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第七話 小さな恋の終わり

学園にもなれ、同好会活動も始めた、ある日曜日。
俺は、山下さんとヨシツネと共に、街へと向かっていた。
先日、山下さんにゲーム同好会の話をしたら、家に古いゲームが沢山あるからいるかと聞かれ、俺は欲しいと即答していた。
そして今それを、山下さんの家に取りに向かっているというわけだ。
管理室のとなりのドア、山下と表札がでていたので、そこに住んでいるのかと思っていたが、必要な時だけ泊まる部屋だということだった。
家は森ノ宮駅の向こう側にあるらしく、話を聞いたところ、義経だった俺の伯父の家だった所と近そうだった。
 達也「今日はせっかくの休みなのに、すみませんね」
俺は、ヨシツネに引っ張られている山下さんにお礼を言った。
 山下「全然オッケーだよ!てか、どうせ暇人、つまらない毎日過ごしてるし、こっちのが楽しいよ」
本当にそのようで、山下さんは終始笑顔が絶えなかった。
駅を越えてからしばらくして、山下さんがそろそろだと言った。
その景色は、前に伯父の元家を見にきた時に見た景色だった。
何か予感があった。
いや、ただドキドキしていただけかもしれない。
とにかく、今あの家に向かっている確信があった。
俺が教育実習をしていた時、数週間生活していた家。
今目の前に見えてきた。
近づく。
そして、少し前を歩いていた山下さんが、まさにその家の前で止まり、俺を振り返った。
 山下「ついたよ」
偶然なのか。
いや、森学に来てからの出会いの多さは、偶然では片づけられない数だ。
だから全てに何か意味があるのかもしれない。
そんな事を考えていた俺は、ただ立ちつくしていた。
 山下「どうしたの?」
山下さんが不思議そうに俺の顔を見上げた。
俺は我を取り戻し、笑顔をつくった。
 達也「いえ、なんだか趣のある良い家だなぁと思って」
 山下「そう?なんだか嬉しいな。この家は私の大切な家だから」
ヨシツネが庭に入って駆け回っていた。
ふと振り返って、俺を見ていた。
なんだかお帰りって言っている感じがした。
それを見て、俺は完全にリラックスした。
 山下「ささ、入って」
 達也「おじゃまします」
山下さんが玄関の鍵を開けて、俺を招き入れてくれた。
あの時と何も変わらない、靴箱も同じ、ついている電灯も同じ、臭いも風も同じだった。
俺は2階の奥の部屋に案内された。
物置として使われているらしいその部屋は、昔伯父さん夫婦が使っていた部屋だった。
中には段ボールが沢山あって、山下さんが片っ端から明けて、ゲームを探してくれていた。
俺も許可を得て、段ボールを明けた。
1時間くらい探していただろうか、古いテレビゲームや、ボードゲーム、カードゲームなどが見つかった。
俺は許可を得て、それらを持ってきた鞄に入れていった。
 山下「ちょっと休憩しよっか」
 達也「そうですね」
そう言った山下さんに、別の部屋に案内された。
そこはかつて俺が使っていた部屋で、今は山下さんが使っているらしい部屋だった。
部屋の真ん中には、コタツ布団がかけられていないコタツがあった。
 山下「お茶入れるから、適当に座って待ってて」
 達也「ありがとうございます」
山下さんが部屋から出ていくのを確認して、俺はコタツに向かって座った。
そして部屋の中を見回す。
もう記憶にはほとんどなかった部屋だが、見ていると色々思い出してきた。
俺は感慨無量モードを満喫していた。
ふと、デスクの上にある写真立てが目に入った。
俺はなんとなく立ち上がって、写真立てに近づいた。
写真立てには1枚の写真が、クリア板とネジによって固定されていた。
俺はそれを見て、今日二度目のフリーズをした。
とにかく驚いた。
そこに写っているのは、かつての俺を中心に、女生徒が4人写っていた。
もちろんそのうち1人は山下さんだった。
庭のベンチの前で撮った写真だった。
俺は真ん中で照れた笑顔をして、かろうじてカメラ目線。
そして写真の中の山下さんが、その俺を見ていた。
人生40年以上生きてきた今の俺だからわかるのだろう。
その視線には、いっぱいの好意が見えた。
俺はその写真立てを手にとって見ていた。
涙が溢れそうだった。
 山下「おまたせー」
山下さんが、お盆にお茶とお菓子を乗せてきた。
俺は写真立てを元に戻して、何事もなかったように腰を下ろそうとしたが、涙を止める事が出来ず、一筋流れた。
 達也「あっ・・・」
それを見た山下さんが、
 山下「どうしたの?」
と、心配そうにたずねてきたが、俺はただ
 達也「目にゴミが入ったんで、洗面所かります」
といって、慌てて部屋をでた。
山下さんが場所がどうとか言っていたが、聞かずに洗面所に駆け込んだ。
水を流し顔を洗った。
誰かが、人間歳をとると涙もろくなると言っていたが、俺はかなりもろくなっているなと思った。
落ち着いてから部屋に戻ると、山下さんは複雑な顔をしていた。
 達也「すみません。もう大丈夫です」
俺は心配させないように、改心の笑顔を作って部屋に入った。
しかし山下さんの顔は、複雑な表情のままだった。
 山下「あっ、大丈夫?」
 達也「ええ、すみません。突然」
俺はそう言いながら、何事も無かったようにコタツに向かって座った。
 達也「いやぁなかなかしつこいゴミでしたよ」
俺は未だ沈んでいるような山下さんのテンションを上げるべく、とにかく多弁に笑顔をふりまいた。
 達也「もしかしたらカブトムシでも入ったのかなぁ?もしくは目に入れても痛くない孫?それだと痛くないよね・・・」
