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二人の同僚

今日から俺は、この‥‥なんてったっけ?
大和王国領北部にある、セカラシカとか言う町の冒険者ギルドで、雑用係として働く事になっていた。
しかし普通なら、この世界では十五歳から働く事になっており、十八歳の俺がこれから働くというのはつじつまがあわなかった。
そこでつじつまを合わせる為に、少しややこしい事になっていた。
その辺りの記憶は、転生してこっちの世界に来た途端、俺の脳に勝手に追記されている。
それによると、俺は先日まで飲み屋で従業員として働いていた事になっている。
だが店主がぽっくりと亡くなってしまい、俺が後を継ぐ事になった。
それで、この世界は終身雇用制なわけだけど、こういった事故によって被雇用者から雇用者側になってしまった場合、或いは被雇用者で無くなった場合は、職を自由に選べるようなのだ。
つまり、今日から働く冒険者ギルドの従業員が、俺以外全員死ねば、俺は晴れて冒険者になる事も可能なのである。
冒険者ギルトと言えば、荒くれ者どもが数多く訪れる場所だから、何かの拍子でそんな事が起こらないとも限らない。
一生雑用係なんてまっぴらごめんなわけで、俺はそんな事が起こる事を期待していた。
当然、何かあっても助けたりはしないのだ。
さあ荒くれ冒険者どもよ。
冒険者ギルドの従業員を全員死なせてやってくれ。
「まあ、そんな物騒な事は考えてないけどね~」
俺は、ニヤリと笑う自分の顔を鏡に映し、それを少しの間見つめていた。
おっと、自分の顔に見とれている場合ではなかった。
仕度をして出勤しなければならない。
俺の家は、引き継いだ飲み屋を売っぱらってできた金で買ったという事になっている。
だから割と大きめの良い家だ。
場所も良くて、冒険者ギルドの丁度裏にあり、歩いて一分の距離なのだ。
通勤時間が必要ないのはありがたかった。
しかし前世では、会社の近くの家というのは嫌われていた。
何故なら、同僚のたまり場となって落ち着けない場所となってしまうからだ。
この世界でもそうなるのかどうかは分からないが、まあそうなったら引っ越す事にすればいい。
とりあえず生活の問題点は、しばらく様子を見てから考える事にしよう。

