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第十一話 魔王討伐隊!メリーベンへ

この日の午後、拳魔と映里は恵美の所に来ていた。
捕らえた刺客の引き渡しを終えた後、屋敷の一室に集まって話をしていた。
内容は当然魔王の事である。
「魔王武漢は、千五百年ぶりの復活になるわ。予想では後五百年は先と云われていたけど、どうやら早まったみたいね」
「武漢は魔王の中でも第二位の魔王で、大魔王とも云われているのさ」
「そうですね。普通の魔王ならともかく、今の世界に大魔王クラスを倒せる人がいるでしょうか」
恵美も映里も一茶も、皆不安そうで表情は固かった。
拳魔はいつも通りだったが、現状を理解するにつれて少し不安に感じるようになっていた。
もしも魔王武漢を倒せる人間がいなければ、この世界は支配される事になるだろう。
当然人間がまともに生きていける世界ではなくなる。
流石にそんな世界にはしたくない拳魔だが、自分がこの大魔王を倒してしまっても大丈夫なのだろうかと考えていた。
それをきっかけに日本人だとばれたらどうなるのか不安だった。
特に今ここにいる人たちからどう思われるのか、一緒にはいられなくなるのではないかという気持ちが大きかった。
「一応魔王が復活した時の為に、どの国にも属さない冒険者がいるわね」
「勇者と云われる方々ですね。でも最近現れる魔王は全て日本人が倒していましたし、まして今回は大魔王ですから、魔王討伐の経験がない勇者に討てますかね」
「勇者の強さなら、映里が詳しいわよね」
映里は一年ほど前に、勇者たちと共にドラゴン討伐に行った事があった。
この世界には勇者が四人いるわけだが、その四人と勇者レベルと云われる映里たち十人の冒険者で、ドラゴンの群れを退治したのだった。
「一人だけべらぼうに強い勇者がいたのさ。ドラゴン討伐数で私は二十五頭で二位だったけど、その勇者は五十三頭も討伐していたのさ」
「凄いですね。子供の頃からドラゴン狩りをしていた映里さんよりも多いドラゴンを狩る勇者。大魔王でもなんとかしてくれそうですね」
「それにあの頃と比べれば映里も、私だって強くなっているわ。なんとかなるんじゃないかしら」
固かった面々の表情は少し和らいだ。
しかし逆に拳魔の表情は固くなった。
拳魔は日本人だ。
過去何度かの魔王討伐に関する情報は持っていた。
そこから推察すると、正直大魔王相手に今の恵美や映里が勝てる可能性はほとんど感じられなかった。
この世界の魔獣で、最も上位にあるのはドラゴンと云われている。
ただこれは一般的な話であり、伝説のポケモ‥‥じゃない、伝説の魔獣と云われるものもあって、クラーケンなんかはその一つだ。
そういった伝説の魔獣の中には、ドラゴンよりも強い種がいくつも存在する。
クラーケンももちろんドラゴンより強いとされる。
その力を得た恵美だから、現在の強さはドラゴンよりも強いと言えるだろう。
当然ドラゴンを狩りまくった経験のある映里もそうだ。
でもせいぜいドラゴンよりも強い、ドラゴンのボスクラスも倒せる程度であり、魔王が相手となると分からなくなってくる。
魔王は全ての魔獣の頂点に君臨する存在であり、魔物全てを統べる者なのだ。
簡単に考えれば、魔王はクラーケンよりも強いわけで、おそらく今の恵美よりも強いと言える。
出鱈目な強さを持った映里は恵美以上の攻撃力があるだろうが、それでも魔王を倒せるかはやってみないと分からないくらいだ。
なのに今回の敵は大魔王である。
普通の魔王は百年から五百年に一回くらいのペースで復活するのだが、大魔王クラスは二千年に一回と云われているわけで、単純に四倍から二十倍強いと想像できる。
正直拳魔には、自分以外で魔王武漢を倒せる者がいるとは思えなかった。
とりあえず魔王に関する話し合いはそこまでとなり、拳魔と映里は屋敷へと帰った。
今はメリーベンや他の帝国、或いは勇者や冒険者たちがどこまでやれるか見守るしかなかった。

数週間が過ぎた頃、恵美を絶望させるニュースが飛び込んできた。
メリーベンにて魔王武漢と戦った勇者四人とその仲間たちは、二人の冒険者を残して全滅した。
かろうじて生き残った二人の話によると、負けたのは魔王武漢ではなく、その部下である悪魔という事だった。
つまり壱年前に映里よりも強かった勇者でも、魔王武漢の部下にすら敵わなかったというのだ。
「何よそれ!」
これはもう絶望するしかなかった。
おそらく拳魔以外、このニュースを聞いて絶望しない者はいなかっただろう。
もう世界は魔王に支配される事は確実と思えた。
現状かろうじてメリーベンの帝都を攻撃する魔王の手下たちを退けているのは、千人を超える魔法使いによる結界によるものだった。
しかしいつまでも防ぎきれるものではない。
交代で結界を維持し続ければ町は守れるが、当然やがては食料が尽き、力尽きる時が来てしまう。
メリーベンが落ちるのは時間の問題だった。

