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楽浪城攻略

 辺りの景色は、既に夜へと変わっていた。
 結局、待っても生徒はあまり集まらず、三割程度での作戦決行となった。
 だいたい無理のある作戦であるわけだが、学園長としては早いうちに楽浪城を確保し、守りを固めておきたいのだろう。
 気持ちは分かるけれど、これが吉と出るか凶と出るかは、私には全く予想できなかった。
 私は、城が見えてくる辺りから、コントロールシールドと、魔法反射の盾を展開しておいた。
 太陽は既に沈んではいたが、町の明かりのおかげで視界は良好で、敵が近付いてくればすぐに分かるだろうから、警戒するにはまだ早いかもしれないけどね。
 楽浪は、マジックアイテムの製造が活発な町だ。
 だから地方にあって、意外と生活は悪くない。
 反乱したのは、町の人の本意ではなかったはずだし、いつもと変わりがないようだった。
 高村産学園長を先頭に、横に跳雲が並び、後に十部隊がついて歩く。
 我が部隊は最後方を歩いていて、全てが一目で確認できる。
 まったく、戦争に行くとは思えない少人数だ。
 これで敵が大量にいたら、どうなる事やら。
 そう思って町を進むと、前方に多数人の気配と、内一人、強力な魔力を持つ者を感じた。
「臨戦態勢!」
 学園長の言葉に、生徒たちは皆、瞬時に身構える。
 そしてゆっくりと、前へと進んでいった。
「待っていたぞ。学園にこもっていればいいものを、調子にのって出てくるから、死ぬ事になったな」
「何故兆砲が!」
 町のはずれ、我々の行く先、城の手前の広場に、反乱軍が待ち構えていた。
 そして何やら偉そうに言っているおっさんからは、かなりの魔力が感じられた。
 やれやれ、嫌な予感が敵中したようだ。
 果たしてこれだけの敵を相手に、我々は勝つ事ができるのだろうか。
「とりあえず、シールド展開!」
 私がそう言うのと同時に、敵から大量の魔法攻撃が飛んできた。
 まったく、後ろに民家があるのに関係なしかよ。
 魔法耐性を付けて建てられた物である事を祈ろう。
 さて、敵からの攻撃が始まり、こちらは守りの一手となった。
 人数が違いすぎるから、こうなってしまうのは当然か。
 だけど、なんだろうか。
 何か違和感を覚える。
 反乱軍はこちらの十倍近くいそうだし、本来なら長い時間耐えられるものではないはずなのに、どうも迫力が感じられない。
 ただ、あのおっさんの魔力だけは尋常じゃないし、能力も気になる。
 さっきうちの学園長の声が少し聞こえてきたが、おっさんの事を兆砲とかって呼んでいたな。
 何処かで聞いた事があると思ったら、遼東の領主か。
 そして遼東の領主は、今回の反乱軍首謀者、兆角の弟だったはずだ。
 いきなりの中ボス登場だから、弥が上にも警戒せざるを得なかった。
 現状、反乱軍からの攻撃は魔法によるものだけだから、魔法反射の盾がある以上、愁癒と香那くらいは守れる。
 歌琥、兎琴、罵蝶は当然問題無い。
 だけど、他の生徒はどうだろうか。
 かなり能力上位者が集まっているようだけど、流石に疲れが見える。
 敵の攻撃に迫力が無いとはいえ、このままでは、いずれやられてしまうだろう。
 あのおっさんがいる限り下手に動けないし、まずはあのおっさんをなんとかしなくては。
 そんな中、いきなり背後から、魔力が迫ってくるのを感じた。
 私はとっさに、コントロールシールドを背後に移動する。
 なんとかギリギリ、盾が魔法を阻んだ。
「あぶね!なんだ今のは?」
 背後には、攻撃魔法が飛んでくるような魔力は、放たれる寸前まで感じはしなかった。
 そして今も、人の気配すらない。
「これは、きっと妖術を使っているわね」
