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「霧の中へ～霧の中へ～行ってみたいと思いませんか～うふっふ～♪って、行きたくねぇよ！」
全く誰だよこんな曲作ったの。
いや、ちょっと歌詞が違うかもしれないが、とにかく俺は霧の森になんて入りたくないのだ。
だけど今日、朝から北の森の監視に出かけていた山中さんが、予定の時間を過ぎても帰ってきていなかった。
他に北の森に入っていた冒険者パーティーの人たちが、山中さんが霧の中に入っていくのを見たと云うのだ。
そこで俺は山中さんを探す為、嬢ちゃんと勇者を連れて北へ向かっていた。
「勇者。山中さんを見つける方法ってのはあるのか？」
「とくには無いな。ただ元身内が迷惑をかけるのは許せないから、俺の手で見つけてやろうと思ったまでだ」
「さいですか」
俺と嬢ちゃんで出ようとしたら、勇者がどうしてもというので姐さんが許可をだした。
最近の姐さん、勇者にはますます甘いんだよね。
ありゃ完全に勇者に惚れてるよ。
そんな事は今はどうでもいいことだけど、行きたいっていうから何かあるのかと思いきや、そんな理由か。
「夜の霧の森は‥‥かなり‥‥危ない‥‥」
「だよな。迷うだけなら一日くらいどうって事ないけど、各種状態異常てんこ盛りな上、奥に行けば半端ない夜行性の魔獣や魔物がわんさか湧いてくる」
北の森は、入ってすぐの所は状態異常さえ気を付けていれば、割と攻略はたやすい。
もちろん、高レベルの冒険者である事が前提だけどね。
でもそこからが問題だ。
西に行けば猫魔獣と熊魔獣がいる。
ドラゴンに並ぶ強さの魔獣が沢山出てくると考えればかなりヤバい。
尤も猫魔獣と人間は今や仲良しだし、熊魔獣も滅多に襲ってはこないから、ある意味この森の深い所では一番安全な所と言えるだろう。
東に行けばゾンビが大量で、ターンアンデットを誰も使えないパーティーではＳＡＮ値がピンチになる。
此処でもこの森の中では、ある意味マシなエリアだ。
現在最もヤバいのが北側の霧のエリア。
まだ浅めの所なら、出てこられなくなるのと多少強化された状態異常があるだけで、そんなに過剰に恐れる必要はない。
嬢ちゃんに云わせれば『庭みたいなもの』だ。
しかし夜であったり、更に奥となると話は変わってくる。
此処は未知の領域で、俺や嬢ちゃんでも普段はあまり入らない場所なのだ。
「このまま霧の中に入る。探査魔法とマッピング魔法はできるな？勇者？」
「勇者だからな。魔法は一通り使えるのがチャームポイントだ」
チャームポイントなのね。
とは言えそれはドラゴンクラスくらいまでの魔法だろう。
勇者の魔法って何気に使えない事も多いんだよね。
やっぱり攻撃魔法は魔法使いにはかなわない。
ゲームの話だけどね。
嬢ちゃんの庭エリアをくまなく探すが、当然こんな所で見つかる訳がない。
帰ってこないという事は、おそらく更に奥に進んだに違いないのだ。
何故そんな奥に進んだのかは謎だが、俺達は更に森の奥深くへと向かった。
奥に進むにつれ、霧は少しずつ薄くなってきた。
この霧の薄いエリアがヤバいのだ。
此処までくると、先には人が入った事もない神の山と呼ばれるエリアがある。
そこに入る事は、この大陸の全ての国が禁止していて、誰であろうと入る事は許されない。
誤って入ったら間違いなく死ぬとも云われている。
そんなエリアにわざわざ入りに行こうとするヤツもいるが、ほぼ百パーセントこの霧の薄くなるエリアでご臨終となるのだ。
そんな冒険者を、俺と嬢ちゃんは極偶に回収に来る事になるが、それ以外でここに来る事はなかった。
それに今回は暗くなってからだから、俺はかなり緊張感を高めていた。
何が出てきても嬢ちゃんの敵ではないと思うけどね‥‥
さていよいよ魔獣や魔物が大量に現れ、甘いモノに集まるアリのように俺たちに襲い掛かってくる。
嬢ちゃんの魔法なら一瞬で倒してしまえそうだが、どうせ後から後から湧いてくるので、無駄に魔力を消費する事はしない。
どんな敵が現れようとも対処できるように、魔力は極力温存しておくにかぎるのだ。
「南ちゃん‥‥強くなった‥‥」
「ますます俺は差をつけられたな。冒険者を辞めたとは言え、やはり悔しいな」
「一応冒険者ギルドの雑用係兼ボディーガードだしね。日々の鍛錬のおかげだよ」
体術は、少しずつではあるけれど良い感じになってきている。
ざっと見ただけで五百体くらいの魔獣や魔物がいるけれど、この数を相手にしても全く攻撃を受ける危険は感じなかった。
勇者はかなり苦戦していた。
実戦は今までずっとフルプレート装備だったのだ。
