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第六話 領主の娘、多賀恵美とクラーケンの魔石

いきなり訪れてきた女の子が云った。
「この魔石、あなたならどういう風にできるのか、言ってみなさい!」
身なりは良く、年齢は十代前半に見え、顔は少し気が強そうに見える女の子が、大きな魔石をカウンターに置いた。
多分ツンデレ設定のキャラだな。
俺が設定していないという事は、自動でキャラ設定がされている。
その場合分かりやすいのが多いのだ。
でも、デレがあるのかどうかは分からない。
今のところツンなお嬢さんと表現するのが一番いいだろう。
そんな女の子が胸をはって、カウンターに座る拳魔を見下ろしていた。
身長はそんなに高くないので、あまり見下ろせていなかったが、気持ちとしてはそんな感じの表現で間違いないだろう。
ただ拳魔には、その女の子よりも、置かれた魔石に目が釘付けになっていた。
その魔石は空色をしていて、ドラゴンの魔石よりも大きかった。
「かなり凄い魔石ですね。見た事がないです。魔力の流れが‥‥今までに見た中で一番多いですね。十五以上あります。効果は主に魔力。これはドラゴンよりも大きい。それ以外は水のコントロールですね」
拳魔は見た事を次々と言った。
今までにも何度か出てきたが、魔力の流れの数について話をしておく。
魔力の流れが多いほど、魔石の働きは複雑になる可能性があり、その数だけ効果を得る可能性がある。
その組み合わせによって効果が変わったりするわけで、カットしてどんな魔石になるかは分からなくなってくる。
しかも多くの場合は、組み合わせを変える事で安い効果になってしまうか、たんなる魔力となる事が多い。
だから拳魔は、基本的には元の効果を維持する形でカットするのを基本にしていた。
ただし無駄な流れを残すよりは、スムーズにした方が効果がアップするので、流れを大幅に変える事もあった。
「それで結局どういう風になるの?それを教えなさい」
相変わらず上から目線の女の子だったが、拳魔は気にしていなかった。
そもそもあまりそのような事を気にする所も無いし、今はもう魔石に夢中だった。
「この魔石の効果を魔力に絞れば、割と強めの魔法が魔力消費無しで撃てるようになります。もちろんリカバリータイムは必要ですが‥‥水系魔法に絞れば威力は増しますね。こんな大きな魔石は見るのが初めてなので断言はできませんが、水のコントロールに使えば、かなり大きな事もできるかと思います。術者の魔力によっては、モーゼのように海を割って底を歩く事も可能かもしれません」
拳魔はかなり興奮気味だった。
しかし女の子は少しがっかりしたようだった。
「それくらいなの?映里のスタッフはもっと凄かったのに。こっちの魔石の方が凄いと思ったんだけどなぁ」
女の子の口から映里の名前が出て、拳魔は少し女の子の言葉に反応した。
もしかしたらこの女の子が、映里の言っていた多賀恵美という友達かもしれないと思った。
拳魔には魔石よりも興味のある事ではなかったけどね。
拳魔は女の子の言葉を聞きつつも、意識は魔石に夢中だった。
「この魔石は凄いなぁ。無限の可能性がある。僕でも何が生まれるのか分からない‥‥」
拳魔が魔石に夢中になる中、女の子は徐々にイライラしてきた。
自分がほぼ無視されているからだ。
そこで女の子は思った。
もしも映里の話が本当なら、この男はきっとかなり強いに違いないと。

そう、やはりこの女の子は拳魔の想像した通り多賀恵美だった。
恵美が今日ここに来たのには二つの理由があった。
一つはもちろん、この魔石で何か凄いものができないか確認したかったからだ。
この魔石は多賀家に伝わる『クラーケンの魔石』で、昔ご先祖様が討伐した際手に入れた物だった。
多賀家はその功績により貴族となり、今もそれは続いている。
そしてもう一つの理由が、拳魔の力を確認する為だった。
