの場所に近づいてくる者は一人もいなかった。
後で分かった話だが、暗殺者が出るから通行が止められていたらしい。
証拠はないけれど、完全に法螺貝もグルなんだよな。
さてどうしてくれようか。
次の日の夕方、俺たちはホラの町へと入ってゆく。
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