ネット小説

俺はアマテラスを送り届けた後、自宅に帰る道すがら、魔獣を探す事にした。
この世界に来てから、まだ一度も魔獣を見ていないからだ。
俺がこの世界に来てから行動している辺りは、ゲームで言えば序盤に活動するエリア。
人々が行き来する辺りに魔獣はほぼ出ないし、出る場所が限られている。
ゲームを始めていきなり死ぬのも辛いしね。
そんなわけで、序盤に狩りをする辺りにやってきた。
魔獣を探しているのは、ただ魔獣が見たいからというわけではない。
魔獣の存在がどういうものなのか確かめたかったのだ。
ほら、この辺りの設定には２種類あるでしょ。
倒した時、血が出たりして屍がそこに存在する場合と、消えて魔石になったりする場合が。
それとゴブリンやオークが、魔獣として扱われる場合と、亜人種として扱われる場合もある。
もしもこれらが亜人種なら仲良くする事もできるかもしれない。
確かめる為には、一度会ってみないと分からない。
「この辺りの知識も、最初から分かっている設定だったら楽だったのに」
俺は魔獣が出るはずのエリアに降り立った。
既に多くの魔獣が探索魔法に引っかかっていた。
「いるいる」
直ぐに魔獣の前まで移動した。
魔獣は『スライム』である。
少し可愛いと思ったが、俺は容赦なくファイヤーボールを放った。
魔力を最大限小さくしたが、結構な威力だった。
「まだもう少し抑えたい気もするなぁ」
スライムは跡形もなく消えていた。
「こりゃどっちだろう‥‥」
俺はスライムがいた辺りに近づいてみた。
するとそこには、小指の爪よりも小さな魔石が一つ落ちていた。
どうやらこの世界では、倒した魔獣は魔石へと変わるようだった。
俺は此処で再び自分に魔法をかけた。
ドロップアイテムの自動回収魔法だ。
これで俺が倒した魔獣の魔石やアイテムは、もれなく回収できるだろう。
「さて次はゴブリンか‥‥」
ゴブリンには討伐クエストが存在していた。
しかも町にゴブリンが住んでいるという話もない。
つまり魔獣である可能性は高い。
とはいえ一応確認だけはしておくべきだろう。
差別からそう決めつけられているという可能性もあるからね。
俺はゴブリンがいるはずの森へと飛翔して向かった。
空を飛んでいる時でも、俺の探索魔法は自動的に魔獣や人の存在を確認している。
でもこの辺りは、ほとんど引っかかるものはない。
普通の獣の類は多々引っかかるわけだけど、魔獣は皆無、人も時々と言った感じだった。
この辺りはどうやら人も魔獣も少ない地域なのだろう。
「さて、そろそろゴブリンのいる森だな」
森が見えてきた所で探索魔法に多数のゴブリンらしきものが引っかかった。
俺は驚いた。
それらが探索魔法には人として認識されていたからだ。
千里眼を使い見ると、その姿は確かにゴブリンだった。
もちろん人と認識されてはいるが、目で確認した今では人間ではなくゴブリンとしての認識に変わっている。
どうやら探索魔法は、人、魔獣、獣の３種、或いは魔人や神は別に認識する事になるのだろうが、大きく分けてそれらに分類される。
そして一度見たものに関しては、更に細分化されて認識できるようになっているようだった。
とは言え、ゴブリンが亜人種だからと言って、コミュニケーションが取れる相手だとも限らない。
とりあえず会って話してみないとな。
俺は地上に降りて、ゴブリンの前に出て行った。
「こんちには！」
俺は笑顔でゴブリンに挨拶してみた。
そのゴブリンはどうやら森で獣を狩っている最中のようだった。
ゴブリンは警戒しているのか、持っていたこん棒を構えてこちらを見ていた。
「いやいや、戦う気はないぞ！ちょっとゴブリンと話がしてみたくてね」
俺がそういうと、ゴブリンは構えていたこん棒を下した。
どうやらこちらの言葉は通じているようだった。
「俺は人間の達也っていうんだ。君はなんて名前だい？」
「俺は‥‥名前はない‥‥」
一応言葉も喋れるようだけど、知能レベルは多少低い可能性が有りそうに見えた。
「そっか。ありがとう。じゃあ俺はこれで失礼するよ」
多くのゴブリンが俺の周りを取り囲んでいた。
警戒し敵意を持ったものばかりだった。
おそらく長年人間とゴブリンは敵対してきたのだろう。
話ができる相手かもしれないが、仲良くするのは難しそうだと感じた。
俺はジャンプして木に飛び乗ると、木から木へと飛び移りその場を去った。
一応言っておくが、俺は砂の分身の俺であり、本体は何時も離れた所から姿を消して様子を窺っているからね。

確認作業が終わったので、俺は自宅へと戻った。
戻るとすぐにセバスチャンに話があると言われ聞く事にした。
「どうしたの？」
