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第九話 みんな一緒に暮らします!それとクラーケンの指輪

バトルロイヤル大会の後、拳魔は恵美に貰ったクラーケンの魔石カットに燃えていた。
じっくり考えてから一つカットし、状態を確認してからまたじっくり考える。
この繰り返しを長時間かけて行っていた。
これだけの魔石を無駄にはしたくないし、かといって安全優先ではカットしたくなかった。
拳魔は店を開けている時間以外は、森の方の自宅に籠って作業をしていた。
そんな作業中の事だった。
突然自宅が大きく揺れた。
「な?何事?」
拳魔の自宅は侵入されないように結界で守られているし、当然大きな魔法にも耐えられるようになっていた。
そんな自宅が大きく揺れるというのは、地震が起こったか、とてつもない大きな魔法による攻撃を受けたかのどちらかだった。
そして地震にしては揺れは短かったので、おそらく魔法による攻撃と判断できた。
「誰が一体」
拳魔は千里眼で外の様子を確認した。
するとそこには映里が立っていた。
「なんでこんな森の中に家があるのさ。しかも私の魔法が効かないのさ。ヤッベー家なのさ」
再び映里は魔法を放ってきた。
拳魔の自宅が大きく揺れた。
拳魔は慌てて窓を開けて、外にいる映里に声をかけた。
「まってまってまって!どうしたの映里!ここ、僕の家なんだけど!」
「おお!拳魔なのさ。拳魔の家は町の中にあったはずなのさ。なんで森に拳魔がいるのさ」
拳魔は『それよりもなんでいきなり森にある家に攻撃してんの?普通の人が住んでたら死んでるよ?』と思ったが、映里に言っても無駄そうなので普通に質問に答える事にした。
「町にある家だと地下に籠って健康に良くないからさ、森の中に快適に暮らせる家を作ったんだよ。なのになんで映里はいきなり攻撃してるの?」
「そうだったのさ。冒険者に怪しい家があるって聞いて、恵美に調べるよう頼まれたのさ。拳魔の家なら問題ないのさ」
いやしかし、いきなり攻撃するのはどうかと思った拳魔だったが、やっぱりそこには触れない事にした。
「じゃあ僕はこのままここに住んで大丈夫なんだね?なら研究があるから、またね!」
拳魔はとりあえずホッとして、窓を閉めようとした。
「拳魔だけずるいのさ。こんな快適そうな所で‥‥私も暮らしたいのさ!」
何やら映里が今度は駄々をこね始めた。
「森の中で暮らすとか楽しそうなのさ。私も今日から此処で暮らすのさ!これは決定なのさ!」
拳魔は悟った。
もう映里に何を言っても無駄なフェーズに入っていると。
尤も本当にそうかどうかは分からないけれど、拳魔は結界魔法をかけ直した。
「いいよ。入口から入ってきて。映里も入れるように結界調整したから」
「分かったのさ!今日からここは私の家なのさ!」
映里は意気揚々と入口から入って行った。
中に入った映里は感動していた。
少しこの世界の建物とは違って、色々とコンパクトにまとめられている内装だった。
階段を上がった所で拳魔は待っていた。
「此処からこっちは靴を脱いで上がってね」
「靴を脱ぐの、どうしてなのさ?」
「どうしてって言われても、靴を脱いで上がった部屋の方が衛生的でしょ。床でゴロゴロもできるんだよ」
そういって拳魔は、絨毯の部屋でゴロゴロして見せた。
「おお!なんだかとっても魅惑的なのさ。私もやるのさ!」
そういって映里も絨毯の部屋でゴロゴロを始めた。
二人でゴロゴロしていると、なんだか芝生の上で寝転がっている気分になって、拳魔は少し和んだ。
しばらく二人して絨毯の上でボーっとした後、拳魔は建物内を案内した。
割と広くて、使っていない部屋もいっぱいあった。
「これだけ広いと管理が大変なのさ」
「ん~‥‥使ってないしね。特に大変でもないけどね」
拳魔は掃除や何かも全て魔法でチョチョイのチョイだった。
だから家の管理が大変という事はまるでなかった。
しかし映里が、予期しない事を提案してきた。
「拳魔、メイドさんを雇うのさ!」
拳魔の頭の中を、一瞬色々な事が駆け巡った。
メイドという言葉の響きに感動したり、でも自分はそんな人の上に立つような人間ではないと考えたり、でもやっぱりロマンじゃないかと思ったりした。
