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第五話 ゴブリン討伐を見守りたい

拳魔は慌ただしく働いていた。
といっても、魔石研磨職人としての仕事ではない。
家の改造に燃えていた。
拳魔の家は、一階が店とバックヤード、二階は使わない居住スペース、地下に工房、更に下に魔法による隠し扉から居住スペースとお風呂、更に下に実験場となっていた。
しかしこの構造だと、風呂の湿気が酷くて快適とは言えなかった。
そこで拳魔は、人の来ない森の中に快適な自分の家を建て、そこで暮らす事にした。
とはいえ一々町を出たり入ったりは面倒だし、かといって魔法による瞬間移動は、使いすぎると人に見られてしまう可能性もある。
瞬間移動魔法を見られると当然チートだと思われ、そこから日本人だとバレるかもしれない。
だから拳魔はなるべく瞬間移動魔法は使わないようにしていた。
その辺りもふまえ、拳魔あらゆる可能性を想定して住まいを改造していった。
ちなみに瞬間移動の魔法は、見える範囲と、過去に見た場所へは瞬時に移動できるというものだった。
拳魔はまず、実験場から町の外に繋がる地下通路を森まで掘って、そこから上がって森の屋敷の中へと繋がるようにした。
更に地下の居住スペースに異次元ドアを設置して、そのドアから誰でも瞬時に森の屋敷へと行けるようにした。
瞬間移動を使わず、そのドアを使う事で最悪がバレるリスクを失くすわけだ。
更に通路があれば、その異次元ドアの事も隠しておけるわけで、徹底的に拳魔は目立たない対策をしていた。
まあ知らなきゃ誰も地下の居住スペースに入っては来られないんだけどね。
でも、信用しているとはいえ、映里は知っている。
何かあった時にごまかせるようにしておく事は必要だと拳魔は考えていた。
作業は開店時間までに終了した。
既に本日やるべき仕事は終えているので、このまま今日は休みにしようかとも思ったが、どうやら開店時間丁度に来客があり、拳魔は仕方なく店を開ける事にした。
客を確認すると、それは小さな女の子のようだった。
衣服から、貧困家庭の子供に見えた。
そんな事は当然拳魔は気にしないんだけどね。
拳魔は入り口を開けた。
「いらっしゃい」
笑顔で女の子を店に迎え入れた拳魔は、店の隅にある商談用のテーブルへと案内し、クッキーとお茶を出してあげた。
女の子は無言で、ただ案内されるままに椅子に座った。
「これ、食べてもいいの?」
女の子は少し遠慮がちに、でもクッキーをとても食べたそうにしていた。
「どうぞ。遠慮なく食べていいよ」
拳魔がそう言うと、女の子は嬉しそうにクッキーを口に入れていった。
「美味しい‥‥」
食べ方は割と上品だった。
貧しいながらも、しっかりとしつけられている感じがした。
クッキーを食べ続ける女の子に、拳魔は訊ねた。
「お名前はなんていうのかな?僕は拳魔。宝統拳魔っていうんだ。君は?」
拳魔は目線を合わせ、笑顔で女の子をジッと見た。
すると口の中のクッキーをしっかりと飲み込んでから、女の子は答えた。
「わたしは、|渡辺茜子《ワタナベアカネコ》と申します!六歳です」
しっかりとした自己紹介だった。
一生懸命さがとても可愛らしかった。
「茜子ちゃんっていうんだ。ネコちゃんみたいで可愛い名前だね」
「えへへへ‥‥父上が付けてくれた名前なんだぁ」
拳魔に褒められたからか、茜子は上機嫌で笑っていた。
「父上は凄いんだよぉ。冒険者って仕事してるの。困ってる人を助けるんだよ」
どうやら茜子にとって、父親は自慢のようだった。
そして大好きだという事が伝わってきた。
「そうなんだ。ネコちゃんの自慢のお父さんなんだね」
「うん」
「それでさ、今日はどうして此処に来たのかな?」
まさかこんな小さな子が、見ず知らずの店に来て、クッキーを食べて世間話をする為に来るとは考えられない。
普通に考えれば魔石研磨に関係した話があるのだろう。
拳魔はゆっくりと優しく茜子に返事を促した。
「ん?」
すると茜子はクッキーを食べるの止め、居住まいを正してから話し始めた。
「今度、父上がやる仕事、大きいって云ってた。母上は危険だから止めるように云ってた。だけど父上やるつもり。だから無事に帰ってこられるような、魔石アイテム、売ってください」
そういって茜子が差し出したお金は、十円玉が五十枚ほどだった。
おそらく茜子が、コツコツと貯めたお小遣いなのだろう。