 魔力を使いはたして何もできない愁癒だが、その知識による助言は心強い。
 ようするに愁癒は、存在するだけで戦力になる。
「妖術か。きっとあの兆砲っておっさんの仕業だな」
 妖術は、妖精界の住人、妖精との契約により、扱う事のできる魔法である。
 その効果は、他の魔法と比べると、特異なものが多い。
 よって、セオリー通りの戦いは、通用しないというのが、一般的見解だ。
 ただ、攻撃するような魔法は極稀で、それ自体はあまり警戒するに値しない。
「一般的に知られているのは、空間移動や幻影幻覚、そしてそれを現実にする事よ」
 しかし襲ってくる魔法は、愁癒の言うような幻影でも幻覚でもない。
 再び背後に、突然大きな魔力が襲ってくる。
 今度は予想していたので、楽にコントロールシールドでそれを遮断する。
 しかし先ほどよりも強力な攻撃に、コントロールシールドで防ぐのは限界に近い。
 それでも今の攻撃で、なんとなく真実が見えつつあった。
「あちらで魔法を放つ瞬間背後に移動して、攻撃してから戻ってゆくって感じかな」
 なんとなく、それで一応形としては説明できる。
 一瞬だが、前方の兆砲の魔力気配が消えたからだ。
「だけど、それだけでは説明がつかないところがあるね」
 愁癒の言う通り、前方にいる兆砲が、魔法発動の為に、魔力を高めている気配がない。
 更に、瞬間移動なんて、そう簡単にできるとは思えない。
「となると・・・」
 答えはもう出ていたが、私は千里眼を使った。
 そして全てを理解した。
 なるほど、つまりこういう事だ。
 兆砲の能力は、妖精界と人間界を移動できる能力って事。
 妖精界は、天界、魔界、精霊界とは、大きく違う点がある。
 それは、人間界と共存しているという事だ。
 それなのに人間が妖精を確認できないのは、やはり別の世界だからに他ならない。
 人間界からは、妖精界の住人に干渉できず、逆に妖精界からは、人間に干渉できない。
 ただ一点違うのは、妖精は人間に対して、干渉を受ける事だけは可能って事だ。
 簡単に言うと、こちらから妖精界の住人の事は全く分からないが、妖精界からはこちらの住人を見る事も、話を聞く事もできるって事だ。
 それにしてもこれは、一気に状況を好転させるチャンスでもあるな。
 前方の兆砲は、沢山の術者に守れらていて、拳銃ですら攻撃できない状況ではあるが、後ろにいるのなら、対応もできるというもの。
 それに前方のは偽物というか、妖術を使う為の条件か何かで存在しているだけで、抜け殻みたいなものなのだろう。
 それが証拠に、戦闘が始まってから何もしていない。
 倒せば術は解かれるだろうが、きっとそれだけに終わりそうだ。
 となるとやはり狙いは後ろの兆砲だが、どうやって倒すか。
 出てくる一瞬に、遠距離からの魔法攻撃や、拳銃で狙い撃つのはかなり無理があるし、接近する時間的余裕もない。
 向こうから接近してきてくれれば、罵蝶あたりなら倒せるだろうが、今まで遠距離からの攻撃をしてきているところを見ると、そんな危険は冒さないだろう。
 或いは、世界移動ができるゲートが決まっているのかもしれない。
 となると・・・
 私は歌琥をチラッと見た後、後に体を向けると、香那を自分の前に立たせた。
「次攻撃してきたら、こんなに可愛い女の子に当たるぞ!それでもお前は攻撃できるのか!」
 私は後方に向かって叫んだ。
 背後から、仲間たちの「えっ?」っと驚く声が聞こえてきたが、これは作戦だ。
 動揺しないで、そのまま敵からの攻撃を防いでいてほしい。
 愁癒だけは、私を信用してくれているのか、何やら少し笑っていた。
 いや、よく見ると顔が引きつっていた。
 当然香那自身は「えー!?」と言って、オロオロしていた。
「大丈夫、私を信じて」
 私は香那の耳元でそう囁くと、両肩に後ろから手を置いた状態で向こうを見た。
