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四十四回目

 南北千住マラソン大会のスタートラインには、多くの人達が集まっていた。
 そこには、三年後のオリンピックの、日本代表候補の片山とかいう人の顔も見える。
 地方の小さな大会で非公式なのだけれど、今日は調整の為に出るようだ。
 俺はスマフォ越しに、コースの先を見てみる。
 ザコモンが大量にいるようだ。
 俺は心の中で「切れる厨二病サーベル」を抜くと、スタートの合図と共に、ザコモンに向かっていった。
 スタートから、俺は戦闘集団、いや、先頭集団の中にいた。
 二十人以上の先頭集団は、片山を取り囲むように走る。
 その中には、陸上部の奴らはもちろん、俺たちパーティの面々も、キムタクも、そして井上のお姉さんもいた。
 井上の妹を、井上のお姉さんと呼ぶのは変じゃないかと、今更ながらに思ったが、呼び方を変えるのも、それこそ今更なので、そのままでいいやと思った。
 それよりも、俺はこのマラソン、実は結構楽しみだった。
 きっとみんな、陽菜ちゃんの走りを見たら、驚くと思ったからだ。
 陽菜ちゃんなら、三年生にして、小学生記録を破れるだけのポテンシャルは持っている。
 もしも小学生記録を破ったら、みんなマジでビビるぞ。
 そんな事を考えていたわけだが、走りだしてすぐ、みんなの驚く声が聞こえてきた。
「小学生が、日本代表候補についていっているぞ!」
「バカな!そんな事、有る筈がない!」
「いやしかし、目の前にいるじゃないか!」
「違う!おそらく何かの間違いだ。アレはきっと、小学生みたいな大人だ」
 おいおい、この程度で驚いていたら、陽菜ちゃんがゴールする頃には、お前らショック死するぞ。
「それになんだあのじいさん。あの歳であの走り、もはや人間じゃない」
「だれだ!大会にゾンビを参加させたのは!」
 キムタクもビビられてるな。
 確かに俺も最初はビビったが、ゾンビは可哀相だろう。
「それにあの佐藤とかいう、オタクっぽい奴はなんだ?あの体格でどうして走れるんだ?」
「どうなっているんだ今年の大会は?モンスターが集まってきているようだ」
 まあ実際、俺の目には、沢山のモンスターが見えているんだけどな。
 こうしてレースが進む中、十キロ地点で、陸上部の奴らと、学校の友達たちは、徐々に先頭集団から脱落していった。
「頼む、俺たちの陸上部を、全国に知らしめてくれ!」
 別にそんなものに興味はないが、今日は気分が良いから、それなりに頑張ってやるよ。
「僕はもう無理だお。これ以上走ると痩せちゃうお」
 佐藤は相変わらず何を言っているのか分からないが、さっき何やらバカにされていたぞ。
 少しくらいはダイエットしたらどうだ?
「私は、そろそろ限界だと思うの。このペースについていったら、きっと死ぬと思うの。だから少しペースを落とそうと思うの。でも坂本くんには、優勝を目指してほしいの」
 南、きっと君は思っている以上に、そう確信しているはずだ。
 そろそろその設定は、卒業してもいいと思うぞw
「坂本、ウンコ食う?」
 高橋の事は、未だに理解できないな。
 何故ここでウンコが出てくるんだ?
 って、ポケットからウンコ出してるし。
 俺は逃げるように、走るペースを速めた。
「直也くん、ふぁいと!」
 さっちゃんにそう言われると、頑張るしかないな。
 なんせ俺の彼女だからな。
 この一年、恋人同士な展開が全くなかったから、今後はもう少し、恋人みたいに付き合ってゆくか。
 こうして俺は、それぞれに別れを告げ、先頭集団についていった。
 と言うか、むしろ引っ張っていた。
 いつの間にか、放送車が近くを走っていた。
 ローカル局とはいえ、どうやらこのマラソンは、テレビで放送されているらしい。
 となると、勇者として、恥ずかしいレース、じゃなくて、表情はできないな。
 俺はキリリと顔を引き締め、少し口の端を釣り上げて走った。
 すると放送車から、実況している人の声が聞こえてきた。
「先頭を走る坂本選手、少し表情が苦しくなってきましたね。流石にそろそろ限界でしょうか?」
 おい!何処を見ている!
 どう見ても余裕の表情だろうが。
 くそっ、笑った方が良いのかな?