「でもさ、なんかメイドを雇うって偉そうだしねぇ‥‥」
「そんな事ないのさ。それにメイドに雇ってもらえれば、雇ってもらえた方も貧しい暮らしをしなくて済むのさ。拳魔は金持ちなのさ。金を持っている人は金を使う事が貧しい人の助けにもなるのさ」
いきなり映里に至極真っ当な事を言われ、拳魔は驚きを隠せなかった。
この映里は偽物ではないかとも思った。
もしかしたら改造手術を施された可能性もあるのではと感じた。
でも、拳魔は納得していた。
「そうだね。ただ、この家には色々と秘密もあるから、映里以外だと秘密を守ってくれるか心配もあるよなぁ」
拳魔の家は、地下に実験場に通じる道があり、一階には町の中にある拳魔の店に通じる異次元の扉もある。
それらをあまり公にされても困るし、いきなり知らない人を雇うのは難しいと考えていた。
「基本的にお世話係になった人は、主人を裏切らないのさ。自分たちを助けてくれた恩もあるのさ。それに拳魔にとってはいい人達が、執事とメイドに応募しているのさ」
「僕にとっていい人?」
拳魔には全く心当たりがなかった。
だいたいこの町で付き合いのある人は、先日の大会でチームを組んだメンバー以外にいなかった。
まさか貴族が執事やメイドをするわけもなく、想像できなかった。
「いるのさ。少なくも向こうは拳魔に恩を感じているのさ。渡辺さんなのさ!」
拳魔は『渡辺さん』と言われても直ぐには思い出せなかった。
少し考えてからハッと思い出した。
「もしかしてネコちゃんの?ゴブリン退治したあの渡辺さん?」
「そうなのさ。あの渡辺さんの奥さんも含め、家族で働ける所を探していたのさ。執事やメイドの経験が全くないから、まだどこも雇ってくれる人が見つからないのさ。拳魔が雇えばみんながハッピーになるのさ」
あの時の冒険者、名前を『|渡辺仁《ワタナベジン》』といった。
仁はゴブリン退治の仕事の後も冒険者業を続けていたが、自分の力の限界を感じていた。
そんな時妻の『|渡辺茜《ワタナベアカネ》』が、自分も働くと言い出した。
夫に『危険な仕事を辞めて欲しい』とも言った。
相談した結果、二人でどこかで働けたらという話になり、今の話の流れとなった。
冒険者ギルドでは、引退の際次の職業斡旋もしていて、その情報は領主行政側にも伝わってくる。
映里はそれを恵美の元で知り、頭の隅に『なんとかできないか』という思いをとどめていた。
そんな時拳魔が森の屋敷ともいえる大きな家に住んでいるのを見て、これは良い話なのではないかと思ったのだった。
拳魔としては、正直全く人手は必要なかった。
でも茜子を助ける事に繋がるのだとしたら、それも良いかと思った。
「分かった。じゃあこの家の執事とメイドとして、ネコちゃんの両親を雇う事にするよ」
「良かったのさ!きっと喜んでくれるのさ!」
こうして拳魔の家で、映里と渡辺家族は共に暮らす事になった。

「よろしくお願いします。渡辺仁です。茜子がお世話になったそうで。それにゴブリン討伐の際もサポートしてくださっていたようで。その上雇っていただけるとは、本当に感謝します」
「茜子も喜んでいます。精一杯働かせていただきますので。よろしくお願いします。拳魔様」
二人はとても良い人そうだった。
その二人に目一杯感謝されている事に、拳魔は照れていた。
逆に居心地が悪くてむしろ辛かった。
「はい。感謝してくれるのは嬉しいのですが、僕はそういうのちょっと困るので、もう少し普通にしてください。名前に様なんてつけなくていいですよ」
映里はただ照れる拳魔をニコニコとしながら見ていた。
茜子も同じようにニコニコしながら、映里と手を繋いでやり取りを見ていた。
「そうですか。では拳魔さん、これからよろしくお願いします」
「はい。仕事は掃除洗濯と料理、後は何かあれば頼みます。部屋は二階全部使ってくれて構いません。自分の家だと思って使ってください。それと外に庭を作る予定ですが、それより外の森へはでないでくださいね。危険ですから」
既に異次元のドアは、この家に来る時に通ってきていた。
流石に茜や茜子には、森を通って町と行き来などさせられない。
それなりにモンスターもいるので危険だった。
話は終わり、何故か映里が二人を連れて部屋を案内していた。