何を言っても、山下さんの表情は変わらなかった。
俺も黙って座った。
少し沈黙の時間が流れた。
その沈黙の中、山下さんが突然話しだした。
 山下「さっき星崎君の見てた写真、私が森学に通ってた頃の写真なの」
俺はただ黙って聞いた。
 山下「撮った場所はこの家の庭だけど、その頃はこの家は私の家じゃなかった。その写真の真ん中に写ってる、神村先生の家だった」
神村と聞いて、俺はドキッとしたが、そのまま話を聞き続けた。
 山下「正確には先生の伯父さんの家だったんだけど、前にこの家が売り出されているのを知って、私が買ったんだ」
そうだったのかと俺は思った。
 山下「神村先生との思い出の家だから、凄くほしくて、無理して買ったんだ。だって、神村先生は私の初恋の人だったから」
なんとなく、そう思っていた。
そして思い出した。
あの時貰った名刺には、確かに[愛する神村先生へ]と書かれていたんだ。
でもそれは、普通に先生に対しての尊敬や、兄的な意味からくるものだと思いこんだんだ。
無知だった俺。
結局連絡する事も無く。
山下さんはあの時、どんな気持ちで俺からの連絡を待っていたのだろう。
俺は胸が痛んだ。
 山下「ところで星崎君さ・・・」
突然話は変わっていた。
 山下「洗面所の場所、よくわかったね。ココに来るの初めてじゃないよね?」
その言葉に、俺はしまったと思った。
 山下「この家の洗面所は、初めてこの家に来る人は、よっぽど探さないとみつけられないんだよ」
そうなのだ。
俺が駆け込んだ、2階にある洗面所。
一番奥にある、さっきゲームを探していた部屋の更に奥に、実は洗面所が存在した。
ベランダのような所に出るドアが有り、その脇にある壁のような横開きの扉。
知らない人はまず見つけられないだろう。
その洗面所に、俺は迷わず駆け込んでしまったのだ。
だから、山下さんはきっと、俺が神村義経か、又は伯父さんとつながりのある人だと思ったのだろう。
そしてあの写真の話をした。
俺は黙って話を聞いてしまった。
しらないとか、偶然だとか、そんな事を言ってもおそらく100%信じてもらえないだろう。
適当にごまかせば、おそらくはそれ以上追求はしてこないとは思う。
でも俺はなんとなく、昔の俺に引け目を感じて、山下さんに全てを話してみようと思った。
 達也「山下さん。いや、えっちゃん。信じられないかもしれないけど、聞いてくれるかな?」
俺は笑顔だけど真面目な顔で山下さんを見つめた。
山下さんは、えっちゃんと呼ばれた事で、おそらく何かを確信したのだろう。
真面目な強い意志が見える目で、俺に頷いた。
 達也「どこから話そうか。ああ、その前に、この話は他言無用でお願いします。後はとにかく信じて欲しい」
山下さんは黙って頷いた。
 達也「今から20年ほど前、神村義経は、教育実習の先生として森学に来ました。通うには遠かったので、伯父の家であったこの家に来まいた。寝起きしていたのは、今俺達のいるこの部屋。数週間と短い期間ではありましたが、山下悦子という生徒と仲良くなりました。」
山下さんは驚いた表情を見せたが、何も言わず黙って聞いていた。
 達也「教育実習は終わり、神村義経先生は去りました。その時、山下悦子という女生徒は、1枚の名刺をその先生に渡しました。受け取った先生は、それを・・・」
少し涙が出そうになったが、俺は我慢した。
 達也「それを、ひとつの思い出として、引き出しにしまいました。今でもおそらくは引き出しの中・・・」
 山下「はぁ~」
山下さんはひとつため息をついていた。
なんとなく、笑顔になったような気がした。
 達也「その後、神村義経は教師となり、20年近く教鞭をとり続けました。しかし昨年の夏、40歳の誕生日の日・・・」
俺はこの後の事を言うかどうか悩んでいた。
言わなくても知っているかもしれない。
もうわかっているかもしれない。
少し躊躇した後、俺は話しを続けようとした。
その時、山下さんがぽつりと言った。
 山下「亡くなられたのですね?」
俺は黙って頷いた。
 山下「そっか・・・」
山下さんは少し泣いていたが、少し笑顔でもあった。
 山下「どうして星崎君がそんな事知ってるのかなぁ。記憶喪失は治ってないんだよね?ふーん」
俺を見る山下さんは、とてもカワイイと思った。
 山下「ひとつ聞いていい?」
山下さんはコタツに体を乗り出して、俺に顔を近づけてきた。
俺は、「うん」とこたえた。
 山下「先生は私の事、どう思ってたと思う?先生は私が先生を好きな事に気がついていたと思う?」
俺は正直にこたえた。
 達也「好きだったけど、それはあくまで生徒としてかな。好きでいてくれた事には、おそらく気がついていた。でも、男女の関係にはなれないから、気がつかないふりをしていたんだと思う。何故なら、その頃のお・・・先生はあまりに子供だったから」
 山下「そっか。なんだかすっきりしたよ」
山下さんの笑顔を見て、おそらく全てを分かって、信じてくれて、俺がガキだった罪を許してくれたような気がした。
 達也「もし今、神村義経が生きていて、山下さんと出会っていたら、きっと好きになっていたと思うよ」
なんとなく言ってしまった。
でも確信のある気持ちだった。
 山下「星崎君じゃダメなんだ?ふふ。冗談だよ。私もうすぐ結婚するし」
 達也「えっ?ああ、おめでとう」
ひとつの小さな初恋が、今ようやく終わった日曜日だった。
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