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萌え萌え委員会

 同士になったからと言って、特に何かをするわけではない。
 ただ趣味の合う者同士、仲良くしようってだけの話だ。
 それはある意味、友達への第一歩なのかもしれない。
 まあぶっちゃけ、俺はどうでもいいんだけれど、冷子が愛美の友達になってくれるなら、俺としては凄く嬉しい。
 なんだかもう本当に、できの悪い娘を持った父親気分だ。
 この歳で父親気分ってのもどうかと思うが、それでも俺は、この状況にこの上なく満足していた。
 そんな気分に浸って、昼休みは共に食事を楽しんだ。
 愛美のドジを抑え込む為に、俺は常に神経をとがらせてはいたが、いつもよりはかなり気の抜ける、第三者のいる食事だった。
 食事を終えて満足感に浸っていると、突然有沢と冷子が、俺たちについてくるよう要求してきた。
「じゃあそろそろ行くか」
「そうね。あなたたちを地獄の三丁目に案内するから、ついていらっしゃい」
 いきなりそんな事を言われても、俺には意味が分からなかった。
 だけどまあ、ついてこいと言うのなら、ついていってみるか。
 俺は愛美の手を取ると、立ちあがって、有沢たちの後ろを付いて歩いていった。
「なあ、何処に行くんだ?俺はいいんだが、下手に動くと、愛美がデススペルを唱える事になるぞ」
 俺がそう言うと、有沢と冷子は、何を寝ぼけているんだと言わんばかりの表情で、俺の顔を振り返って見ていた。
「神田は、俺の同士になると言ったじゃないか」
「そうよ。地獄の四丁目に案内するって言ったじゃない。今更やめると言っても遅いのよ。後の葬式よ」
 いや、確かに言ったが、それとどういう関係があるんだ?
 それに冷子よ、祭りを葬式というのは、いくら地獄行きといっても、人道的に反感をかう恐れがあるから、やめた方がいいぞ。
 そうは思っていても、普通に「三丁目が四丁目にかわっとるやんけ」とツッコミを入れると俺の負けな気がするので、俺はあえてひねくれた返事をする。
「なるほど。愛する俺を連れていくのだから、地獄とは素晴らしい所のようだな」
 俺がそういうと、横で愛美が「地獄に行くの初めてだぁ~」なんて言って喜んでいた。
 このメンバーで会話をしていると、全く話がまともな方向に進まないな。
「もちろん、期待してくれていいぞ。俺はこの時を、半年以上も前から待ち望んでいたのだからな」
「そうね、期待してくれてもいいわ。変態の神田くんなら、きっと大喜びする事間違いなしよ」
 なんだかだんだん、俺の修飾が酷くなっている気がするのだが。
 まあバカも変態も対して変わらないか。
 俺は諦めて、愛美とルンルン気分を演出して、二人の後について行った。
 二人に連れてこられた先は、空き教室が並ぶ本校舎の端だった。
 一昔前までは活躍していたのであろうその場所は、今では少子化の波にのまれ、こうやって放置された状態になっているようだ。
 有沢は、そんな空き教室の前で立ち止まると、おもむろにドアを解放した。
 そして迷わず、教室の中に入っていった。
 続いて、冷子も入っていく。
 直後二人が、誰かに挨拶する声が聞こえた。
「ちーっす」
「お久しぶりです。リカちゃん」
 どうやら教室の中に、誰かがいるようだ。
 愛美は、特に人見知りでは無いが、普通にコミュ能力が劣っている。
 まだ有沢や冷子にすら心を開いていないのに、いきなり他の人を紹介されてもねぇ。
 とにかく此処まできたら仕方がない。
 俺は愛美の手を引いて、教室の中に入っていった。
 すると中には、子供がいた。
 だが、この高校の制服を着ているのだから、一応高校生なのだろう。
 だけどこんな天然のボケを、体いっぱいに表現している女の子を見て、俺にスルーする選択肢なぞ、ありはしなかった。
「おい誰だ?小学生を高校に連れ込んだ腐れ外道は?大丈夫でちゅかぁ~?怖かったでちゅかぁ~?お兄ちゃんが来たから、もう安心でちゅよぉ~」
 俺がそう言うと、有沢と冷子が、白い目で俺を見ていた。
「全然安心できんは!」
「そうね。むしろリカちゃんが、まんざらでもなさそうなのが心配ね」
 俺は二人の言葉に、無意識に頭をなでていた、リカちゃんと呼ばれるその子供を見た。
 すると、リカちゃんとやらは頬を赤く染めて
「お兄ちゃんおかえり」
 と上目づかいで祈るように言ってきた。
 なんだこの破壊力は。
 小学生が可愛いのは当然だが、この子は、少なくとも高校生のはずだ。
 こ、これが、本物の萌えという奴なのか!