実はもうすぐ、大陸中の使い手が集まって行われる、チーム対抗バトルロイヤル大会が開催される事になっていた。
今年は二回目で、開催される理由は『魔法ネットワーク』の権利をどの国が持つかを決める為だった。
当然その前は日本がこのネットワークを支配していたのだが、日本が滅亡した事で、その権利をどの国が持つのかが問題となった。
そこで提案されたのがチーム対抗バトルロイヤルである。
この世界の戦争は、もちろん兵の数も重要ではあるが、やはり強い者がいるかいないかで大きく左右される所があった。
一騎当千どころか、一騎当万くらいの差は出る。
だったら強いモノだけがその能力を競い、その結果で決めようというのはある意味文明的だ。
この大会では相手を死に至らしめた時点で退場となるルールで、この世界のスポーツ格闘技と言ってもいいだろう。
それに恵美は、多賀領主の領地代表として出場するつもりだった。
大会は、帝国同士の戦いとなると遺恨が残る事を懸念して、領地対抗となっていた。
もちろんそうはいっても同じ王国、同じ帝国の領主がやんわりと手を組む事はあったが、最終的に勝者は壱チームのみだった。
そのチームに、恵美は拳魔を誘おうかと考えていたのだ。

そんなわけで今、恵美は拳魔の実力を試そうと企んでいた。
一発思い切り殴ってみて、拳魔がどういう対応をするのかで見極める魂胆だった。
ただ、映里は別に拳魔の事を『強い』などとは話していなかった。
一緒に手をつないでゴブリン討伐を見守ったとか、魔石研磨職人として凄い有能だとか、あくまで自分が拳魔を認めている事実を喋っただけだった。
それを聞いた恵美が、『拳魔は強い』と勝手に判断していた。
もちろんその判断は大正解なわけだが、本当の力を知る者は、神である俺しかいなかった。
夢中で魔石を見る拳魔にゆっくりと近づく恵美。
それに気づかない拳魔。
恵美は右手を引き力を込めた。
そこで当然拳魔はそれを察知した。
いくら何かに夢中になっていたとしても、強い力を感じられない拳魔ではなかった。
拳魔は思った。
この子、どういう訳だか僕を殴ろうとしている。
避けるのは簡単だけど、この子のパンチを避けるのは相当な能力者じゃなきゃ無理だろうな。
避けたら僕が強いのがバレる。
どうしよう。
考えている間にパンチが飛んできた。
拳魔はもうどうにでもなれといった感じで、素直に殴られる事にした。
「あれ?えっ?嘘?!」
全く避けようともしない拳魔に驚いた恵美だったが、時既に遅し。
恵美のパンチはモロに顔面に入り、拳魔はカウンター席の端の壁まで吹き飛ばされ、壁に大きな穴をあけた所で倒れた。
拳魔はすぐには動かない方が良いと判断し、ピクリとも動かなかった。
「ちょっと大丈夫!?」
恵美は心配そうに拳魔に駆け寄ったが、いきなり思い切り殴っておいてそれはないだろうと、俺は少し笑けた。
オロオロする恵美は滑稽に見えた。
拳魔を抱きかかえ動揺する恵美。
「ねえ!息してるよね?嘘?私殺しちゃった?どうしよう~」
恵美は涙目になっていた。
「じ、人工呼吸が必要かしら?でも、私には既に決まった相手がいるしー」
何やら雲行きも怪しくなってきた。
流石にこれ以上は可愛そうだと思い、拳魔はゆっくりと気が付くフリをした。
「あれ?どうしたの?」
拳魔はうっすらと目を開け、恵美を見あげた。
「大丈夫?大丈夫なの?」
恵美は全力で拳魔を揺すった。
もしも本気で拳魔が死にそうになっていたら、完全に逆効果な行動だったが、別に拳魔はダメージを負っていたわけではなかったので大丈夫だった。
拳魔は心の中で、『この子頭おかしい』と思った。
「大丈夫だよ。一体何がどうしたの?」
拳魔がそう答えると、恵美は泣きながら拳魔を抱きしめた。
その力もやっぱり死にそうな人だったらヤバいパワーだった。
拳魔は『この子と一緒にいたら、多分その内死人が出る』と思った。

さて、なんとか恵美は正気を取り戻したが、店は破壊されていた。
