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時をかける猫

「しまったぁー!なに僕はこの子を連れ帰ってるんだぁー!!」
 豊は結局、無事に猫の子を自宅に連れ帰る事に成功していた。
 いや、そう思うのは私だけだったようで、このミッションは豊にとって本意ではなかったようだ。
 夢中になっていて、肝心な部分を見落としていた。
 そんなに都合の良い話などないだろうと思うが、まっ、その理由は、この後きっと理解する事ができるだろう。
 豊は、猫の子の手をつかむと、警察につれて行こうと引っ張った。
「警察に行こう。」
 既に豊の頭の中では、猫が人になった事実を、トリックかなにかだと思いこんだようで、目の前の女の子を可哀相な子だと決めつけていた。
 猫の子は、その豊の行動に抵抗した。
 つかまれた腕が痛いのか、少し泣きそうな顔をしている。
 この場面を見たら、誰もが豊を悪人だと思うだろう。
 豊もそれに気がついたのか、つかんでいた手を放した。
 全く、こんなにおいしい話の展開なのに、豊とはつくづく可哀相な奴だ。
 私だったらとりあえず、ここに居たいのだと判断して、心ゆくまでいてもらうぞコノヤロー。
 なのに豊の口から発せられた言葉は、信じられないものだった。
「警察に電話するよ。」
 本当に、豊の頭の中はどうなっているのか。
 自分がつれこんでおきながら、そんな事を言う?
 だが、此処でようやく、この話の流れに大きな変化をもたらす出来事が起こった。
「ニャー!」
 鳴いた。
 猫の子が鳴いた!!
 おめでとう。
 いや、そうじゃなかった。
 一瞬、豊かには何が起こったのか、頭の中を整理するには、しばしの時間が必要だった。
 何故なら豊かにとって、目の前の女の子と猫を繋ぐものは、既に頭に無かったからだ。
 そして再び、猫が可愛い女の子になったって事が、リアルな記憶として蘇ってきた。
 それでも、豊かにはそう簡単に受け入れられる事実ではない。
 ハッキリ言って、じれったくて面倒くさくでウザったい話の流れだが、これが豊の世界では当然の話。
 その理由もまた、読み進めて行けばそのうち分かると思うので、此処では割愛する。
 豊は必死に受け入れようとしたのかもしれない。
 豊は頑張って理解しようとしたのだろう。
 それでようやく頭の中を整理して出てきた結論が「猫なの?」と、目の前の可愛い女の子に聞く事だった。
 本当なら、人間に「猫なの?」って聞くのはあまりにおかしいし、猫ならそうだとは答えられない。
 そう、この場合は「違うよ!」って返事が返ってくるのが当然だ。
 それが豊のグローバルスタンダード。
 と言うか、多くの人にとって、それは当り前の事だ。
 でも、その女の子から返ってきた返事は、色々と常識の範囲外、想定外、規格外だった。
「そうだよ!」
 肯定した。
 猫だと認めた。
 という事は、猫が喋った?
 あり得ない。
 豊の頭のスーパーコンピュータは、今度は簡単に結論を出した。
「嘘」であると。
 それは同時に、猫が人間になったのを目撃してしまった事をも否定し、猫が人間になる事を否定する行為であった。
 その判断は、決して間違ってはいない。
 そんな事は、この世界であるはずも無いのだから。
 その否定する気持ちが、また目の前で不思議な事が起こる力となってしまった。
 正確には、今までかろうじて人間の姿でいた力を、失わせる事になった。
 目の前の可愛い女の子は、見る間に猫の姿へと形を変えた。
 着せていた体操服の隙間から、猫の顔がちょこんと出ている。
 その顔は、帰りに見た三毛猫と同一だ。
 そしてその表情は、少し悲しそうだった。
 流石に豊も、これだけ何度も変化する姿と、悲しい顔を見せられては、多少受け入れざるを得なくなっていた。
「人間になる事ができる猫って・・・」
 その言葉に、再び猫は可愛い女の子へと変化した。
 もちろん、その際に体操服を巧く着られるわけもなく、色々なところがあらわになっている事は、当然お伝えしておかねばなるまい。