 ヤバイ、なでる手を止められない。
「久弥く~ん、私もなでたい‥‥」
 すると愛美が、やきもちをやくどころか、一緒になでたいと、これまた破壊力抜群な上目づかいで、俺に懇願してきた。
 おいおい、君たちは俺を萌え殺すつもりか。
「おう、なでていいぞ」
 俺の言葉に、愛美もリカちゃんをなで始めた。
 不思議な事だが、愛美のドジは、可愛いものに対しては、あまり発動しない。
 小猫と戯れていても、踏みつぶしてしまったりしないのはその為だ。
 そしてそれは、このリカちゃんにも適応されているようだった。
「リカ、可愛いお姉ちゃん好き~」
 リカちゃんのその発言に、愛美はパッと顔を輝かせた。
「私も、リカちゃん大好き~」
 愛美が、俺以外の人間を、大好きだと言った。
 俺は正直驚いた。
 高校とは、なんと素晴らしいところなのだろうか。
 俺は、涙が出るのを我慢するのに必死だった。
 そんな和やかな時間が流れる教室は、時の流れすら拒絶する雰囲気に包まれていた。
 しかしそんな空間が、存在するわけもなかった。
 どうやら俺の後ろのドアから、誰かが入ってきたようだ。
 有沢と冷子が、その対象に向けて挨拶をする。
「あ、ツバサ先輩!お久しぶりでございます」
「ふん、別にあなたがいるから、この高校に来たわけじゃないんだからね」
 俺は、リカちゃんをなでる手を止めて振り返った。
 するとそこには、おそらく上級生であろう、少し病み上がりっぽい女子と、メガネの奥から怪しい眼光を放つ男子が立っていた。
 そしてその後ろには、十人ほどの女子の姿が見えた。
「あ~有沢じゃん。一年も待ったぞ。来るのが遅いよ」
「すみません。年齢という壁は、思った以上に高くて、お待たせしてしまいました」
 この、少しいっちゃってそうな女生徒は、有沢との会話から、どうやら二年生のようだ。
「とうとう来てしまったのか冷子。あれほどお前の事は嫌いだと言ったのに」
「だから来たのよ。|真嶋光一《まじまこういち》先輩に、嫌がらせをしようと思ってね」
 おいおい、さっき冷子は、あなたがいるからこの高校に来たわけじゃない、とか言っていなかったか?
 まあこいつにいちいちツッコミをいれていたら、切りが無いだろうが。
 で、この状況から察するに、俺たちが此処に連れてこられた理由は、先輩方を紹介、或いは俺たちを、先輩方に紹介する為か。
 要するに、此処に集まっている人たちは、萌えを推進する同士という事か。
「よし、まずはみんな席につけ。久しぶりの再会を喜びたいところだが、昼休みも残り時間が少ない。ちゃっちゃと顔合わせするぞ」
 どうやら、この真嶋っていうメガネの先輩が、このグループのリーダーのようだ。
 俺は言われた通り、とりあえず席につこうとした。
 しかしこの教室には、机も椅子もなかった。
 当然だが、愛美はエア椅子に座ろうとして、尻もちをついていた。
「いてて。久弥くん、席がないよ」
 いや、そんな事は見ればすぐに分かると思うが。
「そうだな」
 俺はとりあえず、みんながどうするのか、観察する事にした。
 すると廊下にいた女子たちは当然とばかりに、教室に入るとまっすぐ、参観日にきた保護者のように、一番後ろに並んだ。
 教壇の上には、真嶋先輩、ツバサ先輩、そしてリカちゃんが立っていた。
 有沢と冷子は、窓際の壁にもたれて立っていた。
 となると、俺たちの位置は‥‥
 俺は愛美の手を引くと、廊下側の壁の前に移動した。