だがこの程度のお金で茜子の要望に応えられる魔石は売ってはいなかった。
最も安い魔石は、超低レベルモンスターのものが売値でだいたい百円だ。
それをカットしてあるだけで五百円の値を付けていた。
当然こんなものは、戦闘に役立つ効果を発揮するものではない。
魔力を貯めておくにしても多くは無理だし、ほぼ装飾用だ。
でも茜子の求めているのは、父親を守れるだけの効果である。
普通の店主なら困ってしまう所だったが、もちろん拳魔は違っていた。
「そうなんだ。どんな仕事って云ってたの?聞いてる?」
「ゴブリンだから楽勝って云ってた」
この所、このモウトイテの町の近くの農地が、ゴブリンに襲われているとうニュースが、ギルド通信上で騒がれていた。
ギルド通信というのは、唯一日本人が残した近代的魔法ネットワーク、分かりやすくいうと『魔力を使ったインターネット通信』だ。
携帯電話やテレビは、残念ながら日本が焼け野原になった事でこの世界から消滅したが、これだけは日本が独占していなかったので残る事になった。
そこから得られた情報によると、ゴブリンは統率のとれた群れになっていて、かなり厄介だという話だった。
ゴブリン自体は、新人冒険者でも難なく倒せるレベルの弱いモンスターである。
強さを例えるのなら、ちょっと運動神経の良いヤンチャな小学生が包丁を持って襲ってくるような感じだ。
防具で身を固め、長めの剣を持っている大人なら、普通に倒せる敵である。
しかし群れになって統率がとれてくると、中堅クラスのモンスターを倒すよりも難しくなってくる。
中堅の冒険者が四人でパーティーを組んでもやられる事があるレベルだ。
おそらく茜子の身なりから、父親はまだ中堅クラスにも満たない冒険者だと推測できる。
茜子の母親が云う通り、これは危険なクエストだと拳魔には判断できた。
さてどうしようか。
拳魔は考えた。
強力な魔石アイテムを上げれば、おそらくこのクエストをクリアする事は可能だろう。
でもそんな強力な魔石アイテムを上げてもいいものだろうか。
今回それで仮にうまくいったとしても、この父親なら更に難しいクエストに挑みかねない。
そしたらいずれ死ぬことになる。
その時一番悲しむのはこの茜子だ。
拳魔は懐に手を入れ、異次元魔法で一つのアイテムを取りだした。
「じゃあこれをお父さんにあげな。『無事に帰ってきてね』って言ってね」
そういってテーブルに置いたのは、球に近い形にカットした魔石が付いたペンダントだった。
その魔石はドリアードのもので、比較的魔力の大きなモノが多い。
故に永続魔法を付与して使いやすく、魔石の中では汎用性が高かった。
その魔石に、拳魔は『祝福』の魔法を付与していた。
このペンダントを付けると、穏やかな魔力が体を包み、あたたかな気持ちになる。
ステータスアップ効果は低くいが、父親に茜子の気持ちが一番伝わるだろうと考えたのだ。
ちなみにドリアードの魔石は、同レベルの魔石の中では値段が高く、売値で四千円する。
これに魔法を付与し、カットしてペンダント加工すれば、普通は十万円近くの値が付く物だった。
だけど拳魔は、これを茜子に五百円そこそこで売る事にした。
「これ凄い!綺麗で強そう」
「うん。ネコちゃんがお父さんの無事を強く願ったら、そのペンダントはその分効果を発揮するから」
茜子の事を忘れず、無事に帰る事を考えて欲しいという願いがこもったアイテムでもあった。

茜子が帰った後、拳魔は魔力インターネットをする為の端末であるマジックボックスを使って、映里に連絡を入れた。
内容は『仕事を依頼したい』というモノだった。
ゴブリン討伐を陰ながら見守ってもらおうと考えたのだ。
ゴブリンの討伐依頼は、中堅クラスまでの冒険者十人に依頼されていた。
生きて帰る事を優先して行えば、無事に帰ってこられる可能性は高かった。
でも拳魔は不安だった。
可能性として全滅だって十分あり得るクエストにも感じていたからだ。
ただ残念ながら、映里からは『仕事依頼は受けられないのさ』と返信されてきた。
拳魔は『ごめんね。他をあたってみるよ』と返事を返した。
拳魔に、他に頼める人はいなかった。
冒険者の知り合いなんて、映里しかいないのだ。
「仕方ないか」
拳魔は自分で行く事に決めた。

「なんで僕、こんな事してるんだろう」
店は休業。
ただ茜子の父親を死なせない為に、拳魔はずっと様子を窺っていた。
正直自分が戦闘するなら全く緊張しない拳魔だったが、今は目一杯ドキドキしていた。
そう、見守るって意外と大変なのよ?
