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猫魔獣と共に暮らす町

俺はセカラシカの町に戻ってきていた。
帰りは何もする事がないので、ミケの全力ペースで走って帰ったら、夕方までには帰ってこられた。
俺は早速姐さんにある提案をした。
「このギルドでも魔法スクロールを売りませんか?俺、試したら書けるみたいなんで」
「えっ?」
姐さんは少し驚いていたが、直ぐに正気を取り戻した。
「そうなの。それは構わないけど、どんな魔法のスクロールならできるの?」
「すべての属性のクラス壱からマスタークラスまでなら大丈夫です。アイス系はドラゴンクラスも行けますね。あと回復系も大丈夫です」
再び姐さんは驚きのフリーズ表現をして見せた。
いやいや、そんな驚く事ですか。
まあスクロールは高いし、それを簡単に作れてしまうのは驚きかもしれないけどね。
でも驚きは金の問題ではなかった。
聞くところによると、スクロールを作れる魔法使いはとにかく少なくて、クラス六以上ともなるとこの大陸に十人もおらず、マスタークラス以上のスクロールを書けるのは三人しかいないという話だった。
そのうち一人はムスクレルの町にいて、俺がマスタークラスのスクロールを手に入れられたのは、偶々運が良かったという事だった。
「それだけ揃えられるなら、大陸一のスクロールが揃った店になるわね」
「そうなんですね‥‥」
なんか話を聞いて、俺はとんでもない事をしようとしている気がしてきた。
「仕入れ値とか売値はどうするの?」
「王都よりも少し安めで、取り分は半々でどうでしょう?」
別にそれほど金が欲しい訳ではないが、もしも売れたら仕事が辛くなる。
後の交渉材料に一応確保しておきたかった。
「売値の半分は妥当な所ね。仕入れ値は最初に固定した値段で決めておきましょう。あとはギルド判断で値段を決めて良いって事でどうかしら?」
つまり、高く売れるのならギルドの取り分は増えるし、相手によって安くする場合もあるという事だろう。
俺の取り分はどちらでも変わらないので、全く問題はなかった。
「作るのは仕事の合間時間でもいいですか。流石に朝から晩まで働いて、それ以外の時間には作れないので」
「問題ないわ」
姐さんは少しテンションが上がっていた。
ギルド経営はギリギリだったから、これが上手く行けばかなり余裕もできるだろう。
少し貢献できると思ったら、俺もテンションが上がってきていた。
とりあえず昨日書いた全てのスクロールをギルドに収め、スクロールは明日から売る事になった。

次の日、スクロールの売れ行きは微妙だった。
全然周知されていない事もあるが、そもそもスクロールは消費アイテムだ。
ほとんどの人は自前の魔法で十分なのである。
攻撃魔法が心許ない人は、冒険に攻撃系魔法のスクロールを持っていったりもするから少しは売れるが、売れると予想していた回復系魔法はほぼ売れなかった。
習得する為に買うなら良いが、一々魔力を消費するスクロールよりも、普通ならポーションを使った方がいい。
なのにポーションよりも値段は高いわけで、ポーションが飲めないような人を助ける為の保険程度にしか持つ人はいない。
まあそれでも店にスクロールが置いてあるという事は重要だろう。
これから少しずつ売れるようになるかもしれないし、特に悲観するほどではないと思った。
それにこれから研究して、もっといい魔法スクロールができれば売れるかもしれない。
むしろやる気がでるというものだ。
この日から俺は、空き時間にスクロール制作と研究が日課となった。

この日の午後、俺は休憩時間に嬢ちゃんを連れて、北の森まで来ていた。
木刀神剣を教える為である。
この技は、ミケももちろんだが、嬢ちゃんにふさわしい技ではないかと思ったからだ。
「面白い技があるから、まず見てくれ」
俺は嬢ちゃんにそう言うと、木刀神剣で魔獣を次々と行動不能にしていった。
「どうだ?凄いだろう?」
「わー!凄い‥‥凄い‥‥」
ちょっと感情がこもっているようには見えない拍手だったが、嬢ちゃんは一応驚いてくれているようだった。
「木刀神剣っていうんだ。神経の急所を木刀で突く事で、行動不能にしたり仮死状態にする事もできる。嬢ちゃんならこういう技、使えるようになりたいかなって思って」
すると嬢ちゃんは、ウンウンと頷いた。
「じゃあ突く場所を教えるから、やってみて」
俺は嬢ちゃんに木刀を渡し、丁寧に急所の場所を教えた。
しかしいざ嬢ちゃんがやってみると、上手くは行かなかった。
それは何度教えて何度やり直しても同じだった。
「あっれぇ?おかしいな。なんで無理なんだろう」
どう見ても嬢ちゃんにできないのは納得できない。
魔力も、身体能力も、俺よりもほとんどが上回っているのだ。
魔力操作もこの場合関係ないし、原因が分からなかった。
もしかしたら、転生者しか使えない技なのかもしれない。
神剣だし、神に会った事がある人のみ使えると言われたら、納得もできそうだ。
ちょっと残念ではあったが、嬢ちゃんが『これは多分‥‥私には‥‥無理だと‥‥思う』と言って早々に諦めたので、俺たちはギルドへと戻った。

