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第三勢力高橋

 萌芽高校美少女コンテストは、あっという間に開始された。
 まず最初は、水着審査だ。
 水着コレクションさながらに、次々に登場する女生徒は、みんないい感じに俺を興奮させていた。
 それにしても、よくもまあ愛美が、こんなコンテストに出る事を了承したものだ。
 と言うか、全く否定するところなく出場って、どう考えてもおかしいよな。
 それに俺も、さっきまで何をしていた?
 むやみに女子生徒に告白していたような気もするが、どうしちゃったのだろう俺。
 それに今までの俺ならば、愛美が出る事すら、否定していたかもしれない。
「俺も大人になったのかな」そんな事を思いながら、俺は壇上に上がる女子たちを、食い入るように眺めていた。
 すると突如、客席から沢山の人の嗚咽、と言うか、嘔吐する声が聞こえてきた。
「おえぇ~」「きもちわりぃ~」「し、しぬぅ~」
 聞こえてくる声は、どれも納得するものだった。
 なんせ壇上に出てきたのは、女性用スクール水着を着た、美沙太郎だからな。
 客席から、一斉にペットボトルが投げつけられる。
 だけどそれをぶつけられた美沙太郎は、何故か嬉しそうだった。
 良かったな美沙太郎、大人気じゃないか。
 俺は美沙太郎の人生の終わりを、一人静かに祝った。
 さて、汚物が立ち去った後は、いよいよ愛美が登場した。
 登場そうそう愛美はコケていたが、ドジっ子属性のつかみとしては、良い感じだろう。
 俺はビデオカメラを構え、カメラ越しに愛美を見た。
 そこにいる愛美は、とても輝いていた。
 って、水着に電飾張り巡らせて、違うだろおい!
「何あの子?バカっぽいけど面白い~」
「いやでもあの子って、あれでああ見えて中間試験学年トップだったらしいぜ」
「マジかよ、賢くてバカって、理想の女の子じゃないか?」
「いや、あの子のドジレベルは、並じゃないらしいぞ。命の危険もあるとか」
「そ、そうか、でも、見るだけなら問題ないな」
 しかし意外に、客席からの反応は良かった。
 次にリカちゃんが出てきた。
 相変わらず凶悪的な可愛さで、スクール水着がとても似合っていた。
 何気にかぶっている、通学用の黄色い帽子とのアンバランスさも、リカちゃんの魅力を損ねるものではなく、むしろパワーアップさせていた。
「どういう事だ?あんな可愛い小学生が、どうして高校に?」
「お前知らないのか?あの子が萌えのカリスマと言われた、リカちゃん先輩だよ」
「へぇ~正に美少女って感じだな。お持ち帰りしたいぜ」
「いや、それは犯罪だろ。やっていいのは、飴を与える事だけだ」
 流石リカちゃん、一般生徒はイチコロのようだ。
「でもあの子、教師に告白して、付き合っていたらしいぜ」
「それでとうの先生は、学校を辞めさせられたとか」
 ただ、先日の佐藤との事は、マイナスイメージとして残っているようだった。
 次にでてきたのは、冷子だった。
 少し照れた感じで歩く冷子は、正に萌えッ子だった。
 何故だ?何故ツンデレのデレ部分だけを、こんなに長く維持できているのだ?
 よく見ると、冷子がチラチラと、ある方向に視線を送っている事に、俺は気が付いた。
 と言うか、対象は当然、俺の隣に座る、真嶋先輩だった。
 見ると真嶋先輩は、冷子をガン見していた。
 目で女を犯そうとしているかのように、その視線には欲望が溢れていた。
 なるほど、真嶋愛で、冷子の萌えを持続させているのか。
 真嶋先輩のバックアップがあれば、冷子でも、ひょっとしたらひょっとする結果になるかもしれない。
 そう思えた、この時だけは‥‥
 次に出てきたのは、美剣先輩だった。
 その性質は、萌えッ子と言うにはかなりの問題がある人だけれど、スタイルは良いし、美人コンテストと言うのなら、その出場は全く問題がないだろう。
 だけどさ、木刀持って、
「てめえら!俺に投票しない奴は殺すからな!顔覚えてるからな!」
 ってのは無いだろう。
 多少は投票されてもおかしくはなかったけれど、これで、票数一票が確定だな。
 俺はなんとなく、有沢の健闘を祈った。
 何人か知らない人が出てきた後、次に出てきた知った顔は、ヒカル先輩だった。
 去年はほとんど票を得られなかったそうだが、最上級生となった今年なら、それなりに票は稼げそうだ。
 やはり姉属性って、固定ファンがいるからね。
 一姫二太郎と言われるのは、ただの言い伝えでは無いって事だ。
 それでもそれは、時代の流れに最善ではない。
 定番メニューは確かに美味しいが、決してその時代やその時間帯に、一番売れるメニューであるとは限らない。
 即ちヒカル先輩には優勝は不可能。
 それでも、勝てないと分かっていても、俺はヒカル先輩をそれなりに応援した。