「あ・・・服着て服!!」
 豊は再び、目をそらしながら、体操服をその子に、期せずして着せる事となった。
 もちろんチラチラ見ていた事は、当然お伝えしておかなければなるまい。
 なんとか着せる事に成功した豊は、とりあえず息が荒かった。
 どうやらドキドキ緊張しすぎて、息をする事も忘れていたようだ。
 猫の女の子は、それをキョトンとした顔で見ていた。
 とっても可愛い萌え顔だ。
 豊はその顔をみて、再び息をするのも忘れてしまうくらいフリーズした。
 そして私もフリーズした。
 おっと、危ない危ない。
 可愛い女の子は核兵器にも勝ると言うが、この物語をお伝えしている私をも凍結させてしまうのか。
 私が我にかえってから間もなく、豊もようやく落ち着いてきたようだ。
 ずっと受け入れられなかった事実を、ようやく受け入れ始めていた。
 豊は一つ深呼吸をして、女の子に話しかけた。
「もう一度聞くけど、君は猫なんだよね?」
 くどいと思わないでいただきたい。
 豊には、やはり聞かなければならない事なのだから。
 すると女の子はやはり「そうだよ!」と答えた。
 それを聞いた豊は納得して、いや、納得する事にして再び質問をした。
「じゃあ、人間じゃないんだよね?」
 豊の質問に、女の子は首を振った。
「えー?じゃあ、人間なの?」
 人間じゃなくはないのだから、それは人間なのだけれど、先ほど猫だと言っていたのに、どういう事だろうか。
 豊は再び頭が混乱してきた。
 でもその答えは、簡単に女の子の口から発せられた。
「猫だけど、人間になれたのさ。」
 うんうん、納得納得。
 要するに、この話のヒロインらしき女の子は、猫だけど人間になった女の子だったんだね。
 と、私なら納得だけど、いや、ずっと前からそう思っているわけだけど、豊には簡単に受け入れられる事ではない。
 でも、此処までの事実が、なんとか豊かに不思議な事態を現実として昇華させていた。
 長い長い道のりであったが、ようやく豊は、女の子から話を聞くという選択肢に至った。
 この世界で、裸の女の子が道の真ん中にいれば、まずは着る物をなんとした後、話を聞くってのが普通だろう。
 そして正に普通の中の普通である豊が、その行動に及ぶ事がなかったのは、全てはこの女の子の「思いの力」によるものだった。
「えっと・・・お名前は?あ、僕は山下豊です。」
 おいおい、合コンしてるわけじゃないんだから、普通に話そうよ普通に。
 でも気持ちは分かる。
 それくらい可愛い女の子なのだ。
 言葉だけでは表現できなくて、本当に申し訳ない。
 ただ、あえてどんな可愛さか言ってくれというなら「あなたがもっとも可愛いと思う女の子と同じくらい可愛い」である。
 その可愛い子がこたえた。
「ネコなのさ。」
 猫だから、そらネコだよね。
「って、そうじゃなくてさ。呼ばれている名前って言うか。そう、たとえば飼い主にどう呼ばれていたの?!」
 豊の言葉に、女の子は少し考えて、少し寂しそうな顔をしてから「ミケネコ?飼い主じゃないけど・・・」とこたえた。
 寂しそうな顔に、なんとも気まずい雰囲気になった。
「それも名前じゃない!」なんてツッコミは、もう不可能だった。
 豊は諦めて「ミケネコさんは、どうしてあんなところで、その・・・裸で・・・ん~いたの?」と聞いた。
 これは、裸でいた理由を既にわかってはいたが、それを受け入れたくない気持ちが作用しての聞き方だ。
 人間の服を着ている猫なんていないからね。
 ミケネコはしばらく寂しさから解放されずに黙っていたが、豊の質問を聞いて少ししてからこたえた。
「別の世界から飛んできたら空だったのさ。死ぬかと思ったさ。」
 ミケネコの返事は、豊の質問に正確にこたえられたものではなかった。
 だがしかし、この言葉には、朝の出来事を全て含めて、一本に繋げるには十分な言葉であった。
 そして、聞き流せない言葉も含まれていた。
「別の世界から飛んできた?」
