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萌芽の文化祭

「えっと、明日は文化祭です。休みじゃないので学校に来て下さいね」
 そう言うのは、田中の代わりに我がクラスの担任になった、|山崎和歌子《やまざきわかこ》先生だった。
 って、担任が変わる事は聞いていたから、驚きはそれほどなかったわけだけど、明日は文化祭ですって、どういう事?
 普通文化祭と言えば、何週間も前からみんなで計画を立てて、クラスだったり部活のメンバーだったりで、何かするものなんじゃないのだろうか。
 俺は疑問に思いながらも、とりあえず先生の説明を聞いていた。
「で、ですね‥‥萌芽高校美少女コンテストに出る方は、水着を持ってきてください」
 おいおいなんだそりゃ?
 確か真嶋先輩が、女子生徒人気投票で優勝する事が、萌え萌え委員会の目標とか言っていたような。
 と言う事は、その美少女なんたらに、愛美も出る事になっているのだろうか。
 そうするとやはり、愛美も水着を?
 俺が色々と疑問に思っていると、隣の冷子が話しかけてきた。
「そうそう、今日この後、萌え萌え委員会メンバーは、空き教室に集合だから」
 こっちもいきなりだなおい。
 用事があったりしたらどうするつもりだ。
 でもまあ、当然俺に用事なんてあるはずも無いし、疑問はきっと、そこで説明してもらえるのだろう。
「分かった」
 俺はそれだけ言うと、まだ担任に慣れずにオロオロする山崎先生を、面白おかしく眺めながら、愛美の水着姿を想像して、明日への期待を膨らませていた。

 さて、俺たち萌え萌え委員会メンバーは、いつもの空き教室に集合していた。
 正直、俺の学生生活の半分は、この教室で過ごしているのではないだろうか。
 それもまた青春か、なんて意味不明な事を考えていると、真嶋先輩が話し始めた。
「いよいよ明日は、文化祭である。いきなり文化祭かよ!とか、展開が早くね?みたいな苦情は一切受け付けない。何故ならこれは規定路線だったからだ」
 わざわざそんな事を言うということは、何か裏があったと考えるのが普通だろうが、ツッコミは入れない方がいいのだろうな。
 いきなり連載を中止するように言われたのか、ネタが無くなったのか、それとも締切に間に合いそうに無かったのか。
 いずれにしても、今の俺たちには関係がないので、俺はスルーする事にした。
「で、萌芽高校の文化祭というのは、古き良き日本の文化、大和撫子文化と、現代日本が世界に誇る文化、萌え文化との、対決祭りである」
 なるほど、そういう文化祭だったのか。
 どおりで準備期間が全く無かったわけだ。
 と言うか、この学校に入った時から、萌えを推進する我々にとっては、準備が始まっていたって事か。
 そしてその準備は、十分にできていると言えるだろう。
 リカちゃんは元に戻ったし、今では愛美も、クラスメイトから嫌がられる事はない。
 先生二人を地獄に送った萌え能力は、既に一流の萌えッ子と言えるだろう。
 俺の予想としては、女子生徒人気投票にエントリーするのは、リカちゃんと愛美で間違いないかな。
「では、その女子生徒人気投票、正式名称「萌芽高校美少女コンテスト」に出場するメンバーの名前を発表する。エントリーは既に、僕が勝手にやっているので、安心してくれ」
 安心してくれって、本人の気持ちは無視かよ。
 まあ、この委員会に入った時に聞かされていたから、特に問題はないのかもしれないが。
「まず、香川リカ先輩」
「は~い!ばんがっちゃうよ~」
 流石リカちゃん、いい返事だ。
 ばんがって、ばんがってw
「次に、真嶋ヒカル姉さん」
「しょうがないわね。お姉ちゃんが一肌脱いで上げるわ」
 ヒカル先輩も、今や完璧な姉属性だ。