俺は何時もそういう気持ちで多くの日本人転生者を見守っているわけで、少しは神様の気持ちも分かってよね。
拳魔は離れた所から見守りつつ、見つからないよう姿を消して付いて行った。
しばらく歩くと、ゴブリンが出没しているエリアへと入った。
まだこの辺りは多少農地が荒らされているだけのエリアだが、徐々に活動範囲を広げているゴブリンが群れで現れてもおかしくはなかった。
思った通り、しばらく進むと前方に三体のゴブリンが確認できた。
冒険者パーティーは十人なので、此処は大丈夫だろう。
そう思った拳魔だったが、その向こう側の茂みに隠れるゴブリン六体が、探索探査魔法によって確認できた。
戦い方によってはマズイと感じられた。
三体のゴブリンに向かう冒険者たち。
ゴブリンたちは牽制しつつ、後ろへ少しずつ下がっていく。
冒険者たちを誘い込んで挟撃しようとしているのがハッキリと分かった。
しかしそれに冒険者たちが気づいている様子はない。
仕方ない。
此処は少し手を貸すしかないと拳魔は判断し、超極小で目視が難しいマジックミサイルで茂みのゴブリンを攻撃した。
マジックミサイルというのは、光系の魔法で、光の矢を敵に飛ばす魔法である。
魔法のレベルとしては、魔法初心者が最初に覚える三大攻撃魔法の一つだから、最低レベルと言っていい。
その魔法を食らったゴブリンは、驚いて茂みの中から飛び出した。
「ゴブリンはまだいるぞ!気をつけろ!」
冒険者の一人が声を上げ、他の者も警戒を強めた。
これでとりあえずは大丈夫だろと拳魔は息を吐いた。
するとすぐ横から声がした。
「何?今の?マジックミサイルだったのさ」
喋り方から、その声が映里だとすぐに拳魔には分かった。
驚いた拳魔は、うっかり声を出してしまった。
「えっ?映里?」
声を出して、拳魔はしまったと口を押えた。
でも姿を消しているので、その動きは誰にも見えなかった。
何もない所から声が聞こえ、映里も驚いた。
「拳魔?どこなのさ?見えないのさ!でも拳魔の匂いがするのさ」
映里も姿を消していたが、キョロキョロと周りを探す映里が容易に想像できた。
拳魔は慌てて木の陰に隠れ、姿を現した。
そしてひそめた声で映里を呼んだ。
「映里!此処だよ此処!」
それを見つけた映里は、姿を消したまま拳魔に近づいていった。
「拳魔!どうしてこんな所にいるのさ?」
映里はまだ自分が姿を消したままである事を忘れているようだった。
拳魔はゴブリンたちと戦闘中の冒険者を見守りつつ、魔力で映里の位置を探った。
姿を消している映里は、魔法で姿を消すだけではなく、気配も完全に消していた。
だから探索探査魔法にも引っかからなかった。
ちなみに拳魔も同じである。
でも、探索探査魔法には引っかからなくとも、拳魔には人を探す方法があった。
姿や気配を消しても、そこに存在しないわけではない。
魔力によってその存在を確認した。
「僕はちょっと、この冒険者パーティーに知り合いのお父さんがいるからさ、見守る為にね‥‥」
拳魔は一瞬どう説明しようかと考えたが、普通に理由を話していた。
「そうなの?私も似たようなものなのさ。領主に頼まれて、見守るよう依頼されてたのさ」
映里は、仕事の依頼主を普通に暴露していた。
普通はあまり言わないものだが、やっぱり映里は天然だった。
「じゃあとりあえず、今は二人で冒険者たちを見守るか」
ゴブリンたちに手こずる冒険者たちを見て、拳魔は気が気ではなかった。
映里と話ながらも、バレないようマジックミサイルで戦いをサポートしていた。
