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害虫退治の日々

「はい、もしもし万屋イフです。」
「あー、仕事を依頼したいんですが。」
俺は、朝から携帯電話の音に起こされてた。
「えっと、そちらで害虫駆除をしてくれるって聞いたんですけど。」
また害虫駆除の依頼だ。
俺は数ヶ月前に会社を立ち上げていた。
その名も「万屋イフ」
「何か「もし」お困りでしたら、お金と心によって、なんでもやります。」というキャッチフレーズで、ホームページを作った。
ビラもプリントアウトして、適当に家庭のポストに投函した。
最初は、チケット購入に朝から並んでくれとか、掃除してくれとか、1週間に一つくらいしか仕事が来なかった。
毎日の営業活動に比べると、割に合わない仕事量だった。
ただ、別に金が無いわけでもなく、何かに追われているわけでもないから、特に苦しいとか辛いとか、そんな事は思わなかった。
気分の赴くままに、仕事をしていた。
一月前に、害虫駆除を頼まれた。
ぶっちゃけG退治。
簡単な仕事だ。
俺はGに命令した。
この家には近づかないようにと。
家の主であるおばちゃんは、凄く喜んでくれた。
まあその時は、普通に良かったと思ったんだけど、おばちゃんの噂ってのは凄い。
その近所から、連続してG退治依頼が入った。
価格は、その程度の事だから、5000円くらい。
安すぎたのか、一気に依頼が増えた。
俺は慌てて、住んでいるマンションの隣りの部屋も借りた。
こちらは自宅兼事務所で、隣りがGの住処。
Gを追い出すのは良いけれど、行く場所も、美味しい食料も調達できなくなって、なんとなく可哀相だと思ったから。
Gに対してそんな事を思うのは、世界で俺だけだろうと苦笑いもでたけと、Gは俺の相棒なのだから。
出入り口は排水口から。
人目に付く場所の移動はやめる事と、動くなら深夜にするように、Gには命令しておいた。
そのかわり、俺は餌になりそうな物を、時々Gに与える。
こうして俺の生活は、安定していった。
「はい、やってますが、ゴキブリですか?」
「ゴキブリ以外もできますか?」
またも害虫駆除の依頼の電話がかかってきていた。
しかしどうやら、今回はGではなさそうな気配だった。
「金と心によっては、チャレンジしますが、保証はできませんね。」
まあそうだ。
俺の能力でできるかどうかは、全て試してみないとわからない。
「えっと、心ってなんでしょうか?」
「えっと、それはですね・・・」
金と心によって。
この、キャッチコピーであり対応は、無茶な仕事を持ってこないようにする為と、嫌な仕事をしない為の口実。
断る場合、莫大な料金を要求すれば、そこで諦めてくれるだろうけど、中には出すと言う人がいるかもしれない。
そこで、心だ。
俺がやりたいと思えない仕事は、その時点で却下。
まあこれで、犯罪とか危険な仕事、或いは金持ちや権力者の手伝いをするなんて嫌な仕事は、なんとか避ける事ができるだろう。
それに、その逆もある。
とにかく手伝ってあげたいと思う事は、1円ででも受ける。
その為のキャッチコピーだ。
「事情を聞いてから全ては判断するって事ですね。」
「そうですか。ゴキブリだけなら受けてくれるのですか?」
「ええ、それならすぐに受けます。交通費等、最低限の経費と5000円になります。」
Gを集めるのは、俺にとっては仲間を集めるのと同じ。
まあ、繁殖力が尋常でないし、生命力も強いから、そこまでしなくても良いんだけどね。
「では、お願いします。他の害虫についてはその時にでも。」
「はい。わかりました。ではですね・・・」
俺は、場所を聞いて時間を決めた後、電話を切った。