 まあもっともな疑問である。
 豊の常識の範囲内で考えれば、別の世界というのは、外国ってのがまず思いつくところだろう。
 そこから飛んできたってなら飛行機だが、猫が飛行機に乗ってきて、死ぬかと思ったとかこたえるのはどうも不自然だ。
 それに朝、羽の生えた猫のような鳥を目撃している。
 あれがもしミケネコだったら、外国から羽を使って飛んできたって事だが、それだと死ぬかと思ったってのがやはりおかしい。
 豊の質問に、ミケネコはようやく核心に触れる発言をした。
 
「私、別の世界線の未来から来たのさ。豊に会う為に。」
 豊は、一瞬意味が分からなかった。
 いや、言っている事は理解できる。
 でも、そんな非常識な事が実際にあるなんて、やはり豊には納得できないし、事実としては理解できなかった。
 私だったら、きっと猫人間がいる時点で、羽をはやして空を飛んでる時点で、それくらいあっても不思議ではないと思えるだろう。
 それができない豊だからこそ、この話の主人公になり得たわけだが。
 豊は、必死に頭の整理をしていた。
 ミケネコの言っている事を、そのまま理解すればこうだ。
 ミケネコは、別の世界線の未来から、この世界へと飛んできた。
 そしたら空の上だったので死ぬかと思った。
 後は豊の見た事実と合わせると、羽が生えて飛べたので、無事地上に到達した。
 豊の帰る道すがら、再び出会い人間になるが、元は猫なので裸だった。
 なんやかんやと無理やり家にお持ち帰りした。
 というわけだ。
 おっと、一つ重要な発言をスルーしていた。
「豊に会う為に来た」って事だ。
 豊はそこに何かがあるような気がしたのか、それとも偶々そこだけ腑に落ちなかったのか、再び質問をした。
「俺に会いにって、どうして?」
 この質問にこたえるには、どうやら一言では語れなかったようで、此処からミケネコは長々と語り始めた。
「よくわからないんだけど、私の居た世界は、私の世界、私の世界線なんだってさ。」
 確かによくわからない。
 だから黙って、豊は話を聞き続ける。
「時間軸の中には、沢山の世界線が存在するんだって。」
 豊も、それくらいは聞いた事がある。
 それぞれの世界線には、それぞれの自分がいて、要するにパラレルワールド。
 世界線は色々なところで分岐し、また合流する事もあるとか。
 たとえば明日、豊が学校に遅刻したとしよう。
 本来豊は、明日遅刻しなかったとして、ここで、遅刻した世界と、遅刻しなかった世界が、それぞれに存在するという考え方。
 世界線の分岐だ。
 しかし、遅刻してもしなくても、その後の豊に全く何も変わりがなければ、世界線は再び合流する事もある。
 でも、この後のミケネコの発言は、その考えを少し否定するものだった。
「時間軸の中の世界線は、全て平行に、命の数だけ存在するんだってさ。」
 豊は、そういった話は聞いた事が無かったが、理屈としてはある意味わかりやすいかもしれないと思った。
「時間軸をロープに、世界線をロープを作る一つ一つの紐に例えるらしいんだけど、その紐は、中心部は密度が濃くて、外に行くほど数が少ないんだってさ。」
 そんな話は聞いた事が無いし、少し分かりにくい。
 だからか、ミケネコも言いなおした。
「そのロープを切った断面図は、銀河系のようになってるんだってさ。宇宙の真理は万国共通とか言っていたのさ。」
 言いなおして、余計に意味が分からなくなったが、要するに、中心付近は密度が濃く無限に近くて、外は密度が薄いって事だと、豊は理解した。
 だがそんな事を言われても、豊かに会いに来た理由には、どう考えても繋がらない。
 だから豊には、ミケネコの言う事を聞き続けるしかなかった。
「私は、その銀河系みたいな時間軸の、一番外の世界線から来たのさ。この、豊の世界である、丁度中心の世界線に。」
 (要するに、この中心には何かがあると。でも、僕の世界ってのはどういう事だろうか?命の数だけ世界線があるという事は、それぞれの命に、それぞれの世界線が割り当てられているって事だろうか?)