 ヒカル先輩が|捌《は》けると、続いて副委員長が出てきた。
 肩を落とし、姿勢悪く歩く姿は、正直この場所には似つかわしくなかった。
 此処まで出てきた人は、正にファッションショーのようなウォーキングをしていただけに、ズルペタ歩きは目立つものだった。
 だけど俺には、「これはこれで感じるものがあるな」と思えた。
 副委員長の後、満を持して出てきたのは、大和撫子のカリスマ、副会長だった。
 副委員長とのギャップが、より一層副会長を輝かしく見せていた。
 これはきっと、生徒会側の作戦だろう。
 登場する順番は、生徒会側が勝手に決められるらしいからな。
 さて、これで概ね、主要どころは全て出そろったと言っていいだろう。
 後は適当に見ておくか。
 そう思って見ていたら、クラスメイトの高橋が出てきた。
 そう言えば、先ほど高橋と会ったのは、出場者の集合場所だったもんな。
 それにしても、高橋から伝わってくるプレッシャー、なんだこの凄まじさは。
 何故か俺をチラチラ見ているし、冷子のやるそれとは比べ物にならないくらい、高橋のチャームは、俺の胸にしみわたった。
「彼女は誰だ?神田くんを見ているようだが、知り合いか?」
 となりの真嶋先輩が、少し焦ったように、俺に詰め寄ってきた。
「ええ、クラスメイトですが」
 俺がそうこたえると、真嶋先輩が怒りをあらわにした。
「バカ者!あの子は危険だ。萌え萌え委員会の最大の敵に成り得る。次の質疑応答タイムまでに、萌え萌え委員会に勧誘してこい。あの子が大和撫子側になってみろ、我々は敗北する可能性があるぞ」
 こんなに余裕の無い真嶋先輩は初めてみた。
 それほどのものなのだろうか。
 俺が疑問に思っていると、客席から声が上がる。
「唯々ちゃん!ふぁいと~!」「僕たちはキミを愛してる!」「萌芽の恋人~!」
 二年と三年の男子から、沢山の歓声が聞こえてきた。
 萌芽の恋人?そういう事か。
 彼女は、年上男子から好かれる、正に恋人属性の、正統派美少女。
 萌えでも無ければ大和撫子でもなく、その全てを兼ね備えた、パーフェクト女子。
「迂闊でした。早速行ってきます!」
「うむ、頼んだぞ」
 俺は、高橋が壇上から|捌《は》けるのを確認すると、すぐに高橋の元へと走った。
 高橋はすぐに見つかった。
 しかし、そこには既に生徒会長の姿があり、他にも何人かの上級生が、彼女を守るように取り囲んでいた。
「彼女には素質がある。生徒会の管理下で教育すれば、立派な大和撫子になれるんだ」
「だめだ。俺たちの唯々ちゃんは、今のままが最高なんだ。生徒会には任せられない」
 どうやら生徒会長も、高橋を大和撫子側に、引き入れようとしているみたいだった。
 しかしそれは、高橋を愛する上級生によって、鉄壁のディフェンスで守られていた。
 確かに、高橋は今のままで良いと思う。
 萌えにしても、大和撫子にしても、どちらかと言えば、片寄った魅力なのだろう。
 でも高橋は、正統派として十分魅力的だ。
 そんな子がわざわざ、邪道に入る事もない。
 だから俺は、声をかけた。
「高橋!キミはこのままいけばいいと思うよ。大和撫子でも、萌えッ子でもない、そのままのキミでいてほしい!」
 そう言った後、俺はいったい何を言っているのだろうかと、自分自身思った。
 だけど高橋の、少し頬を赤く染めた顔を見ると、これでいいのだと俺は確信した。
「うん、神田くんがそういうなら」
「うむ」
 って、えっ?俺が言うなら?
 それに何やら、雲行きが少し怪しくなってきてはいないか?
 先輩たちが俺を見る目が、ちょっと怖いんですけど。
 俺の本能が、早急に此処から立ち去るように、警笛を鳴らしていた。
「じゃあな高橋、朝日が俺を呼んでるぜ」
 俺はそう言って手を軽く挙げると、脱兎のごとく、速やかにその場から撤退した。
 高橋や他の上級生が、後ろで何かを言っていたが、俺の耳には届いてこなかった。
 ふぅ~危なかったぜ。
 もう少しで、俺はきっと大切な何かを失っていたのだろう。
 いや逆か。
 貰っても困るような何かを、得てしまっていたのかもしれない。
 俺はホッと胸をなでおろし、達成感に満ちあふれて、コメンテーター席に戻った。
「神田くん、御苦労。その様子だと、無事ミッションはコンプリートできたようだね」
 席に着くとすぐ、真嶋先輩にそう言われ、俺は何かを忘れている気がした。
 だが、何を忘れているのか、すぐには思い出す事ができなかった。
「はい、問題なく、萌えッ子と大和撫子、そして正統派と、三つ巴の戦いになりそうです」
 唖然とした真嶋先輩の顔は、俺の記憶に、三日ほど残る事になった。
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