 どうやらそれは正解だったようで、真嶋先輩が偉そうに頷いた。
「うむ、よろしい。ではこれより、本年度最初の、萌え萌え委員会を始める」
 こりゃまた、えらく恥ずかしいネーミングの委員会だな。
 そんな委員会に参加しちまっている自分が、なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
「では、新人もいる事だし、まずは自己紹介と挨拶を行う」
 また自己紹介かよ。
 俺はクラスでの自己紹介に失敗してるんだ。
 そう、トラウマになりかけているんだよ。
 だから自己紹介はやめてくれよ。
 俺はそう思ってかなりブルーが入っていたが、自己紹介が始まると、なんだかどうでもよくなっていた。
「トップバッターは、萌え|目《もく》、天然科、妹属性の先輩からお願いします」
「分かった~w三年鈴組の、|香川《かがわ》リカです。お兄ちゃん、お姉ちゃん、可愛がってくれると嬉しいです」
 ああ、そうだな、お兄ちゃん可愛がっちゃうよ。
 って、違う違う。
 なんだこのオーラは。
 三年って、二つも年上じゃねぇか。
 なのにこの妹っぷりはどういう事だ。
 これが本物の、妹属性って奴なのか。
 さっきも、気がついたら無意識に頭をなでていたし、愛美のドジっ子砲も発動しない。
 俺は今まで、安易に愛美を萌えッ子とか言っていたが、リカちゃんに比べれば赤子も同然という事か。
「そうそう、一応言っておくが、リカちゃん先輩は、学年は三年生だが、|閏年《うるうどし》生まれの為、歳はまだ四歳だ。みんなお兄さんお姉さんとして、しっかり面倒みるように」
 なんて真嶋先輩は言っているが、そんなわけないだろうが。
 つかリカちゃん、メッサ納得してホクホク顔じゃねぇか。
「ちょっ」
 俺はこの状況に、ツッコミを入れずにはいられなかった。
 しかし、すぐに有沢に止められる。
「神田、お前は自分の欲望の為に、多くの人達の笑顔を奪うつもりか」
 俺は有沢に言われて、思いとどまった。
 確かに有沢の言うとおりだ。
 うまくいっている時の選手交代は、サッカーの世界では愚行とされている。
 ありがとう有沢。
 俺は愚か者にならなくてすんだぜ。
「では、次は僕だ。二年星組真嶋光一。好きな萌えは、委員長風ツンデレだ」
 真嶋先輩の自己紹介を、冷子は目力で殺しそうな勢いで見つめていた。
 なるほどな。
 冷子は真嶋先輩が好きだから、ツンデレをやろうとしていたのか。
 それはつまり、冷子はやはりただのボケ属性って事だ。
「では次は、萌え目、天然科、ヤンデレ属性の美剣くんだ」
 今度はヤンデレか。
 ヤンデレとは、病んだところのある、ギャルゲーでは第六の女として重宝されている属性である。
 ギャルゲーでの定番は、ボケ属性、ドジっ子属性、妹属性、ツンデレ属性、制服属性の五種類だ。
 他にも、子供属性、委員長属性、お嬢様属性、ロボ属性とあったりするが、それらは色々な属性と兼任していて、五人のヒロインの中に組み入れられる事が多い。
 で、六人目はと考えた時に、第一に上がるのがヤンデレだ。
 正に、「萌えの名脇役」と言ったところだろうか。
「俺が今紹介された、ヤンデレ属性、二年桃組の|美剣《みつるぎ》ツバサだ!趣味は喧嘩とツーリング。後は有沢敏也を踏みつける事だ。四露死苦!」
 おいおい、四露死苦とか言って、ヤンデレって、ヤンキーがデレデレの方かい!