間もなく拳魔と映里は恵美に呼び出されていた。
「メリーベン皇帝から正式な依頼があったわ。魔法ネットワーク争奪バトルロイヤル優勝の私たちに、魔王武漢を倒して欲しいってさ」
そんな事いわれても無理だと分かっていながら、それでも一応伝えておくといった感じで、恵美は投げやりに拳魔と映里に伝えた。
「もう私たち以外いないのさ。やるしかないのさ。拳魔もいるし大丈夫なのさ」
絶望していると思った映里だが、神である俺の予想に反して全然絶望していなかった。
ここ数週間、拳魔が何やら必死に魔石研磨している姿を映里は見ていた。
その姿を見てきた映里は、何かを感じとったのかもしれない。
やるしかない。
そしてそれでなんとかなるといった感じの表情をしていた。
「映里、勝てると思っているの?」
「多分大丈夫なのさ。拳魔がなんとかしてくれるのさ」
映里はいつもと変わらない笑顔で拳魔を見ていた。
その表情を見て拳魔は、何か吹っ切れたように答えた。
「そうだな。映里の期待に応えてみるか。まあもう準備はできてるんだけどね」
拳魔は何処からともかく沢山の魔石アイテムを取りだしテーブルに並べていった。
「何?何処からそれを?」
「もしかして異次元収納の魔法ですか。宝統さんはそんな事もできるんですね」
「流石私の拳魔なのさ。やる子だと思っていたさ」
既に拳魔は映里のモノになっていたらしい。
神である俺でも気が付かなかった。
映里は神である俺にも理解できない子のようだ。
「つか映里も異次元収納魔法使えるよね」
拳魔は、そんな映里を見て少し苦笑いしつつ、アイテムの説明を始めた。
「そんなわけで、この中で自分が必要と思うモノを好きなだけ装備してくれ。映里、恵美、姉小路さんの三人なら、きっと魔王武漢だって倒せる‥‥かもしれない」
ここまで来ても、とりあえず自分が戦うのはできるだけ避けようとする拳魔だった。
でもいざとなったらやるつもりではいた。
おそらくは三人でも、魔王武漢は倒せない可能性の方が高いと拳魔は考えていた。
「部下の悪魔は三人だったな。映里と恵美と姉小路さんでそれぞれ倒してもらう。姉小路さんは俺がサポートするから」
それと拳魔は、映里の戦いもサポートするつもりだった。
石ころが致命傷になりかねないからね。
それは映里にも分かっていたようだ。
「拳魔は私もきっと助けてくれるのさ。強敵の石ころを排除してくれるのさ」
「えっ?バレてたの?」
「ん?何のこと?」
「何か隠している事があるのですか?」
恵美と一茶は全く気が付いていなかったようだが、流石に映里本人は気が付いていたようだった。
「バトルロイヤルの時、私の前の石ころを拳魔がマジックミサイルで排除してくれていたのさ」
「拳魔そんな事してたんだ」
「全く気が付きませんでした」
恵美も一茶も驚きを隠せなかったが、だからどうだという訳でもない。
拳魔に対する信頼は増すばかりで、このメンバーにはなんの問題もなかった。
そんな中、唐突に恵美が独り言をつぶやいた。
唐突という訳ではないかもしれない。
ただそれは、なんとなくみんなが思っていた事だった。
「日本国が滅んでいなかったら、魔王武漢もアッサリと退けたんだろうね」
その呟きに、一茶がなんとなく答えた。
「そうですね。恵美さんは反対しておられましたね」
「そりゃそうよ。特に悪い事してるわけじゃないし、色々と世界を便利にしてくれたし、他国民を奴隷のように扱うって言っても、他の国よりははるかにマシだったもの」
「他の国で奴隷にされていた人々に仕事を与えていたと見れば、むしろ良い行いだったと言えるかもしれません」
「王族貴族は、奴隷がいなくなったのが悔しかったんでしょうね」
そうだったのかと、拳魔は思った。
正直な所、拳魔にはどうして日本が滅亡させられたのか、あまり理解していなかった。
日本人だけがかなり良い生活をしてきたから妬まれたんだと思っていた。
もちろんそういう所はあったとは思うが、そうではない少し救われる理由があった事に拳魔はホッとしていた。
「映里は討伐隊に誘われてたけど断ったんだよね」
「当たり前のコンコンチキなのさ。本当は助けたい人もいたのさ。本当に酷い話なのさ」
「それで勇者のドラゴン討伐に参加するから無理だって断ったのよね」
「人を殺す命令なんて聞けないのさ。失敗すれば良かったのさ。あの時は恵美が手配してくれて助かったのさ」
結果はみなさんご存じの通り、百パーセントの成功とはいかなかった。
拳魔という日本人一人が生き残る事になったのだからね。
もしも映里が参加していたら、結果は違っていたかもしれない。
町の外、森にいた拳魔を見つけていたかもしれない。
でもそうはならなかった。
そのおかげで、今人類は完全な絶望から免れていた。
「とりあえずメリーベンの防衛は、持って後数週間という事よ。おそらく決戦は二週間後くらいになる予定」
「今すぐってわけじゃないんだ」
「当たり前よ。大陸中から今メリーベンに強者が向かっているからね。揃ってからの戦いになると思うわよ。私たちだってすぐに出発しても一週間はかかるわけだし」
「そうなの?さっき渡した魔石の飛翔と、僕の持ってる瞬間移動の魔法を使えば、一日もあれば十分だと思うけどね」
「瞬間移動?何それ?拳魔はそんな事もできるの?」
拳魔は云われて思い出した。
そういえば隠していたんだと。
でも今はもう、このメンバーに隠す必要はないと思えていた。
皆が日本人に対して悪い感情を持っていないと分かったからだろうか。
理由は拳魔にも分からなかった。
でもそれはこのメンバーに限った話で、できれば他には日本人である事を隠しておきたかったし、拳魔はあえて言うつもりもなかった。
薄々バレているとは思いながらも、言う意味を拳魔は感じなかった。