隣の店まで被害が及んでいなかった事は良かったが、店の修理にはそれなりに費用がかかりそうだった。
もちろん拳魔なら、森で適当に木を調達してきて魔法でチョチョイのチョイだったが、店は人が来る場所なので、流石にそれはできなかった。
「ごめんなさい拳魔。修理代と慰謝料は‥‥うう‥‥ごめんなさい、全部出すから‥‥ぐすん」
恵美は正気にはなったが、まだ少し涙は残っていた。
「気にしなくていいよ。おそらくだけど、君は多賀恵美さんだよね。映里の友達の」
拳魔がそういうと、恵美はハッとしたように顔を上げ、ブンブンと首を縦に振った。
「やっぱりそうか。映里の友達だし許すよ。良い子だって聞いてるし、実際にあってそう思った‥‥うん、思ったから」
少し間があった。
頭はおかしくてその内死人を出しそうではあったので、根は良い子に間違いはないと納得できるまで少しだけ時間が必要だった。
少し映里と似た者同士なのかなと思えて、拳魔は少し失笑した。
「えっ?何かおかしいの?」
拳魔の言葉に一瞬ホッとした恵美だったが、失笑された事で自分を取り戻し始めた。
それでも構わず拳魔は答えた。
「だって、映里と少し似た者同士なんだなって思って。方向は少し違うけどね」
拳魔の笑顔に、恵美は少し不快感を表して頬を膨らませたが、でもすぐに一緒に笑顔になった。
「ホント悪かったわね。ちょっと拳魔の事試そうと思ってね。映里の話だとなんだか強そうに感じたから、私のパンチならかわせると思っちゃったのよ」
普通の人なら完全に死んでるパンチでした。
かわせるとしたら、冒険者や軍人の上位の者だけです。
やっぱりこの子頭がおかしいと誰もが思った。
拳魔、俺、読者、みんなね。
「でも私の勘が外れるなんて、おっかしいなぁ」
勘で人を殴りました。
死ぬレベルの強烈なパンチでした。
やっぱりこの子頭おかしいと以下同文。
「でもさ、パンチをまともにくらって無傷だし、この短時間に完全に復活している拳魔って、耐久力は凄いわよね。冒険者や軍人のトップレベルでも多少ダメージ残ると思うんだ」
拳魔は少しヤバいと思った。
確かにこのパンチをまともにくらえば、多くが死ぬわけで。
強さがバレないようにする為には死ぬしかなかったのかと拳魔は思い始めた。
でももう今更である。
恵美はニヤリと笑った。
「もしかして、わざと殴られた?だいたい私の勘が外れるわけないんだよね」
恵美の顔はいやらしかった。
少なくとも拳魔にはそう見えた。
話をそらせたいと思った。
でも恵美の目はそうさせてくれなかった。
「拳魔。あんた私たちと一緒に領地別チーム対抗バトルロイヤル大会に出るわよ。これだけの耐久力があれば、少なくとも他の誰よりも戦力になるわ」
「ご遠慮します」
拳魔は即答だった。
しかし拳魔の弱みを既に恵美は把握していた。
「ただとは言わないわ。優勝できたらこの魔石をあなたに上げる」
拳魔は心が大きく揺れた。
その魔石とは、多賀家の宝、クラーケンの魔石。
瞬時に拳魔は頭の中にあるスーパーコンピュータをフル回転させた。
バトルロイヤル大会は、四人でのチーム。
おそらく恵美と自分以外に、映里も参加するのだろう。
映里がいるのなら、十分勝負できると思われる。
ならば、魔石アイテムで多少チームの底上げをすれば、自分が戦わなくても優勝できる可能性は十分にある。
拳魔は結果をはじきだした。
「お主、その言葉に二言はないな?」
「ええ。優勝できたら差し上げるわ。魔力ネットワークの権利は、その何十倍何百倍もの価値があるもの」
「よかろう。力になろう。ただし、戦闘ではあまり期待せぬように。強力な魔石アイテムで協力する。それでよいな?」
「分かったわ。所で、なんでいきなりそんな喋り方なの?」
「気にするでない‥‥気分じゃ」
こうして二人の交渉は成立した。
多賀領チームのメンバーは、リーダー多賀恵美、他は宝統拳魔、北都映里、姉小路一茶となった。
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