 私の千里眼には、今まさに魔法を放とうとしている、おっさんの姿が見えている。
 私の千里眼は、都合によって色々見えるのだ。
 いや本当は、前方にいる兆砲の姿を見て、兆砲の容姿を知り得たから追跡が可能となったわけだが、まあそうでなくても、異常な魔力くらいは視界にとらえられたはずだけどね。
「ガブリエルぅ~助けてぇ~香那がヤバイよぉ~はやくぅ~はやくぅ~」
 私は誰に言うともなく、空に向かって叫んだ。
 おそらくみんな、私がおかしくなったと思っただろう。
 確かに、今の私はおかしい。
 敵の攻撃が思ったより弱く、兆砲の行動も手に取るように分かる今、私には勝つ為の算段がすでにできているから、余裕が生まれ、眠気と相まって私のテンションはあがり、この戦いを楽しんでしまっていたから。
 直後、一瞬兆砲の姿が、人間界に現れる。
 そして強力な魔法攻撃が、兆砲から放たれた。
 コントロールシールドを展開してはいるが、今度は止めきれないくらいの大きな火球が飛んできた。
 流石にこの火球を直接くらったら、香那はひとたまりもないはずだ。
 当然だが、私は一応、この火球に対応する術は持っている。
 万が一にも香那を死なせるわけにはいかないからね。
 でもその対応は、やはり行わなくて済みそうだ。
「まったく、私を呼び出すとは、何様のつもりだ」
 香那に再び、ガブリエルが降臨していた。
 目の前には一瞬にして聖なる盾が召喚され、敵の火球はあっさりと遮断された。
 ガブリエルは、香那の身に危険が迫った時だけ、体をかりて人間界に降臨する。
 私はその理由を、勝手に推測していた。
 きっと、香那の事が好きだからだろうと。
 だいたい、こんな天界のハイクラス天使が、人間に力を貸すのも珍しいのに、危険な時には守るって言うのだから。
 だったら、その危険を回避する為のお願いなら、きっと聞いてくれると、私は確信していた。
「おお~ガブリエル。来てくれると思っていたよ」
 私はちょっとテンションが上がっていたので、なれなれしく話しかけていた。
「で、何か用があるから呼び出したのだろう。言ってみろ」
 私のなれなれしい対応にも、ガブリエルは特に嫌なそぶりも見せず、むしろ好意的な返事をしてきた。
 ふふふ、可愛い奴め。
「大したお願いじゃない。私は今から、後ろの歌琥ってのと一緒に、敵を倒さねばならない。その間、前方からの攻撃を防いで、香那を守ってもらいたいのだ。そのついでに、香那の大切な仲間も守ってもらえれば助かる」
 歌琥の魔法の盾と、私の魔法反射の盾が無くなると、こちらの防衛線が一気に崩れる恐れがある。
 まあその補てんに、ガブリエルにちょっと力を借りたかったというわけだ。
 補てんどころか、他の生徒たちには大きな助けにもなるだろうし。
「ふっ、了解した」
 ガブリエルの言葉に、私は香那の体と位置を入れ替え、一番後ろに立つ。
 そして、相手の魔法を反射させて大活躍している、魔法反射の盾を散開させた。
 すぐにガブリエルの結界が、敵の攻撃を防ぎ始めた。
「歌琥!こっちに来てくれ。敵を叩く!」
「どうするんだ?俺は何をすれば良い?」
 歌琥は私が呼び寄せると同時に、既に横まで来ていた。
 ガブリエルとの会話を聞いていたのだろう。
 行動が早くて助かる。
 だが敵も、説明するまで待ってはくれない。
 兆砲は人間界に再び現れ、巨大な火球を放ってから、また姿を消した。
 火球には、私のコントロールシールドと、歌琥の魔法の盾で対応したが、かなり押されていた。
 私はコントロールシールドに自分の全魔力を注ぎ込み、かろうじて押し戻した。
「次はヤバイな。詳しく作戦を説明している暇はない。とにかく合図したら、魔法反射の盾に向けて「麻痺の雷撃と虚脱の旋風」を頼む」