 そう豊は考えていた。
 この話が本当なら、豊はある意味、世界の中心に住む、世界の中心人物って事だ。
 だからと言って、これで会いに来た理由が全て明かされたわけではない。
 中心の人物に会いに来なければならなかった理由こそが、豊に会いに来た理由だという事だ。
 豊が頭の整理をつけたところで、ミケネコは再び話し始めた。
「全ての世界線は、近い距離ほどお互いに干渉し合い、離れた世界ほど干渉しないんだってさ。だから、外の方の世界で起きた事が、内側の世界に影響を与える事はほとんどないって。」
 豊にも、なんとなく話が見えてきた。
 要するに、数の多い内側の世界で起こった事の方が、より多くの世界に干渉でき、更には全ての世界への干渉が可能と言う事。
「つまり、ミケネコの世界を、この世界で何かする事で変えたいって事か。」
 豊には信じられない話ではあるが、それなりに頭が良いので、理屈を理解するだけなら容易かった。
「うん。でも、この世界は豊の世界だから、豊が何かしないと変わらないのさ。豊が信じてくれないと変えられないのさ。この世界は、豊の世界なのさ。豊の思うがままなのさ。」
 豊には「思うがまま」というところが特に理解できなかった。
 何故なら、この世界が思いのままなら、豊が願えば、魔法使いにでもなれるって事だから。
 でもそんな事にはなり得ない。
 それでも、一応聞きたくなるのが人間だ。
 豊には珍しく、少し期待していた。
「僕が願えば、魔法使いにでもなれるのかな?」
 しかしその質問は、あっさりと否定された。
「よくわからないけど、中心付近はお互い干渉し合っていて、大きく変えるのは難しいんだって。だから、変えるのは些細な事から始めるしかないのさ。」
 少し残念な気持ちもわいたが、それが逆に、豊に「当然、不思議な事なんてそうそう起こらない。期待する方がバカだった」と、思い出させる事になった。
 でも些細な事なら変えられるってのは、豊にとって信じられる言葉だった。
 だけど此処で又疑問がわいた。
 些細な事を変えても、結局些細な事しか変えられない。
 それを積み上げて大きく変える為には、どれだけ些細な事を積み上げなければならないのだろうか。
 正直そんな事に付き合っている暇も無いし、到底できるものとも思えなかった。
「この世界で何か些細な事を変えても、それが全ての世界に影響を及ぼしたとしても、結局些細な事しか変えられないんじゃないの?」
 豊はこの話を信じたわけではない。
 でも、今の豊には、何故か真面目に話すだけの意味を感じていた。
「私を助けて死んでいった人、きっとその人に会ってくれるだけで、私の世界では死なずに済むだろうって言っていた。」
 誰が言っていたのか、どうしてそうなるのか、豊には全く分からなかったが、この時、この子の力になりたいと思っていた。
 何故なら、ミケネコが、凄く可愛い女の子が泣いていたから。
 豊とミケネコの話は、結局日付が変わるまで続いた。
 だからと言って、その長い時間の中で、親が帰ってきて「誰なのその子?!彼女?」なんて言われる事は無かった。
 豊は実は、都合よく独り暮らしだった。
 こういう話は、実にご都合主義だ。
 |大概《タイガイ》、一人暮らしだったり、両親が共働きで外国に行っていたりする。
 この話も、その規定路線から外れる事はなかった。
 豊の家は、別に裕福ってわけではないが、それほどお金に困る家庭でもない。
 そこで豊は、高校生活を田舎でおくりたいと、両親にお願いした。
 理由は、遊び場がそこいらじゅうにある東京都心部より、田舎の学校で学ぶ方が、勉強に集中できると考えたからだ。
 両親も、勉強の為なら仕方がないと、豊の望みをかなえてくれた。
 まっ、そんなわけで、長々と話しこむ事ができたのだ。
 話の内容をまとめると以下のようになる。
 ミケネコは、時間軸の一番外側の世界線の中心人物だった。
 人ではなかったのでこの表現はおかしいが、全て人として話をさせていただく事にする。
 その世界は、他の世界線からの干渉がほとんどなく、中心人物が願えば、そして信じれば、現実となりやすい世界。
 ミケネコは元々は猫だが、いつか人間になれると信じていた。
 そんなある日、道路に飛びだしたところに、自動車が走ってきた。
 ミケネコは願った。
「助けて」と。
 そこに現れたのが、一人の男性だった。
 その男性はミケネコを抱え、そのまま自動車にはねられた。
 内臓は破裂し、血が沢山でた。
「ミケネコ・・・大丈夫か?」
 そういう男性の、ミケネコを見る目は穏やかだった。
 そして間もなく、死んだ。
 ミケネコは悲しんだ。
 私を助けて死んでいくなんて。
 この人を助けられないだろうか?
 どうしたらいいだろう?