「分かったのさ。でもそこまでしなくても大丈夫なのさ。ゴブリンに即死させられるような事はまずないのさ。回復ポーションもしっかりと持ってるし、出来るところまで自分たちでやらせるのさ」
映里の言葉を聞いて、拳魔も少し落ち着き、できるだけフォローしないで見守る事にした。
どうやら自分は心配しすぎていたと拳魔は思った。
映里の言葉を総合して考えれば、領主が此処に映里を送った意図が感じられた。
冒険者を鍛える為、或いは冒険者に達成感を味わわせる為、更には危険を認識してもらう為などの理由が考えられた。
拳魔は領主の事を全く知らなかったが、モウトイテの町は良い町なのだなと思った。
「了解!」
拳魔はそう言うと再び姿を消し、映里の手を取った。
拳魔から映里は認識できるが、映里から拳魔が認識できなくなると、どこかでぶつかったりして危ないと考えたからだ。
「やっぱり拳魔の匂いがするのさ。ずっと変だと思っていたのさ」
割と映里も拳魔を感知できていたようだった。
鼻は犬並みに利くようだった。
恐るべし映里だった。
「それに熱も感じるのさ」
そして少し赤外線カメラ的な能力もあるかもしれなかった。
映里、怖い子‥‥

二人仲良く手を取って、冒険者を見守り続けた。
群れのボスゴブリン相手は流石に厳しい所もあったが、なんとか冒険者たちだけでクエストを完了していた。
重傷レベルも何人かいたが、回復ポーションで回復し、自らの足で歩いて帰れるくらいにはなっていた。
茜子の父親と思われる人も多少怪我を負っていたが、中ではかなりマシな方だった。
「終わったのさ。拳魔の知り合いのお父さんはどの人なのさ?」
「ああ。あの渡辺って人。娘の茜子って子がさ、うちの店に来て話しててさ、不安だから映里に様子を見てもらえるよう頼もうと思ったんだよ。まさか同じ事を頼んでいる人が他にいたとは思わなった」
「仕事の内容話しておけば良かったのさ。でもおかげで拳魔と一緒に仕事ができたのさ。やっぱり拳魔はかなりの能力者なのさ」
拳魔は『そういえば色々バレたな』と思って空を見上げた。
姿を消したり気配を消したり、魔力で人の存在を確認したり、映里に能力を隠してももう遅いと認識した。
でもそれは別に諦めではなく、失敗したと思うものではなかった。
映里なら大丈夫だと感じていた。
だからと言って、ワザワザ見せつけようとは思ってないけどね。
何処で誰が見ているかもしれないわけで、拳魔は一応今まで通りでやろうと考えていた。
その後映里との話で、拳魔は今回のゴブリン討伐クエストの詳細を知った。
モウトイテの町には、高レベルの冒険者がほとんどいなかった。
だからこの町での高レベルクエストは、何時も映里に任せるのが領主にとって当たり前だった。
でも人材育成もしなければならないと考えた領主は、少しレベルの高いクエストを、ギルドを通じて冒険者に高額報酬で依頼したのだそうだ。
とはいえ危険が大きく、逆に冒険者を失う可能性も高かったので、映里を秘密裡に付けたという話だった。
「話を聞くと、映里って領主と仲が良さそうだね」
「領主というよりは、娘の|多賀恵美《タガメグミ》ちゃんと仲良しなのさ!そうそう拳魔の事は恵美ちゃんの婚約者、一茶さんに聞いたのさ」
拳魔の中で、映里が何故自分の所を訪ねてきたのかなど色々と繋がった。
「姉小路さんの事だね。あの人そんな人だったんだ。もしかしてあのオーガのレア魔石も、映里が手に入れた物かな」
「そうなのさ!アレは高く売ったのさ。むふふ」
拳魔はその辺り、聞かない方が良いと悟った。
こうして拳魔の、ゴブリン退治見守りの日は終わった。
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