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第十八話 ドラゴン

次の日、ナディアが起きて来てから食事をし、いよいよ魔界の門へ向かう事になった。
太陽は既に真上にあった。
魔力も問題ないくらいには回復していた。
「よしいくぞ!」
目的地は目の前だ。
ただ森を行くのは危険もあるので、今日も飛翔で一気に向かう。
距離は近いので大して魔力は消費しないだろう。
皆は一気に空へと昇った。
向こうには頂上が平たくなっている少し変わった山が見える。
その中心に、一目で門と分かる穴が口を開けているのが確認できた。
直ぐにそれがハッキリと見える所まできた。
目的地だった。
皆その山の上に下り立った。
「ナディア姐、ちゃっちゃとやってくれ」
「はいはい」
シャオの言葉に、ナディアはすぐに閉門の魔法に入った。
その時だった。
急に太陽の光が遮られた。
そしてすぐにその影が消える。
シャオは空を見上げた。
その目には信じられないものが映った。
「ドラゴン?!」

ドラゴンは、魔界の住人である魔獣の中で最も上位に位置する。
その為、人間界に存在した例は過去には確認できない。
なのに人間はドラゴンを認識している。
おそらく魔獣から聞かされたか、或いは魔界に行った人間がいたのではないかと想像できる。
そして何故そうなのかハッキリした事は分からないが、人間界で最も有名な魔獣でもあった。
知能は人間よりも賢く、上級魔法も操れると言われている。
更にブレスや足の爪、長い尾が武器となり、皮膚は鋼のような硬い鱗に覆われていた。
種類もいくつかあるが、概ね羽を持ち空を自由に飛ぶ事ができる。
最強という名にふさわしい魔獣と言えよう。

「ナディア姐、閉門は一旦中止だ!まずはこいつをなんとかする!」
「相手はドラゴンよ!なんとかなる相手じゃない!逃げないと!」
ナディアの言う通り、『ドラゴンに出会ったらとにかく逃げろ』という言い伝えがある。
実際に見て、誰もがそれに納得できただろう。
「全く相手にできる気がしません」
「うん!無理無理!」
シャオ以外は逃げる事を考えていた。
しかしシャオは立ち向かおうとしていた。
「アサリとアサミはナディア姐を頼む!とにかく飛翔で回避優先だ!チューレンは少し協力してくれ。やる前から諦めるのは早い。撤退はそれからでもいい」
そう言うシャオも少し震えてはいたが、顔には笑顔が見えた。
「分かりました。最悪の場合はわたくしが犠牲になってでも皆さんを逃がします。わたくし、死にませんから」
チューレンは微笑んで皆に言った。
「分かったわよ!でも無理は駄目だよ!」
アサミはそう言うと、ナディアを抱えて空に昇った。
アサリもサポートする。
シャオを挟んでドラゴンと反対の位置へと離れた。
「魔法とブレスには気をつけろ!離れていても油断はできないぞ!」
(ブルードラゴンだな。やっかいな場所にやっかいな相手だ)
ブルードラゴンは水属性のドラゴンであり、コールド系魔法が得意なドラゴンである。
おそらくブレスもコールド系ブリザードの可能性が高い。
それがこの寒い地でなら、威力が倍増する。
(となると、ファイヤ系かライトニング系が有効。この地でファイヤ系は効果が期待できないから‥‥ライトニング系最大魔法で勝負だ)
シャオは空を舞いながら魔力を高めた。
普通なら2つの魔法を同時に維持するのは難しいが、シャオにとっては簡単な事だった。
しかしドラゴンも、それを黙って見ているわけではない。
尾や爪、ブレスの連続攻撃がシャオを襲う。
(魔法に集中できない)
シャオはドラゴンの攻撃を回避するのに手いっぱいだった。
更にドラゴンは攻撃してくる。
今度は魔法だ。
結界がシャオを包み込もうとする。
(結界で俺を?エリア指定のブリザードか?!)