 魔法反射の盾は、兆砲の目の届かない位置まで移動させた後、目を盗み背後へと忍ばせていた。
「了解!風の精霊魔術師の力を見せてやる」
 風の精霊魔術は、他の精霊魔術と違って、あまり突出した特徴がない。
 地の精霊魔術はパワーがあるし、炎の精霊魔術は当然殺傷力が抜群だ。
 だから攻撃に適していると言っていい。
 一方水の精霊魔術は、守りと癒しの魔術と言えるだろう。
 そんな中、風の精霊魔術は、攻撃も守備も中途半端だ。
 だけど、その分対応力がある。
 中でも、麻痺の雷撃と虚脱の旋風は、その代表的な魔法の一つだ。
 この世界の全ての人は「魔法耐性」という魔法への抵抗力を持ち「魔法保護」という、物理攻撃から身を守る魔法の鎧を、常にその身に纏っている。
 それは小等部の教育で徹底されており、中等部に上がる頃には、皆無意識に行えるようになるものだ。
 それを強制的に解除する魔法が、麻痺の雷撃と虚脱の旋風というわけだ。
 そしてその効果はそれだけにとどまらず、術者の魔力を一時的に使えないようにして、体の自由も奪う。
 ほんの数秒程度の効果だが、赤子のような相手には、数秒あれば十分だろう。
 千里眼で見る兆砲が、再び魔法を発動しようとしていた。
 私は歌琥に合図をだした。
「今だ!」
 私の合図に、歌琥が空へ向けて魔法を放つ。
 兆砲は、何処に放っているんだと言わんばかりの顔をしていた。
 こちらの作戦には気が付いていないようだ。
 私は速度と距離を、そして兆砲が現れるタイミングを考え、魔法反射の盾を移動させる。
 そして魔法を、兆砲に向けて反射させた。
 すると兆砲が笑った。
 何を言っているのか聞こえないが、何やら口が動いていた。
 どうやらこちらが魔法を反射させるのは分かっていたようで、魔法発動を少し遅らせ、場所も少し移動していた。
「駄目か!」
 歌琥はどうやら、この作戦は失敗したと思ったようだ。
 でも、兆砲の魔法発動が遅れるなら、むしろそれはこちらの思うつぼだ。
「バレバレなんだよ!」
 兆砲がそう叫んだ時、歌琥の魔法は対象をとらえていた。
「魔法反射の盾は、一枚だけではないんだよ」
 私は、反射させた魔法を、再び別の盾によって反射させていた。
 兆砲は魔法を放つ事も、妖精界に戻る事も出来ず、その場に倒れた。
 私は拳銃を構えた。
 数秒あれば、狙いをつけて確実に仕留められる。
 だけど先に歌琥が「俺が決める!」と言って私の拳銃を制止し、魔法を放った。
 電気を帯びた魔力の塊が、兆砲に命中していた。
 その後は、呆気ないものだった。
 前方にいた兆砲の虚像が、本体の昇天と同時に姿を消すと、反乱軍はまもなく統制を失った。
 そこに第四生徒が一気に攻勢をかけると、敵にはなす術がなかった。
「正規軍と言っても、あまり強くないのだな。半分は高等部の卒業生だろうに」
 私は皆が戦う姿を、後ろでただ見ていた。
「そりゃそうだよ。あの人達が学生だった頃は、高等部なんて誰でも入れるものだったんだからね」
 愁癒の言葉に、私は納得した。
 正規軍だから、確かに組織的行動には長けていた。
 でも、魔力の高い人や、個人として第四の生徒以上に強い人は数えるほどだった。
 今の高等部は入るのが難しく、全国からエリートが集められているのだもんな。
「たぶん此処に来ている第四の生徒の多くは、将来世界で活躍するんだろうよ」
 歌琥も疲れたようで、最後の掃討戦には参加せず、そう言ってただ戦いを見ていた。
「おっと、忘れていた」
 私は前にいた香那の肩を叩くと
「ガブリエルありがとう」
 と、耳元で静かに言った。
 振り返った香那は、キョトンとした顔をしていた。
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