「ツバサ先輩、踏みつけてぇ~」
 有沢はそう言って、美剣先輩の前に出て、四つん這いになっていた。
 すると嬉しそうに、美剣先輩は有沢を踏みつけた。
 踏みつけられる有沢は、よだれを垂らして一層嬉しそうだった。
 訂正する、ヤンデレは、ヤンキーに、デレデレだったようだ。
 まあお互いそれでいいのなら、俺は何も言うまい。
「では次、新人を紹介してもらおうか。有沢くん、よろしく」
 真嶋先輩がそう言うと、有沢はそのままの体勢で自己紹介を始めた。
 愛美は凄く悲しい目で、その様子を見ていた。
 愛美の中では、有沢は終わったな‥‥そう思った。
「有沢敏也です。一年梅組です。好きな萌えは当然ヤンデレです」
 いや、言わなくてももう分かっていたよ。
「では次は、冷子‥‥だな」
「あら、私の事になるとやけにおざなりね。まあいいわ。愛の証だと思っておくわよ」
 こちらはどうやら、相思相愛とはいかないようだ。
「私は、一年梅組の雪村冷子。萌え目、養殖科、ツンデレ属性よ」
 冷子は、髪をかきあげ、ツンとした顔でツンデレをアピールしていた。
「なに?冷子は、養殖科なのか?もしそれが本当なら、あちらの列に加わってもらう事になるが?」
 そういって真嶋先輩が指差したのは、教室の後ろに並ぶ女子たちだった。
 最初からずっと無言でいるこの女子たちは、いったい何者なのだろうかと、気にはなっていたが、今の真嶋先輩の発言から、養殖科の者が、天然科と区別されているのだと理解できた。
「えっ、そんな‥‥それでは光一先輩に嫌がらせができないじゃないの」
 冗談めかして言ってはいるが、冷子の発言にはキレがなかった。
 どうやら冷子は、その他大勢キャラにはなりたくないようだ。
 仕方がない、助けてやるか。
「真嶋先輩、冷子は養殖科のツンデレかもしれませんが、天然科のボケ属性でもあります。だから天然科として扱うべきです」
 俺がそうフォローすると、何を血迷ったか、冷子は意義をとなえてきた。
「何を言っているの。私はどう考えてもボケ属性ではなくってよ。私を陥れるような事は言わないでいただけるかしら、変態の神田くん」
 人がせっかく助けてやろうとしているのに、なんだこいつは。
 天然のボケ属性じゃなくて、天然のヴォケ属性だったようだな。
「分かった。君の意見は正しい。冷子は天然科に分類する事にしよう」
 真嶋先輩の言葉に、冷子もどうやら俺のフォローの意図するところを悟ったようで、少し顔を赤くしていた。
「神田くん、助けてやったとか思わないでね。感謝なんてしてないんだからね。ありがとう‥‥」
 最後の「ありがとう」は、ほとんど聞こえなかったが、冷子は意外に、この先輩に真剣なんだなと思えて、何だか可愛く感じた。
 もしかしたら、マジでツンデレなのかもしれないとも思った。
「では次はキミの番だ。新人君、自己紹介してくれたまえ」
 俺は真嶋先輩に指名され、どうしてこんな事になっているのか、疑問を持つ事も忘れて、自己紹介を始めた。
「俺は一年梅組の、神田久弥です。萌えをこよなく愛し、ドジっ子属性に恋する勇者です」
 俺が自己紹介をすると、愛美が隣で拍手していた。
「わぁ~久弥くんって、ドジっ子属性に恋してたんだぁ~」
 おい、愛美はいったい、自分の事をどう思っているんだ?
 お前は既に、ドジっ子属性全開だろうが。
 まあ、ドジっ子属性に隠れてはいるが、かなりのボケ属性でもあるんだよな。
 つか、隠れてないか。
 俺は穏やかな目で、愛美の頭をなでた。
「では、次はその、ドジっ子属性のキミ、自己紹介してくれたまえ」
 さていよいよ、愛美の番だ。
 果たしてすんなり、自己紹介できるのだろうか。
「えっと、九頭竜愛美っ」
 愛美がそこまで喋った時に、昼休み終了の予鈴が鳴った。
 愛美と、後ろに並ぶ女子の一人が、ずっこけていた。
 ああ、なるほど。
 養殖科に、ずっこけ担当の子がいるんだな。
「時間切れだ。続きは放課後、この教室で行う事にする。では、一時解散」
 真嶋先輩はそう言うと、逃げるように走って教室を出ていった。
 当然それを追うように、冷子も走って出ていった。
 その後他のメンバーも、二人につられて、慌てて教室を出ていった。
 まったく騒がしいメンバーだな。
 だけど、意外と楽しい高校生活になるかもしれない。
 俺は湧きあがる期待に、微妙な笑いがこみ上げてくるのを、抑える事はできなかった。
「ぐへへへへ~」
「お兄ちゃん、私の教室何処だっけ?」
 何故か目の前に、小動物のような子供先輩が、目をウルウルさせて泣きそうだった。
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