 早く人間になれば、助けられるかも知れない。
 きっとそうだ。
 人間は賢い。
 きっと助けられる。
 そう思った時、ミケネコは人間になった。
 とっても賢い、この男性を助けられる人間になった。
 ただし、賢いってのは、ミケネコ基準だ。
 本当は、男性を助ける事のできる能力を得たにすぎず、ただのバカな人間なのだが、ミケネコは理解していない。
 ミケネコは、人間になった時に得た、本能とも言えるその能力で、過去へ、そして時間軸の中心へ向けて、世界線を飛んだ。
 最初の飛躍で、時は少し、世界線の移動は、中心方向へ半分ほども移動していた。
 その世界の中心人物であろう人に、ミケネコは出会った。
 どうやらミケネコの能力は、人間になれる事、時間と世界線の移動ができる事、そしてその移動の際、最初にその世界線の中心人物に会える能力であった。
 最初に移動した世界線の住人は、どういうわけか、人間になったミケネコにそっくり、いや、完全に同一と言っていい容姿をしていた。
 ただ、その存在はとても希薄で、今にも消えそうだった。
 その人は、ミケネコが此処にくる事を、予知していたと言う。
「あなたが此処に来る事は分かっていました。そして、私はあなたに伝えなければならない事があります。」
 そう言って、ミケネコはその人に、色々と教えてもらう事になった。
 ミケネコが今後、やらなければならない事を。
 時間軸の中心の世界線へ行って、その世界の中心人物に会って何かしてもらう事は、本能によって既に認知されていた。
 ここまでは、ミケネコが男性を救える能力を得る思いの、範囲内という事のようだ。
 でも、何をしてもらえばいいのかは、分かっていなかった。
 それを、この人が教えてくれた。
 その中心人物と共に、助けてくれた男性を探しだし、会う事。
 後は、信じる気持が強ければ、それは叶えられると。
 ただし、もし信じる気持が足りなければ、世界線の移動で迷子になる可能性もあるし、何処かで死ぬ事もあるし、豊が協力してくれない事もある。
 会うだけで救える理由、それは単純だ。
 全ての世界で死ぬ人というのは、どこの世界でも中心人物に必要とされなくなった人、中心人物に影響を与える事がなくなった人である場合が多い。
 この男性もまた、そういう人だったそうだ。
 だから、その世界の中心人物が会うだけでも、中心人物に影響を与えた事になる。
 それで、男性が死ぬ事を良しとしない力が働く。
 その会う人が、時間軸の中心世界の豊であれば、全ての世界線に大きな力をもって影響を及ぼす事ができる。
 人が一人会うだけで、そんな些細な事だけで「人の命が助けられるのか?」とも思うだろうが、些細な事で人の命ってのは左右されるって事だ。
 他にも、時間軸や世界線の事も詳しく教えてもらった。
 そして一通り話を聞いた後、ミケネコはその世界の、自分にそっくりな人と別れ、再び時間を過去へと、世界線の移動を開始した。
 時間軸の中心世界への移動は、いくつもの世界線を|梯子《ハシゴ》していく。
 最初は楽に移動できたが、徐々に移動は難しくなり、人間の姿を維持する力も薄れていった。
 中心に向かうにつれ、そこの中心人物が、猫が人間になる事を信じない、すなわち猫が人間になる事を良しとしない力が強くなるからだ。
 だけどなんとか、1年の期間を費やし、時をさかのぼり、時間軸の中心世界への到達に成功した。
 だが、この世界に到着した時、空の真ん中だった。
 真ん中の世界に行けば行くほど、別の世界線からの異分子に対して、拒絶する力が強まる。
 それも中心人物が、異世界からの訪問者を信じなくなってくるからだ。
 だから空の真ん中と言う、到底生きてはいられない空間に放り出された。
 しかし、それを偶々豊が見た。
 豊にとって、空に猫がいるはずがない。
 豊は鳥だと思った。
 そう思いこんだ。
 ある意味そう願ったとも言える。
 不思議は豊の望むものではなかったから。
 それが逆に、羽を生やす力となった。
 豊がミケネコを助ける事になったが、実はこれも、もしかしたらミケネコの願いの強さが起こしたものかもしれない。
 ミケネコは、この世界へ出発する前、自分は必ず中心世界で中心人物にあって、必ずなんとかなると信じて疑わなかったから。
 その力が、豊に豊とは思えない行動をさせ、豊に協力してもらえるよう全てを導いたと言える。
 豊好みの凄く可愛い女の子の姿になったのも、きっとその力のおかげだろう。
 ただし、此処までは願いどおりであったわけだが、此処から先は、会ってみるまで想像もできなかったわけで、どうなるかわからないって事だ。
 目的は、ミケネコを助けた男性をこの世界線で探し出し、1年後ミケネコを助けるまでに、豊が会う事。
 これでおそらく、この男性の命は救われる。
 そう豊は理解した。
 豊は、別に全ての話を信じたわけでは無かった。
 ただ、そこにある現実を含め、とにかくミケネコが可愛かったから、とりあえず協力しようと思っただけ。
 可愛い女の子は正義。
 萌えは正義。
 それは生きとし生ける物全てに共通する絶対的真理だ。
 動物の赤ちゃんの多くが可愛いく感じられるのは、正にそういう事。
 豊は柄にもなく、守ってあげなければならないと思ったのかもしれない。
 とにかく、共に人探しをする為に、二人の同棲、いや同居、いや、ミケネコの居候する共同生活が始まった。
【<┃】 【┃┃】 【┃>】
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