既にこの家は映里の家のようだった。
「拳魔、ありがとう。父上も母上も喜んでたよ」
「そっか。それなら良かった。これからは僕もネコちゃんとずっと一緒で嬉しいよ」
「うん。良かった」
そういう茜子は少し寂しそうでもあった。
拳魔は気が付いていた。
あの時やってきた茜子は、本当に冒険者をしている父親を誇りに思っていた。
冒険者を辞める父親に、少し寂しさを感じているのだろうと察した。
拳魔は茜子の頭に手を乗せた。
「お父さんは冒険者を辞めたかもしれないけど、人を助ける事を辞めた訳じゃないよ。これからは僕を助けてくれるわけだし、きっと何かあれば色々な人を助ける。だってその娘のネコちゃんはとってもいい子だから、君を見れは分かるよ」
拳魔が頭をなでると、茜子は少し涙を浮かべて笑顔になった。
「わたしを見れば分かるの?」
「そう。子供ってのはね、親に似るんだ。ネコちゃんはとっても正義感があるからね。お父さんも同じくらい正義感があるって分かるんだよ」
「そっか!」
茜子の顔にもう涙はなかった。

渡辺家族が引っ越してくるまでには、既に庭も確保されていた。
拳魔は夜中の内に結界範囲を広げ、その大きさに合わせて魔法で塀を立てた。
後の細かい庭のデザインなんかは、渡辺家族に任せた。
それから映里と渡辺親子が共に暮らすようになったが、拳魔の生活はほとんど変わらなかった。
変わったと言えば、食事を共にするようになった事と、店番を任せた事くらいだった。
拳魔は食事する必要のない体だったが、自分だけ食べないのも不自然なので一緒に食べるようになった。
店の開店と閉店は仁に任せて、魔石研磨の仕事依頼があった時だけ呼び出してもらうようにしていた。
何にせよ、これで拳魔は好きなように使える時間が少し増えていたわけで、凄く満足していた。
そんな中、今日も拳魔が没頭していたのが、クラーケンの魔石のカットである。
そしていよいよ魔石カットの重要局面を迎えていた。
「いよいよ挑戦か‥‥ドラゴンの魔石と同様に二つに分けられるんだけど、凄く小さな魔石を切り取る感じなんだよなぁ。これで本当に上手くいくのか‥‥」
ドラゴンの魔石の場合は、真ん中で丁度二つに分けられるように、魔力が綺麗に左右へと流れていた。
しかしこのクラーケンの魔石は、その分かれ目が隅に寄っていた。
此処で切っても魔石が死ぬ事はないとは思える。
しかし効果が半減する可能性も否定できない。
拳魔は悩んだが、やはり挑戦せずにはいられなかった。
「切る!」
拳魔は魔石の隅を少し切り落とすような感じで、流れが丁度別れる辺りをカットした。
「おお!ドラゴンの魔石と一緒だ。やはり二つに分けられた。しかもドラゴンの魔石とは違って、一方の効果が変わっている」
大きな魔石の本体の方は、今までと変わらず『水の操作魔法』の流れを残していた。
魔力の強い人がこの魔石を持って魔法を発動すれば、海を割って道を作ったり、川の流れを変えたり、かなりの操作が可能になりそうな効果だった。
ただ小さい方は、正直拳魔でも見た事のない流れだった。
「なんだろう。魔石の魔法効果では見た事がない流れだ。強い魔力は感じるから、かなり凄い効果が期待できそうなんだけど‥‥少し『水の守り』に似ている気がするけど、何かが違う」
拳魔はしばらく小さい方の魔石を眺めていたが、答えが出なかったのでとりあえず大きい方から仕上げる事にした。
こちらは元々の効果通り、『水の操作』の力を残して見た目に美しいカットしていった。
出来上がった魔石は『ロッド』の先に付けて、欠片を散りばめて装飾していった。
このロッドは、今まで通り多賀家の宝として受け継いでいってもらおうと拳魔は考えていた。
問題はもう一つの欠片の方である。
神である俺にはこれが何かは分かるが、拳魔がいかにチートと言えどもすぐに分かるものではなかった。
拳魔は魔石を持って実験場へ移動した。
拳魔は実際に試してその魔石の能力を解明しようとした。
魔法が込められいるのなら、魔力を注ぐ事で発動するはずだ。
拳魔は少しずつ魔力を魔石に送り込んだ。
しかしその魔力は魔石に拒否された。
「え?魔力を拒否されるなんて、今までのどの魔石にもなかった」