この時の俺は本体の方ね。
「達也様。この王国の事で少し問題が発生しまして‥‥」
「ああ。一応使用人って事だけど、俺とお前たちは対等って事だし、そんな風に改まって喋らなくていいよ」
「そ、そうだな。では普通に話すが、王国の西にあるウェストランドという町の領主から、妖精王に書簡が届いたんだ」
「へぇ～なんて？」
「此処に町を作ってもいいという許可を出した覚えはない。即刻取り壊せ、と」
確かに、此処はウリエル王国の領内であり、ウェストランド領主の管轄内だな。
勝手に町を造ったのはまずかったか。
「で、森を守る為と我々の事情を伝える手紙を送り返したのだが、妖精王国のせいでウェストランドのギルドや店が客を取られ迷惑していると返事が返ってきた。取り壊さない場合実力行使もあり得ると‥‥」
ふむ。
ウェストランドか。
ウェストランドは大陸の最も西にある小さな町だ。
場所はかなり近くて、ほぼ妖精王国の西である。
この町は観光地として知られている町で、食べ物が安くて美味しいと言われている。
ウェストランドの領主は、南に広がる田んぼや畑、更には牧場も沢山管理しており、ウリエル王国の食料の半分を担っている。
だから美味しいものが安く提供できる。
そんなわけでとにかく訪れる冒険者や旅人が多い町なのだ。
しかし最近妖精王国が誕生し、観光目的で妖精の町を訪れる者が増えた。
相乗効果で訪れる人数自体は大して減ってはいないようだが、落とす金が減っているようなのだ。
その理由は、妖精が作る、魔剣、魔防具、魔法具が、通常の装備品アイテムと同程度の値段で売られている事だ。
妖精王国に来れば、素晴らしいアイテムが安値で手に入るわけで、ウェストランドのそういった店は全く売れなくなった。
ギルドの仕事も、これから町を造って行こうとする妖精ギルドには仕事が多く、ウェストランドのグリーンギルドに人が集まらなくなっていた。
「なるほどな。これはちょっとウェストランドの領主と話をする必要がありそうだ。妖精王と直接話そうと思う。ちょっと王城に行ってくる」
今度から何かあった時にすぐに連絡が取れるよう、魔法通信用耳飾りをセバスチャンに渡してから、俺は王城へと向かった。
と言っても我が屋敷は王城の隣にあるわけだし、王城の庭に瞬間移動もできるんだけどね。
直ぐに妖精王と話をし、俺は明日、ウェストランドの領主と話をする事に決まった。
一応俺は交渉担当として、責任者としては妖精姫を連れて行く事になった。

次の日、俺と妖精姫は、ウェストランドの領主の屋敷へと来ていた。
もちろん俺本体ではなく、大人の姿をした砂の分身の方だけどね。
６歳の子供とまともに話をしてくれるのなんて、人間の事情に疎い妖精たちだけだ。
出発する前に、俺は妖精姫にも魔法通信用耳飾りを渡しておいた。
交渉の途中でも、内緒で会話ができるからね。
応接室で待っていると、領主らしき男が何人かを引き連れてやってきた。
割と強そうな奴らなので、護衛か、或いはこちらに何かしらするつもりの者かもしれない。
俺は妖精姫に魔法通信で『危害を加えられそうになれば反撃してね』と言っておいた。
姫からは『楽しそう』と返事が返ってきた。
まあ妖精姫には俺の魔力をそこそこ分け与えているわけで、並の奴らが百人でかかってきても負ける要素は何一つないくらいに強い。
でも『楽しそう』はないよね。
姫なんだし。
とは言え姫には前もって『強さを隠さなくていい』と言ってあるし、ある程度相手の強さを見抜ける者がいれば、絶対に襲ってはこないだろう。
無言で目の前の椅子に座った領主は、少し険しい顔でこちらを見ていた。
いやいや、俺に礼儀とかこういう時の作法とか、分かる訳がないわけで、勘弁してよね。
もちろん妖精姫も人間の作法なんて分かるわけがない。
仕方ないので俺は口を開けた。
「こんにちは。今日は話を聞いてくれるって事で、ありがとう」
えっと、こんなもんでいいかなぁ。
一応対等な話し合いのはずだし、敬語とかいらないよね。
「なんだ？一般冒険者の代理人の分際で‥‥」
えー‥‥
やっぱ駄目なんだ。
この人一応貴族だし、俺は一応庶民冒険者だし、それは分かるんだけどさ。
でも妖精王の代理人なんだよ。
「とは言っても、今は妖精王の代理なわけで。姫の前でへりくだった対応をするわけにもいかないんで」
「ふん。で、町を取り壊す段取りでもできたのか？」
「いやいや、町は壊さないよ。だから話し合いにきたんだ」
本当に貴族のお偉いさんってのは、どうして決まってこんな感じなんだろうなぁ。
まあこの町は割と王国内では重要な所だから、この領主もそれなりの地位を持っているのだろうけれど‥‥