しかし今はギルドスタッフと分かるように執事服のような恰好をしている。
動きやすいだろうが、ダメージを受けやすい状態で戦うのは慣れていないはずだった。
「無理するな勇者。俺と嬢ちゃんの間に入って敵の数を絞って戦え！」
「すまん。足をひっぱってしまった」
「気にするな」
此処では勇者ですら死ぬ可能性が高い。
俺と嬢ちゃん以外は本来此処には来ない方が良いと改めて思った。
「なんとか全部倒したな」
「魔石‥‥魔石‥‥回収‥‥回収‥‥南ちゃん‥‥木塵拳‥‥使ったの？」
嬢ちゃんが素早く魔石を回収する中、いくらかの魔獣が別の動物へと姿を変えていた。
これは木塵拳によって仮死状態にしていた証拠でもある。
「そいつはミノタウロスだからきっと食えるだろ」
仮死状態のミノタウロスから魔石を取り除くと、ちょっと｜厳《イカ》つそうな牛に変化した。
「美味しそう‥‥」
こんなヤバい場所で、仲間を探索中でもブレない嬢ちゃんは、何処かホッとするものがあった。
さてしかし、こんな魔獣が出る場所にもしも山中さんが来ていたとしたら、多分もう命はないだろう。
この辺りの探査に引っかからないとなれば、西か東、どちらかに向かった可能性がある。
一応西や東の森の奥にも、霧のかかるエリアはある。
後はそこを探すしかないと思った。
しかしその時、急に俺の探査魔法に一人の生命反応が増えた。
「蝶々の反応があったぞ！」
「こっちにも‥‥急に‥‥誰かが‥‥ひっかかった」
「俺もだ」
凄く不自然なのだが、何もない所に急に人が現れたという表現しかできない出現の仕方だった。
山中さんはゆっくりと向こうからこちらに歩いてきた。
霧の中でもハッキリと山中さんであると確認でした。
「蝶々！大丈夫か！？」
勇者が駆け寄って行った。
嬢ちゃんも一緒に後ろをついていく。
これで一安心かと思ったのだが、俺は何か違和感を覚えていた。
そうだ、普段の山中さんの魔力とは違って、大きく、そして禍々しさが増していた。
嬢ちゃんほどではないけれど、少し似た感じだ。
「待て勇者！何かおかしい！」
俺は咄嗟に声を上げた。
その声に反応するように、山中さんは勇者に対して攻撃を仕掛けた。
幸い山中さんは魔術師で、肉体による攻撃は上手くはなかった。
勇者はサッとそれをかわして一歩引いた。
「どういう事だ？」
勇者の質問に、山中さんは答えなかった。
その答えをいったのは嬢ちゃんだった。
「洗脳‥‥されている‥‥」
「つまり洗脳したヤツがこの辺りにいるかもしれないな」
俺は周りも警戒した。
警戒しつつ、俺は解除魔法を試みた。
しかし洗脳の魔法は強く、俺の魔法での解除はできなかった。
「魔法の力量が俺よりも上だな」
「じゃあ‥‥私が‥‥上書き‥‥してみる‥‥」
嬢ちゃんが洗脳魔法を上書きするべく魔法を放った。
しかしコントローラーは嬢ちゃんに移動しなかった。
「おいおい、嬢ちゃんよりも強い魔力で洗脳されてるっていうのか？」
「悔しい‥‥魔力で‥‥負けるなんて‥‥」
「逃げた方がよくないか？そんな敵、俺たちじゃ勝ち目ないだろ？」
まあ確かにそうなんだが、洗脳を解くのは何も魔法だけではない。
逃げるにしても、せめて山中さんは助けてあげたかった。
俺は嬢ちゃんとアイコンタクトをかわした。
頷き合って、お互いの意思を確認した。
するとその瞬間、山中さんが語りだした。
「なんだ？勇者もいるのか。おかしいのぉ」
山中さんの声だが、喋りは別人のようだった。
「蝶々！どういう事だ？」
「別になんでもないわ。今日は興が削がれたでな。この娘は返してやるぞい」
山中さんはそういうと、急に意識を失ってその場に倒れそうになった。
直ぐに俺と嬢ちゃんが傍まで行き、倒れないように支えた。
既に禍々しい魔力は感じなくなっていた。
「どういう事だろう」
「わからない‥‥でも‥‥さっきの気配‥‥なんとなく‥‥知ってる‥‥気がする‥‥」
もしかしたら、さっき山中さんを洗脳していたコントローラーを、嬢ちゃんは知っているのかもしれない。
でもとりあえず今は‥‥
「一刻も早くこの場を去ろう。ここは危険だ」
俺はそう言いながら勇者に山中さんを背負わせた。
「何故俺が？」
「いや、なんとなく？」
俺がそういうと、勇者は渋々山中さんを背負ったまま、帰る俺と嬢ちゃんの後をついてきた。
やっぱ入っちゃ駄目な所には、入っちゃ駄目だ。
さっきのが一体なんだったのか、もしかしたら強力な幻覚や何かにやられていただけかもしれない。
それはこの森の植物のせいかもしれない。
考えすぎても仕方がないので、俺は今日の事は忘れる事にした。
嬢ちゃんよりも強いのがいるとか、そんなの考えたくないしね。