魔力を送れば、効果が発動しないまでも空発動のような感じで、効果の無い魔法が発動する。
例えば回復魔法が込められた魔石に魔力を送れば回復魔法が発動するわけだが、回復対称がなければそれは空発動になる。
拳魔は、今回もおそらく発動条件が整っていなかったのだと考えたが、魔力を全く受け付けないというのは今までになかった反応だったので戸惑っていた。
なのに魔石が持つ魔力は、常に効果を発動しようと流れ続けているのにも疑念を抱いた。
つまりこれは、常に効果を発動し続ける常態魔法なのだと拳魔は考えた。
そして水の守りのような流れ。
魔力を拒否する、本当に生きているような魔石。
拳魔の結論は一つしかなかった。
「もしかして、クラーケンの魂が宿る魔石?」
拳魔は簡単にその魔石を指輪に付けて、自分の指にはめてみた。
特に何も感じなかった。
守りとするなら攻撃が必要なので、自分で自分にマジックミサイルを放った。
すると一瞬魔石が反応を示したが、何事もなく自分で放ったマジックミサイルは自分の腕に命中し消滅していた。
「反応はあった。でも僕の事は守ってくれなかった。そんな感じか。となると‥‥」
拳魔には正解が見えたようだった。
表情がそれを表していた。
拳魔は指輪から魔石を外すと、魔石の効果はそのままに、できるだけ綺麗に見えるようカットしていった。
そして今度は、しっかりとした指輪をピンクゴールドを使用して作り上げた。
「できた!名付けて、『クラーケンの指輪』だ!」
そのままだった。

その日の内に、拳魔は映里を連れて恵美に会いに行った。
「はい。約束のモノが出来上がったから返すよ」
拳魔はまず、大きい方の魔石で作ったロッドを恵美に渡した。
「へぇ~なかなかいい感じのロッドじゃない」
「まあね。これは今まで通り家宝として残しておいてよ」
「ありがたく貰っておくわ」
恵美は勝手に家宝の魔石を上げてしまった事で、領主である親にかなり怒られたらしい。
でもそれがこのような形で返ってきたのだから、きっと親も納得するだろうと安心していた。
「それとね、恵美にはもう一つあるんだ」
拳魔はそう言って、クラーケンの指輪を恵美に渡した。
恵美がそれを受け取ると、恵美は何かを感じたようだった。
「なにこれ?なんか凄く力を感じるわ。これはなんなの?」
特に害を及ぼすような魔力ではなかったので、恵美はそれを手に持ったまま疑問を拳魔に投げかけた。
「それはね、クラーケンの指輪だよ。既にその力を感じているって事は、やはり僕の予想通りかもしれない。多分その指輪の効果は、多賀家の人にしか働かないと思う。とりあえず指にはめてみて」
「うん。分かったわ」
拳魔に従って、恵美はクラーケンの指輪を左手の中指にはめた。
「これでいいの?」
「うん。それで今から僕が軽く魔法で攻撃してみる。多分その指輪が守ってくれると思うけど‥‥予想が外れてたらゴメンね」
「ええ!?軽ーくにしてよ。痛いのは嫌よ」
拳魔には自信があったが、何も起こらない可能性もあった。
拳魔にも初めての魔石で、断言はできなかった。
「大丈夫。とりあえず針で差すくらいのマジックミサイルだよ。左手を狙うね」
拳魔はそう言いながら、直ぐに魔法を発動した。
小さなマジックミサイルがすぐ近くにいる恵美向かって飛んだ。
しかし次の瞬間、指輪から水が噴き出し、盾となってそのマジックミサイルを止めていた。
その水はスライムのようになって、タコかイカのような八本の足と、二本の触手のようになって揺らめいていた。
それはすぐに指輪へと戻って行った。
「何今の?」
「クラーケンの足だと思う。それがこれから恵美を守ってくれる。もしかしたら攻撃も命令できるかもね」
「なんか凄いのさ!ちょっと気持ち悪いけど、やっぱりちょっと気持ち悪いのさ!」
確かにウネウネは気持ち悪い感じもするけれど、映里はそこ、強調しすぎ。
それでもその力は、確かなものが感じられるレベルだった。
「すっごく試してみたいわね。バトルロイヤル大会の前に欲しかったわ」
もしもそうであったなら、もっと楽に優勝できただろう。
だけどこの後、直ぐに試す機会は訪れるのだった。
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