 俺は今度は、お花畑をスキップする妖精のような、柔らかな笑顔を作った。
「どうしたのでしょう坂本選手、急におかしな顔をしています」
「そうですね。あれはきっと走るのが辛いので、エッチな事でも考えながら走れば大丈夫だとでも思ったのでしょうね。それが功を奏したといったところでしょうか」
 そうきたか。
 このままじゃ、俺はただの変態じゃないか。
 仕方がない、普通に走ろう。
 俺は表情を戻して、淡々と走り続けた。
 気がつけば、二十キロ地点を通過していた。
 流石に此処まで来ると、人々は大騒ぎだった。
「小学生が、女子の高校生記録を上回るペースで走っているぞ」
「ちょっとまて、横で並走するじいさんも、資料によると六十四歳だぞ。どうなってるんだ、今年の大会は?」
 最初は冗談も言えた観客が、今ではマジビビりだった。
 先頭集団は既に、日本代表候補の片山と、俺、陽菜ちゃんにキムタク、そして井上のお姉さんだけになっていた。
 俺にしてみれば、いつものランニングと何も変わらない。
 だからなんとなく、話かけていた。
「陽菜ちゃん、みんなマジでビビってるぞ。もっと脅かしてやろうかw」
 俺がそう言うと、陽菜ちゃんは乗り気だった。
「うん!でもどうするの?もっと速く走るの?」
 陽菜ちゃんは、まだ少し余裕がありそうだが、キムタクと井上のお姉さんは、そろそろ限界だろう。
 なんとなく、いつものメンバーを置いて走るのは気が引ける。
 だから俺は、別の方法で脅かす事に決めた。
 沿道に立つ観衆に近寄ると、ゾンビのマネをして、「ガオー」と、襲いかかるフリをした。
「きゃー!」
 うほ、ビビってるビビってるw
 すると陽菜ちゃんも、「ガオー!」とか言いながら、観衆に近寄って遊んでいた。
「どういう事でしょうか。遊んでいます。遊んで走っています。なんと言う余裕。この子はどれだけすごいのでしょうか!?」
 放送車の実況は、マジで陽菜ちゃんにビビっていた。
 俺と陽菜ちゃんは、こんな感じで遊びながら、楽しく走っていった。
 三十キロを過ぎた頃、片山が飛び出していった。
 そろそろ本気という事か。
 俺はまだ余裕があったが、他はそろそろ限界そうだ。
 勝つ事が目的ではないし、このままみんなと一緒に行くか。
 俺がそう思っていたら、陽菜ちゃんが
「お兄ちゃん、優勝してよ!まだ余裕でしょ!」
 と言ってきた。
 するとキムタクや井上のお姉さんも、陽菜ちゃんと同じように俺を応援してくれた。
「そうじゃ。わしらは此処までじゃが、原口くんはまだまだ楽勝じゃろ。頑張れ!」
「お兄ちゃんが言っていたよ。坂本くんは、バカだって」
 キムタク、ゼッケンの所に坂本って書いてあるのに、どうしても原口くんかい。
 それにお姉さん、それは応援になっていない。
 だけど、そうだ。
 俺はバカだった。
 みんなに乗せられて、思いっきり走ってやるぜ!
 俺はみんなを振り返り、軽く敬礼すると、片山に追いつく為に、全力で走りだした。
 全力で走り出して間もなく、俺は片山をとらえていた。
 そして徐々にその距離は詰まってゆく。
 このまま、追い抜いちゃっていいのだろうか?
 正直、簡単に抜けそうなのだ。
 迷いながら走っても、その距離はドンドン詰まってゆく。
 そして気がついたら、俺はオリンピック日本代表候補を、追いぬいていた。
 後は、俺が最初に走り始めた時と同じ。
 要するに、一人孤独なレベル上げと同じだ。
 ただ黙々と、モンスターを倒す「俺」を想像しながら走る。
 良いアイテムなんかゲットしちゃって、喜んじゃったりしているかもしれない。
 それとも戦いの後、「疲れたー」とか言いながら、HP回復ドリンクでも飲んでいるのだろうか。
 気がつけば俺は、フルマラソンを完走していた。
 そのタイムは、非公式ながら、日本記録を上回っていた。

 マラソン大会の後は大変だった。
 取材陣が集まってきて、本当に対応に困った。
「おめでとうございます」
「はあ、ありがとうございます」
「非公式ながら、日本記録を上回っていますが」
「そうなんですか」
「陸上部に入って三日目という事ですが、それまでは何をしていたのですか?」
「勇者です」
「えっ?そ、そうですか。どんな練習をしてきたんですか?」
「毎日モンスターを倒しまくってました」
「なんの話をしているのか、わからないのですが?」
 そう聞かれて、俺はスマフォを取りだし、リアの起動画面を見せてあげた。
「へぇ~。これはどういうゲームですか?」
「リアルに動きまわって、モンスターを倒すゲームです」
「ほう。では、そのゲームの為に、走りまわっていたと?」
「はい。モンスターを倒す以外にも、朝は他の人から命を狙われ、逃げ回っていました」
 こんな取材が延々と続いた。
 三十分は質問が続いた後、最後にこう聞かれた。
「では最後に、坂本選手の将来の夢は、五輪で優勝ですか?」
 この人は一体何を言っているのだろうか?
 そんなものを目指している奴が、こんなところでゲームをしているわけないだろうが。
 それにどれだけ早く走れても、勇者にはなれないのだよ。
 五輪で優勝だ?
 俺はご近所で勇者がしたいんだよ。
「将来の夢っすか?それは、五時に終業です」
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