夕方、俺はギルドの受付をしていた。
それで少し気になった事があった。
おそらく猫魔獣が変化しているのであろうが、猫獣人を何人か見かけたのだ。
これはどういう事だろうか。
「なあ朝里ちゃん。今日、猫獣人っていうか、猫魔獣を連れている冒険者が多くないか?」
「最近増えているんですよ。猫魔獣と仲良くなって、友達になったり雇ったりしているみたいです」
「マジか‥‥」
人間と猫魔獣が仲良くするのは俺は嬉しい。
でもあまり近くなり過ぎると、今度はトラブルも増えてくる可能性がある。
俺はそれが心配だった。
そんな懸念を俺がした途端、町の外から声が聞こえてきた。
「猫魔獣が暴れてるぞ!」
くそ!
やっぱりフラグを立てちまったか。
俺は姐さんに声をかけてから、嬢ちゃんと一緒に外へ出た。
すると肉屋のオヤジが猫魔獣にいたぶられていた。
「こんなに肉あるなら、貰ってもいいじゃないか!」
「いや、ですから、これは売り物でして、欲しいならお金を持ってきてください」
「知らねぇよそんなの!人間は優しいって聞いてたけど、それは嘘なのか!」
「人間の町にはルールがあるんですよ。それは守ってください」
「聞いてないもん俺!この肉は貰って行くからな!」
やり取りを見ていて状況は分かった。
確かにこういうトラブルは想定できただろう。
これは早急に対処するべき課題だと感じた。
今回の件に関しては、この後肉を持って行った猫魔獣とはミケに話を付けてもらって、お金は俺が払ってなんとか収まった。
しかし今の流れが続けば、おそらくこの町は人間と猫魔獣が共生する町となるだろう。
トラブルは確実に増える。
最悪の事態も考えられる。
その為のルール作りは一刻も早くやらなければならないと思った。
早速この事を姐さんに話し、俺は後日領主と会う機会を作ってもらった。

領主は快く俺に会ってくれた。
「わしの名前は松永卑弥呼。卑弥呼と呼んでくれて構わんぞ」
「卑弥呼さん、今日はお会いできてうれしく思います」
正直どういう風に接していいか分からない。
知らない人、それも偉い人と会うのはきついっす。
「普通に話せ!わしは自由を愛する領主じゃ。友人じゃと思ってくれていいぞ」
「では普通に話します」
「敬語も不要だと言っておる。南とやらは友達に敬語で話すのかの?」
「いや、じゃあ遠慮なく‥‥」
歳は確実に俺よりも上だろう。
かなり色気も漂う女性だ。
だからため口で喋れと言われても、ちょっと気が引ける。
でも本人が良いと言っているのだから、俺は普通に話す事にした。
「猫魔獣が最近町で騒ぎを起こしているのを知ってるな?」
こんなもんでいいのかな。
ちょっとドキドキする。
「知ってるぞ。確か猫魔獣を受け入れるよう言ってきたのはお主だったと記憶しているが?」
こんなもんで大丈夫そうだな。
「ああ。それで少し責任も感じてな。ちょっとルール作りも必要じゃないかと思ってさ」
「それで相談に来たんじゃな?でもわしは自由が好きじゃ。ルールなんてこれ以上面倒なのじゃ」
「えっ?」
まさかの展開だな。
普通上の人間ってのはルールで縛りたがるものだと思っていた。
だからこういう話なら乗ってくると思っていたのだが、結果は真逆じゃねぇか。
さてどうするか。
こうなると俺が勝手に何かするしかない。
或いは猫魔獣たちが自らなんとかするべきなんだろう。
「分かった。じゃあこの件は俺に任せてもらっていいか?ルールを作らないなら自主的にやってもらうしかないだろう」
「おう任せた任せた。ただし今あるルールは人間も猫魔獣も同じに適応するからの」
「ああ、当然だな」
例えば猫魔獣が罪なき人を殺しでもしたら、それは死を持って償ってもらうかもしれない、そういう事だろう。
そして逆も然り。
「では早速俺はやりたい事がある。今日はこの辺で失礼する」
「おう、また遊びに来いよ。アポなし突撃も大歓迎じゃ」
この領主、マジで自由だな。
俺は好きになれそうだと思った。

俺は早速ミケを連れて、北の森に住む猫魔獣に会いに行った。
「というわけで、町で少し上手く行っていない猫魔獣もいるんだよ。このままだと人間と猫魔獣がいがみ合う事になりかねない。だから少し協力してほしいんだ」
俺は集まる猫魔獣たちに、俺の考えを伝えた。
内容は簡単だ。
猫魔獣自ら学び、伝え、そして猫魔獣自ら悪さをする猫魔獣を取り締まってほしいという事だった。
この森から離れ、セカラシカの町で暮らす場合、まずは人間界を学んでもらう。
学ぶ場所は、町に住む猫魔獣たちみんなで運営してもらう事になる。
卒業すれば後は自由だ。
それ以外に、治安維持に協力する猫魔獣を二十人ほど出してもらう。
人間の治安維持部隊と共に行動する、猫魔獣警察を組織する。
これで人間よりも力の強い猫魔獣に対応してもらうのだ。
人間は人間を、猫魔獣は猫魔獣の対応をする。
ただし、猫魔獣に人間からの要請があれば、人間の対応もしていいし、逆も然り。
こうやって分けるのには、不当な警察権限を行使しないようにする為だ。
猫魔獣たちにはある程度理解が得られたので、俺はこの話を再び領主へと持ち帰った。
卑弥呼は『とりあえずやってみるといいぞ』と許可をくれた。
本当に良い領主だ。
こうして俺の構想は、このセカラシカの町へ取り入れられる事になり、町は『猫魔獣と共に暮らす町』という事で、徐々に大陸へ知られるようになっていくのだった。
ちなみにこの町の治安も、ドンドンいい方向へと変わって行った。
防衛力という面でも、戦力倍増所ではないからね。
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