 きっと|一二年《いちにねん》から、それなりに支持を集める事だろう。
「次は二年生に移り、美剣ツバサくん」
「俺が優勝しちまったら、みんなゴメンな」
「イエス!ツバサせんぱ~い!」
 いや、美剣先輩の票数は、一票確定だけどな。
 つか有沢、お前は本当に、美剣先輩の前ではキモイな。
 まあ他人の人生、とやかく言いたくないが、お前は唯一のバッドエンドルートに入ってしまっているぞ。
「次は一年、九頭竜愛美くん」
「は、はい。不束者ですがよろしくお願いします」
 愛美、その返事は、かなり違うと思うぞ。
 だけど、グッドだ。
 俺は愛美の成長に、流れ出る涙を止める事が出来なかった。
「同じく一年、雪村冷子くん」
「光一先輩がそう言うなら、出てあげてもいいわ。だけど、優勝したら即結婚よ」
 冷子が優勝する事はないと思うが、それなりに人気はありそうだ。
 さて、後は副委員長だけだが、こいつも出るのだろうか。
「次も同じく一年‥‥」
 へぇ~、副委員長も出るんだ。
 とりあえず顔は可愛いから、なんとかなるか。
 なんて思っていると、真嶋先輩が発表している声をさえぎるように、
「うおっ!」
 と、美沙太郎が奇声を上げた。
 なんだ?どうしたんだ?
 みんなが一斉に美沙太郎に注目する。
 すると美沙太郎は慌てて、何やら本を背中に隠した。
 なんだか分からないが、こんな時に言う事は決まっている。
 俺は大きな声で、美沙太郎に向けて言葉を放った。
「お前今、エロ本読んでただろ!」
「いや、読んでないんだな。見ていただけなんだな」
 うむ、百点満点のいい解答だった。
「へぇ~エロ本見てたんだ‥‥」
 俺は礼儀として、みんなに聞こえるようにハッキリと言ってやった。
 よし、これで萌芽高校の平和は守られる事だろう。
 俺の言葉に、自分の行為がばれた事を悟った美沙太郎は、ガックリと肩を落とし、顔のあたりに縦線をいっぱい並べていた。
 で、真嶋先輩の発表は、副委員長だったんだよな?
 俺がそう思って副委員長を見ると、ニヤリと笑顔を作って話し始めた。
「ふふ‥‥私が‥‥美少女コンテスト‥‥だなんて‥‥地球‥‥滅亡も近い‥‥わね‥‥ふふふっ」
 やはりそうだったか。
 それにしても、副委員長が言うと、本当に地球がヤバイ気がするから不思議だ。
 さて、これで全員かな。
 俺はそう思って真嶋先輩を見ると、真嶋先輩はずれたメガネを直し、手元のメモを確認していた。
 ん?まだ誰かいるのだろうか?
 養殖科の人かな?
 俺を含めて、みんなが注目する中、真嶋先輩は再び話し始めた。
「後‥‥一年で‥‥美沙太郎くん、キミの出場も決定している。名前が一瞬女に見えたから、ついうっかり出場届けを出してしまったが、キミなら立派にやれる。頑張ってくれ」
「えっ‥‥」
 いや、どう考えても、立派にやれないだろう。
 つか男でも出場できるのかよ。
 傷心の美沙太郎への更なる追いうちは、美沙太郎の精神を崩壊させるに十分だったようで、彼の顔は、今までに無いくらい、素敵に別世界へと旅立っていた。
「で、後は養殖科のキミたちも、出場決定だ」
「は、はい!汚名挽回します!」
 結局、萌え萌え委員会メンバーの、女子プラス美沙太郎、全て出場じゃないかよ。
 つか十一号さん、汚名は挽回しちゃったらダメですよ。
 でもきっとこの人なら、マジで汚名を挽回するのだろうな。
「うむ。では明日、キミ達の健闘を祈る。解散!」
 真嶋先輩はそう言うと、未だにどうして付けているのかわからないマントを翻し、颯爽と教室を出ていった。
 俺は愛美と顔を合わせると、何故かやる気に満ちあふれ、頷きあうのだった。
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