場所は、かなり古い飲食店だった。
昔ながらの喫茶店のようで、俺の勘と言う名のレーダーが反応する。
俺の仲間の息吹を感じる。
不思議な事なのだけれど、Gのいる場所は何故かわかる。
他にも俺には、色々な能力がある事に、最近気がついていた。
まあその辺りは追々話す事にしよう。
俺は喫茶店に入っていった。
「いらっしゃいませ。」
電話で話した声だ。
おそらくこの人が依頼人である店長だろうと予想できた。
「えっと、イフの高橋ですが。」
「ああ、どうもどうも。」
先ほどの電話の相手であろう店長らしき人、歳は50歳くらいで、俺と同じ歳くらいか。
でもまあ、今の俺は、俺であって俺ではない。
「では、どちらかでお話ししますか?」
「えっと、では、奥で。おーい!めぐみ!ちょっと店頼む!」
「はーい!すぐいくー!」
店長の呼びかけに、すぐに若い女性が奥からあらわれた。
どうやら喫茶店の奥は、自宅になっているようだ。
女性はすぐにカウンターの奥で作業を始めた。
チラッと目が合ったので、少し会釈をかわした。
「お客もいないので、隅の席で話しましょう。」
客がいないと言っても何人かはいたが、この場合は少ないという意味で、そして、客席を使っても問題無いという事か。
「はい。」
俺は促されるままに、店長と向かい合うように席についた。
「えっと・・・」
店長はあまり大きな声で言えないからか、紙にボールペンで「ゴキブリ」と書いた。
「これは今すぐ駆除してもらえるのかね?」
店長は「ゴキブリ」の文字を指さす。
「はい。前金5000円ですぐに始めます。明日にはいなくなるでしょう。」
「そ、そうか。で・・・」
店長は再び紙に文字を書く。
「ねずみ」と書いて指さした。
「これはなんとかできんかね?」
理由を聞くまでもなく、飲食店だしネズミくらいは出てもおかしくない。
かなり昔、アルバイトでやってたファーストフードだって、ネズミくらいは出たからな。
「見てみないとわかりませんが、できる限りしますよ。最低限の経費と料金全て合わせて、1万円でいかがですか?」
これが安いか高いかはわからないけれど、俺がやるならこれくらいは欲しい値段だ。
「それも前金かね?」
「いえ、前金はこちらの5000円だけでいいです。」
俺は「ゴキブリ」の文字を指さした。
「では、まず5000円、消費税は?」
「内税ですからそれでかまいません。」
俺は5000円を受け取ると、その分の領収書を渡した。
「では、少し見させてもらいますね。」
「えっと、営業中ですが、お客に迷惑がかかるとまずいんだけど。」
店長の心配ももっともだ。
「大丈夫です。殺虫剤とか迷惑になる事はしませんから。」
「そうですか。ではよろしくお願いします。ああ後、自宅の方までお願いしてもかまいませんか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
本当は別料金と言いたいところだけれど、まあ金儲けでやってるわけではないから。
俺はまず、店の中を見回る。
Gのいる場所は既にわかっている。
その対処も命令するだけだから簡単だ。
問題はネズミ。
追い出すだけなら、Gに命令すれば楽勝だろう。
数はいくらでも集められるからな。
もう入ってこれないようにするには、入ってくる場所を特定し、そこを塞ぐ必要がある。
「古い建物だから、少しやっかいだな。」
独り言を言っていると、先ほど店長に「めぐみ」と呼ばれていた女性に声をかけられた。
「あの?駆除の人ですか?」
いつの間にか後ろにいたようだ。
「はい。そうですが?」
「古い建物だと、やっぱり難しいんですか?」
「ものによりますね。」
俺は声を小さくした。
「ゴキブリは大丈夫ですけど、ネズミは入ってくる場所を塞がないといけませんから。」
「ということは、ゴキブリは全部殺すわけですよね?」
めぐみさんも小さな声で喋ってくる。
顔の距離がやたら近くなってる事に気がついた。
しかも、このめぐみさんって人は、凄く可愛い顔をしていた。
少し照れた。
「ま、まあ、そういう事になるかと・・・」
本当の事は流石に言えないから、俺はなんとなくこたえを濁した。
「ゴキブリも生きてるのに・・・って、いや、別にゴキブリが好きだってわけじゃないんですけど!!」
めぐみさんは、いきなり大きな声で取り繕った。
当然ながら、食事をしているお客の視線を集める。
「いや、あの、すみません。」
めぐみさんは、店のお客に謝っていた。
店長が少し睨んでいた。
しかしGを殺す事を、少しでも否定したり、躊躇したりする人がいるなんて、初めて見た。
ただ単に、生き物を殺すのが嫌なだけだと思うけど、俺は少し嬉しかった。
「いやまあ、殺すと言うよりは、近づけないようにするだけなんですけどね。」
俺は笑顔で、小さな声でそう言った。
「私も、ホントはゴキブリ怖いんですけど、でも殺すのはできなくて・・・」
俯いて、少し照れていた。
「めぐみさんって、優しいんですね。」
俺は素直な気持ちで、思ったままを口に出した。
めぐみさんはますます照れていた。
「では、もう少し見てまわりますので。」
俺はそう言って手を少し挙げてから、再び店の中を見て回った。
その後自宅の方も見せてもらってから、俺はこっそりGに命令を出した。
まずはネズミを追い出す。
通路になっていた穴などを探してもらう。
そしてその穴を塞いでもらう。
塞げない場所は報告をもらった。
はっきりと話す事はできないけれど、俺にはGの意志がわかるのだ。
理屈はわからないけれど、欲しい情報は得る事ができる。
それから、この建物には近づかないようにして、全てオッケーだ。
「一応原因はわかりました。」
今、店長に最終報告をしていた。
場所は自宅の玄関。
「えっと、ネズミの方の駆除もできましたか?」
「おそらくは。えっと説明しますね。ここの物置の・・・」
俺は物置の下に空いた穴を塞ぐ事と、玄関のドアを開けっ放しにしない事、裏口も同じ。
それから既に塞いだ穴について説明した。
「此処を私が塞ぐと、適当に板を打ち付けるだけになりますが、どうしますか?これ抜きなら5千円でかまいませんけど?」
「ああ、これくらいならこちらでできるから、それで頼む。」
「では。」
俺は再び5千円の領収書を作り、お金を受け取った。
「では、もしまた出たら、連絡ください。1ヶ月以内なら無料で見ますから。」
「ああ、わかった。」
「ありがとうございました。」
俺は店長に、客に対してのお礼を言ってから、玄関より外に出た。
これでGが出る事はまずあり得ない。
問題はネズミだけど、Gがこの辺りから追っ払ってくれたから、今はこの辺りにはネズミの存在は無い。
ちなみに俺自身、この辺りにネズミがいない事がわかる。
俺の能力で、生命力に関する事は色々と出来るのだ。
その一つが、生きているものを感じる事。
建物と建物の周り10m内に、生命反応は、さっきのめぐみさんと店長とお客だけ。
ちなみに数センチ以上の大きさでだ。
更に詳しく調べたら、沢山のダニやノミ、蟻などの存在を感じるが、駆除はネズミだから関係ない。
俺は確認を終えて帰宅した。
こんな日が、ココ最近続いていた。
【<┃】 【┃┃】 【┃>】
ドクダミ

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