ブリザードは、エリア指定のコールド系魔法。
ドラゴンの吐くブリザードは超低温の吹雪を相手にぶつけてくるものだ。
しかし魔法のブリザードは、エリアを指定する事で効果を凝縮するので、威力は何倍にもなる。
普通の人なら瞬間に凍ってしまう強力な魔法である。
シャオはすぐさまそのエリアから離脱する。
先ほどいた場所には予想通り結界があり、中には吹雪が吹き荒れていた。
(あれはくらいたくねぇな‥‥)
そう思う間もドラゴンからの攻撃は止まらず、尾の攻撃がシャオをかすめた。
(このままじゃ埒が明かねぇ‥‥)
シャオはチューレンに声をかけた。
「チューレン!なんとか少しで良いから奴に隙をつくれないか?」
「やってみます」
チューレンがドラゴンへと向かった。
しかしそう簡単にはいかない。
チューレンもずっと、シャオと同じようにドラゴンの攻撃をかわし続けていた。
戦いの中で、強い風が辺りを吹き抜けた。
チューレンの魔法なのか、それとも自然に起こったものなのか、森から舞い上がる木々の葉がドラゴンへと向かった。
ドラゴンの視界が一瞬塞がれた。
ドラゴンの動きが止まった。
(今だ!)
「テラボルト!」
シャオの声と共に空が一瞬暗くなる。
そして頭上から、考えられないような強い雷がドラゴンにむけて落ちた。
シャオの魔法が見事に直撃し、ドラゴンの羽ばたきは止まり、森へと落ちて行った。
「やったか?」
ドラゴンが地面に激突する大きな音が辺りに響いた。
「ダメージはあったようですが、まだのようです」
(ライトニング最大呪文でもやれないか‥‥)
「流石にドラゴンですね。シャオ様の呪文も凄いですが、それ以上です」
チューレンの顔にはいつもの余裕の笑顔はなかった。
(何か、何かないか?‥‥)
ドラゴンは再び舞い上がり、シャオの方へと向かってくる。
(そうだ!)
シャオは高速でアサリとアサミに近づいた。
「撤退しますか?」
「あんなの無理だよ!」
シャオは2人の言葉を聞かず、鞘に収まっていた雷神の剣と風神の剣を抜いた。
「借りる!」
一言だけ残して、シャオは再びドラゴンへと向かって行った。
「剣の魔力を借りるのですね」
チューレンの言う通り、シャオは2本の魔剣の力を借りて魔力を高めた。
「これでどうにもならなけれりゃお手上げだけどな!」
再びドラゴンとの攻防が続いた。
ドラゴンには隙がなかった。
チューレンは再び葉を舞い上がらせドラゴンの視界を塞ごうとしたが、同じ手は通用しない。
(なんとか隙を作らないとこちらが持たない)
ドラゴンの攻撃をかわし続けるのも限界にきていた。
次の瞬間、チューレンがドラゴンの尾に触れ体が飛ばされた。
チューレンが森の中へと落ちてゆく。
「チューレン!」
しかしシャオがそれにかまっている余裕はない。
更に状況は厳しくなった。
(ダメか‥‥)
シャオがそう思った時、2つの火球がシャオを通り過ぎドラゴンへと向かった。
アサリとアサミが飛翔する中で何とか放ったファイヤーボールだった。
2つの火球の1つがドラゴンの顔をとらえた。
ドラゴンは一瞬顔を背ける。
そのタイミングでシャオは再びテラボルトを発動した。
先ほどよりも強力なそれは、ドラゴンの頭に見事命中し、ドラゴンは山の上の平たくなっている場所へと落ちて行った。
シャオはドラゴンを追い剣を構えた。
飛翔の勢いのままドラゴンの頭に2本の魔剣を突き刺した。
血がそこから噴き出す。
「もう一丁!」
その魔剣からライトニングボルトをドラゴンの中へとぶち込んだ。
剣を掴むシャオにもダメージが跳ね返ってきたが、構わず続けた。
「ゼロレンジのライトニング、これならどうだ!」
魔法の威力は距離に比例する事が多い。
ライトニングボルト自体は強い魔法ではないが、体内に直接流し込めれば魔力によるオーラの鎧が意味をなさず、その威力は計り知れなかった。
シャオは自分の体の限界までライトニングを流し込み続けた後、魔剣を抜いてドラゴンから離れた。
ドラゴンの頭から、更に多くの血が噴き出した。
少しの間、シャオはドラゴンを見つめていたが、ドラゴンが動き出す事は無かった。
山頂のシャオの元へ、アサリとアサミがナディアを連れて集まってきた。
「チューレンが心配だ!探してくる!」
シャオはそう伝えると、再び飛翔で飛び上がり、チューレンが落ちた森へと向かった。
チューレンはすぐに見つかった。
木の葉が集まった場所に落ちていたチューレンは、大きな怪我もなく意識もあった。
おそらくチューレンの能力だろうとシャオは思った。
シャオたちが山の上へと戻ってからしばらくして、閉門は完了した。
「ふぅー‥‥なんとか閉門できた。できるかどうか不安だったんだけどさ」
その言葉に皆は少しあきれたが、無事完了できてホッとした。
「閉門はできたが、まだドラゴンのような魔獣がいるかもしれない。早くこの場から離れよう」
皆は一旦午前中までいた洞穴へと戻る事にした。
シャオの体力も魔力も限界だった。
その日はもう何もできそうにないので、ここで休む事にした。
何事もなく日は暮れて行った。
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