「今日は町を壊さずにそちらの不満を解消する為の話し合いに来たんだよ。で、とりあえずどの辺りが不満なのか、それを聞かせて欲しい」
「不満？書簡にも書いておいただろう。本来この町の利益になるはずだったものが、全て奪われたわけだ」
「そうは言っても、観光地として訪れる人数は減ってないよね。書簡にあったのは、店の売り上げに影響する所、そしてギルドの事でいいのかな。だったら対応がある」
俺は対応を考えてきていた。
「どんな対応だ？」
「妖精の町で売られている魔剣、魔防具、魔法具は、妖精王国では妖精以外には売らない。その代わり、その値段で全て領主、あなたに買っていただく」
「何故私が買わなければならんのだ？」
「いやいや、妖精のアイテムはすべて破格の値段なわけだ。これを全て独占できれば、あなたはこれらを倍の値段でも売る事ができるんだよ？それ以上の価値のあるものだから、売るのには苦労しないはずだ。つまり何もしなくても商人に取引を任せてしまえば、莫大な利益があなたに転がり込む事になる」
俺が此処まで話すと、領主の顔色が変わった。
そうなのだ。
妖精の作るものはとにかく高品質で安い。
これだけのものを普通買おうと思えば、他の地でなら倍以上の金が必要になる。
つまり仕入れ値の倍の値段で売っても、おそらく欲しい者はこの地を訪れる事になるだろう。
この目玉商品を、ウェストランド領主に独占させてやろうというわけだ。
妖精たちにしてみても、売りたい値段で即時売れるのだから何も問題はない。
「それに要望があるのなら、オーダーメイドにも応じられると思うぞ。つまり妖精王国を認めてさえくれれば、妖精王国が領主の味方になるようなもんだ。戦闘等厄介ごとには拘わらないけどね」
領主は考え込んでいるようだった。
悩む必要はないと思う。
ウェストランドと妖精王国が仲良くして、ウィンウィンの関係を築こうというのだ。
問題はないだろう。
「それではギルドの方はどうする？ギルドからもクレームが入っているのだ」
「ギルドには後で伺って話をしようと思っている。妖精からの仕事を全てこちらのグリーンギルドに任せようと思う。そうすれば冒険者はグリーンギルドに集まるだろう？その代わり、妖精ギルドでは別の仕事を取り扱う。誰も手を付けなかった難関クエストを全て妖精ギルドに回してもらう」
誰も手を付けない難関クエストというのは、どこのギルドでも存在する。
そういった依頼は行われないまま取り下げられる事になるわけだ。
しかしそういった難関クエストも、高い魔力を持った妖精冒険者たちなら可能なものも多いだろう。
妖精冒険者はむしろ喜ぶに違いなかった。
これで問題は全くないはずだ。
しかしまだ、領主は何かしら不満があるように思えた。
正直この手は使いたくなかったが仕方がないか。
俺は『人の心を読む魔法』というのも使える。
相手のレベルにもよるが、この領主なら問題なく読み取れるだろう。
ただ人として、こんな魔法は使いたくはない。
でも妖精王国を、或いはこのウェストランドを守る為にも必要なので、俺は少し覗いてみる事にした。
‥‥なるほど‥‥
妖精狩りをしたかったのか。
表向きは妖精狩りはしてはいけない事になっている。
しかし裏で妖精は捕まえられ、貴族などへと売られていた。
この町には妖精を買う為に、貴族がお忍びでやってくる事も多いのだ。
「そうそう、今まで多くの妖精が人間につかまって売りさばかれたようなんだけど、これから捕まった妖精を取り戻す為、本気で人間界をぶっ壊すと言い出している妖精もいるんだよなぁ。ここで仲良くしておかないと、このウリエル王国自体滅びるかもしれんな」
脅しはあまりやりたくなかったけれど、これは事実だ。
実際に冒険者となって、妖精の仲間たちを取り戻す旅に出た者もいる。
これが王国として行われたら、ウリエル王国領内は焦土と化すだろう。
既に今では、一部の妖精人間は人型ゴーレムを作れるようになっているしね。
戦力は町の妖精だけでなく、全妖精と言っていい。
この脅しが決め手となって、話し合いはまとまった。
一つ、妖精印の魔剣、魔防具、魔道具は、妖精たちが使うものを除いてすべてウェストランド領主に卸す。
二つ、妖精ギルドで扱っていた妖精からの依頼は全て、ウェストランドにあるグリーンギルドで扱う。
グリーンギルドで３日間依頼を受ける者がいなかった依頼は、妖精ギルドで扱わせてもらう。
ちなみにこのグリーンギルドというのは、全地域にあるグリーンギルドである。
こうしてウェストランド領主によって、妖精王国の存在は認められ、人間と妖精が仲良くやってく為の基盤は出来上がった。