さて家を出て一分。
直ぐに俺は冒険者ギルドに到着した。
従業員用入り口が別にある事は、俺の記憶に追記されている。
俺はドアを開けてそこから入った。
少し暗くなっている通路を真っすぐ進んでいくと、冒険者ギルドの受付奥の部屋に到着した。
まだ誰も来ていない。
というか、冒険者ギルドは午前は十時からの営業となっているので、九時前ともなれば誰もいなくて当然だ。
同時に併設されている飲み屋も開店するが、午前は朝食やら昼食を取る人がほとんどで店は暇だから、開店作業はギルドよりも遅い。
記憶の中では既にギルドマスターとも何度か会っていて、色々と話はしている。
メガネの似合う、少し気の強そうな美人のお姉さんといった感じの人だ。
名前は教えてくれなくて、とにかく姐さんと呼ぶようにといわれていた。
しかし来たはいいが、今日が初日なので何をしていいかも分からない。
なんとなくアニメなんかの知識で分からなくもないが、とりあえず俺は待つ事にした。
するとすぐに、奥の部屋から姐さんが出てきた。
「あらおはよう!今日からだったわよね」
「はい。おはようございます。上杉南です。よろしくお願いします」
一応ギルマスだし、俺は下っ端だから、出来る限り礼儀正しく挨拶をした。
「そんな堅苦しくしなくていいわよ。じゃあ他の子たちも紹介するからこっちにいらっしゃい」
「はい」
そうは言われても正直どういう風に接していいか分からない。
いきなり友達のように接するわけにもいかないだろうし、もう少し具体的に言ってもらいたいものだ。
俺は後をついて行き、姐さんが入っていった部屋へと入ろうとした。
そこで俺は、何かプレッシャーのようなものを感じた。
なんだこの圧力は?
ヤバい‥‥
ヤバい気がする。
殺される?
いきなり殺されるのか?
とにかく部屋に入ってはいけないという警笛が、俺の頭の中で鳴り響いた。
「何してるの?さっさと入ってきなさい」
いやそう言われましても姐さん。
そのメガネでしっかりと部屋の中を見てみてください。
何かあるでしょ。
この部屋の中にはいます。
悪魔がいるんですよ!
部屋に入るのをためらう俺の手を取り、姐さんは俺を引き入れようとした。
これに抗う事はできる。
俺の方がこの姐さんよりも力は上だ。
しかしどうした所で部屋に入らない訳にはいかないのだろう。
俺は覚悟して部屋へと入った。
そこには、少女と言っても問題なさそうな、小さな女の子が二人立っていた。
一人は普通に可愛らしい女の子で、いかにもギルドの受付役をしていますって感じの子だった。
そしてもう一人は‥‥
ヤバい。
ヤバすぎる。
見た目は小さな少女で、眠そうな顔がチャームポイントといった感じの子なのだが、湧き出る魔力が半端なかった。
レベル九十九の俺から見ても、一桁、或いは二桁以上強いと思われる。
レベル百が最高かと思っていたけど、どうやらそれはあくまで俺の転生にとっての最高値だったようだ。
とにかく人間とは思えない禍々しい魔力がその子からは伝わってきた。
もう帰りたい。
こんな職場辞めたい。
辞めて冒険者になりたい。
その為にはこの職場の全員を亡き者にしなければならない。
いやそれ無理だろ。
こんなにヤバいヤツがおそらく同僚なのだ。
俺は既に泣きそうだった。
「はい、まず新人君、自己紹介して!」
この状況で自己紹介を強要する姐さんが悪魔に見えた。
「あ、えーと‥‥上杉南です。十八歳っす。よろしくっす!」
これだけ言うのが精一杯だった。
すると普通の受付嬢っぽい子が、天使の笑顔で挨拶を返してくれた。
「初めまして。わたくしは|時東朝里《トキトウアサリ》と申します。十七歳です。朝里ちゃんって呼んでくださいね」
天使だ。
天使だと思った。
とにかく笑顔が可愛くて、正直惚れました。
「はい。朝里さん」
俺はすっかり悪魔の女の子の事は忘れて、朝里さんに見とれてしまった。
しかしすぐに、我に返った。
朝里さんの目が怖かったのだ。
むしろ悪魔はこっちだったのかと思うような冷たい目をしていた。
「朝里さんではありません。朝里ちゃんです。私の方が年下ですし、そんなおばさんを呼ぶような呼び方をしないでください」
そんな事を言う朝里ちゃんを見る姐さんの視線も怖いんですが‥‥
それ、姐さんをおばさんと言っているようなもんですよ!
それにしても此処には悪魔しかいないのか?
つか確かに言われてみれば朝里ちゃんは年下には見えるけど、先輩なんだよね。
でも俺は朝里ちゃんが色々な意味で怖かったので、云われたように呼ぶ事にした。
「朝里ちゃん、よろしく‥‥ね?」
俺は様子を窺いながら慎重に言った。
助かった。
朝里ちゃんはどうやら満足しているようだった。
さて次はこっちの‥‥
見るとやっぱりヤバかった。
この子が少し本気になれば‥‥
この町が消滅するシーンが思い浮かんだ。
「あ、あの‥‥私‥‥伊吹‥‥嬢です‥‥もうすぐ十八歳‥‥です。嬢ちゃんって‥‥呼んで‥‥くだ‥‥さい」
‥‥あの~‥‥
全然イメージと違うんですが。
凄く内気な女の子が、一生懸命挨拶した、そんな感じだった。
でも禍々しくもある魔力は、常に俺の心にダメージを与え続けた。
この嬢ちゃんの魔力は大きいだけでなく、とにかく禍々しかった。
俺に追記された記憶によると、魔力のオーラは本人の行いや、ご先祖様の行いによって雰囲気が変わってくる。
特に影響の大きい行いは人殺しだ。
人を殺せば魂が穢れ、多く殺せばより穢れる。
勝手な想像だけれど、この嬢ちゃんがそうであったようには見えない。
となるとおそらく、両親がそういう行いをしてきた人なのだろうと想像する。
まああくまで想像だから正しいかどうかは分からないが、普通はそう見られるだろう。
そしてこれも推測だけど、きっとこの嬢ちゃんは魔力が桁違いに大きい事もあり、子供の頃から恐怖の目で見られてきた子なのではないかと思われた。
それにしても‥‥
この子が同い年かよ。
それに|伊吹嬢《イブキジョウ》って、名前きわどすぎだろ?
俺の名前も大概だが、どう考えても響きはボクシングをしてそうな男と思える名前だ。
それで、『嬢ちゃんと呼んで』と言っていたよな。
間違って『嬢さん』なんて呼んだら、もしかしたら此処で俺はゲームオーバーになるかもしれない。
想像は想像だ。
この禍々しいオーラは、この嬢ちゃんの行いによってそうなった可能性も十分にあるのだ。
慎重に言葉を選べ。
決して間違えてはいけない。
敬語は駄目なパターンだ。
何か褒めるべきかもしれない。
あーくそっ!
何を言っていいのか分からない。
恐怖で足が震える。
もうこうなったら適当だ!
「嬢ちゃん、俺と結婚してくれ」
うわー!
しまった。
俺は何を言ってるんだ。
動揺しまくりでわけの分からん事を言ってしまった。
引かれる。
いや、それどころか殺される。
俺は死を覚悟した。
しかし俺は少し時が流れても、死ぬ事はなかった。
「あの‥‥いきなりそんな事言われても‥‥お互い‥‥よく知らない‥‥だろうし‥‥」
割と可愛い反応が返ってきた。
禍々しくも見える魔力がますます大きくなっているような気がするが、その可愛い反応が俺の心から全てのデブリを取り除いてくれるようだった。
「そうだよね。お互い知り合ってから考えるべきだよね」
俺がそう言うと、嬢ちゃんはコクリと頷いた。
こうして俺は、同僚との挨拶を終えた。
可愛い顔をしているのにチョッピリ怖い朝里ちゃんと、ヤバい魔力を持っているのにとっても内気で可愛い嬢ちゃんと、俺はなんとなくだが上手くやっていけそうな気がした。
【<┃】 【┃┃】 【┃>】
ドクダミ

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