一週間、拳魔は更にマジックアイテムを増やし、皆がパワーアップできるように努めた。
そしていよいよ出発の時が来た。
向かう先はメリーベン帝国の首都であるメリーベンにほど近い町『カリホルニャン』だ。
この町は既に一度魔王の配下である魔物軍団によって|蹂躙《ジュウリン》されていた。
しかし人がいなくなった後、魔物たちも町を去った事で、コッソリと魔王討伐拠点として人が集まる場所となっていた。
領主屋敷の庭に、拳魔たち四人は集まっていた。
「とりあえずバトルロイヤルの会場辺りまでゲートを開くよ。そこからは飛翔でカリホルニャンまで飛行する」
「大丈夫なのさ。飛ぶ練習はみっちりやったのさ」
拳魔が一週間アイテム作成をしている間、映里は庭で飛ぶ練習をしていた。
映里は飛べると理解していたのだが、思いの外飛行が下手だった。
だから飛べると言わなかったのね。
それでかろうじて飛べるには飛べるのだが、戦闘中に飛行するのは難しいように思えた。
「恵美と姉小路さんは大丈夫?」
「問題ないわ!戦闘でも十分に使えるわよ」
「私も問題ありません。むしろ飛びながら戦う方がしっくりくるくらいです」
一茶は元々剣士として優れていたが、俊敏性にやや劣る所があった。
しかし飛翔する事でそれが補える分、飛ぶ事で格段に強くなっていた。
「それじゃいきますか」
拳魔はそう言うと、右手を上げて目の前に魔力を集めた。
その魔力はすぐに形となり、魔法のゲートができあがった。
「へぇ~これが魔法のゲートかぁ」
「私は拳魔の家で何度も通っているのさ」
「そうなの?ちょっと不安だったけど、それなら大丈夫そうね」
恵美はそう云って躊躇する事なくゲート内へと足を踏み入れた。
直ぐに一茶も続く。
拳魔が映里を促すと、映里も一つ笑顔を残して入っていった。
最後に拳魔が入った後、ゲートはその場から消えた。
ゲートの先は、魔法ネットワーク争奪バトルが行われた会場内の一番北東の位置だった。
ついこの前にも来た場所だったが、皆なんとなくなつかしさを覚えていた。
「じゃあいくわよ。みんな私についてらっしゃい!」
どういう訳か、恵美は少し偉ぶっていた。
「了解しましたお姫様」
一茶は恵美のノリに合わせて答えた。
映里は何も考えていないようで、直ぐに上空へと舞い上がった。
飛ぶのに必死で、恵美に対して反応を返す余裕がないようだった。
拳魔はそれを見て少し笑顔を浮かべると、最後に上空へと舞い上がった。
皆が上空で揃うと、頷き合ってカリホルニャンに向かって飛行を開始した。
先頭は恵美で、その後に一茶が続いた。
直ぐに映里が付いていけなくなるのを察知した拳魔は、映里の手を取った。
「手を繋ぐと速度が増す設定なんだよ」
飛翔中も風圧に耐えられるように、飛行方向には魔力による風よけができていた。
だから声を出す事は可能だし、近ければ話す事もできた。
映里は何も言わず、ただ笑顔だった。

カリホルニャンについたのはこの日の夕方だった。
直ぐに魔王討伐チームとは合流する事ができた。
決戦は六日後と決まっていた。
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